第二章 二節
一年生の実技授業、尚武学園が保有する原野を再現した運動場。
「よし、皆。今日は機装馬の操縦実戦を行うぞ」
実技教師、台湾人の劉煌卿はそう言いながら馬の形をした機械をばしばしと叩く。
この馬の形をした機械、機装馬。元々、日本が独自に開発した、電子兵用の機動兵器である。たった一人で複数の戦車や戦闘機と渡り合えるほどの超常的な力を引き出す電子兵にとって、広大な戦場を駆け巡るのに機械の馬は非常に有用だった。駿馬に乗った無双の兵はまさに一騎当千。今では対立するCHARUとEAUもその有用性から技術を模倣し、戦場になくてはならない存在となっている。
現在、劉の横にいるのは国際同盟標準装備の機装馬である『墨漆』。漆黒の装甲が美しい機装馬である。
「今日は犬追物だ。私が放つ機械の犬六匹をぶっ壊すだけの簡単な授業だ」
劉は簡単と言い放つ。
「さて、誰か我こそはという勇者はいないか? ……いないのか? それならそうだなぁ……出来た奴には、私秘蔵の香木をくれてやる! さぁ!」
そう言って劉は生徒達を見る。が、大半の生徒が委縮している。当たり前だ。そもそも犬追物は馬に乗りながら動く獲物を仕留める――本来は矢で射るものなのだが――訓練であり、馬の扱いにも馬上での攻撃にも慣れている者でないと非常に厳しく、慣れていないものが行うと落馬して怪我をしてしまう恐れすらあるのだ。
(ふむ、今年は誰も参加を表明しないか?)
そう思った時であった。
「では、僭越ながら私が行きましょう」
堂々とした声と同時に、左腕が長い少年が立ち上がる。
「ほう、君か」
その顔を見て、劉は納得する。立ち上がったのは梓時宗。その左腕には巨大な金属製の弭槍が握られており、その眼は真っ直ぐ劉を見ていた。
「六匹、能うか?」
挑発するように、覚悟を問うように、念を押してもう一度問う。
「はい」
時宗はそれに対し、迷いなく頷く。劉は小さい鍵を投げる。
「受け取れ」
「っ!」
ぱしっと時宗は受け取った。それは機装馬の鍵。
「では、今より機械の犬を放つ。梓、いけっ!」
それと同時に、劉は足元の箱を蹴飛ばす。そこから六匹の犬の形をした機械が走り出す。
「梓時宗、出陣します!」
その声と同時に時宗は地面を蹴って機装馬に飛び乗り、そのまま鍵を機装馬に差し込む。
ブルルルルッ
馬の嘶きのような音がして、機装馬の目が光りだす。
時宗は鐙に足を通し、弭槍を左手に持ちながら、右手でしっかりと手綱を握る。そのまま体重を前にかけていくことで機械仕掛けの馬は走り出した。
「ふぅ」
機装馬が走り出すと同時に、時宗は機械の犬の位置を確認する。自分を中心として一時の方向に二匹、十時の方向に三匹、十二時の方向に一匹。
「行くぞ、鹿介」
『了解した、我が主君』
鹿介の力が時宗の体に流れ込み、感覚が研ぎ澄まされてゆく――
「まずは一匹」
重心を移動させて機装馬を右に向かせることで、正面にいた犬の方向に自身の左半身を向ける。
ヒョウッ
風を切る音がすると共に、機械の犬を矢が貫いていた。
「鹿介、次は近距離で行こう」
『了解』
そのまま馬首の先にいた二匹の方に向かう。体重を思い切り前へかけることで速度を増し、犬と距離を詰めてゆく。二匹の犬は左右にはねるように逃げていたが、その双方の真ん中に潜り込むように時宗は機装馬を走らせた。
「二匹っ!」
左腕で振った弭槍が一匹を貫く。そのまま弭槍を抜き、手綱を離した右手へと持ち替える。もう一匹が方向を変えようとするが、時すでに遅し。
「しゃっ!」
弭槍の先が首を断ち切る。
『我が主君、残りは三匹ですな』
鹿介がそう言いながら、時宗の脳内に情報を送り込む。それは鹿介が即席で作り上げた犬の位置情報であった。
「でかした鹿介」
そういうと、万力の力で弓を引きながら、機装馬を反転させる。そして時宗の体が正面に犬を捉えた刹那、矢を放つ。
真っ直ぐ、流星の様に大気を切り裂く矢は逃げる機械の犬を後ろから射貫く。
「やあああああああああああああっ!」
気勢と共に時宗は機装馬を走らせる。そのまま一気に残りの二匹との距離を詰める。
だが、ここで時宗にとって予想外のことが起きる。
バウッ!
