第四章 四節
「ん」
時宗は朝日に照らされ起きる。時計を見ると七時。
「いつもと、部屋が違う? ……ああ、そうか。ここは黒城先輩の部屋か」
そう言いながら時宗はベッドから起き上がる。横には寝息を立てている綾がいた。
「起こさぬように、と」
ゆっくり時宗は布団から出て、そのまま自室に戻る。
「よし」
自室に戻り、着替えた時宗はとある部屋の前に来ていた。その部屋の名札には刀義征と書いてあった。
「失礼します、刀先生はいらっしゃるでしょうか」
ドアをノックして、そう言った。すると、ドアが開き刀義征が出てくる。
「どうした、時宗君」
時宗は無言でじっと義征の眼を睨む。
「ふむ、その眼を見るに、真面目な話のようだな。では入ってくれ、何が好みか? 緑茶か? 紅茶か? それともコーヒーか?」
「緑茶でお願いします」
「ふむ、解った。ではそこに腰かけて待っていてくれ」
時宗は義征の部屋の椅子に座る。刀家の家紋、裸刃十文字が刻印されたものである。座っている間に、時宗は義征の部屋を見た。部屋には何本もの刀と太刀、そして砥石が置いてあった。本棚にも刀の名鑑が置いてあり、刀家当主にふさわしい部屋だなと思っていた。更に目線を移すと、様々な小説があった。日本の小説から、米国、中国、中東、欧州など、幅広い国家の小説を読んでいるのだろうか。
「刀先生は小説が好きなのですか?」
時宗は義征に問いかける。それに対して義征は緑茶を入れながら答える。
「ああ、好きだな。現実世界と比べて、希望があるからな。昔から現実逃避として、嗜んでいたよ」
「ふむ、そうですか」
時宗はそういうと再び黙る。義征は二人分の緑茶と饅頭を盆にのせて持ってきた。
「さぁて、それで君の本題は何だ?」
義征は緑茶を一杯口に含み、口を湿らせてから問いかける。それに対して時宗はさくりと問いかける。
「――城親豊と梓時頼、そして刀先生――この三人について、教えてほしいのですが」
それを聞き、義征は観念したような顔になる。
「なるほど、黒城君から聞いたんだな?」
時宗は頷く。義征は緑茶を一口飲み、答える。
「僕たちの関係は――親友であり、家族であり、同志であり、そして――最後には敵となった」
時宗は無言で聞く。義征は言葉を放つ。
「そして、あの男は不思議な男だったよ。激情にかられやすい俺と、冷徹さの強い時頼、その二人の中間として仲裁し、後輩であった鎧政清や陣光維からも慕われた。城親豊という男は、本当に奇妙な男だった」
「不思議な、男ですか」
その問いに、義征は答える。
「そうだ。不思議な男だ。誰よりも組織の和を重んじて、誰よりも争いを嫌った。そのくせ、誰よりも頑固であった。最終的にその頑固さがあいつの身を滅ぼしてしまったんだが、それでも僕は城親豊という人間の柔らかさと頑固さの二つに敬意を払った」
それは悔恨、或は昔話。時宗は一人静かに聞いていた。
「さて、大まかなところは黒城君から聞いているだろう。だから、僕はあの事件の加害者側の目線を語ろう」
急須からお茶を注ぎ、義征は語る。
「城親豊、彼は非常に穏やかだった。常に僕と時頼の中間に立ち、決して争いなどを行おうとしない男であった。だからこそ、あいつが黒麗ヘイリーという女と恋に落ちたのが驚きだった」
黒麗――綾の話にも出ていた、黒城綾の母親。諸葛孔明をプログラムとする女。時宗は口を開く。
「その黒麗という女性はどのような人物だったのですか?」
義征は重々しく口を開く。
「黒麗、あの女は中華人民共和国対日軍団の軍師だった。誰よりも大胆に策を立て、誰よりも優美に勝利を奪う女だったよ。電子兵先進国である日本が、中国の主要都市を陥落させることができなかったのは、あの女の仕業であると言っても過言ではない。尚武学園を出たのち、僕たちは時頼を中心として電子兵を率いていた。梓時頼、刀義征、城親豊、鎧政清、陣光維――この五人が最も苦戦した相手が、中国の黒麗だった」
