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駐屯地の太陽の日差しには気をつけて

 平日はごく普通の事務職をこなすOLの彩花は、趣味の活動は週末にあてる。ありがたい事に彩花が参加したいイベントのほとんどが週末に開催されていた。どんな雰囲気なのか、分からないなりにもホームページで調べればなんとなく掴める。現地へのアクセスも簡単に確認ができた。


「最寄りの駅からシャトルバスが出るんだね! この駐屯地の見どころは……市街地にあるにもかかわらず大砲が鳴る!?」


 つい大きな声で読んでしまう。それがどれほど凄いものなのかは分からない彩花は、花火を打ち明けるようなものかしらと想像した。SNSで調べると、イベントなどでは両手が空いたほうがいいと書いてあったのでリュックサックを準備した。敷物、飲み物、簡単な食べ物にゴミを入れる袋とまるで遠足だ。そして、忘れてはならないカメラのセット。一人で行くから荷物は少なくしたい。悩みに悩んでズームレンズをセットしてカメラカバーで保護して首から斜めに下げた。


「よし、オッケー」


 たくさん写真を撮って、誰もが唸るような画を収めたい。そんな意気込みで家を出た。






 彩花が最寄り駅につくと、最後尾というプラカードを持った自衛官が立っているのが目に入った。その人は濃い緑色の制服を着ている。いつか彩花の落とし物について、丁寧に対応してくれた人と同じ制服だ。


「すみません。駐屯地の記念式典なんですけど」

「こちらにお並びください。間もなくバスが参ります」


 見ればずらりと人が並んでいる。彩花は意外だと心の中で思った。自衛隊の記念行事を見に来る人なんて、その関係者かミリタリーマニアぐらいだと思っていたから。でも違った。若い女性や小さな子供を連れた家族もいる。


(ちょっとバカにしてた。ごめんなさい)


 自分だって変わり者だと分かっている。でもまさかこんなに一般的な人たちがいるとは本当に思っていなかった。暫くすると中型のバスが来たので係員の誘導に従って乗り込んだ。それは自衛隊の所有するバスだとすぐにわかる。なぜならば禁煙と赤字で書かれた注意事項のとなりに、弾帯は外してくださいと書いてあったからだ。


(弾帯って、ああ、ガンベルト!)


 日本語の下に英語でPlease take off gun Beltと書かれてあったからだ。彩花はこっそりスマートフォンをとりだして珍しいその光景を撮った。


(なんだかワクワクするのよね)


 私ってこんなことに興味があったのねと、まるで他人事のように呟いてはニヤける。友達を誘ったけれど用があるからと断られていた。でも、彩花は決めた。これからも一人で行こう。



 基地につくとゲートで手荷物検査を受ける。バッグの中を係員に見せて基地の敷地内に踏み込んだ。番号が振られた建物の間を抜けメイン通りに入るとたくさんの人が歩いていた。まるでお祭りのように出店まである。


「お祭りみたい。ありなんだね! 基地の中でこんなこと」


 焼きそばやたこ焼き、かき氷と本当に祭りに来たようだ。ここの基地の所属だろうか、迷彩服を着た自衛官も買っている。和やかな雰囲気に彩花は思わずカメラを構えた。


「人の動きもなんだか魅力的」


 ファインダーから覗くと、肉眼で見るのとは違う気がする。小さな子供の破顔したその手にはミニ戦車のおもちゃがあったり、家族だろうか迷彩服の自衛官が子供を肩車した姿が見える。そんな穏やかな時間の流れとは別に警備にあたる隊員もいる。背中に機械を背負い無線を片手に、鋭い眼光で行き交う人々を見ていた。


「渋いなぁあの人。お父さんくらいの年齢かしら。ベテランの匂いがする。かっこいい」


 迷彩の戦闘服、太いベルトにたくさんの器具がつけられて重そうな機械を背負っていた。同じく迷彩のヘルメットを被り、しっかりとしめられた顎紐に、その隙間から見える日に焼けた肌は戦う男そのものだった。彩花は夢中になってそういった男たちをカメラに収めた。


『ただ今より、第63回駐屯地記念式典を始めます。西門より各部隊の……』


 式典の始まりを告げるアナウンスが始まった。中央の広場に行くとすでに人だかりとなっており式典の様子が見えない。彩花は小柄なその身をわずかに空いた隙間に捩じ込んだ。木の幹が視界を遮るけれどもう他にいい場所は見当たらなかった。


(いいのよ、私にはズームレンズがあるから)


 肉眼で見えなくてもカメラを通して見ればいい。彩花は心の中でにんまり笑うと、片目を瞑ってファインダーを覗き込んだ。


「あっ、来た。すごい団体さんだよ。第なんとか師団だって。よく分かんないや。でも行進はすごいね。赤のスカーフが映えるわ」


 戦闘服に身を包んだ隊員たちが、寸分も狂いのない動きで腕を振り脚を運ぶ。来賓の前を通るとき隊長と思わしき人の号令に機敏に反応をした。


『敬礼!』


 ザッ! と風を切る音が鳴る。全員が来賓の方に顔を向け右手を上げた。


(かっこいいー)


