第二章 三節
犬追物の授業を終えた時宗たちは食堂へと向かっていた。
「あいてるな」
「おう、良かった良かった」
「早く食べましょうヨ。おなかペコペコデス」
時宗、興家、モハンマドの三人が揃って入る。モハンマドは真っ先に緑色の紙に書かれたメニューを手に取った。
「おっ、今日のハラールフードは当たりデスね」
「よかったじゃねぇか」
モハンマドが安堵したように言う。この緑色の紙は、その日のハラールフードのメニューである。ハラールフードとは、イスラム教において食べてはいけないとされている食材、調理法を用いていない料理である。モハンマドは敬虔なムスリムであるがゆえハラールフードしか食べられないのだ。彼以外にも国際同盟には、イラン、サウジアラビア、UAE、インドネシアなどイスラム国家の人間は多い。故に、国際同盟の士官を育てる最高峰の教育機関たる尚武学園には、ムスリムが安心して食べられるハラールフードが常においてあるのだ。
「時宗も早く食べマショウ!」
「時宗、早く来いよ」
「わかってる」
時宗、興家、モハンマドの三人は食堂に並ぶ。
「おばちゃん、ハラールチキンカレーよろしくデス」
「俺はモルモットの丸焼き定食で」
「私は天麩羅定食を」
三人思い思いに注文をする。日本ではあまりなじみのないモルモットの丸焼き定食だが、ペルーなど南米出身者には良く食されている。このあたりも尚武学園の特異性が表れてると言えるだろう。
それぞれのメニューを受け取って三人は食堂の席に座る。
「さて、何か話しまショウか?」
「だな」
「では、何を話そうか」
時宗の問いかけに、興家が答える。
「じゃあ、それぞれの目標とかどうだ?」
それを聞いて。モハンマドと時宗は頷く。
「それはいいデスね」
「ああ、そうだな。私も賛成だ」
それを聞いて興家はにこりとする。
「じゃあまずは俺だな。俺の目標は、金だ」
それを聞いてモハンマドと時宗は首を傾げた。
「金、デスか。この学園、というより、一組の生徒人でお金目的の人は珍しいデスね」
「ああ、珍しいだろうな。どちらかというと出世欲の塊が通うのが私たちのクラスだからな」
そう、尚武学園はその特性上、どうしても権勢欲や名誉欲が強い人物が集まる。そんな中、純粋に金を求める彼のその姿勢が、時宗とモハンマドからすると不思議だった。
興家は笑いながら言う。
「ほら、俺の家ってもともとアメリカだろ? だけどさ、日米対立が激化する中で、日系人や華僑等のアジア系は居づらくなった。明確な差別はなかったけど、空気が最悪だったぜ」
その言葉に二人は耳を傾ける。
「で、持ってた不動産を全部うっぱらって俺のオヤジは日本に来た。まぁ、そういうわけで俺は俗にいう出戻り日系人ってわけだ。親父はそんな中、技術者としての力を生かして町工場をやっている。だけど、金が足りない。俺には下に興直、興則、興武っつー弟が三人いるが、あいつらに俺の様な苦労はさせたくない。そんな理由だよ、俺がここに来たのは」
「……」
「そうか……」
それを聞いて、モハンマドと時宗は驚いた。彼の覚悟の異質さと家族の幸せを願う高貴さに、敬意の念を抱いたのである。
「うーん、そうなるとボクの動機なんてしょぼく見えマスね」
「そんなことないって、ハリーハリーだぜ!」
そんな風にいうモハンマドに、興家はせかす。むしろ聞かせろ、と言った感じだ。
「確かに、私も気になるな。モハンマドは自ら進んで戦場にいるような人間ではない。性格も私などと違って温厚だしな」
時宗まで悪乗りしてせかす。
「うーん、まぁいいデスよ」
モハンマドは少し眼を閉じて、語りだす。
「ボクの動機は単純デス。父を越えたい、それだけデス」
それを聞いて、興家は頭をひねった。
