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繚乱戦記  作者: 出雲屋蹈鞴(いずもやたたら)
第二章 尚武学園の日常
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第二章 一節

 百年兵を養うは、ただ平和を守るためである

                    山本五十六

 さて、現在世界はWWⅢの戦時下にある。しかし国際同盟、CHARU、EAU、この三勢力が蝦蟇(がま)蛞蝓(なめくじ)大蛇(おろち)の如く睨みあっており、膠着状態が続いている。

 このような世界を巻き込んだ異常事態。混沌とした国際情勢の中、将来の軍人候補たちはどのような日常を送るのだろうか? 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「よっと」

 梓時宗は朝五時に起床する。怪我も癒えている。戦火の中において医療技術が発達するのは当然だ。一昨日時宗が負った怪我は、もうほとんど癒えていた。

「よしっと」

 そのまま荷物をまとめて医療センターの受付に向かう。医療センター受付が二十四時間営業なのは便利だ、などとそんなしょうもないことを思いながら、時宗は受付の前に立つ。

「ルビーさん、もう私の怪我は治癒しているか判定を頼みます」

「あいよー」

 受付の奥から不機嫌な声がする。尚武学園附属医療センター看護部長、西園寺(さいおんじ)血宝石(ルビー)の声だ。名前こそいろいろとアレではあるが、その腕は非常に高い信頼を得ている。

「全く、時宗の坊主。お前さんのような『代々続く電子兵』ってのはつくづく回復力が化けもんなもんだ。あたしが若いころにゃあんたの父親が同級生だったけど、あいつと刀の二人は回復力が桁違いだった。良く父に似てるじゃないか」

 そう言いながらルビーは時宗の怪我を見る。

「うん、問題なし。しっかりと気張りなっ!」

 そう言ってルビーは時宗の背中を叩く。

「はいっ!」

 時宗はそのまま外に走り出す――ルビーはその背をじっと見る。

「全く、後ろ姿はほんっとに父親そっくりだ」

 感慨深そうにつぶやくと、まだ年若い看護師がルビーに問いかける。

「あの、部長。先ほど部長がおっしゃった『代々続く電子兵の回復が速い』ってどういう事なんですか?」

 それに対して、ルビーは答える。

「あー、そりゃこれは看護学校では習わなかったねぇ。じゃあ教えてあげるさ。いい、耳を良くかっぽじって聞きなさい?」

 看護師は無言で頷く。

「電子兵ってのは人間の神経系の表面――俗にいう髄鞘(ずいしょう)ってやつに寄生しているヒトハリガネムシっていう生物が、インターネットの残骸からプログラムの生前の力を再現して、人間に力を与えるって言うのは聞いたことがあるね?」

「はい」

 看護師の頷きは力強い。満足そうな顔でルビーは語る。

「そのヒトハリガネムシってのはね、父親の精子に付随しているものと母親の卵子の中に潜り込んでいるものの双方が胎児に潜り込んで増殖するんだ。このシステムの詳細は解明されていないから、基本的に電子兵ってのは代々続く連中の方が強い。それゆえ、梓を筆頭とした城、刀、陣、鎧。この世界初の電子兵だった五家の適合能力は桁違いなのさ」

 看護師は静聴する。ルビーの声が静寂に蕩ける。

「だからこそ、あの五家は皆が己に固い規律を持っている。いや、今は……」

 そこまで言うとルビーは言葉を詰まらせる――その眼には薄らと涙が浮かんでいた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 午前8時、学校が始まる。

 時宗は己のクラスである1年1組に入る。尚武学園は1学年20クラス、1クラス当たり50人の1学年1000人からなる。この20クラスはクラスによってコースが分かれており、15組から20組は官僚・研究者養成コースという学問中心のクラス。8組から14組は指揮官クラスという、主に戦術を学び、将来の指揮官を育成するクラス。2組から7組は通常電子兵クラスという電子兵の素質がある、あるいは電子兵の才能が僅かしか開花していない電子兵の基礎育成クラス。そして、時宗たちの所属する1組は電子兵クラスという、すでに電子兵の才能が開花した、将来の決戦兵器に値あたいする者たちの育成クラスである。

