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繚乱戦記  作者: 出雲屋蹈鞴(いずもやたたら)
第四章 六甲演習準備と昔の物語
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第五章 一節

 戦いは唯一回であるべきであり、生死を賭けた戦いでなくてはならぬ。生死を賭けた戦いの後に判定を下す者は歴史であり、道義性である

                    三島由紀夫 

「ふぅ」

 袁覇は一人、六甲の山中に身を隠す。都会に近い山故に、身を隠すのも一苦労であった。

「餓鬼どもを三十人ほど斬って、直ぐに海の手に逃げるしかねぇな」

 神戸の地形を確認する。ギリギリの賭けだ。韓の糞野郎は余計なことをしてくれる。そう思いながら、彼は一人イメージトレーニングする。それは敵を斬り殺す、否、子供を切り殺すイメージトレーニングだ。

 それは本意ではないが、それでもやらねばいけなかった。矛をぎゅっと握り袁覇は考えるのであった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 電子の海――かつてここにはインターネットと呼ばれるものがあった。今は、溶けあったインターネットの情報からプログラムが生成される場所となっていた。普段、プログラムはこの海で揺蕩(たゆた)っている。山中鹿介幸盛もそうだった。海の中では、己の主人以外何物も干渉できない。それはこの海ができた時からの決まりであった。ぼーっとしていると、白い物体が眼前を漂う。プログラムがプランクトンと呼んでいる固形化されたデータだ。固形化されたデータとは、すぐその場で処理して使える便利なデータの事である。なかなか現れないので、見つけ次第捕まえる。意外と重宝するのだ。

『小データ、解析』

 そう言って鹿介は情報を開く。中に入っていたのは、かつて巨大な料理専門サイトに存在していたメニューだった。エビマヨネーズという料理らしい。

『む、これはとりあえず複製可能なフォルダに入れておくか』

 プログラムを持っている者たちは、隙あらばこういったデータをプログラム同士で交換する。データの収集はし過ぎて損になることはない。彼等の記憶には容量制限というものは存在しないのだから、当然知識を持っている方が有利となる。こういった有用なデータは受け取る側にも喜ばれるので、鹿介はこまめに備蓄している。現にこういった料理レシピの備蓄データ数は、ゆうに五百を超えている。

『ふぅ』

 鹿介は再び海に揺蕩う。その脳裏に浮かぶは、かつての情景。主家が滅び、それを再び興すために戦い抜いた日々。主君がいて、友がいた、あの黄金の日々だ。

『某は、もう二度と失わない――もう、二度と』

 揺蕩いながら彼は決意する。それは悲壮な決意。決して曲がらぬ、決心であった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 尚武学園教職員棟六階、大会議室。ここに、綾、時宗、ブリュー、メスフィン、興家、モハンマドの六人――一年生と二年生の首席、次席、三席が集まっていた。

「さて、みんなよく集まってくれたね。では、話を始めようか」

 中心となるのは綾。彼女は全員に時宗と纏め上げた資料を配った。そして告げる。

「ぶっちゃけこれに文句ある人、手あーげて」

 その一言を聞いて、時宗はこけそうになったがそれはまた別の御話。他の四人は十五ページの資料をぱらぱらとめくり、確認する。そして一通り見終わり、言う。

「俺は文句ないな」

「小生もだ」

「俺もだ」

「ボクも文句ないデス」

 全会一致の速攻採決だった。綾は満足げな顔で行った。

「じゃあ雑談しよー!」

 それに時宗があきれ顔で返す。

「え、雑談するんですか?」

「勿論!」

 それに対して、初めに口を開いたのはブリューであった。

「じゃあ質問だな。といっても、授業時間が迫っているから一つだけにしよう」

 時計を見ると、確かにあと十分ほどで授業であった。ブリューに全員注目する。ブリューは問いかける。

「皆は、この時代をどういう風に考えて、何を思って戦争に身を出そうとする?」

 それは非常に答え辛い質問であった。この時代――第三次世界大戦は、もともとは日本に対して米中が理不尽な要求をし、国を守るために起きた戦争だ。その根源は環太平洋地域であった。しかし、その戦争は最早アフリカまで広がっている。世界を飲み込んだ業火は、未だ収まっていない。

 口火を切ったのは綾だった。

「僕はこの戦争で家族を全て失っている。だから、この時代は嫌いだ。争いが嫌いだ。だから、それを終わらせるために、此処にいる。この糞みたいな時代を終わらせるために、槍を握る」

