第21話 VS カノープス
勢いが乗った刃が頭上を掠める。
空気が引き裂かれ後から金切り音が聞こえた。
踏み込んだ右足から無駄なく伝わる攻撃は一撃必殺。
恐ろしく速い一閃だった。
回避しなければ容易く首と胴体がお別れになっていたことだろう。
カノープスは攻撃の勢いをそのままに大きな鎌を肩に担ぐ。
その表情は歓喜に満ちていた。
「……やっぱり! どうにもこうにも怪しいな~って思ってたんだよね僕! さっきこのお城から火柱が上がっているのを見てもしかしたらって! あれって何なのかな? 僕にもできるのかな?」
魔法の試し打ちをしているところを見られていたのか。
なんだか怪しい雰囲気しかなかったので、こうなるとは予想していたんだが……。
それにしても魔法にいたくご執心のようだ。
「お前は平和主義者じゃなかったのか?」
「いや~基本的にそうなんだけど時と場合によるよね? 目的のものがそこに転がっていたら誰でも取ってしまうでしょ? それと同じ感じだよ。 とりあえず、どうかなお兄さん? 僕と戦ってくれない?」
遅かれ早かれこうなるか。ここは戦うしかないようだな。
俺もこの世界の謎現象によって飛躍的に能力が向上している。
せっかくだ。
自分のエーテルを使って魔法を試すチャンス。
利用しない手はない。
「……お前がその気なら排除するのみだ」
「ふふふ、いいねいいね! まぁ同意されなくても攻撃する気でいたからどっちでもよかったんだけど!」
改めて構えをとるカノープス。
ズシリと重そうな大鎌を水平に持ち直す。
お世辞にも強そうな武器ではない。
何かの金属でできてはいるのだろうが、若干錆びついており魔法的な理も持ち合わせていないように見える。
だが、先ほど見せた身体能力は特筆すべきものだった。
警戒していなければダメージを追っていたかもしれない。
俺も戦闘準備を開始する。
物理行動を加速させるアクセラレイト。
純粋なパワーを向上させるブルートフォース。
思考能力を上昇させるブレインストーム。
防御能力を高めるイージスオブヘブン。
魔法攻撃力を強めるプライミーヴァルフォース。
適用されるバフをいくつも重ね掛けし、万全の体制を整える。
魔法使いとはいっても身体能力的には一般人のそれとほぼ変わらなかった。
そのため魔法を使う者は、魔術的な理を組み込むことで身体能力を強化する。
これがなくてはスピードに特化した近代魔法の戦闘について行けないのだ。
「後悔するなよ?」
「後悔なんかしないさ!」
右足に力の波動を感じる。
衝撃波を生むほどの余韻を残して加速し接敵する。
息つく暇もない超高速移動。
カノープスの頭上に瞬時に現れると同時に右手を翳す。
もちろん魔法を放つためだ。
脳内に現れる魔法陣の構造を改変し、範囲を固定。
先ほどは柱となって現れたバーンストーム。
それをカノープスのいる空間にのみに発現させる。
濃縮された炎の威力は超絶だ。
単純に打つ魔法とは一線を画す威力を持つのだ。
耐えられるわけはない。
しかし、カノープスは俺の移動にもついてきている。
俺が何かをしようとしていることも理解しているようだ。
恐ろしいほどの手練れ。
ダンジョン内で戦ったエクスキューショナーなど比較にならないほどである。
奴は魔法が放たれる俺の右手を見て不敵な笑みを見せていた。
「バーンストーム」
柱となって現れるはずの炎塊が炎の球として発現する。
あらゆる存在を燃やし尽くすほどの高熱。
空気が焦げ、石畳の床は真っ赤になりドロドロと溶け始めた。
しかし、そんな攻撃を受けても微動だにしないカノープス。
それどころか表情がさらに晴れやかになっていく。
「んー! こんなエネルギーの塊受けたの久々だよ! でも、やっぱり近くで見てもわからないなーそれ」
大鎌をブンっと薙ぎ、炎の球を消し飛ばす。
カノープスは空中に留まっている俺を逃さない。
息つく暇もない大鎌の連続攻撃が繰り出される。
一つ一つが一撃必殺。
凄まじいスピードである。
しかもこの行動には、魔術的な痕跡が一つも見当たらない。
この世界ではスキルというものがあるらしいがそれのせいなのだろうか?
特に、体力を消費することで発現するスキルは現代魔法とは全く異なるシステムのようでわからないことも多い。
あそこまでの熱量を叩きこんで本当に効いてないのだろうか?
スキルを使ったとしてもあの熱量をどうにかできるとは思えなかった。
通常であれば無傷であるはずがない。
明らかに不可解であったのだ。
ガキン! という金属音が響き、カノープスのラッシュが止まる。
空中で壁にぶつかったかのように大鎌が静止したのだ。
今までとは違い少し怪訝な顔をする。
「なんだいこの固いのは?」
「ウォールオブディナイアル」
世界の法則に干渉し、あらゆる事象を阻害する壁を作る魔法だ。
範囲が狭く使い勝手は悪いが防御能力は他の追随を許さない。
「うぉーるおぶでぃないある?」
「要は絶対に壊せない壁だ」
「僕の知らない力、能力、法則……それでこそここに来た甲斐があるってものだよ!」
大鎌の攻撃は激しさを増す。
しかし、阻まれる斬撃。
次第に鎌は刃こぼれを起こしていく。
「その壁なんとなくわかった気がする」
カノープスにはなにか発見があったようだ。
ハッタリだろうか。
この壁は完全無欠の魔法ではないが、それでも容易に突破できるものではない。
しかし、これだけの攻撃を防いでいるにも関わらずカノープスは余裕の態度を崩さない。
相手は余裕の表情だが、こっちとしては油断してられない。
こちらの魔法も効いていなかったんだからな。
右手をパチンと鳴らす。
フィンガースナップをキーとして無詠唱の魔法を起動する技術だ。
「アイスランス!」
空中に鋭く尖った氷の槍を作り出し対象を射抜く魔法。
四方八方から現れる数十本の氷柱からは逃れるすべはない。
そして一つバフを追加する。
神聖なる力を宿すディバイントランスフォーメーション。
相手は魔族と言っていた。
悪魔とかそういう類に準ずるものだろう。
で、あるならば光属性の攻撃が良く効く。
自らの攻撃に光属性の効果を追加することで的確に弱点を突くわけだ。
着弾までは一瞬だった。
カノープスは現れた氷に反応する間もなく串刺しになる。
俺に攻撃を仕掛けていた勢いがなくなり、だらんと腕を下げる。
深く突き刺さった氷は体を貫通し一目でわかるような致命傷。
青く光る氷からは赤い血が流れ始めた。
だが、やつのにやにやした表情は変わらない。
「驚いたこの僕の防御を貫くことができるなんて……」
「お前はなんだかよくわからなかったがこれで終わりだな」
氷の槍を生成し、照準をカノープスの額に合わせる。
死刑台でギロチンにセットされてる気分だろうな。
まぁ敵であれば容赦はしない。
「じゃあな」