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落ちこぼれ現代魔法使いの異世界召喚  作者: 雲珠
第二章 奴隷少女と異世界最深部編
34/95

第32話 不良品

 寒々とした青い月が私を照らす。

 容赦なく体温を奪っていく冷たい床。

 それに身を委ね、最後の時を待つ。

 不良品の烙印を押された奴隷はどうなるのか?

 それはとても簡単だ。

 ゴミと同じ。

 いらなくなった物は捨てられる。

 それだけ。


 背後には同じ末路を辿った者が山を作っている。

 肉が腐り、虫が湧き、ひどい腐臭をまき散らす。

 私もあの中の一部になってしまうのだ。


 不思議と逃げ出したいという気持ちはない。

 そんな気力も、既に亡くなってしまっている。

 逃げ出してどうなるのか。

 逃げ出してどうするのか。

 既に未来は無い。

 逃げ出したところで何も変わらない現実。

 死が訪れる現実。

 それを私はただ、受け入れて待つことしかできない。


 私はあの死体の山を構成する一つとなっている。

 だから、今更足掻いたところでどうすることもできないのだ。


 体中に生まれた痣のようなものを見つめる。

 今まで暴力は幾度となく受けてきた。

 痛みなど感じなくなるほどに。

 でも、生きていればきっといつかは報われると思っていた。

 泥水をすすっても、罵られても、殴られても、生きていればきっと……。

 

 私はとある農村に生まれた。

 とても小さな村で、周りは畑や森林が生い茂るのどかな場所だった。

 やさしいお母さんと頼りになるお父さんと、3つ年の離れた妹の4人暮らし。

 今考えるとなんて幸せな毎日だったのだろう。


 村の暮らしは平和そのものだった。

 朝、目覚めてからは家族で朝食を取り、昼まで畑を耕す。

 昼食をとってまた畑を耕す。

 森林へ出向き木の実や薬草を採取することもあった。

 森は魔物が出てくることもあるので、お父さんや村の自警団の人と一緒にいかなければならなかった。私は戦うこともできないただの村娘だったから。


 みんな気さくでいいひとばかり。

 もちろん人数も少ない村なので、みんな顔なじみ。

 村の人すべてが家族みたいなものだった。


 そんな平和な村にある日、災厄が訪れる。


 村人が寝静まった深夜。

 甲高い鳴き声を聞き、深い眠りから目が覚めた。

 時折響いてくる不気味な鳴き声とそれに呼応するように悲鳴が交差する。

 何度も聞いているうちに怖くなった私は、うずくまっているベットから抜け出した。

 向かうのはもちろんお父さんとお母さんの寝室。

 怖いものは怖いのだから仕方がない。

 暗い部屋の中を進み、寝室にたどり着いたがそこに二人の姿はなかった。

 幾度となく聞こえてくる鳴き声と悲鳴に、高まる恐怖に身を震わせた。


 村の周辺ではこのような鳴き声をする魔物はいない。

 ヴォルフという狼のような魔物はよく遠吠えをしているが、明らかに違う。

 恐らくお父さんもお母さんもこの原因不明の正体を確かめにいったのだろう。

 魔物が村の中に侵入してくるのは一大事だから、安全を確かめなければならない。

 私のような子供であれば簡単に殺されてしまうのだから。


 家から出るのは危険だとわかっていた。

 しかし、聞こえてくる雄叫びと悲鳴に不安が募っていく。

 だから私は一刻も早くお父さんとお母さんに会いたかった。

 恐る恐る家のドアを開けると忘れもしない光景が。


 倒壊している村の家々。

 一方的に蹂躙されていく村人たち。

 いままでなにもない平和な村だった。

 しかし、この瞬間、この村は地獄と化したのだ。


 舞い振る鮮血、荒れ狂う瓦礫。

 その中央には忘れもしない銀色の毛並みをした化け物が。

 真っ赤な瞳と甲高い鳴き声。

 そして9本の尻尾がパタパタとなびいている。

 

 恐怖のあまり頬を伝って涙がこぼれだした。

 圧倒的な暴力に恐怖が縫い付けられたのは言うまでもない。

 そして、なによりも畏怖を感じたのは化け物の足元に押さえつけられている人物、それがお父さんだったからだ。

 いつも頼りになる、自慢の父親。

 しかし、お父さんは私をみて早く逃げろと叫んだのだ。


 泣きじゃくる私の腕を誰かが掴む。

 今まで見たこともない緊迫した表情。

 左腕に妹を抱えたお母さんだった。


 それからお母さんと無我夢中で村を逃げ出した。

 何が起こったのか理解が追い付いていない。

 ただただ、恐怖に心が支配されていた。

 後ろを振り向いてはならない。

 恐怖の象徴がやってくる。

 しかし残酷なことは連鎖する。

 後ろから木々をなぎ倒し何かが迫ってきていた。

 お母さんと繋いでいた手が急に軽くなり、遅れて真っ赤な液体が降り注ぐ。


「生きていればきっといいことがあるから、元気でね……」


 そう一言私に伝え、強く抱きしめられた。

 そこからは何が起こったかは覚えていない。


 意識を手放し、目覚めてからはただ茫然とするしかなかった。

 冷たくなったお母さんの手と妹の手。

 私が生きていたことは奇跡としかいいようがない。

 嵐のように現れて私のすべてを消し去っていった魔物。

 私は一生忘れることはないだろう。


 村は全壊し誰一人生き残っていなかった。

 叫んでも、喚いても、私に呼び掛ける人はいない。

 ただ茫然と破壊された村を一人徘徊する。

 そんな日を何日も過ごした。


 さらに数日が経過し、お母さんの言葉を思い出した。

 このまま村にいたのではいつかは死んでしまう。

 そう考えた私はどうにか暮らせる場所がないかと街に向かうことにした。

 お母さんの言葉を信じて、みんながいなくなっても、一人になっても生きていこうと思ったのだ。

 必死に私を逃がそうとしてくれたお父さん、お母さんの分まで精いっぱい生きようって。


 しかし、そんな私を運命は逃がさない。

 一人、街へと向かう途中、山賊に出会った。

 非人道的な行いを躊躇なく実行する悪い人たちだ。


 ひ弱な私は抗うこともできず、縄を掛けられモノのように扱われた。

 そんな私が奴隷になるまでは時間はかからなかった。 


 そして数年が経つ。

 本当に今まで長かった。

 辛い出来事、苦しい出来事ばかり。

 それに耐える日々は苦痛の一言では言い表せない。

 いいことなんて一つもなかった。

 どんどんと心も疲弊していく。

 いっそ、死を受け入れたほうが良かったのではないかと思うくらいに。


 しかし、そんな日々とはもうさよなら。

 私はもう助からない。

 だからゴミのように捨てられた。

 不良品だと言われたモノの最後は捨てられる。

 それは世界の必然なのだろう。


 今まで必死に生きてきたけど、生きてきたことに意味なんてあったのだろうか。

 ……きっと無いんだろうな。

 悲しんでくれる人も、泣いてくれるような人も、知り合いもいない。

 こんな最後になって、人知れず死んでいく。

 私は疲れたよお父さん、お母さん。


 すべてを諦めた私の耳に誰かの声が聞こえる。

 もう、いいんだ。

 ここで終わりなんだから。

 ああ、なんだか体がフワフワするなぁ。


「……」


 いくら話しかけても無駄だよ。

 私はもう……。


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