第四章 三節
「さて、まずはどこから話してしまおうか」
綾は指をくるくるさせながら言う。時宗は唖然としていた。そんな時宗を見て、綾は悲しそうな笑顔をしながら言う。
「まだ理解が追い付かないよね。なら、君が知っているであろうことを、僕と認識を合わせるために語ろうか。なに、どうせ二年生になったらテストに出る話だ。歴史の予習として聞いてくれればいいよ」
そういうと、綾は紙に五つの漢字を書く。上から順に、梓、城、刀、鎧、陣と書かれていた。
「さて、この五つの漢字。君なら当然理解できるね?」
「ええ。始祖五家の苗字。始まりの電子兵であった五人の子孫」
綾は頷き、語る。
「そうだ。梓家は那須与一をプログラムとした梓泰時を、城家は物部守屋をプログラムとした城親康、刀家は佐々木導誉をプログラムとした刀義武、鎧家は水野勝成をプログラムとした鎧政氏、陣家は乃木希典をプログラムとした陣光治を、それぞれ家祖とした家だ。また、不思議なことにこの一族はそれぞれ、苗字に対応した才を持つプログラムを得やすい。君も知ってると思うけど、一応例として一番顕著なのは君の家だろうね。君の家、梓家の嫡流は君以外、皆弓に長けた英雄をプログラムとして持っている。初代泰時の那須与一、二代時久の六角義賢、三代時頼の立花宗茂。世代を重ねるごとに、この五家は強力な電子兵となっている。もちろん、他の家もそうだ。だけど、他の一族よりも二世代分この五家はアドバンテージがある。電子兵が一般的になったのは凡そ三十年前。君の家で言うと、君のお父さんの代だ。ここまでは君も知っているだろう?」
時宗は頷く。何れも父から聞いた話だ。そこで、綾は問いかける。
「じゃあ質問だ。はたして僕の父はどのような罪状で国を裏切ったのか。君は知っているかい?」
それを聞かれ、時宗は息を飲む。
「わからないです……そうだ、そういえば……どこにも城親豊が『何を』裏切ったのかが書かれていない」
時宗は今まで見た文献で、城家最後の当主が何故裏切ったのかが書かれていないことを悟った。綾はくすっと笑う。
「そう、正解。一般の資料には城親豊が何の罪で断罪されたか書かれていないし、そして理由を知っている四人は決してそれを語らない」
その言葉に時宗は首をかしげる。
「知っている四人、ですか?」
綾は静かにいう。
「そう。陣光維、鎧政清、刀義征、梓時頼の現四家当主、言い換えると僕の父さんを討伐した四人だけだ」
その言葉に時宗は衝撃を受ける。まさか自らの父が、この目の前にいる少女から父を奪ったのか。それが現実の戦争を見せつけられたようで、時宗を酔わせる。目の前が一瞬グラッとした。現実の戦争は、この若い少年には少し毒のようであった。覚悟は十二分に決まれど、酔ってしまう。彼が見せる、珍しい年相応な面であった。
「おっと」
体制を崩そうとする時宗を、綾が抱える。時宗の鼻に、少しいい匂いが届いた。
「落ち着いて、時宗君。大丈夫。僕は君のお父さんも、刀先生も恨んでいない。いや、むしろあの四人には感謝している――彼らは僕を救ってくれたから」
それを聞いて、時宗は冷静を取り戻す。顔を上げると同時に、時宗は恥じらいと驚きの双方の感情を持った。己の覚悟が決まってなかったかという恥じらいと、自分の父親が仇であったことに動揺するくらい黒城綾という人間が彼の中で大きくなっていたこと。
「救ってくれた?」
かろうじて時宗は問うことができた。綾は時宗の眼を見て言う。
「今から話すから、ちょっとまって。あんまりせかしちゃダメだよ」
綾は抹茶を一口含む。
「さて。私のお父さん、城親豊の裏切りとは何か。簡単にいうと、機密情報を海外に持ち出す可能性があったからだよ」
その言葉に、時宗は首をかしげる。
「機密情報? 追討が行わるほどの機密……」
時宗が考えていると、綾は言う。
「君にはわからないよ。その機密は君からすると余りにも身近すぎるからね」
時宗はキョトンとする。そんな時宗に向かって、綾は言った。
「お父さんが持ち出す可能性があった物――それは、城の血。もっと正確にいうと、僕の事だね」
「ん?」
時宗はわけがわからないというのが一目でわかるくらい、首をかしげていた。
「だろうね。君は多分わからないと思ったよ――考えてごらん、時宗君。もし始祖五家の誰かが中国に亡命したら何が起こるか」
「っ!」