「なんと」
あの父を苦戦させた。それだけでも、父を尊敬する時宗からしたら驚くべきことであった。いったいどれほどの出来人だったのか、それが彼は気になった。
「黒麗、日本人の母と中国人の父の間に生まれたあの女は、特に城親豊と激突する機会が多かった。北方方面、つまり対露方面を梓時頼と俺が、対米方面を陣光維と鎧政清が、そして対中方面を城親豊が担当。当時はこういった陣容だった。そして、中国という土地を舞台に親豊と黒麗は大規模な城郭戦を行った。川の東側に黒麗が城郭を作り、親豊の進軍を止めようとすれば、親豊はその城郭を囲むように小さい砦を作って中の兵士を餓え殺しにした。親豊が大きく迂回して敵の本拠を奇襲しようとしたら、それを黒麗は読み切って防いだ。一進一退なんて生易しい物じゃない戦いだった」
時宗はそれを聞いて、少し納得した。そんなすさまじい両親の間に生まれたから、黒城綾という人間はあんなにすさまじい才能を持っているのか、と。
「だが、ある時どうやったかまでは知らないが親豊は黒麗を引き抜いた。それが日本国内で大問題になったんだ。多くの日本人を殺した黒麗という女に対する憎悪は凄まじく、城家の屋敷を暴徒が囲む始末。結局、あの二人は出奔した。中国山脈にある小さな廃城を改造し、その中に田園や牧場を作って、親豊の世話をしていた執事を含めた三人――後に生まれた娘を含めて四人で生活できるような状況を作り出した」
城親豊が出奔した理由、それは憎悪だった。渦巻く世論の憎悪が、彼を追い詰めてしまった。時宗はそれを理解した。
「そして、十年がたって討伐をしたと」
時宗は義征に対して、言う。それは責めるような口調ではなく、慈しむ様な口調。友を切らざるを得なかった師に対して、責めることなく認める姿勢。それに対し、義征も少し表情をやわらげて語る。
「そうだ。総大将、梓時頼。わずか四人の城攻めだ。と言っても、親豊は娘を逃がして死ぬつもりだったけどな。首を切る前、本人がそう言っていた」
それを聞いて、時宗は悟る。
「もしや……」
ただ、それを認めたくないが故に問い直す。義征は自嘲するように言った。
「そうだ。彼に懇願され、彼の介錯をしたのは僕だ。覚えておくといい――幾千もの敵を斬るよりも、たった一人の首を斬ることの方が辛いこともあるとな」
義征の眼から、滴が零れる。それは後悔の雫だった。時宗は無言で頭を下げる。彼も知っているからだ。世界を敵に回しても、守りたいと思う人達がいることを。そして、刀義征――恐らく、梓時頼にとっても――城親豊は守りたい人だったであろうことも。
「刀先生」
時宗は頭を下げたまま、言う。
「私は、今日改めて貴方と父上を尊敬しました。もし貴方と父の性根が正しくなければ、きっと貴方たちは苦しむことがなかった。貴方たちが善であり、性根清らかであるからこそ、貴方たちは苦しんだ」
義征の部屋を沈黙が支配する。
その心の痛みがわかるからこそ、時宗は心から尊敬する。もし、興家やモハンマド、綾、クラスメイト達、そして両親や弟。彼らを斬れと言われれば、自分はどのような行動をとるのだろうか。時宗はふと考えた。だが無理だった。考えれば考えるほど袋小路に陥り、自分が自分ではないような感覚に襲われる。心が壊れるような感覚がし、自己嫌悪に陥る。自らの父と、そして目の前にいる男性はそれを判断しきったのだ。それだけでも尊敬に値する。そして時宗は、ふと鹿介ならどのような判断をするか気になった。後で聞いてみよう、そう考えた時である。