「ん? モハンマド――お前の親父さんのアリー・メフディー・ノスラティーはイランの政治家だよな? 確か俺の記憶が正しいんなら、外務大臣として、三勢力が入り組む中東におけるイランの立ち位置を盤石にしたすげぇ外務大臣だと思うんだが……」
それに対してモハンマドは答える。
「それであってマスよ。父は外務大臣、アリー・メフディー・ノスラティー、デス。しかし、私にとって父親は偉大すぎマス。父は常に国が何かを考え、どのように動かすべきかを考えていマス。そのような領域に、私の様な愚物が入ってはいけない、だから別の道から父を超えるため、私は父が諦めた軍人の道に入ったのデス」
そういうとモハンマドは時宗の方を見る。
「さて、最後は時宗の番デスよ」
そう言われて時宗は軽く笑う。
「はは、そうだな。ならば、話を始めようか」
時宗は箸をカタリと置いて、じっと二人を見る。すぅ、と呼吸を一つ置いた後時宗は語りだす。
「私の目的は、とても単純なものだ。祖霊と父の名に恥じぬ人間になる。それだけだ」
それを聞いて、モハンマドと興家は目を丸くする。
「父の名に恥じぬ……即ち、あの梓時頼を超えるということデスか」
「なるほどな、お前が名にこだわる理由がよくわかるぜ」
二人とも納得してしまう。それだけ、梓時宗の父である梓時頼はすさまじい存在であった。
台湾。現在国際同盟についているこの国はWWⅢ開戦時に中国によって西半分が侵略されていた。そのまま台湾は中央の防衛線を突破され、侵略されていくのか。国際世論がそう思った時、梓時頼は台湾にやってきた。絶望的な台湾を救うための台湾救援隊、それの隊長が梓時頼であった。
そして、電撃的な侵攻によって梓時頼は台湾の西半分を奪還した。それは一気に戦局がCHARUから国際同盟に移った瞬間であった。
「そう。父の様に、あるいは、母の様に私は戦うことを望む。そして、私を信じた両親が過ちでないことを――父祖の名に恥じぬ在り方を――私は貫きたいのだ」
その眼には熱い意志があった。誰にも冷ますことができない、熱烈な意志があった。
「ボク達は三者三様の在り方デスね」
クスリとモハンマドは笑う。己の利益の為に戦う興家――父を超えるために戦うモハンマド――祖霊の名に恥じぬように戦う時宗――彼らは三者三様だった。
「そうかもしれないな」
「だな」
時宗と興家の二人も相槌を打つ。
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午後の自由時間。要するに、選択授業を取っていない空きコマである。黒城綾は一人槍を担ぎ屋上にいた。本来立ち入り禁止のところであるが、鍵が壊れていたので勝手に入っていた。
「ふぅ」
彼女は一人空を見る。突き抜けるような、青い空。太陽の光が反射して深い青を天蓋に彩る。
「平八郎、ちょっといいかい?」
綾は装置に話しかける。そうすると、立体映像が映し出され、本多平八郎忠勝が映る。サイズはおよそ30センチほど。。
『いいぞ、綾。いったい俺に何の用だ?』
平八郎はそう言いながら綾の眼を真っ直ぐ見る。そんな平八郎に綾は、不安げな眼で語る。
「いや、ちょっと不安でね」
それを聞いて、平八郎の眼が丸くなる。
『綾、何がだ?』
平八郎はその顔を見て、かつて彼の主君であった徳川家康が開戦前に見せる顔を思い出した。不安げで、それでいてその奥には固い決意を決めた顔。揺るがすことのできぬ感情が表れた顔を。
「時宗君の事さ」
『あの少年の事か。君の目的を果たすためには、最も必要な人材ではないか? 君に言われた通り教職員ネットワークに侵入したが、評価を見るに彼は知勇兼備の男だ。学業も武道もしっかりとやっているぞ?』
それに対し、綾は首を振る。
「違うよ。そこじゃない。彼が本当の事を知った時、果たして僕を普通の眼で見てくれるのかな、って思ってね」
それを聞いて平八郎は顔をしかめる。