「皆、おはよう」

 時宗独特の、綺麗な声が教室に響く。

「よーっす、おはようトッキー!」

「おはようございマス、時宗」

 興家とモハンマドは同時に挨拶する。

「委員長、怪我大丈夫?」

「大丈夫だ(かたな)禰坂(とねさか)。もう手綱を握れるほどには回復している」

「梓ー、後で俺とおまえの被ってる選択授業のデータやるよー」

「済まないな、ジェム。礼と言っては何だが、今度食事でも奢ろう」

「梓委員長! 願わくば一度手合わせを!」

「悪い、ムルフェ。それはまた後日だ」

 伊勢とモハンマドの元に向かう途中、様々な人物から声を掛けられる。首席で合格した時宗は自動的に1組の委員長となっている。

「ふぅ」

 伊勢とモハンマドがいる所の空き椅子にドカッと座る。細い見た目に相反し、筋が良く鍛えられているので椅子がギシリと歪む。時宗は身長175センチ、体重80キロ。繰り返された鍛錬によって、引き締まった肉体をもつ。

「トッキー今まで何してたんだ? 俺らが寮を出る7時半まで帰ってこなかったよな? 服を見た感じ、ロッカーにおいてあった予備みたいだし……」

 伊勢の問いかけに、時宗は涼しい顔で答える。

「何、少し体が鈍っていたからな。ちょうど弓と矢はあった――少し弓道場で汗を流してきた」

 それを聞いて、伊勢とモハンマドは呆れる。

「病み上がりデスよ、時宗?」

「なに、一日の怠けが力を失う元となる。(たゆ)まぬ鍛錬こそが至上なのだよ」

「なにこの訓練マゾ……」

 そう言った伊勢に対して、時宗はムッとして反論する。

「私は訓練マゾではない。そうだろう、鹿介」

 時宗はデバイスをつける。

『そうですな、我が主君の言うことは正しいです。我々は今、第三次世界大戦という動乱を生きている。ならば、若き時より心身を鍛え戦場に向かう覚悟をしなくてはならないでしょう!』

 それを聞いて時宗は誇らしげな顔をする。自らは正しいであろうという、年相応の自尊心であった。

「ついていけねーよ、テスラー」

『情けない顔をするな。知性の欠片も無い』

 伊勢は自らのプログラムに話しかける。伊勢のプログラムの名はニコラ・テスラ。クロアチア系アメリカ人で八カ国語に通じ、文学や音楽に精通する才人でありながら、交流電流、ラジオ、ラジコン、テスラコイルなどを作り出した偉大な発明家である。その一方で、何かを思いつくととんぼ返りしたり、晩年には霊的な物との通信手段を開発しようとしたりと、奇人でもある。

「はぁ……お前だってああいったスポ根的な思考は嫌うだろう?」

 そう伊勢がぼやくと、テスラは呆れた声で言う。

『何を言っている……才を努力でさらに補強し確固たるものにするその姿勢、我が好みだ。我が宿敵、クソッタレのエジソンとは違い、理論を考えて努力しているなら尚良し、だな』

 凛々しい声がデバイスから響く。

「まじか……俺ももーちょい努力しよーかな……」

 伊勢は机にうなだれる。

『励め若人(わこうど)。発明も戦争も本質は同じだ。才があろうがなかろうが、理論を突き詰め原理を見透かし、理詰めの果てにそれを実現する努力をすればいい。くれぐれもクソッタレエジソンの様な直感的な努力などしてくれるなよ?』

 猛烈にエジソンの悪口を言いながらテスラは(なだ)める。

 それを微笑ましそうに見守るモハンマドの装置から声がする。

『ぎゃはははっ! モハンマド、お前は時宗の意見についてどー思ってんだ? ききてーな、俺様は!』

 下品な声でありながらも、その声には威厳もあった。不可思議な声、下賤と高貴を煮詰めたようなものだった。

「ヤアクーブ、もう少し静かにしましょうヨ。あまり騒ぐと品を疑われマス」

 それに対してプログラムは笑う。

『あーっはっはっは! おいおーい、お前俺様に礼節を求めてんのか? こんな銅細工師(サッファール)から任侠の徒(アイヤール)、そんでもって王朝の祖(アミール)になった男にか? 血統の悪さは折り紙付きだぜ?』

 そう言いながらプログラムは笑う。モハンマドのプログラム、名をヤアクーブ・イブン・アル=ライス・アル=サッファールという。イラン、アフガニスタン、パキスタンとイラクの一部を支配したサッファール朝の建国者にして、ペルシアの民族的英雄である。バグダードを中心とするスルターンの支配を嫌い、二百年ぶりにイランの公用語をアラビア語からペルシア語に戻した歴史的な英傑だ。

