第20話 魔族
暗い夜空に輝く星々と眼下に広がる街の光が奴を照らす。
薄暗い王城の屋上に突如として現れた死神のような姿をしたピエロ。
少し幼さを見せる容姿だが、怪しく青白い皮膚は瞬時に人間のものではないと判断できた。
よく観察すると額には角のようなものも生えている。
「やあ! 君もニンゲンだね?」
と奴は俺に問いかける。
見た目はほとんど人間に近いが、様々な要素から人間ではない。
魔物……とは違うのだろうか?
いままで戦ってきた魔物で言葉をしゃべるようなやつはいなかった。
どれもこれも単純に襲ってくるだけ。
ダンジョン内の魔物しか戦っていなかったので、もしかしたら例外もいるのかもしれない。
例えば知能の高い魔物になると魔法を使って来たり、統率の取れた集団行動をするものもいるらしい。
……そんなことはどうでもいいか。
何にせよ、あいつは敵とみるべきだろう。
大きく鋭い鎌には真っ赤な液体がこびりついている。
あれは血だ。
君も……と、問いかけてくる辺り、ここに来るまでに俺と同じ人間に遭遇してきたと考えられる。
「なになに? せっかく僕が質問してるのに白けちゃうな~」
人差し指を立て、口元に当てる。
そのしぐさは人によってはかわいらしいと表現する者もいるかもしれない。
眉毛を寄せ困ったような顔をすると、あとに続けて話してくる。
「あーそっか。 名乗るには自分からだってさっきの人も言ってたね! これは申し訳ないことをしちゃったよ」
緑色の瞳を片方閉じ俺に向けてウィンクする。
くるくると回り、おどけながら両手を広げると、こちらに挨拶をし始めた。
「僕はカノープス! 見ての通り魔族だよ!」
「……魔族? 魔物とは違うのか?」
「あー! やっとしゃべってくれた! そうだよ魔物じゃなくてマ・ゾ・ク! 僕らを下等な魔物と一緒にしないでくれよぉ~」
魔族とは聞きなれない言葉だ。
今まで教わってきた話では一切出てこなかった。
「悪いが俺もそういう世俗的なことはわからないんだよ。 そもそもお前はどっからきたんだ? よかったら教えてくれ」
なにやらカノープスというやつは上機嫌のようだ。
敵対する意志はないようだが、いつ仕掛けてくるかわからない。
まぁ奴が攻撃してこれば迎撃する、それだけのこと。
聞ける話は聞いておくに越したことはない。
「いやーお兄さんが物分かりいい人で助かるなぁ~。 さっき会った人たちは僕を見るなりいきなり襲い掛かってきたんだもん。 まったく困ったものだよ。 こう見えて僕は平和主義者なんだから」
手を腰に当てて困った表情を見せる。
胡散臭い感じ満載なんだけどな。
「それで、えーっと僕がどこから来たのか? っだっけ? あっちの長い道を通ってきたんだけどわかるかな?」
カノープスは振り返り人差し指をはるか彼方に向ける。
城下町の輝く向こう側。
あっちの方角はデモンズロードのある場所だ。
奴がその場所から来たのだというならば間違いなく、城塞を通っている。
つまり、あの大鎌についている血はこの国の兵士のものだろう。
あまりうろたえてはいけない。
まだ、奴が何をするかわからないからな。
「ああ、なんとなくだがわかる。 あっちの道を通ってきたということはデモンズロードを通ってきたということか?」
「ふふ、あそこの道はデモンズロードっていうのかーなるほどなるほど。 ちょっとお兄さん! 一方的に質問するのってなんだか不公平だと思うんだ。 どうだろう? 僕もこの世界のことはよくわからないから、一つの質問に対して答えたら僕も一つ質問をさせてくれないかな?」
頭のいい奴だ。
一方的に質問していてもあちらが不利になるだけ。
それを理解している。
奴は魔族と言っていたが、この世界を攻めるのであれば魔物でも魔族でも関係ない。
恐らく王城の人たちが言っていた魔王に関係する存在だろう。
約1000年に1度の割合で出現する魔物の群れ。
今現れたのはカノープス以外には見当たらないが、情報が少ない。
もしかしたら、こいつ以外にも似たようなやつらがたくさんいるのかもしれない。
あいつの口車に乗っておくのが一興か。
「かまわないぞ」
「ありがとうお兄さん! 実は僕の目的は強い人と戦いたいってだけなんだ。 だから、この世界で一番強い人って知ってるかな? 燃えるような熱いバトルを楽しみたいんだ!」
なんだよこいつ。
平和主義者とかいいながらめちゃくちゃ武闘派じゃないか。