 彼らは首に赤いスカーフを巻いた普通科連隊と呼ばれる者たち。標準的な戦術単位として任務に当たる者たちで有事が起きた時、この日本の大地を身ひとつで護るのだ。土に塗れ、雨に打たれ、地面を這いながらも敵の侵入を防ぐために戦う部隊。そしてその他の部隊も行進を始めた。そうこうしていると陸上自衛隊が保有する車両が入ってきた。もう説明を聞いても分からない。ただ分かるのは、危険物を載せて走るトラックや整備をするために使う機材といった大まかなことだけ。


「なんか、すごい以外の言葉が見つからない。というか、埃もすごっ。ケホッ……ケホッケホッ」


 彩花はずっと中腰でいたせいか足の痺れに顔をしかめた。体重をかける足を変えたり膝をついたりしてやり過ごす。すると、待ちに待った戦車が姿を現した。周りの空気がザワッと動き、どこに隠し持っていたのか多数のカメラのレンズが一斉に向いた。彩花も負けずとシャッターを押す。もうあれが何式かなんてどうでもいい。とにかくかっこいい写真を撮りたい一心で通り過ぎる瞬間まで連写した。


「ふぅ……撮れたかな」


 確認しようと表示パネルに目を向けた時、けたたましい音が頭上からした。


「え?」


 姿は見えないのにバリバリと空を割らんばかりの音がする。頭上にそびえる木の枝が目隠しとなって見えない。そんな時、誰かが言った。


「チヌークが編隊で来た!」

「マジか!」


 男性の興奮した声がする。なにやら空を騒がしているのは自衛隊が保有するヘリコプターのようだ。彩花もこれは是非とも撮らなければと人の隙間を縫って後ろに下がった。できるだけ木に邪魔されないように。


「きたきたきたぁ!」


 そんな声に合わせるように彩花はカメラを構えた。


「うわっ、近い……!」


 正面から堂々と現れた輸送ヘリコプターCH-47JA、通称チヌーク。大きな機体がバリバリと音をたて目の前に現れた。思わず体を反ってしまうほどの迫力だ。


「まって、めいっぱい引いても入らないんだけど! えっ、やだ行かないでっ」


 ズームレンズを装着していた彩花のカメラにはその全貌が収まらなかった。ズームレンズは焦点を絞っているため大きく撮れるけれど視界が狭い。だから大サービスで低空を飛んだチヌークの鼻先しか撮れていない。あたふたしている間にその姿は消え去る。


「えー。ショック」


 落ち込んでいる暇はない、念の為と持ってきていた標準レンズに付け換えよう。そう思ってリュックサックに手をかけたとき、次のヘリコプターが飛んできた。


「うそ、間に合わないよっ。もう!」


 彩花は付け換えるのを諦めて、ポケットからスマートフォンを取り出した。悔しいけれどこれしかない!


「なんなのよぅ、一眼レフ持ってきた意味ないじゃん!」


 悲しいけれどこのスマートフォン、その全貌をきれいに収めてくれた。しかも中から手を振る隊員までも抑えているではないか。


「はぁー、なんてことよ」


 ガックリうなだれる彩花の目に飛び込んできたのは、カメラを二台下げた人。ああそう言うことかと彩花は思った。


「二刀流……か。勝てないわ」


 晴れたこの日の日差しは思ったよりも強い。項垂れた彩花の頭のてっぺんをジリジリと焦がしていく。


 午前の部が終わり、一時間のお昼休憩となった。その場にいた人たちは日陰を求めて散っていく。彩花もどこかで休もうと顔を上げると、一瞬立ち眩みがした。


「あれ、くらくらする。しまった、帽子被ってこなかったから」


 彩花は近くの木陰に這うようにして移動した。なんとか背中を木の幹に預けて持ってきたお茶を手にとった。ペットボトルのキャップは太陽にあてられて、弱った彩花には開けられない。


「ダメダメじゃない」


 キャップも開けられないのかと情けなくて笑えてくる。彩花はお茶を握りしめたままその腕を放り出した。触れる地面の土も熱い。


(あぁー、ヤバいかも。なにやってるんだろ私)


 開いていた目が急に重くなり、眠気まで襲ってきた。もう倒れる、彩花がそう覚悟したとき頭の上から声がした。


「大丈夫ですか! しっかりするんだ。ああ、熱中症か。すみませんが体を触りますよ!」

「んっ」


 彩花は返事もできなくなっていた。声をかけたのは休憩で通りかかった自衛官だ。具合悪そうに座り込んだ彩花を見て、心配して近づいてきたところだった。


「救護テントに行きましょう。持ち上げますからね!」


 ふわっと体が浮いたので、運ばれているよと冷静な脳の一部がそう彩花に伝達をした。


「ごめん、なさい」


 絞り出した声は出した本人にも届かないほど小さい。そんな彩花の顔を見下ろす自衛官はあることに気がつく。


「あっ、君は」


 その声を聞いたのを最後に、彩花の意識はスーッと飛んでいった。


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