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第八話 タイムラグ

最近様子のおかしな夫の秘密とは……

(『星空文庫』さんに『タキオンビーム』というタイトルで発表した作品を改題しました)

 そこは、わりと評判のいいメンタルクリニックだった。

「野口さん、診療室にお入りください」

 妻らしき女性に付き添われて入って来た男を見て、医師はすぐに異常に気付いた。目の焦点が合っていないし、何かブツブツ言っている。できるだけ優しい声で「どうぞお掛けください」と言ったが、全く反応がなかった。

 妻に手足を誘導されてようやく椅子に座ったが、依然として視線が定まっていない。

 だが、医師が話しかける前に、男はいきなりしゃべり出した。

「うーん、花びらかな。ここのところはカエルみたいに見えるね」=A

「えっ、何ですか?」

 男が医師の質問に答えないため、妻が代わりに話し始めた。

「最近、ずっとこうなんです。話がかみ合わないし、わけのわからないことばかり言うし」

「最近というのはいつ頃でしょう?」

 妻が答える前に男が割り込んできた。

「そうだなあ。夏休みの最後の日に、まだ宿題が終わっていないとかだろう」=B

 妻がすまなそうに頭を下げ、医師の質問に答えた。

「さあ、超光速エンジン製作のメドがついたと喜んでいた頃ですから、一ヶ月くらい前からだと思います」

「ほう、ご主人はエンジニアなんですね」

「はい。仕事熱心で責任感の強い人です。そのストレスのせいでしょうか?」

「そうかもしれません。ちょっと検査してみましょう」

 医師はインクのシミのようなものがついた紙を男に示した。

「さあ、野口さん。この模様が何に見えますか?」=1

 だが、またしても男の返事はかみ合わないものだった。

「そういうことも、理論的にはあり得るだろうな」=C

 医師はちょっと困った顔になり、紙をしまった。

 次に紙芝居の絵のようなものを男に見せた。机に座っている小学生ぐらいの女の子が泣いている絵だった。

「野口さん、想像してみてください。この女の子は何故泣いているのでしょう?」=2

「事故と言うほどではないが、一度、うっかりしてタキオンビームに当たってしまったことはあったがね」=D

 やれやれという表情を浮かべた医師は、次の瞬間、ハッとした。

「もしかして、野口さんと我々の時間がズレているんじゃありませんか?」=3

「なるほど、タキオンビームの副作用かもしれんな。研究所のデータを調べてみる必要があるぞ」=E

 医師は男が少し前に言ったことを思い出しながら、それが答えになる質問をしてみた。

「野口さん、超光速エンジンの実験の際に、何か事故はありませんでしたか?」=4

「ありがとう。そうなるといいね。まさに災い転じて何とやら、だな」=F

「ええと、次は何だっけ。ああ、そうか。野口さん、そのタキオン何とかが原因じゃありませんか?」=5

「いや、基本的に企業からの援助は断っているんだ。国立の研究所だからね」=G

「うーん、次は褒め言葉だな。野口さん、もしかすると、これは世紀の大発見につながるかもしれませんね。ノーベル賞ものですよ」=6

「すまんが、もう帰る。急いで研究所に行かなくては」

 男は立ち上がり、診察室を出てしまった。

 医師は仕方なく、次に男に言うべき質問を妻に言った。

「今後、この研究には、多くの企業から援助の申し出があるんじゃないですか?」=7

「わたしにそんなことを聞かれても、わかりませんわ」

(作者註:アルファベットと番号を合わせてみてください)

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