「まったく。ヤアクーブ。僕は貴方を尊敬しているんデスよ? そんな幻滅させないでくださいヨ」

 モハンマドは心底残念そうに言う。彼はこのペルシアの大英雄に憧れ、それが自身のプログラムになったことを心の底から喜んでいたのだ。近頃は少しその下品さに呆れてはいるが……。

 ヤアクーブは笑いながら言う。

『がははは、後世に脚色されるのは英雄の特権だろう?』

 その言葉に納得したのか、モハンマドは乾いた笑みを浮かべる。

 朝の穏やかな時間は過ぎる。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 尚武学園2年1組。その教室内には戦慄が走っていた。

「……おい、明日は槍が振るぞ?」

「……来週の一年生二年生交流会、荒れるんじゃないか?」

「あの、委員長が……」

 彼らの恐怖の対象は、教室の後ろの端にいる――黒城綾であった。

「ふふふーんふーんっと」

 教科書を読みながら鼻歌を歌っている。これは一見すると普通の行動であろうが、彼女――黒城綾の行動からすると、異常であった。彼女は普段、不機嫌そうな、どこか世間に納得がいかない哲学者の様な、そんな仏頂面で本を読んでいる。そんな彼女が鼻歌を歌っている。

 それだけで2年1組の面々が戦慄するには十分であった。そんな中――


「――ふむ、綾が鼻歌を歌っているという珍事だな。どう思う? ブリュー」

「あはは、俺に意見を求めるかメスフィン? まぁ敢えて言うなら、よっぽどこの間の逢瀬が良かったんだろ?」


 二人の少年が現れた。一人は奇妙な十字架を首から下げている黒人の少年――黒人というには、少し肌の色が薄いが――と、もう一人は、小柄な東南アジア系の顔をしている少年である。

 彼らの存在を認識すると同時に、綾は教科書に栞を挟んで彼ら二人に声をかける。

「やー、メスフィン、ブリュー、おはよー」

 にこやかな顔で綾は声をかける。メスフィン、と呼ばれた黒人の少年が問いかける。

「綾、それで――彼はどうだった? 君の願いを叶えられる人材だったのか?」

 眼鏡の奥から見透かすように、メスフィンは綾を見る。それに対して綾は上機嫌で言う。

「うん、僕の肩を射抜くほどの実力者だ。正直、二年一組で僕以外彼にタイマンで勝てる人間いないんじゃないかな」

 それを聞くや否や、二人の少年は眼をパチクリする。ブリューは戸惑いがちに言う。

「お、お前に矢を突き刺す? 何だそれ、そいつどんだけ強いんだよ……」

 メスフィンは綾の言った言葉が信じられないと言わんばかりの表情をしていた。

「え、何? 小生とブリューの二人がかりでも傷一つたりとも付かないお前が傷? なんかの悪い冗談だろう? ……実は妖怪でも相手取ってたんじゃないか?」

 それに対し綾はこめかみを抑えて言う。

「いやいや、妖怪って……でも驚いたことはたしかだね。首筋に槍の穂先が届くような状況で僕の肩を射るんだ。並の胆力じゃないよ――ああ、思い出すだけでぞくぞくしてきた」

 その困った表情に反して、声は非常に楽しそうであった。

「はぁ、小生には君の感情が理解できない。まぁ、そこまではいいさ。綾、彼は小生たちの上に立ち、君の右腕になるに相応しいのか?」

 メスフィンという少年はじっと綾の眼を見て言う。綾はにこやかに答える。

「うん。正直『予想以上』だった。刀先生から聞いた話よりも魅力的で、怪物的で、そして英雄的だ。初めは経歴から卑屈な子かと思ったけど、僕よりも真っ直ぐだ。いや、真っ直ぐ過ぎる、かな? 僕のような人間とは違う。光だ」

 心底楽しそうに、遊ぶ童の様に、綾は口走る。

「ふむ。ならそれでいい。君が認めたなら、我々は喜んで君と彼の前に頭を下げよう」

 それに続き、ブリューも答える。

「ま、俺も異論はねぇな」

 この二人の少年、名をメスフィン・ハイレセラシエ・ヴォルデミカエルとレ・ヴォー・ロンという。メスフィンはエチオピア出身、レ・ヴォー・ロン――あだ名はブリュー――はベトナム出身の留学生であり、両名ともに綾が心を許す数少ない親友である。


 こうして次の時代を担う若者たちの朝は過ぎてゆく。

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