片一方の機械の犬が反転し、時宗へと飛びかかろうとしてきた。
「こうくるかっ!」
そういうと時宗は弭槍を腰のホルダーに引っ掛け、空いた両手で思いっきり手綱を引く。
すると、ギィ、と機械のきしむ音と共に馬が跳ぶ。それに少し遅れて犬が跳んだ。この少しの遅れが機械の犬に致命的であった。機装馬の前脚部の先端にある、ことさら頑丈な合金でできた蹄が犬を砕く。
そして、その跳んだ状態のまま時宗は再び弭槍を構え、矢を放つ。放たれた矢は残った一匹の犬を貫いた。
「っつううううう!」
機装馬が地面に着地する。衝撃が時宗の体の芯を突き抜けた。そこから痛みに耐えながら馬首を集合場に戻し、駆ける。
馬上で浴びる風は時宗の心を表すかのように爽やかであった。
1分ほどかけて集合場所に戻る。そして、下馬すると同時に――
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」
と歓声が上がる。
「ふむ、上出来だ。五匹目の反撃はクリアさせないように仕込んでいたのだが、良く対処した」
劉が時宗の横まで来て、頭をクシャリと撫でる。
「あの五匹目は焦りましたよ、先生」
時宗は心底疲れ果てた顔でそう言う。
「ははは、いいではないか。そう言ったサプライズを体験した方が兵士は良く伸びる」
それを聞いて、時宗は解りましたと小さい声で納得して元の場所に戻る。
なお、これに触発されてこの後幾人かが犬追物をしたのだが、六匹すべて破壊できたのは時宗のみであった。
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所変わって二年生の実技授業。場所は尚武島地下に存在する大武錬場。
担当教員である刀義征は、生徒たちの武器と防具を確認していく。
「……よし、全員データコーティングの設定は済んだようだな。さて、今日は乱取りをやってもらう。ルールは単純、バトルロイヤルだ。敗北条件はデータコーティングへの一定以上のダメージ感知によるダメージベルの作動。鳴ったものは舞台から退場して観戦にまわれ。」
データコーティング、それは電子兵がプログラムの力を発現する際に用いられる『電素』というものを纏わせることにより自身と装備を強化する技術である。模擬戦においては、武具のみデータコーティングを極端に薄くしておくことが多い。それは、たとえ本来であれば致命の一撃が入ろうとも無傷で済ますことが可能となるからである。
「では全員、今から二分後に始める、散開!」
「「「「「はい!」」」」」
そういうと、2年1組の面々は散っていく。
「行くぞ、イクノ!」
『了解した、メスフィン!』
メスフィンは己のプログラム、ソロモン王朝開祖イクノ・アムラクを起動させる。女奴隷の息子として生まれるも、己が身に流れるアクスム王国最後の王ディルナールの血に翻弄され、ザグウェ朝を倒したエチオピア高原の覇者である。最大の特徴は、キリスト教徒でありながらイスラム教徒にも肝要であり、麻の如く荒れたエチオピア高原をまとめ上げた事であろう。
「ふむ、では始まるまで待っておこう」
『そうだな』
メスフィンは歪な十字架の様な、あるいは三日月刀の様な、細長い棍棒を構えて待つ。
「さぁ、蹂躙しようぜ! ロイ!」
『よし! 戦の時間だ!』
ブリューのプログラム――名を黎利――を起動させる。黎利――彼は、中国明王朝をベトナムから追い出し後黎朝を作り出した、ベトナムの民族的英雄である。彼が亀から剣を与えられ、明と戦い、皇帝になった後に剣を亀に還したという還剣伝説が残っているほどだ。
「さて、じゃあ剣でも構えておきますか」
『油断は大敵だぜ、ロン』
ブリューは両刃の剣を構える。
「行こうか、平八郎」
『ああ、了解した!』
綾の呼びかけに本多平八郎忠勝は力強く答える。本多平八郎忠勝――家康に過ぎた者と言われた徳川家の名臣であり、生涯多くの戦いを行うが、いずれも無傷という驚異の武勇を誇る。花も実もある武将と謳われる、戦国時代至高の英雄と言っても過言ではない。
「まぁ、今日は目標無傷で」
『わかった。いつものようにサポートする』
各々自身のプログラムを呼び出し、乱取りに備える。
「始めっ!」
刀義征の声が響く。その瞬間、一つの風が戦場を駆け抜け、ブーっという音が四方八方より鳴り響く。ダメージベルの音、退場の合図だ。
「えっ! いつの間に……」
「な、なんだとっ!」
音の発信源である生徒たちは戸惑いを隠せない。そんな声などどこ吹く風、駆け抜ける疾風は壁際で止まる。
