第25話 ロイス・ベディングフィールド
私、ロイス・ベディングフィールドはラウム王国に存在する十人の聖騎士の一人だ。
ラウム王国の中でも有数の貴族であるベディングフィールド家は代々王家に仕え、聖騎士となる人材を多く排出してきた。
長女として生まれた私は、幼いころから剣と魔法の英才教育を受け、父や母が望むままのレールを進んできたのだ。
個人的には戦うことはあまり好きではない。
どちらかというと部屋でのんびり本を読んでいたり、動物と触れ合ったり、おしゃれを楽しんだり、そういうことが好みであった。
しかし、何か一つできるようになると両親が喜んでくれる。
そんな些細なことが私は嬉しかったのだ。
歳が6になる頃には、当時、最強の聖騎士と呼ばれる人に師事を受け、着々と聖騎士への道を歩んでいく。
師匠の教えは厳しいものだった。
朝から晩まで体がボロボロになるまで容赦のない特訓が続いた。
地獄のような日々ではあったのだが、親の笑顔を見ると不思議と安らぎ、やる気が満ちてきた。
師匠も飴と鞭をよく使いこなしていたと思う。
心が折れそうになったときには励ましてくれたり、城下の街で遊んでくれたり、優しい言葉をかけてくれるのだ。
逃げ出したかった時もあったのだけど、両親と師匠のおかげでズルズルと聖騎士への道を進んでいったのである。
さらに数年を経て歳が12になる頃、南方の士官学校へ入学した。
実力至上主義であるラウム王国随一学校だ。
その中でも常に上位の成績を維持し、剣術では並ぶ者がいないと称されるほどとなった。
三年間の在学期間を経て主席での卒業を果たし王都の聖騎士団へ配属される。
通常であれば王国の一般兵として配属されるのが習わしであるが、王城からの推薦もあり、最年少での聖騎士団入りを果たした。
聖騎士団に入団してからは王都での防衛が主な仕事であった。
ラウムのダンジョン内のモンスター討伐やデモンズロードでの防衛任務である。
ダンジョンはよく師匠と通ったものだ。
当時は第二十階層をうろうろすることで精いっぱいであったが、現在では第三十階層を単独突破できるほどになった。
相変わらず魔物を倒すのは少し苦手意識があるんだけど、これも仕事だし仕方ない。
デモンズロードにはラウムの城下町から伸びている道に沿って5つの防衛拠点が存在している。
そこでの防衛任務も順調にこなすことができた。
師匠にビシバシ鍛えられたおかげだと思う。
特に防衛の最前線である第五拠点では魔物の襲来が激しく起こる。
むしろここが突破されると一大事であるから、残りの4拠点にはあまり戦力がないんだけど。
そしてここに現れる魔物はとてつもなく強い。
ラウムのダンジョンで言うところの第25階層~第29階層レベルの魔物がうようよ湧いてくる。
一匹一匹は余裕で対処できるのだが、人間には疲れというものがある。
だからこそ聖騎士団が一丸となり防衛任務に就かなければならない。
そんな過酷な仕事を引き受けて約2年。
私はついに魔物討伐の功績を認められて聖騎士へと抜擢されたのである。
私の親は涙を流して喜んでくれた。
実のところ私の兄が既に聖騎士になっており、特段、私がなる必要はなかった。
だけど、期待に応えられたという満足感があったのは間違いない。
元々、戦闘は好きではないのだけれど、そんな私がここまで頑張れたのも悪くはなかった。
今では聖騎士団の兵士たちの思いや、ラウムの国の人々を守るために、この仕事に誇りを持てるくらいにはなったきたと思う。
中にはつらいこともあるのだけど、泣き言ばっかりは言ってられない。
そんな辛いときには……。
目の前のふかふかに手を伸ばす。
「はああ~みゃ~たん今日もかわいいでちゅねー!」
「にゃにゃあーー!?」
「うりうりー!」
「みゃああああ!?」
「ああ……今日のみゃ~たんもとってもかわいいょ~」
「みゃみゃあ」
「はぁ今日のストレスが溶けていく~」
長い黄金色の髪がファサァっと広がる。
恍惚の表情を浮かべながら、みゃーたんのお腹に顔をうずめるロイス。
神々しい鎧とその凛々しい姿とは裏腹に、やっていることが変質者のまさにそれだった。
「今日はねーブラックナイトのラフタルちゃんが私を攻撃してきたんだよ……。 私、何にもしてないのに! それとも何か悪いことしたのかなぁ~? でもラフタルちゃんって弱いからみねうちでパァン! ってやっちゃったら気絶しちゃった! しょうがない子だよね~ほんとにー」
「みゃみゃあ……」
「やっぱりみゃーたんもそう思うよね?」
「みゃみゃあ……?」
やっぱりこういう息抜きは大事だ。
なんなのだろうかこのかわいい生き物は。
もう食べてしまいたいくらい。
しかし、ラフタルちゃんも困ったものだよね。
実力主義で選ばれるブラックナイトのリーダーなのに、実力が伴っていないなんて……。
それもこれも師匠が悪い。
私には厳しかったのに、ラフタルちゃんは甘やす一方なんだから。
にゃーたんに顔をうずめていると携帯しているクリスタルが激しく振動した。
聖騎士である私は常に迅速な対応ができるよう国から一つのアーティファクトをもらっている。
それがこの7色のクリスタルをあしらったネックレスだ。
それぞれのクリスタルには緊急用の通信ができるクリスタル、登録した場所へ移動できるクリスタル等、様々な効果をもつ。
とても希少なアイテムだ。
激しく振動をした赤いクリスタルは緊急用の通信が必要な場合に使われる。
脳裏に嫌な予感がよぎる。
そもそもこのクリスタルが使われることはなかった。
これが使われるということはとてつもない何かが起きているに違いない。
「こちら第五拠点!! 現在、敵の襲撃を受けている! 至急応援を要請する! 繰り返す! 至急応援を要請する!」
やはりというか緊急事態のようだ。
しかし、現在は聖騎士隊のなかでも指折りの実力者であるカイルが防衛中のはずだ。
つまり彼らが対処できないほどの脅威が降り注いでいることに他ならない。
「こちらロイス。 敵の規模はどのくらいだ? 被害は? 詳細を報告してくれ」
「被害は聖騎士隊が壊滅状態! 敵は……うあぁあぁぁ」
通信が途切れた。
手が震える。
今までこんなことはなかったからだ。
小さいころから危険には晒されてきたが、どれもこれも命がかかるほどの脅威ではなかった。
恐らく、現在の第五拠点は命が軽々と消えていく、そんな世界が広がってるに違いない。
怯える心を奮い立たせ、転移のクリスタルを握りしめる。
「またね、にゃーたん」
ロイスは光となり、消えていった。
久々に更新しました。
ロイス視点のお話です。
士官学校へ入学した年齢を15から12に変更しました。