 それは強い意志だった。誰よりも固く、強い意志を持った少女の言葉。戦争を嫌いながら、戦争に身を置く矛盾した悲壮さがあった。次に口を開いたのは興家だった。

「俺はこの時代を利用してのし上がってやるつもりです! 俺の両親は米国から日本に来て、貧しい生活をしていました。だから絶対に、絶対に軍で地位を築いてやると決めた。もう、家族を金のことで困らせたくない! たとえその富が屍の上に在ろうとも、つかみ取ってやる! そう言った意味では、この時代を歓迎とまでも行かないが、喜んじゃ居るぜ」

 途中から、丁寧語が吹き飛ぶほどの熱の入りようだった。それもまた戦争時の在り方であった。戦争を肯定し、自らの栄達に利用する。名誉ではなく欲に突き動かされた、アメリカの血を引いた彼らしい、人間そのものの輝きであった。燃え上がる野心は彼の原点なのだから。次は、メスフィンだった。

「小生は、この時代はあくまでも通過点であると思っている。この時代が終わった後、恐らくかつての第二次世界大戦後より長い平和が続くだろうと思っている。戦勝国が時代の趨勢(すうせい)を握り、当時より強固な支配体制を敷くからだ。勝った勢力による国際体制は、盤石であろう。だからこそ、その体制の中になんとしてもエチオピアを組み込みたい。かつて、アフリカ最古の帝国と呼ばれていた威光をもう一度、取り戻したいのだ」

 強力な愛国心、それもまた動乱の時代の一つの在り方だ。誇り高き民、エチオピア人。それはエジプトを上回る独立国としての歴史がそうさせている。そして、エチオピアの民も、かつての栄光を取り戻そうとしている。それ故に出た言葉であった。それに続くように、モハンマドが口を開く。

「ボクは、時代とか関係ないデス。ただ、父に認めてもらいたい、僕を認めてくれなかった父を超えたい、そんな個人的な欲求がボクを動かす全てデス。だから、時代なんて見ていない。皆さんの様な強固な意志ではなく、あくまでもボクはボクの戦いをしているのデス。だから、その質問には答えられないデスね」

 それは特異にして純な考えであった。古代より、男の宿敵は父であった。オイディプスの時からの宿命だ。だからこそ、彼は父を超える事のみを目標として時代に飛び込んだ。今度は発起人であるブリューが語る。

「俺の意見だが、この時代はもっと荒れる。だから今のうちに国に力を与えなきゃいけない。俺は動機としてはメスフィンに近いかな。ただ、俺はその動機のさらに根底に復讐心がある。俺の爺さんが口を酸っぱくして言っていたよ。爺さんの家族はベトナム戦争と中越戦争で全て失われたって。だから、俺は爺さんの亡霊に突き動かされているとは思う」

 歴史そのものが彼を突き動かす動機。大国に翻弄され続けたインドシナの強国であるベトナム人である彼らしい動機である。最後に、時宗が語り始める。

「私の意見ですが、私がこの時代について思ったのは悲劇の連鎖です。私の曽祖父の梓泰時、祖父の梓時久は双方戦死しています。それ以外にも、私の親戚である梓一族には、年中行事の如く戦死の報告が入ってきます。それを考えると、私はこの時代でこの戦争を終わらせたいと考えました。もう二度と、身近な人を戦争で失いたくない。未来の人々が、悲嘆の涙に暮れるのは嫌なんです」

 それは未来を見た覚悟であった。幼少期より、梓時宗は多くの親戚の死を見てきた。その最たるものが彼の叔父である梓頼房だ。彼の死が大きく時宗を変えた。悲劇を止めるための戦士に、彼を作り替えた。

「そうか、ありがとな。参考になった」

 ブリューがそういうとともにチャイムが鳴る。

「ん、ちょうどそれぞれの考えも聞けたし。明日の演習頑張ろー!」

綾の閉会宣言により、その場はお開きになった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 六甲山演習前日。時宗は一人寮の屋上にいた。デバイスをつけて、鹿介を呼び出す。

『どうしましたか、我が主君』

 鹿介の無骨な声が響く。決して華美ではない、戦乱の時代を生き抜いた男の声だ。

「少し話をしないか?」

 時宗はそう言いながら、屋上の柵に寄り掛かる。

『いいでしょう、某にできる事なら何なりと』

 鹿介の問いに時宗は答える。

「鹿介はこの時代をどう見ている? それを知りたい」

『……』

 そう聞かれ、鹿介は逡巡(しゅんじゅん)する。答える事に躊躇われる質問。なぜなら、彼が生きた時代の戦争と、この時代の戦争は、まるきり違うものであったからだ。彼の時代の戦争はもっと泥臭かった。技術の未発達が生み出す、血肉削りあう戦争だった。現代とは違い、プログラムによる身体強化や、戦闘補助のための飛行機などがなかった時代だ。