『綾、アレは戦の世の習いだ。君がいまさら気にすることはない。そして、彼とてそのような男ではないと思うが? 何せ彼のプログラムはあの鹿介殿だ。きっと、君も受け入れてくれるさ』
その言葉に、綾は涙を浮かべ声を荒げる。
「そんなのわからないじゃないか! 僕は――僕は――卑怯者だっ!」
その叫びは空に溶ける。平八郎は苦い顔で綾に言う。
『君は己を責めすぎだ。これまでの君の人生は、きっと恥じるような人生ではない。少なくとも、私は君の人生は間違った物ではないと断じることができる』
綾は泣きじゃくる。それから会話は絶える――夕暮れの赤い光が綾を包む。
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夜、大体この時間帯はどの生徒にとっても自由時間である。
「済まないな、無理言ってもらって」
「いいってもんよ」
「大丈夫デスよ」
校庭で、梓時宗は興家とモハンマドと向き合う。そこに――
「全く、君ももう少し僕以外の教師に頼ってくれ」
刀義征が現れる。それに対して、時宗はにこやかな顔で言う。
「すいません、刀先生。しかし、私は己の目的の為に強くならなければいけないのです。父の名に恥じぬよう、今までの梓の歴史に恥じぬよう」
それを聞いて義征は肩をすくめる。
「全く、君は壁を高くし過ぎだ。そういった点も、父親そっくりだな」
その笑いに、時宗は無言で少し照れる。照れたことを義征はからかうことなく、口を開く。
「では、これより君たち三人で自主練を行う。監督はこの私、刀義征が責任を持って行おう!」
その言葉と同時に、時宗は弓を構え、興家は鞭を構え、モハンマドは剣を構えた。
「……始めっ!」
初めに動き始めたのは時宗であった。歯をぎりっと噛みしめ、矢を放つ。その矢が興家の喉元に迫るが――
「よっと!」
興家はそれを鞭で落とす。そして、彼は叫ぶ。
「テスラ、通電開始だっ!」
『了解した、興家』
そういうと同時に、鞭の表面を稲妻が走る。ニコラ・テスラは発明家である。彼の発明の中でもとくに有名なのは、現在も送電システムによく使われている交流だ。そのテスラ最大の発明である交流電流を主人である興家の体を媒体にして発生させる。これが彼のプログラムの力であった。言ってしまえば、興家の能力は、プログラムを用いることで自らを発電機にしているようなものである。
「さぁ、食らいなっ!」
死なぬ程度、ダメージベルが鳴る程度の電圧に調節し、そのまま時宗に向かって鞭を振るう。だが、しかし……
「ぬぅんっ!」
時宗は鞭の先端を弾く。弾かれた鞭の先端は地面にぶつかり、地面を焼いた。
「ちっ!」
興家は鞭の先端を急ぎ浮かせ、蛇のように操る。
「ほぉっ!」
時宗はそれらを丁寧に避ける。
「ふむ、興家が押してマスね。行きましょうか、ヤアクーブ」
モハンマドはそう言ってヤアクーブに語る。
『おうさ。今日こそは時宗に敗北を味合わせてやろうぜ』
ヤアクーブの言葉と共に、モハンマドの服の下から銅線が現れてきた。
「さぁ、銅線曲芸の始まりデス」
口元に笑みを浮かべながら、銅線が蛇の様にあたりに張られていく。ヤアクーブは卑賤の職業であった銅細工師からイランの皇帝にまで上り詰めた男だ。そのプログラムとしての能力は、銅線の操作。直接的な身体強化の多いプログラム能力の中では、稀な能力であった。
「モハンマドも動いたか! 鹿介、行けるか?」
『行けます、我が主君!』
それに時宗は危機感を覚え、身構える。
――だが、遅かった。
「ナイス判断だ、モハンマド。行くぜ」
「行きましょうか、興家」
二人は笑い、興家の体が発光する。そしてモハンマドは銅線を体から離し、興家は銅線を掴む。そして興家は叫ぶ。
「馳走してやるぜっ! 雷霆!」