「やはり、君と黒城君は似ているな」
義征はくすりと笑う。時宗は首を傾げた。
「いや、同じ話を黒城君から聞かれたんだ――『お父さんの死にざまを知りたい。そして、貴方たちとお父さんにどういった関係性があるのか』とな。それを話して、君と似たようなことを言ったよ」
「はぁ」
義征はそう言った。時宗からすると、こそばゆいような奇妙な感覚であった。そして、時宗は一つ聞きたいことがあって思い出した。
「そういえば、父は本当に親豊さんの遺言で黒城先輩を助けたんですか?」
それを聞いて、義征は首を横に振った。時宗は納得した。父はそんな甘い人間ではないはずだと。やはり、国から子供は保護するように言われていたのか。そう思っていると、義征が口を開く。
「彼女を救ったのは、君だよ――梓君」
「へ?」
その一言に時宗は驚いた。自分が彼女を救ったということが彼には意味が解らなかったからだ。義征は語る。
「もともと、国は『子供は殺して首を多摩の河原に晒せ』という命令だったし、親豊の遺言は『戦の習いだ、彼女には逃げれるような教育はした。できれば探してほしくはないけどなぁ』というものだった。つまり、国は黒城綾の殺害を厳命し、城親豊は暗に見逃してほしいと懇願しただけだ。だが、時頼は『平相国の轍を踏まず』――まぁ、要するに頼朝と義経の故事に倣って、彼女を殺そうと思ったんだ。僕や光維、政清に後味悪い思いをさせないために、たった一人で重荷を負うために、弓矢と太刀を持って単独で城綾を追った」
良くも悪くも父らしいと時宗は思った。自らに厳しく、他人に厳しい。他人に十の重みを負担させるなら、自らには百の重みを負担させる、そんな父らしい――そう思った。義征は語る。
「だが、いざ城綾を見つけその命を断とうとしたとき、時頼はふと君を思い出したらしい」
「私を、ですか……」
「そう、君をだ。幼いながらに槍を構える彼女の姿が、幼いころから弓の鍛錬をしていた君に重なったようだ。そこで、梓時宗という男は生まれて初めて国を裏切った。城綾を助け、国の上層部と掛け合うことで城家の名を冠さぬことと梓時頼自身が苦境に陥っている台湾を救援することを条件に、彼女の罪を問わぬこととした。更に、その後国は黒城綾という少女に一つの話を持ち掛けた」
そこで時宗は口を開く。
「一つの話ですか?」
義征はこくりと頷いた。
「そうだ。その条件は、彼女を縛りながらも彼女を鼓舞する物だ。『功名あげれば、城家の家名を復活させる』。君と同じく、父思いの彼女はその条件を満たそうと努力した。幼いころから僕に師事し、槍を鍛えた。刀家は刀剣長物の扱いに長けているからな。そうして、君と同じく劣等感と目標をばねとして彼女は己を鍛えた。心は鉄の如く、体は獣の如く、だから君と彼女は似ているんだ。どちらも己の内の澱を起爆剤として励んだ、正しい意味での求道者なんだ」
ああ、やっとわかった。彼女に惹かれるわけは、彼女が自らの鏡写しだからだ。時宗はそう思った。無言でその感情を噛みしめる。時宗は再び頭を下げる。
「ありがとうございます、そのような話をしてもらって」
礼節正しく、時宗は感謝した。
「ああ、二時間後下見に行くから二人でここまでちゃんと来いよ」
義征は時宗にそう言った。時宗は退室するときもう一度礼をして、退出した。
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「鹿介、居るか?」
教員寮からモハンマドと興家が居る自室まで向かおうとした時である。時宗は自らの装置に語り掛ける。鹿介は反応する。
『いますよ、我が主君。某の身は、御身の傍に』