時宗はその時点で悟る。何故始祖五家という大仰な名前を付けられ、自分たちの一族が保護されているかを時宗は知っている。積み重ねた電子兵の血筋というのは、それだけで核よりも貴重な軍事技術なのだ。
「そう、君が思った通りだ。恐らく、亡命を受け入れた国は子供を増やさせるね。そして電子兵の質を底上げしようとする。それだけは避けなくちゃいけない。そして、お父さんはその危険をおかしてしまったんだよ」
そこまで言って、綾は口を閉じる。時宗は綾の表情からその先が言いにくいことであることは悟った。だが、綾は覚悟を決める。
「私のお母さんは中国を裏切った裏切り者。そういった女にお父さんは恋をした。それは許されない恋で、互いの身を滅ぼした恋だったんだよ」
時宗は言葉を失う。綾はそれを意に介する事無く、語り続ける。
「そして、お父さんは日本という国から討伐を受けるような人間となった。当たり前だよね、国外に逃げるかもしれない機密情報――僕が国家の指導者であっても追討する。だけど、ここからがややこしくなる話なんだ」
時宗は一心に聞いていた。それは彼が知らない、始祖五家の姿だった。彼が知らない、宿命だった。自らを縛る血の運命を、時宗は必死になって聞いていた。
「お父さんは中国山脈にある、とある廃城に隠れた。名前も残っていないような小さな城。そして、お父さんとお母さんはそこを整備して、三人で十年近く籠城した」
「ぶっ! ごほっごほっ!」
そこで時宗は噴出した。更に、気管に水が入ってむせた。
「さ、三人で十年籠城!? な、なにがあったんですか?」
時宗は驚きを隠せなかった。それは現代の高度な技術を用いた戦争では不可能だと思ったからだ。
「うん、やっぱりそんな反応になるよね。でも、両親はやり遂げてしまった。さらに言えば、三人のうちの一人は、お父さんの面倒を昔から見ていた爺やさんみたいな方で、戦力にはなってない」
時宗の顎は外れそうなほどさがっていた。それは余りにも奇怪なことだったからだ。
「な、なにがあったんですか?」
その問いかけに、綾は答える。
「お父さん――城親豊のプログラムは北条氏康、お母さん――黒麗のプログラムは諸葛亮、通称諸葛孔明。これで大体わかってくれるかな?」
そこまで聞いて、時宗は頭を抱える。
「なるほど、確かにその二人なら可能ですね。小田原城に籠り続けることで、二人の大英雄を退けた籠城の達人と、地形を生かして敵を翻弄することに長けたと伝説が残る稀代の軍師」
綾は困ったように言った。
「そゆこと。そしてその籠城の間に僕が生まれてしまったってわけだ。これが政府としては大問題。このまま最悪子供だけでも逃がされてどこかに渡ったら――それこそ国家の防衛が成り立たなくなる。僕の存在が政府に知られたことで、日本政府も本気を出した。城以外の四家の当主を呼び出して、討伐だ」
時宗は驚く。そのようなことが歴史の内にあったのか、と。恐らく、その事実は史書には記されることはない。ただ記されるのは、城親豊が国家を裏切り誅殺された事実のみ。
「そうして、両親は死んだ。僕は逃げ出したけど、梓時頼に捕えられた」
「え?」
自分の父が、目の前の少女を捕えた? それならば、彼女は死んでいるはずだ。彼が知る父は、そう言った裏切り者の子息を残しておく人じゃない、そう思っていた。すると、綾は見透かしたように語りだす。
「疑問に思っているよね。彼は刀を僕の首元に突き付けてこういったんだ――『我が親友の最期の頼みだ。ここで一度貴様を死んだことにし、落ち延びさせる。いずれこの動乱に貴様の血が必要であろう』って。そして、僕は一度死んだことにされた。正確にいうと、僕は生まれた事にもなってなかったんだけどね。その後、城家の遠い親戚として扱われることになった。父の姓である城に母の姓である黒を組み合わせた黒城という苗字となって、城綾という人間は黒城綾となった」
「そう、ですか……父にもそう言った情があったのですか」
時宗は驚いていた。彼の父は、他人に非常に厳しく、自己にはそれを上回るほど厳しい人間であった。そんな父が、彼女を助けた。恐らく、城親豊という人物は梓時頼にとってそれほど大切な人物だったのではないか。そう思ってしまう。
「さて、明日は早い。眠ろうか、時宗君」
時宗が黙ったことを見て、綾はからからと笑って言う。時宗は無言で従った。