その言葉と共に、周辺が閃光に包まれる。それに遅れ、ドンという音がした。
「くっ、こ、これは?」
とっさに眼を閉じ、自身のプログラムで体を守っていた義征は、開口一番問いかける。周辺は煙に包まれ、前が見えない。そんな中、興家の声がする。
「これは時宗を倒すために俺とモハンマドで考えていた技なんですよ。モハンマドが相手を囲むように銅線を張り、そこに俺が限界の電気を通す。名は雷霆。今は俺たちが未熟だから全力でやったところで一人を相手取るのがいっぱいいっぱいですけど、いつかは広範囲兵器の様な使い方ができると思ってるんですよ!」
それは勝ち誇った、楽しそうな声だった。だが。
ブーッ、ブーッ
ダメージベルの音が『二つ』なった。
「はぁっ!?」
「え、ええっ!? なんで二つ?」
興家とモハンマドは驚く。そして自分たちの足元にそれぞれ矢が落ちていること、なったダメージベルは自分たちのものであることに気付いた。それと同時に煙が晴れてゆく。
「全く、久しぶりに肝を冷やした。二人とも、腕を上げてるなぁ」
煙の向こうから現れたのは、塵一つ制服についていない時宗であった。
「ほう、流石だな」
義征は感嘆の声を上げる。時宗は髪を掻きながら言う。
「いえいえ、私など未熟な身。今回は二人の発動タイミング、要は銅線の展開と通電が若干ずれていたから回避タイミングがあったのですよ」
そう言いながら、時宗は興家とモハンマドの前まで来た。
「おい、どーやって避けたんだ?」
「これは勝ったと思ったんデスけどね」
二人とも悔しそうな顔で言う。時宗は涼しい顔で返す。
「簡単だ。興家が銅線をこれ見よがしに握ったから、銅線から距離を取らなくてはいけないと思い、跳んだんだよ。後ろにそのまま10メートルほど、そうしたら銅線の囲いから出られた。そこからさらに20メートル離れて様子をうかがってたのさ。そうしたら銅線で囲まれたところが閃光と共に爆発したから、視界が回復するまで木の上に隠れ、そこから視界が回復し次第声を頼りに二人を撃った。と言っても、モハンマドの位置は記憶だよりだったけどな、しゃべらなかったし」
それを聞いて興家とモハンマドの二人は心底悔しそうな顔をする。
「くっそ、流石は山中鹿介……反応速度は尋常じゃねぇな」
「あれでも駄目デスか……」
二人ともうなだれる。梓時宗のプログラム、山中鹿介幸盛の能力はとてもシンプルだ。動体視力の向上、及び跳躍力を中心とした身体能力の強化。本来ならそれらを用いて距離を詰める近距離の戦いが鹿介の持ち味なのだが、時宗はそれを弓兵用のヒット&アウェイ戦術に応用している。それが功を奏したのだ。
「いや、二人ともいい線を行ってた。私も肝を冷やしたからな」
そう言いながら時宗は健闘を称える。
「どうでしたか、刀先生」
モハンマドは義征に問いかける。義征は少し考えてこたえる。
「うん、三人ともいい線を行っていた。ただ、それぞれに直すべき欠点があったな。まずモハンマド、補佐をするならあのように派手にいくのではない。もっと隠密性を高めて興家をサポートしろ」
「ハイ」
モハンマドは頷く。次に義征は興家の方を見る。
「伊勢はもっと牽制技を使うべきだった。あの状況で初手に連携も悪くはないが、あのまま梓に突貫されていたら危なかっただろう。まずは電撃を利用した牽制などで敵の動きを鈍らせ、その牽制を行いながら隙を見つけてここぞというときに大技を放つべきであったな」
「ふむ、了解だぜ!」
興家は元気よく返事する。
「最後に梓。閃光対策が甘かった。あそこで伊勢とモハンマドが煙に紛れて攻撃していたらかなりピンチだっただろう。もちろん、眼をつぶされたが故に木の上に上るという判断はその状況下ならベターなものだが、そもそも戦士はそのような不覚を取らない。未知の攻撃が来るときは、そう言った場合なども考えておくべきだ」