仰々しく言う。その仰々しさが、時宗にとっては有り難かった。礼儀正しく、堅物で、不可能を可能にしようと努力した不世出の大英雄。今にして思えば、鎮西八郎ではなく彼が自らのプログラムになったのは当然だったのだ。時宗も、鹿介も、共に目の前の壁にぶち当たろうとした男だ。不断の努力と不屈の信念で、幾度となく心が折れても、そのたびに前に進んだ男たちだ。時宗は一度自殺しようとするまで心が弱ったが、神が見棄てなかった。鹿介は幾度となく諦めず、敵に殺された。そう言った違いはあるが、二人とも強い心で英雄たちに対抗し、高みを目指した男たちであった。だからこそ、時宗は言う。
「ありがとう――私の傍にいてくれて」
そう言った時、髭を撫でていた鹿介は眼を真ん丸とする。
『否! 我が主君よりそのようなお言葉を戴くほど某は役に立っていないですぞ! 弓撃ちの我が主君に対して、某など……』
鹿介は、自らの存在が時宗を自殺未遂にまで追い込んだことを苦にしていた。その心の傷は、容易に癒えるものではなかった。だが、鹿介に時宗は言う。
「違うんだ、鹿介。昨日今日と、黒城先輩と刀先生の話を聞いてそう思ったんだ。私の在り方に最も相応しいのは、君だったと」
それを聞き、鹿介は涙をあふれさせる。
『有り難き、有り難き幸せ! 某には身に余るお言葉っ!』
それは鹿介の心の底からの言葉であった。今まで彼もまた、己を責め続けていた。魂を縛り、ひたすら贖罪の為に仕え続けていた。四か月というときは、忠勇の士であった彼の心をボロボロにするのに十分であった。心のどこかにあった主の苦悩に対する後悔、彼の心を弱らせるには十分だった。
だからこそ、時宗の言葉は彼を解き放った。山中鹿介の魂は、今大いに解き放たれた。それは即ち、プログラムを覚醒させる。
ピロリーン、と間抜けな音がする。
「新着メールか?」
時宗は右腕のデバイスを操作して、新着メールを探ろうとする。だが、その前にデバイスは声を出す。それは鹿介の声ではなく、操作案内などを行うときに流れる女性の声だった。
『おめでとうございます。貴方のプログラム《山中鹿介幸盛》は新たな進化を遂げました。プログラム戦術に、実体組成:電子←→実体が追加されました。この電子戦術は、周囲の電素を用いてあなたのプログラムを実体化させる効果です。ごくまれに弓兵が用いる特殊スキルでございます』
そんなアナウンスが流れて消える。電子戦術とは、空気中に漂っている電素という未知の物質を利用して用いる、この世の理を無視する戦術の事だ。スキルや特性ともいわれ、それはプログラムの英雄が個別に持っているものと、多くのプログラムが持っている汎用性が高い物に分かれている。
例えば、山中鹿介幸盛を例としよう。山中鹿介幸盛の電子戦術は先ほど付加されたものを含めると、動体視力の向上効果がある『武人の見切り』及び跳躍力を中心とした身体能力の強化を行う『鹿の加護』、常軌を逸した瞬発能力が期待できる『ファストスターター』、そして先ほど付加された『実態組成:電子←→実体』が汎用電子戦術である。それとは別に、鹿介のみが保有する固有電子戦術として、あらゆる心理干渉とハッキングを無効にする最上位精神防御戦術である『山陰の麒麟児の忠節』がある。これら電子戦術は金銭で汎用プログラムを購入したり、褒美として国や上官から与えられる事で汎用電子戦術の方は増やせる。ただし、今回の様に何らかの出来事がきっかけで新しい汎用電子戦術を得ることができる。彼らは意図せずそれを行ったのだ。
「鹿介、新しい電子戦術だな」
時宗は非常にうれしそうな顔だった。
『ええ――これで某も我が主君が弓を撃つとき、我が主君を守れますぞ!』
鹿介は嬉しそうに言う。これを用いれば、無防備な射手を守れる。彼らにとっては天祐であった。




