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第十二話 社長の器

高田はあと少しで社長になれると思っていたが……

 長い道のりだったが、高田は明日の取締役会でいよいよ社長に選任されることになった。

 思えば、入社試験の面接で「将来の夢は社長になることです」と言って失笑されてから三十年、随分あくどいこともやってライバルたちを蹴落けおとしてきたが、ようやくその夢がかなうのである。

 もちろん、うれしいことはうれしい。だが、なんだか情熱が燃え尽きてしまったようにも思える。今までは社長になるためだけに全力をそそぎ、なった後のことなど何も考えていなかったのだ。

(まあ、なってしまえば、追々おいおいに実感もいてくるのだろう。とりあえず、いつでも社長の席に移れるよう、デスクを片付けておくか。ん、何だこのボタンは。こんなところにボタンがあるなんて、今まで知らなかったぞ。何のためのボタンなんだ。まさか盗聴器のたぐいじゃないだろうな。いやいや、こんなに出っ張った盗聴器はあるまい。それにどう見ても、指で押すボタンだ。そうか。非常の際に、警備員を呼ぶボタンだな)

 それにしても、このデスクを使っている高田が知らないのでは、警報の意味をなさない。

(よし、ためしに押してやれ。それで警備員が来るようなら、警備担当者をうんとしかってやる。さあ、押すぞ)

 大きなベルが鳴り、高田の視界は暗転あんてんした。


「さあ、目が覚めたかね」

 急に明るくなったため、高田は目をしばたいて周囲を見回した。

(ここは、大会議室じゃないか。このテーブル配置は、見覚えがある。入社試験の面接の時と同じだぞ)

 それどころか、高田の正面には、その時の面接官がそのまま座っていた。

「以上で、きみの適性を調べるためのバーチャルゲームは終了だ。五感対応型の最新マシンだから、ほぼ現実と変わらない体験ができたと思う。まあ、実際にはほんの数分間の出来事だがね。それはさて置き、きみは我々の予想以上にがんばって、社長にあと一歩のところまで出世したようだね。一応、おめでとうと言っておくよ」

(それじゃ、今までのことはバーチャルゲームだったのか)

「大丈夫かね。意識はハッキリしているかい?」

「あ、はい。あまりにリアルだったので、まだちょっと、気持の切り替えができなくて」

「うん、そうだろうな。だが、時は金なり、だ。普通の会社は、追って結果を連絡するのだろうが、我が社のモットーは即断即決だ。この場で採否さいひを決定するので、ちょっとそのまま待っていてくれたまえ」

 バーチャルゲームの中とはいえ、自分なりに全力を尽くしたと思う。高田のやる気が本物であることだけは、充分わかってもらえただろう。

 面接官は席を立ち、左奥のオブザーバー席に座っている、おそらくはこの会社の重役と思われる人物と二言三言ふたことみこと話していたが、すぐに結論が出たらしく、席に戻って高田の方に向き直った。

「それでは、結果を伝える」

 高田はゴクリとつばを飲み込んだ。

「残念ながら、きみは不採用だ」

「ええっ、何故ですか?」

「きみには協調性がない。また、目的のためなら手段を選ばないところがある」

 高田は必死に反論をこころみた。

「しかし、この業界の厳しい競争を勝ち抜くためには、それもまた、やむを得ないのではないでしょうか?」

「まあ、確かに、社外に対しては、そうだろうな。だが」

 面接官はちょっと困ったような顔で、オブザーバー席を見た。重役らしき人物は、苦虫にがむしつぶしたような不機嫌な顔で、小さくうなずいた。

 面接官は、高田をなだめるような声で説明を続けた。

「だが、ゲームの中できみが卑怯ひきょうな手段でおとしいれたライバルの一人は、社長のご子息がモデルなのだよ」

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