その十五 ボロンカルの滅亡
マヤの神話と伝説
ボロンカルの滅亡
ビリャ・ヌエバの南方、ウルア川の昔の河岸、実際の流れで4キロメートルといったところにボロンカルという都市がありました。
そこの住民は平和を愛し、働きものという評判を取っておりましたし、ほとんどの人が幸せな暮らしを楽しんでおりました。
その当時で生活を快適なものにする全てのものが備わっており、その都市の盛んな繁栄振りの評判は遠く離れた地にまで伝わり、尊敬と賛美の念を抱かせておりました。
神官は部族の伝統に満ちた歴史を暗誦記憶させながら、聖なる書物を講義することにより、部族の若者を教育しておりました。
猟師はするりと逃げ出そうとする獲物を追って近くの森を駆け回っておりましたし、漁師は水面ではカヌーを素早く滑らせたり、そんなに深くない小川ではフィスガと呼ばれる武器を持って足を踏み入れました。
そして、美味しそうな魚を捕らえては、たきぎで煤けた岸辺で美味しそうに焼いておりました。
土鍋はとうもろこしとか豆で一杯に満たされておりました。
ここは、不安の影をばら撒く戦さに気を煩わすことも無く、人々は権威ある者を尊敬し、神々を崇めておりましたし、神々の命は人々の心からの深い信仰心を勝ち取っていましたから、抗われることも無く順守されておりました。
ホルポルの娘はニクテーという名前で15歳になっておりました。
彼女は香り高く春めいて、五月の花のような乙女でした。
たくさんの男たちが彼女と結婚しようと求婚してきました。
いつも両肩に矢で仕留めた獲物を抱えた強靭で敏捷な猟師のコチャンは熱烈に彼女に求婚していました。
また、ナコというペロータ(球戯)の逞しいキャプテンも彼女に言い寄り、ツォルキンとの次の試合で贈り物としてコパンチームのライバルの首を贈ることとしていました。
勇敢な戦士の小隊長で死を恐れぬホルカッブもまた彼女を愛していました。
彼女の眼の中に星の柔らかな輝きが見えると思っていた天文学者のナチンも彼女を崇拝していました。
全員が彼女を得る特権を獲得するために、ニクテーの父のために五年間働くということを申し出ていました。
しかし、この内気な若い娘はこれらの愛情豊かな要求に対して、いつも同じように応じておりました。
「マ・イン・カ・ティ(嫌よ)」
「どうして、お前は私にそんなにつれないのか?」
ホルカッブはニクテーに尋ねました。
「ニクテー、私の妻になっておくれ、私は年の最後の種まきのための優しく忠実な伴侶を求めているのだ」
「嫌よ。私は雨と(天文の)食を予言したり、輝く朝に青いホタルブクロの新鮮な房を両手に掲げ、太陽神に向かい両腕を伸ばして歩く、青い祭服を着た若い神官を愛しているのよ」
「ニクテー、お前はそれが神への冒涜になることを知っているのかい」
その若者はおびえながら訊ねました。
「考えを変えなきゃだめだよ。さもないと、お前の頑固さはウラカンを怒らせ、私たちの国に大きな災いをもたらすことになるから。お前は求婚者の誰かと結婚するべきだよ」
しかし、その強情な乙女は、さも軽蔑したように、鼻に皺を寄せるだけでした。
「嫌よ。スカンクのおならでも嗅いだらいかが。美しいことを語ることを知らないくせに。その神官は私に言ったの、お前は春の夜明けのように美しく、ヨホア湖に咲く美しい花のような香りがすると」
そうこうしている内に、ボロンカルに異変が起こりました。
明けの明星、すなわち、暁に昇る金星が天空にその姿を見せ、マヤの料理をするため、かまどで絶えることなく燃えている燃えさしに息を吹きかけようと、女たちがいつものように早起きをした或る日のこと、突然恐ろしい音が聞こえました。
それはとても強い音で朝の静けさを打ち破り、住民の心を震えさせ、恐怖で満たしました。
ボロンカルの正面に大きなカヌーの船団が押し寄せ、一つ目の恐ろしい姿をした悪魔の群れが陸地に下りてきました。
これらの化け物は全て悪魔のような激烈な振る舞いで都市を襲い、住民たちを殺戮し、家々に火をつけました。
昼になった頃には、太陽は、死体で充満しすっかり壊滅し、野原と化したところで弱々しく燃えている炎から出る濃い煙でほとんど覆い隠されておりました。
その残酷で無慈悲な群れは自分たちが引き起こした崩壊にも満足せず、首を切られずに生きながらえた若い女たちを野蛮な性欲の本能を満たすための犠牲者として一緒に連れて行きました。
そして、甘美で優美な乙女のニクテーもそのような乱痴気騒ぎの中で死にました。
その恐怖は今日まで語り継がれた神話にも具現化されています。
神聖な書物、信仰に欠かせぬ装飾品や什器、ブロンズのガラガラヘビといったものは虐殺を免れた幾人かの神官によって救出されました。
それらは数レグアほど離れた三つの洞窟に懸命に保存されました。
その秘密を知るインディオは決してその秘密を洩らさず、謎をそのままに残し、神官たち同様、死んでいきました。
- 完 -