Chapter 4
一通り回ると、あとは自由時間だった。モーテルであらかじめ仕入れたサンドイッチとミネラルウォーターで各自ランチをとる。
私は、あの広間の池の畔で一人で分厚いハムと芯の多いレタスの挟まったぼそぼそのサンドイッチを黙々とほおばった。よく見ると、膝からこぼれ落ちたパンくずに池の小魚たちが群がっていた。
それを眺めている間に、人々はガイドの説明を聞くために、館の外周見学に行ってしまっていた。
私は一人で池の・・・と言っても本来はアプローチから続く豪華な大広間なのだが、ほとりにたたずんでいた。
安らかな空気が私を包んでいた。ここでは、誰からも何を聞かれることもなく、何を要求されることもなく、ただ一人でいることが許されていた。
高い天井からは大きなシャンデリアが吊されていたが、よく見るとその上にカラスが一羽留まっていた。
午後の柔らかな日差しが広間を囲む二階の廊下の手すりを照らし、ピンクや黄色の花が咲きこぼれているのが見えた。
アンティークの絵本に登場する小人の妖精や、伝説の生き物がひょっこりドアの向こうから顔を出しそうだった。
一応私も多少の少女趣味な感性はあって、一通りのファンタジー映画は見ていたが、どんな大がかりな作品も、今目の前にある現実の風景に勝るものはなかった。本当にこんな所に一人で来たんだ、という達成感が珍しく私を開放的に、大胆にしていた。
私は立ち上がり、もう一度一人で二階を探検することにした。
本がぎっしり並んだ書斎、曇ってはいるがまだちゃんと映る大きな鏡台、ふたのあいた白っぽいグランドピアノ、ドアが内側に倒れ込んだ部屋もあった。
どんな人々がここに住み、どういう経緯でここを去っていったのか、気にならないこともなかったが、どちらかというと私には、目に見えないこの家の主がいて、散らかっていますがどうぞ、と招き入れてくれているような気がしていた。
ガイドがいないのをいいことに、私はポールをすり抜けて部屋に入り、比較的状態のいいベッドの一つに腰掛けてみた。古い手縫いらしいキルトがかかっているそのベッドは、太い重厚な真鍮でできていた。
キルトは色も形も様々な大小様々なはぎれがランダムに接いであり、はぎ目には丁寧に色糸で規則的な刺繍がされていた。日の光と空気にさらされて徐々に色あせ、落ち着いた色合いのそれは、見ていると心が平らかに落ち着いてくる。
これだけのものを作るのに、どれぐらいの労力と時間がかけられたのだろう、と思うととても貴重なものに触れている気がした。
ここに住んでいた人たちは、どうしてこのキルトを持っていかなかったのだろう。再び、今更考えても仕方のないことが頭に浮かんだ。
この家では、全てが過去の出来事なのだ。時間が止まったまま、眠り姫のように家全体が、期限のない長いまどろみの中にいる。生きている限り何かにせかされて先を急ぐしかない現代人にとって、廃墟は時間に縛られる我が身をあざ笑うことの出来る場所なのだろうか。全てはいつかはこうしてゆっくりと終わっていくことを目の当たりにして、時が過ぎることにおびえなくて済むように。
ふと、耳元で誰かがささやいた気がした。私は辺りを見回した。誰もいなかった。とても優しい、心地よい声だったような気がする。ここにいてくれてありがとう、そんなふうに聞こえた。
私は二階をぐるっと一周すると、よく日の当たる小さな居間を見つけて足を踏み入れた。そしてそこに、くすんだ象牙色のテーブルと2脚の椅子を見つけて驚いた。
なんてすてきな場所だろう。そして、私は確かにこの家に招かれている、と確信した。
テーブルの上には、古いティーカップとポット、そしてシュガーポットが置かれていたのだった。




