Chapter 7
最初私は彼がここに住み着いている生身の人間かと思ってぎくりとしたが、すぐにその影の薄さと呼吸音のなさで、そうではないと気づいた。
彼は、薄いなめし革の衣服に身を包んだ、ネイティブ・アメリカンだった。およそ現代に生きている人間には見えないたたずまいだった。じっとこちらを見つめる眼は、穏やかに私を受け入れていた。決して親しげにほほえみかけたりはしなかったけれど、敵意がないことはすぐにわかった。
私も言葉を失って彼をしばらく見つめていた。長い時がしつらえた自然な植栽の向こうに、一瞬どこまでも広がる気持ちのいい草原が見えるような気がした。私は目を凝らした。その背景は彼のための場所、かつて彼の暮らしていた土地の風景なのだろうか。
彼が口を開いて何かをしゃべった。耳に入ったのは聞いたことのない言語だったが、意味は言語の壁を突き抜けて伝わってきた。
空腹ではないか、と彼は私に聞いた。私がうなづくと、彼は立ち上がり、私のすぐ近くまで歩み寄ると、私の足元のコケの一種類を指さして、口に持っていく動作をした。これは食べられる、うまい、と彼は告げていた。
彼の示すコケを、私はためらうことなく摘んで口に入れた。
肉厚のひんやりした食感と、甘酸っぱい味と爽快な香りが私の口に広がった。何という恵みの植物だろう。私は思わず顔をほころばせて彼に礼を述べた。ありがとう。とてもおいしい。
彼は満足そうにうなづいて、茂みの向こうに去っていった。そしてそのまま暗がりに見えなくなってしまった。
もう少し何か話がしたいという私の密かな想いは失望に終わったが、代わりにかすかに笛の音が聞こえてきた。今まで私が知っているどんな場所よりも広い平原を吹く風の音のような、ゆったりとした甘く哀しい旋律は私をそっと包んで安らかな気持ちにさせた。
私の知っているこの世界は、ほんのわずかにすぎない。私の生きている時間も。そう思うととても安らかになった。
ついこの間まで私が忙殺されていた世界は取るに足りないもので、その向こうに広々とした知らない世界があった。そう気づくとほっとした。
これまで人と比べて焦ったりみじめに感じたりしていた時間の、なんとばかげて無駄だったことか。これまで感じていた哀しみとか不安なんて、ただの私の思いこみでしかなかった。
笛の音を聞いていると、そんな思いがあふれてきた。なんて、世界は広いんだろう。なんて、時は永いんだろう。
きっと、私は本当の自然な微笑みを浮かべていたに違いない。閉じた瞼に月光の淡い光がわずかにまぶしい。それが私には天からの祝福のように感じられた。
私は幸福だった。幸福、というものを生まれて初めてこれがそれだ、と自覚していた。
いつか、たぶん幼い頃に母か父がそうしてくれたに違いない、膝に抱かれて腕を枕にぐっすり眠った時のような安心感に包まれ、私はそのまま深い眠りに落ちていった。




