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第十話 一期一会

遠方の惑星に左遷された園田を待っていたのは……

 惑星フローラに単身赴任することになって一番落胆したのは、園田本人より妻だった。

「あんなド田舎の惑星に左遷されるなんて、あなた、いったい何をやらかしたの?」

「別に思い当たることなんか、ないよ。単に順番だろう」

「そんなことあるもんですか。ああ、もう。ご近所の奥様たちに、明日からどんな顔して挨拶すればいいのよ」

 園田の会社では、小惑星を丸ごと買い取って社宅にしている。家賃が安くていいのだが、こういう時は困りものだと思った。


 出発の日、当然のことながら妻は見送りにも来ず、宙港に来たのは非番の部下一人だけという、淋しい状況だった。

 しかも、フローラへは直行便がなく、途中で乗り換えが三回もある。乗り換えるたびに宇宙船が古く汚くなっていき、園田は先行きが不安になった。

 園田の任務はフローラに営業所を作るための下調査だが、場合によっては計画そのものの中止を進言しなくてはならない。念のため、事前にフローラの情報を仕込んでおこうとスターペディアで検索してみたが、驚くほど記載が少なかった。珍しく植物系の知的生物が支配している惑星のようだが、人口が1となっていて、単位が出ていない。田舎の惑星だから、せいぜい百万人(=1ミリオン)ということだろう。

 園田の乗ったオンボロ宇宙船はようやくフローラに到着したが、この惑星には宙港すらなく、広場のようなところにじかに着陸した。ここで降りる乗客は園田一人である。

 降水量が少ないらしく、ところどころにヒョロヒョロした灌木かんぼくが生えているくらいで、荒涼とした惑星である。文明の存在を示すようなものが何もない。現地人の出迎えもなく、これからどうしたものかと園田が周囲を見回すと、立札のようなものを見つけた。そこには銀河系標準語で、次のように書いてあった。

【フローラへようこそ。そのまま真っ直ぐお進みください】

 しかたなく、そのまま十分ほど歩くと、次の立札があった。

【ここから右に曲がってください】

 さらにしばらく歩くと、石造りのドームのような建物が見えた。扉はなく、園田はそのまま中に入った。床もなく、下はむき出しの地面だ。

 ドーム状の天井に何ヶ所か明り取りの天窓がいていて、中は結構明るい。広さは小学校の体育館ぐらいだろうか。中はガランとして何もない。

 いや、中央に直径一メートルぐらいの、レンガで丸く囲った場所があった。中には柔らかそうな土があり、本当に花壇のようである。近づいてみると、その横にまた、小さな立札があった。

【御用のある方は、建物の外にある井戸から水を一杯んできて、花壇の中にいてください】

「なんで、おれがそんなことをしなくちゃならないんだよ!」

 園田は腹立たしいのを堪え、井戸から水を汲み上げてその花壇に撒いた。

 すると、突然、土がムクムクと盛り上がり、植物の双葉のようなものが生えて来たかと思うと、アッという間に園田の身長ぐらいに成長した。さらに、天辺に大きなつぼみができ、パカッと開いて大輪の花が咲いた。その花から、プンと甘い香りがただよってきた。

「まるで手品みたいだな」

 園田が感心していると、建物の外からブーンという大きな音が聞こえ、天窓からハチのような虫の大群が入ってきた。

「うわーっ、何だこりゃ」

 あわてて壁際に張り付き、様子を見ていると、ハチのような虫たちは一匹ずつ順番に花に留まっている。まるで、何かの儀式のようだ。それが済むと、虫たちはまた天窓から出て行った。

 何事が起きているのかわからず、園田が呆然としていると、いきなり、その花が銀河系標準語でしゃべり始めた。

「ご面倒をおかけしました。わたくしがこの惑星の女王、フロリア第十万四千二百六十七世です」

 花の中央部分に巨大な気孔のような穴があり、声はそこから出ていた。園田は面食らったが、挨拶されている以上、返事をしなければならない。

「えー、自分は園田五郎です。通達があったと思いますが、わが星空商事がこちらに営業所を作ることになりまして、そのための現地調査に参りました。ご指導ご鞭撻べんたつのほど、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。さて、先代までの歴代の全情報は先ほど虫たちから受け取りましたので、状況は把握しています。これから、園田さまのことを虫たちに伝えます。尚、今後の交渉はわたくしに替わり虫たちがやってくれます。言葉は喋れませんが、言うことは理解しますので」

「えっ、お仲間はいないんですか?」

「残念ながら、太古からの掟で、一度に生存できるフローラ人は一人だけと決まっているのです」

 なんということだ。百万人どころか、住民は一人しかいないのだ。

 また、プンと甘い香りが漂ってきた。再び、建物の外からブーンという大きな音が聞こえ、天窓から虫の大群が入ってきた。虫たちは順番にフロリアにとどまり、それが済むと、また順番に天窓から出て行った。

「これで大丈夫です。今、虫たちに伝言をお願いしました。園田さまがお知りになりたいことがあれば、いつでも虫たちにお尋ねください。キーボードの操作はできますので、簡単なことなら返事ができます。さて、わたくしは園田さまにお会いすることができ、本当に幸せな一生でした。また、ご面倒をおかけしますが、後で土に埋めてください」

 それだけ告げると、アッという間にフロリアは枯れてしまい、黒い大きな種だけが残った。約束通りそれを土に埋めたものの、園田は少し不安になってきた。

 やがて戻って来た虫たちが、運んできた草木で、ドームの中にベッドやテーブルなどを作りだした。一通り出来上がると、今度は食料品を運んできてくれた。腹が減っていた園田は、それをありがたくいただいた。

 虫たちに質問すると、空中に○やXの形にホバリングしたり、パソコンのキーボードに体当たりして文章を打ってくれたりした。それでも、すぐに退屈してしまった。

「ちょっと、話し相手が欲しいな。うーん、そうだ、いいことがある」

 園田は再び井戸から水を汲んできて、花壇に撒いた。

 土がムクムクと盛り上がり、植物の双葉のようなものが生えて来たかと思うと、アッという間に園田の身長ぐらいに成長した。さらに、天辺に大きな蕾ができ、パカッと開いて大輪の花が咲いた。さらに、そこからプンと甘い香りが漂ってきた。建物の外からブーンという大きな音が聞こえ、天窓からハチのような虫の大群が入って来て、順番に花に接触すると出て行った。

「わたくしはこの惑星の女王、フロリア第十万四千二百六十八世です。園田さま、先代のフロリア第十万四千二百六十七世が大変お世話になりました。何か緊急事態でしょうか?」

「あ、いや、その」

 園田は、自分の軽率な行為を後悔した。

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