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第十五話 他人の恋を笑うな

友人の篠原を呼び出した久保の相談とは……

(『星空文庫』さんに『高嶺の花』というタイトルで掲載した作品を改題しました)

 得意先回りを中断し、篠原が約束の喫茶店に行くと、すでに友人の久保が待っていた。

「おまえが時間前に来るなんて、珍しいな」

「あ、ああ」

 上ずった声でそう言うと、顔を赤くした。明らかに様子がおかしい。

 向かいの席に座ると、篠原は店員にコーヒーを頼み、さっそく久保にたずねた。

「どうした? 折り入って相談があるって言ってたけど」

「うん」

 返事をしたのに、後が続かない。篠原は少しれてきた。

「おいおい、おれだって仕事を抜けて来てるんだ。おまえもまだ勤務中だろう。用事があるなら、早く言えよ」

「ああ、うん、ええと、その」

 ますます久保の顔が赤くなった。

「言わないなら、帰るぞ」

 席を立とうとする篠原を、久保があわてて止めた。

「待ってくれ。言う。言うから約束してくれ」

「何を」

「笑わない、って」

「ふふん」

「あっ、笑ったな!」

「違うさ。ちょっと鼻から息を抜いただけだ。いいから話せよ」

 篠原も少し興味がわいてきたらしく、浮かしかけていた腰をおろした。

 久保は何度かつばを飲み込み、ようやく決心したように口を開いた。

「実は、今日、きみの会社に行った」

「ほう、知らなかったな。水くさいじゃないか。なんで声をかけてくれなかったんだ?」

「そのつもりだった。でも」

「なんだよ。もったいぶらずに、早く本題を言えよ」

 久保は再び顔を赤らめた。

「きみの会社に入るとすぐ、受付があるよな」

「ああ、あるよ」

「そこに、その、すごい美人が座ってるだろ」

「おお、そうだな」

 篠原はニヤリとした。

「笑わないって、約束したじゃないか!」

「笑ってない、笑ってない。で、あのがどうした」

「ひ、一目惚ひとめぼれ、した」

「ほう」

 ますます篠原のほほゆるんできた。

「笑うな!」

「だから、笑ってないって」

 篠原は、久保に気づかれないよに、ギュッと自分のももをつねった。

「ぼくだって、わかってるさ。こんな風采ふうさいの上がらない男にとって、彼女が高嶺たかねの花だってことぐらい」

「まあまあ、そんなに卑下ひげするなよ。一応、社外には秘密なんだけど、おまえには教えといてやろう。確かに彼女は美人だけどさ、ここだけの話」

「な、なんだよ」

「ありゃあ、人工だぜ」

「ああ、それなら大丈夫。ぼくは美容整形に全然反対じゃない。本人がそうしたいのなら、その意思を尊重するよ」

 篠原はあわてて手を振った。

「違う違う。そういう意味じゃないよ。うーん、何て言ったらいいんだ。つまり、あの娘はあの場所から動けないんだ」

「そうなのか。なんて可哀かわいそうな」

「だから、違うって。あの娘には上半身しかないんだよ」

 久保の顔が、パッと輝いた。

「そうか、人魚なのか! 道理で人間離れした美しさだと思ったよ。なるほどなあ」

 とうとう篠原は吹き出してしまった。

「何バカなこと言ってんだよ。ロボットだよ。上半身だけのアンドロイドさ」

「それなら、それでもいい」

「え?」

「誰にだって、欠点はあるさ」

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