 だからこそ迷う。彼の時代には、槍が肉を抉り、刀で首を斬り、(やじり)が肉を穿つ。そんなことが日常だった。電子兵による蹂躙や、近代武装を使った虐殺ではなく、もっと血なまぐさかった。鹿介の時代と時宗の時代。双方、人の命が容易く散るという意味では同じであったが、それでも戦争の根本が違った。

 だからこそ、鹿介は精一杯考えて答えた。

『某は……この時代がどうなろうと関係ありません。ただ我が主君が本懐を達することできるなら、満足です』

 それを聞いて、時宗は複雑そうに答える。

「む、そうか。もう少しこの時代に出てきた意味とかを考えてもいいんだぞ?」

 それに対し、鹿介は答える。

『ははは、某は戦争の事を考えるのは好きなのですが、そう言った哲学を考えるのは苦手なのですよ』

 それを聞いて時宗はくすりと笑う。主従は共にある。死が二人を別つまで。そう考えると、梓時宗と山中鹿介幸盛の相性は良かった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 六甲山演習当日。先導と護衛を行う六人は集まっていた。彼らは準備として甲冑を着込む。この時代の技術で作られた軽量甲冑は、電子兵の戦闘に必要な物である。軽量甲冑は、兜、面頬、胴、籠手、草摺、臑当、靴で出来ている。これらを皆着込むのだが。それでも総重量は5キロ行くか行かないかという軽さである。また、軽量甲冑の形や飾りなどは国によって違う。

「つーか、メスフィン。お前の兜の飾り派手すぎないか?」

「そうか、ブリューよ? 小生の前立てはエチオピアンクロスをあしらっただけのものだぞ? それを言うなら、その白の具足の方が派手だろう」

「前立てが無いから地味だろう?」

「そ、そうか? 白にベトナム陶磁器の文様をあしらったその具足は相当派手だぞ?」

「むぅ」

 メスフィンの具足は茶色の下地に赤色のアムハラ文字をあしらい、前立てにはエチオピアンクロスをモチーフとしたもので面頬はジャッカルをあしらった物。ブリューは陶磁器の様な白色に、青色や赤色のベトナムチックな模様を組み込んだシンプルな甲冑であり、面頬は京劇俳優をあしらった物であった。

「モハンマドは面白い甲冑だな」

「興家のほうも、面白いデスよ」

「親父が家計を切り崩して用意してくれた奴だからな、大切に使いたいぜ」

「ボクは自分で準備したんで、替えが無いんですヨ」

「お前も苦労人だな」

 興家の甲冑は、黄色の下地の胴と稲妻をモチーフとした前立て、そして鞍馬天狗をあしらった面頬。モハンマドの甲冑は銀色の下地に緑色で刻印されたペルシア文字の胴に、(つた)をモチーフとした脇立てで、砂漠の民をモチーフとした面頬。

「時宗君の甲冑は僕と結構似た甲冑だね」

「黒城先輩の方が派手な甲冑ですよ」

「まあ、僕は忠勝の甲冑をモデルにして作ったんだけどねー」

「私は一部鹿介の奴をモチーフにしていますね」

 黒城綾の甲冑は、黒地に鴉の前立てと鹿角の脇立ての兜に黒い胴、それに鬼をあしらった面頬。時宗の甲冑は黒地に鹿角の脇立て、三方鏃の前立て、翁の面頬、胴は弓射ち用の甲冑という動きやすいものである。

 六人は甲冑を着込み、がやがやと集っている一年一組と二年一組のグループの前に出る。綾は大声で言う。

「みんな、これより僕たち一組は六甲の演習場まで向かうよ! 先導、護衛は黒城綾、梓時宗、メスフィン・ハイレセラシエ・ヴォルデミカエル、レ・ヴォー・ロン、伊勢・ポール・ジョナサン・興家、モハンマド・ロスタム・ノスラティーだ! じゃあ、始めようか!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」

 気勢が山に響き、演習が始まる。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「来るか」

 袁覇は後ろに控える三百もの兵へと振り向く。その姿を見て、日本国内に潜伏していた中国系のスパイたちである彼等は、機装馬に乗って構える。

「行くぞ諸君、狙うは敵の殲滅だ」

 真紅の武者が笑う。


 戦争が、始まる。

連投モードは昨日のみ、これからは一日一回更新です

今後は基本この時間(7時半ごろ)に更新させていただきます、今後ともよろしくお願いいたします

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