「まずは五人!」
黒城綾だった。開始と同時に平八郎の力を利用して対面の壁へと突っ込み、その進路近くにいた生徒に一撃をすれ違いざまに当てていく。まさに神速であった。
一方、その近くでは――
「ぬぅんっ!」
「がぁっ!」
メスフィンが棍棒を振るう。かすめた程度であったはずの一振りは、目の前の生徒を宙へと舞わせる。そのまま地面に叩きつけられ、ダメージベルの音が鳴り響いた。
「ははっ、仏教徒にはきついだろうな」
叩きつけられたのはラオス人――仏教徒だった。不運にも自身の信仰宗教が、メスフィンにとって格好の餌食となる原因となってしまった。
メスフィンのプログラムであるイクノ・アムラクの能力は『天罰』。唯一神を信じぬ者には『天罰』を、それがこの能力の根本である。キリスト教徒ではない者には倍加した衝撃を、イスラム教徒ではない者に焼け付く様な痛みを『天罰』として与える。当然この『天罰』は重複し、二つの宗教両方信仰していない限りは逃れる術はない。
『油断するな、メスフィン!』
イクノの声が響く。メスフィンは無言で頷き、自らを軸として巻き付けるように棍棒を振る。
「ぬぅん!」
鈍い金属同士のぶつかる音が鳴る。振るった先に目をやれば吹き飛ばされながらも体勢を崩さない人影――
「ほう、小生をまずは潰そうとするか、ブリュー」
その人影――ブリューは肩をすくめながら答える。
「隙を見せたら首を斬れ、勝利を手にする一番の近道だぜ?」
そういうと、ブリューは刀を床に突き刺す。そこから濛々と霧が吹き出てきた。
「目くらましかっ!」
視界を奪われたメスフィンは、この霧を利用し接近されないよう棍棒を振り回す。しかし霧が晴れると、彼の眼前にブリューはいなかった。
「くっ、奇襲に失敗すると撤退する。彼らしい」
その顔は少し微笑んでいた。
霧に紛れて逃げ出したブリューは――
「おおおおおおおっ!」
地面の上を滑りながら、次々に他の生徒を退場させていた。ブリューのプログラムであるレ・ロイは水を生み出し操作する能力を持つ。足元で水を操ることでハイドロプレーニングを引き起こし、高速で突き進んでいく。
「そこっ!」
足元の水をうまく操ることで、急ブレーキをかけて直角に曲がったり、そのまま高速で動いたりと、はたから見たら予測不能な動きをしつつ、他の生徒へと攻撃を加えていくブリュー。
「っ!」
そこへ右から何かが飛び込んでくる。ブリューが剣を振ると、槍の先がうつった。
「流石ブリュー!」
「ちっ、こっちに標準合わせんなっ!」
そこには黒城綾がいた。弾かれた槍の先が薙ぐような軌道を描く。
「らあああああああああああああっ!」
ブリューは剣の腹でそれを受ける。剣が少し軋み、歪もうとする。
(このまま折れるのはまずい。なら、反らすッ!)
剣で槍を滑らせて、穂先の機動を斜め向こうの方向に飛ばした。
「ひゅぅ、流石」
口笛を鳴らしてからかう様に綾は言う。
「はっ、手がしびれるような一撃を出しやがってよぉ!」
「で、君も漁夫の利を狙うのかい?」
そう言って綾はバックステップする。刹那、何かが空を切った。
「外したか!」
何か――棍棒の主はメスフィンだった。
「うーん、僕ら以外の敵は僕とブリューがあらかたやっちゃったみたいだね」
槍を構えなおして綾は笑う。確かに、もうこの場にはこの三人しかいなかった。
「全員退場だ。この場には小生たちしかいないぞ?」
メスフィンは不敵に笑い、棍棒を構えなおす。
「なるほど、そいつは都合がいいな」
ブリューは剣を構え、眼をぎょろりと開く。
「うん、思いっきり暴れられるからね」
綾は槍を深く深く構える。
一触即発、その場の時が止まる。静寂が支配した――
「ま、勝つのは僕さ!」
言うが早いか、綾は大きく踏み込んみ二人を思い切り薙ぎ払った。
「ぐっ!」
「うわっ!」
鳴り響く二つのダメージベル。それがメスフィン、ブリュー、二人の敗北を告げた。
「そこまで! 本日の優勝者は黒城綾!」
義征による試合終了の声がする。これにて実習の授業は終了となった。
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「ま、僕相手に注意を二つに分けたのが悪いね」
軽く伸びをしながら、綾は言う。
「畜生! また負けたー」
頭を抱えるブリュー。
「ああ、全く強すぎる……」
メスフィンは額に指をあてながら自身の立ち回りを悔いていた。
(やはりあいつは強いな。血は争えん、か……)
生徒たちが口々に今日の感想を言い合う姿を見ながら、義征は一人考えていた。