第33話 病室
寝起きの朝はつらい。
起きなければならないという使命感とベットの誘惑との闘いだ。
どうしても俺はその誘惑に負けてしまう。
アラームをいくつも設定し、少し目覚めてはアラームを消す。
それを何度も繰り返し、学校へ着くのはいつもギリギリだ。
最近は異世界に来たせいでスマホ自体が使えなくなりそんなこともなくなったんだけどな。
いつも同じ部屋の飛騨というやつが起こしてくれる。
お節介な気もするけど、それがあいつのいいところなのかも。
あぁ~やっぱりベットの中は心地がいい。
自然と心が落ち着いて再び深い眠りに落ちてしまいそうだ。
……いや、ちょっと待て。
昨日何してたっけ?
ぼんやりとしていた頭が覚醒していく。
そうだ昨日は散々な目にあったのだ。
夜に王城の屋上へ忍び込み、魔法の試し打ち。
思った以上の成果に満足して寝そべっていた。
そうしたらめちゃくちゃ強い変な奴に絡まれたんだ。
カノープスって言ったか。
本当にめちゃくちゃなやつだった。
魔法を使うわけでもなく、力の放出だけであらゆるものを淘汰してしまう化け物。
生きるか死ぬかの瀬戸際だった。
そんな中、あいつは急に参ったとかいいだしたのだ。
一方的に挑んできて、一方的に中断する。
なんて身勝手なやつなんだろうか。
しまいにはまた戦いたいとか言ってくる始末。
戦闘狂と言うほかないだろう。
どうしても引き下がる様子もなく、再び戦いに来ることは明白だった。
そこで俺はある条件を奴に突き付けた。
人間への攻撃をシャットアウトする魔法を付与することだ。
これは同意を得なければ発動しないものであったが、潔く了承してくれた。
死やケガを与える類の攻撃は自らのエーテルを消費し特殊な防御壁を作る。
防御の性能も折り紙付きだ。
そこで一旦は安心したものの、それからどうした?
そうだ、空から光のような柱があいつに降り注いだんだ。
あいつがあのくらいの攻撃でくたばる未来は見えないがあの後は?
記憶がない。
体はボロボロになっていたが、気を失ったのはエーテルの使いすぎだろう。
小さい頃はよく無茶をしてよく気絶していた。
なんとなく懐かしさを感じる。
って、そんなこと考えてる場合じゃない。
瞼を開けると陽の光が差し込む。
ひとまず自分の状態はどうだ?
とりあえず今いるところは負傷者を治療する病室のようだった。
周りにもいくつかベットが並んでいる。
手も動くし、足も動いた。
確か骨も折れていた気がするんだが直っている。
治癒魔術なんかつかっている暇はなかったし、誰かが直してくれたのだろう。
もしくはそういったスキルがあるのかもな。
現代魔法でも治癒魔術はかなり高等な技術であり、そう簡単に傷が治ったりするものではない。
それをいとも簡単に直してしまうとはすごいな。
「おー! やっと貴様も起きたのか? 暇で暇でしかたなかったのじゃ!」
なんだか元気な声が聞こえる。
ブロンドのサラサラとしたロングヘアー。
天使のような清楚な姿をした少女だった。
真っ赤に燃えるようなに赤い瞳。
病院で着るような真っ白な服が清潔感を感じさせている。
こんなやついたか?
「誰だお前?」
「貴様!? 我を知らないのか!?」
本当に誰だ。
見た目はきれいな天使のようだ。
だが、この口調は聞いたことある。
「我こそはラウム王国随一の騎士ブラックナイトのリーダー、ラフタル様だぁ!」
彼女はベッドの上に仁王立ちし、そう言い放つ。
どこからともなく現れた禍々しい鎌。
それを構える姿は実に痛々しい。
「っげ」
「げっ! とはなんじゃ!?」
「いや、ついな」
「まぁ良い、いつもなら吹き飛ばしてるところだが。 というか貴様ギルドにいた男だな? なんでこんなのとこにいるのじゃ?」
「いや、俺も知りたいところなんだけど。 確か急に現れた変な奴と戦っていたはずなんだが……」
カノープスの話をしたら急にベットに潜り込み、ガチガチと震え始めたラフタル。
「どうしたんだよ……」
「あやつの話はするでない! あやつは嫌いなのじゃ!」
「奇遇だな……俺もコテンパンにされた気がするんだ。 それよりあのあとどうなったのか教えてくれないか?」
布団から顔を出しジトっとした目でこちらを見る。
「……我も気を失ってどうなったのかは知らないのじゃ」
「はぁ~? どうしてお前が気を失うんだ?」
「いやだってあやつが強すぎたのじゃ……」
ラフタルの話を聞いた限りカノープスに遭遇したのは俺と戦った後のことみたいだ。
だから魔法の効力により人間には一切ダメージを与えることはできないはず。
にもかかわらずラフタルは怪我をしてここに運ばれたという。
こいつ、もしかして人間じゃないのか?
どこからみても人間にしか見えない。
もしかしたら亜種族みたいなやつは範囲の対象外になるということか。
俺たちのいた世界には人間しかいなかった。
だからそんな細かい設定まで影響を与えられなかったのかもな。
要調整だ。
話を聞いて行くと、あの光の柱はヴィネーがやったものだということもわかった。
あんなものでカノープスがくたばるわけがない。
余計なことをしてくれたもんだ。
「おや? 如月君起きたのかな?」
どこから手に入れたのかわからない白い白衣。
シャープな黒い淵の眼鏡が特徴の男。
俺のクラスメイトの一人の神谷だった。
「ああ、神谷のおかげだったか。 ありがとな」
「うんうん! 元気で何よりだよ。 骨が折れたり、大きな傷があったり大変だったんだね。 まぁでも気を失った原因はMPの使い過ぎかな?」
「そうなんだよなぁ……俺MPが低いらしくて魔法を使うとすぐ枯渇してしまうらしいんだ」
「MPを使いすぎて死ぬことはないけど、ほどほどにね」
そんな平和な会話をしていると急に殺気を感じた。
研ぎ澄まされた銀色に光るナイフ。
いや、メスか。
ジャラっと懐に何本も忍ばせている。
「どこへいくのかな?」
「ちょ、ちょっとトイレなのじゃ」
ラフタルの体を縁取るようにメスが壁に突き刺さっていた。
怖えよ!?
こんなやつだったっけ神谷って!?
「ラフタルちゃんはもうちょっと横になっていようか」
笑顔で躊躇なく刃物を振りかざす。
「ハ、ハイなのじゃ」
「お、俺は?」
「如月君も、もうちょっと寝ていようか」
満面の笑みが実に怖かった。
もちろんそんな彼に歯向かう勇気も出ず、そそくさとベットに戻る。
「なぁ俺は怪我してたからともかく、ラフタルはどうしてなんだ? どこも具合悪くなさそうだけど」
「うーん……実はそこが問題なんだよね。 ラフタルちゃんは死ぬ寸前までの攻撃を受けたらしいんだ」
「その割には元気だな」
「そうなんだよ。 アリオーシュさんっていう人が連れて来てくれたんだけど、変な薬を掛けたら一瞬で傷がなくなったとか」
「なんでも直してしまう薬か。 興味深いな」
「だろう? 僕も医者の端くれとしてそんなファンタジーなことは信じられなかったんだけどね。 もしそんなものがあるとしたら、この世から医者というものが必要なくなるのかもしれない」
2019/7/31誤字修正しました。