答えられる範囲で回答するしかないな。
俺も十分強いつもりではいるが、めんどくさそうなのに付きまとわれたくないし。
「あまり俺も詳しくないんだが……」
「いいよいいよ! なんかの糸口になればいいなーって言う感じだから!」
「じゃあ、参考になるかわからないんだが強いて言えば、この国にいる聖騎士とかブラックナイトかな?」
「聖騎士とブラックナイトかー。 うんうん! なんか強そうな響きだね!」
一つの質問に対して一つの質問であれば次は俺。
「じゃあ俺の番だな? お前は一人で来たのか? 魔族の群生を率いてこの世界を滅ぼしに来たんじゃないのか?」
それ2つ質問してない? と言われた。
まぁ同じような質問だし特別だよ、と気楽な感じで了解してくれた。
「僕は一人だけど、そういえば魔王様が軍を率いてやってきてたなー」
「じゃあお前もこの世界を滅ぼしに来たんじゃないのか?」
カノープスはクスりと笑う。
「お兄さん質問は1回だよ! 今度は僕の番! 聖騎士とブラックナイトはどこにいけば会えるかな!?」
頬を赤く染め高揚する気持ちが止まらないご様子。
だがこの質問は教えるとまずいことになりそうだ。
続けて質問しようとしていたことについては誤っておこう。
「ああ、すまん。 だがその質問は答えられないな。 教えればきっと戦いに行くんだろ?」
「そうだね! 僕の目的は強いやつと戦いたいだけなんだから! うーん……まぁ教えられないなら仕方ないや。 あーそれで次の質問は世界を滅ぼしに来たんじゃないか? だっけ?」
世界の命運を左右する話だってのに本当に気楽なやつだなこいつ。
「少なくても僕はそんな気はないかな~。 でも魔王様はやる気満々だったような気がするよ。 一応僕も魔王軍の一部っぽいから、その戦闘に加わることもあるかもしれない?」
「いやなんで疑問形なんだ?」
「僕って正規の部下ってわけじゃないんだよね。 そもそもこっちの世界に来るために魔王軍に入ったみたいなもんだし。 こっちの世界にこれたからもうどうでもいい感じ?」
なんだかよくわからないやつだな。
それはともかく魔族達がこの町に攻めてくることは間違いなさそうだ。
魔王と呼ばれるやつもいるらしい。
ロッジ、ロイス、ヴィネーや王様に聞いたとおりの話だ。
こんなに早く戦闘が始まろうとしてるとは思いもよらなかった。
「そういえば聖騎士とかブラックナイトってどんな格好しているのかな? それぐらいは教えてくれてもいいんじゃない?」
恰好くらいなら問題ないか?
どっちにしろ相手が魔王軍であるならばいずれ戦うだろう。
聖騎士やブラックナイトを標的にするならば、他の兵士に被害が及ぶことも少なくなる可能性がある。
「白い羽飾りとミスリルの鎧を着た兵士が聖騎士だ。 ブラックナイトは黒い鎧を着ている方だな」
「ミスリルの鎧かぁ~うーん……」
瞳をつぶり考え込むカノープス。
腕を組み何かを思い出しているようだ。
そして、あ! と目を大きく開ける。
「そういえばさっき門のところで似たような鎧着てた人がいた気する! いや~でもそんなに強くなかったんだよね! もしかしたら見間違いかな?」
デモンズロードから現れてここに来ているということは一定間隔で儲けている城塞を突破しなくてはならない。それならば間違いなく聖騎士に一人は接触しているはず。つまりこいつは聖騎士レベルの兵士を苦もなく排除してここまでやってきたのだろう。
警戒レベルを1段階引き上げる。
やはりこいつは逃してはならないやつなのでは?
「だったらブラックナイトのほうに期待かなぁ~そっちが強ければいいんだけどね。 ……でも、それよりもっと面白いものを見つけた気がするよ!」
「面白いもの? それはさておき、お前は強いやつと戦いたいんだよな?」
「うん? そうだよ?」
「だったら魔王はだめなのか?」
カノープスはぶっと吹き出し。
腹を抱えて笑い始める。
「あっはっはっは! 面白いこと言うねお兄さん」
「魔族の親玉みたいなもんなんだろ? 弱いわけがない」
「お兄さんの言うことも最もだと思うけど、ダメなんだよねぇ~」
「どうしてだ?」
「それはね……」
緑色の瞳がギンと輝く。
高まるエネルギー。
空気が揺れ、力が伝播する。
荒れ狂うエーテルは突風に変化し、屋上の床を深く抉る。
カノープスの眼がこちらを鋭く睨みつけ、こう言い放った。
「僕の方が魔王様より強いからさ!」