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二人が互いの過去を語っていたころ、鳥取県境港。
「ぷはっ!」
ここに袁覇は上陸する。彼は政府から派遣された小型密偵船により境港沖十キロまで運ばれた後、そこから泳いできたのだ。
「袁覇様でございますな?」
丁寧な口調の男が現れる。
「貴様は何者だ?」
袁覇は背負っていた真紅の矛を構える。男はぺこりと礼をする。
「私の名は王磊宝。日本に潜っている中国の草でございます」
草というのは間諜、スパイの事だ。中肉中背の男は静かに近づく。
「機装馬一式、境港外れの山小屋に隠しております。この鍵がそれでございます。それでは、貴方様のご武運を天より祈りましょうぞ」
そういうと、男は鍵を渡して堤防の上に移動して立つ。男は脚に重りをつけ、懐から取り出した注射器を首筋に打ち込み、海に落ちて行った。ぼちゃんという鈍い音が響く。
「気に食わねぇな」
袁覇は不快感をあらわにする。このように、襲撃の時に情報を渡した草は自害するのが中国諜報部の決まりだ。機密をばらさぬように命を賭ける。一族の安全は政府が保証しているから、と低所得者が殺到する職場だ。人の命は二束三文、古来より中国という土地はそうであった。そうでなくては生き残れないほど過酷な土地。厳しい時代を生き残るための知恵が、皮肉なことにこの時代でも生きてしまっていた。
「だが、てめぇのその潔さ、敬意を払ってやるよ」
袁覇は敬礼していた。歴史に名を残さぬ、値千金の働きをした男に敬意を表す。
「さてと……こっから尚武学園の六甲山演習に乱入した後、何とか瀬戸内に逃げればそこに別の草がいる――か。やっぱ日中は民族の顔が似ているから、草が入りやすいのかねぇ」
そう言いながら袁覇は境港外れの山小屋に向かう。
歴史が動こうとしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
揺蕩う意識の中、時宗の意識は時をさかのぼる。思い出してしまう――彼の記憶。それは思い出したくない記憶であると同時に、彼が直面しなければいけない記憶。
時は、四か月前。先年の十二月まで遡る。
先年の十二月、時宗は白衣の男の前で固まっていた。
「私のプログラムは、山中鹿介幸盛?」
呆けたように気力のない声で、時宗はそう言った。そこは電子兵のプログラムを付与させるための施設であった。戸惑っている時宗に、白衣の男は言う。
「そうだ、山中鹿介幸盛。第二次世界大戦前の日本国においては、道徳の規範と謳われた忠勇の英雄だ。何分不足はないと思うが? あと気になることとすれば、君は施設の補助を受けることなく、すでにプログラムを得ていることか。まぁ、そこは君の才が豊かであったからだろうな」
だが、時宗の頭は撃ち抜かれたように真っ白であった。
何故なら、それは彼が欲した高みではなかったからだ。梓時宗――この少年の長所にして短所を一つ上げると、完璧主義者であるという事であった。誰よりも目標を高め、そこに向けて励む。そういえば聞こえがいいが、言い換えると自らを重い鎖で雁字搦めに縛っている男であった。
「はい……わかりました」
蚊の鳴く様な声で返答し、時宗は手渡されたデバイスをポケットに詰めた。そしてふらふらとその部屋から出て行った。
出ていくと、他の適性者が列を作っていた。汎用プログラムならば誰でも扱えるが、歴史上の人物をプログラミングしたものは、こういった施設できちんと入れなければいけない、稀に例外もいるのだが。否、正確にいうと、時宗は例外であった。
「っ」
悔しさのあまり、涙に濡れる。彼は梓という家を背負う覚悟を決めていた。否、もっと正確にいうと、未だ幼い宗季、頼政という二人の弟に重荷を負わせないという兄らしい覚悟があった。だが、それと同時に彼は強さを求める求道者的な側面が強かった。鎮西八郎でなくてはならない――唯一心に願った果てに得た結論。それが得られなかった。それは彼からしたら死に値するほどの恥辱と屈辱であった。
故に、夢破れた求道者が至る道は一つ。
「――父母よ、先立つ不孝をお許しに」
身を投げた。
これが梓時宗の根源。強烈な劣等感と強烈な求道精神に彩られた、歪にして真っ直ぐな男。結局彼は助かるが、その在り方を彼の父は不安視した。誰よりも純粋故に脆く、恐ろしい。梓時宗はそう言った男であった。