「はい、了解です」
時宗はそう言った。
「ふむ……まぁ、ああは言ったが総括としては流石学年首席、次席、三席の自主練だ、ということだな。高く評価できる、と言える」
「しゃっ!」
「良し、デス!」
「やった!」
興家、モハンマド、時宗の三人は喜ぶ。首席、次席、三席というのはそれぞれ入学時の成績で与えられる称号で、成績が上の順から首席、次席、三席である。首席が時宗、次席がモハンマド、三席が興家であった。
「三人ともよく励むように」
「「「はっ!」」」
三人ともはっきりと頷いた。こうして、自主練は終わる。
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時宗は校舎横の日本庭園で一人、夜の庭を眺めていた。
「ふぅ」
ため息が庭に溶けてゆく。夜の闇を纏った庭は、どことなく退廃的であり風情あるものだった。そのあり方に感嘆し、時宗は独り言を言う。
「全く、詩歌の教養がない己が恨めしい」
それは風流を愛する時宗らしい感想であった。それと同時に、美しい景色を見たら詩歌を作る――それくらいの風流も修められない今の世への静かな怒りもあった。
そんな時である。
「池波の音の在り処や朧月」
俳句が聞こえた。
「なるほど、貴方は詩歌の教養があるのですか。羨ましい物ですね、黒城先輩」
時宗は静かに語る。それを聞いて、後ろにいた綾は残念そうな顔で言う。
「あちゃー、君がそんなことを言うから驚かせようとする計画がおじゃんじゃないか」
肩をすくめてそう言った。その顔は悪戯がばれた子供のようであった。
「全く、貴方は暗殺兵になった方がいいのでは?」
時宗は皮肉めいた口調で話す。綾は首を横に振り、時宗に言う。
「それはいいや。僕に暗殺は似合わないからね。ところで隣、いいかい?」
時宗は静かに頷いた。横にすとんと、綾は座る。
「ふぅ」
綾の髪の毛が時宗に少し触れる。
「近くないですか?」
何の気も無しに時宗はそう言った。綾は呆れたような顔をして――
「このニブチン」
時宗の額を小突く。
「あいたっ! な、なにをするんですか!」
小突かれた時宗は眉間に皺を寄せて怒る。
「察さないほうが悪い、うん」
綾は頬を膨らませ、そっぽを向く。
「?」
時宗は首を傾げた。無理もない。女性の心の機微を知るには、彼は余りにも武に偏り過ぎていた。
「はぁ、ほんっと知らない!」
その様子を見て、綾はますます機嫌を損ねる。
「……むぅ、いったいこれは……」
「まぁいいよ、その無礼については許してあげる」
「は、はい」
なぜ自分が責められているのかわからず調子の狂わされた時宗に綾は寄り掛かる。
「っ!?」
急に寄り掛かられて時宗は戸惑う。ほのかに綾の暖かい体温が伝わってくる。慌てる時宗に、綾は静かに問いかける。
「君に問いたい。君の目の前に、君の父の仇の子供がいるとする。君ならどうする?」
その声はいつもの様な軽いものではなく、しっかりと重量を持った声だった。真摯な問いであることが分かるような声だった。
それに対して、時宗はさらりと答える。
「別段その父の仇の子供には罪はないでしょう。私は気にしませんがね。相手に敵意があれば首を斬りますが」
それに対して綾はクスリと笑って時宗に全体重をかける。
「ありがと」
「?」
小さくいったありがとの言葉は、時宗には聞こえていなかったようだ。時宗は迷惑そうな顔をしながらも、綾の体重をしっかり支えていた――
今回で彼らの学園生活編はいったん終了です。
電子兵のいる戦場とはいかなるものか。今、ラオスを舞台に戦争が始まる。
次回 第三章、ラオス戦争
時宗君の出番は少ない、というより全くないですが作者曰く多分繚乱戦記中二番目に盛り上がるところですので是非とも読んでいただけたら、と思います。