変わらない
あれは、小学校に上がる前だった。
家族ぐるみでよくお隣の幼馴染み“あっ君たち親子”とお出掛けをしていた。
休みの度に海・山・水族館・遊園地・動物園と遊びに行く間柄だった。
だから、あっ君が引っ越すって聞いたとき、凄く寂しくて、ワンワン号泣した。
そんな私にあっ君が。
『僕、必ず春菜の所に戻ってくるから、今は辛いだろうけど待ってて』
って、安心させる為の言葉を言ってくれた。
子供ながらにその言葉を信じようって思ってた。
何時しか、彼の存在自体が薄れていってた。
そして、今目の前にその彼が居る。
約束…守ってくれたんだね。
でも、私は彼が現れるまで、忘れていた。
辛い思い出だったから……。
だから、今更現れてもどうこう思ってない。
それが今の私の思い。
「春菜。吉井くんとは、どんな関係なの?」
真理こと伊上真理が唐突に聞いてきた。
「ん?吉井くんとは、幼馴染みだよ。彼、小学校に上がる前に引っ越しちゃったからね」
昔を懐かしんで口にした。
「ふーん」
納得してない?
まァ、私があっ君にベッタリだったのは、言わなくていいかな。
「昔の幼馴染みが戻ってきて思うことは?」
何、その質問?
「変わってない」
それしか浮かばない。
まァ、殆んど覚えてないから、仕方ないんだけど。
「そうなの?」
「うん。雰囲気全然変わってない」
フンワリとした誰にでもなつく雰囲気は、今も変わってない。
そんな彼だから、自然と人が集まる。
今も、他のクラスの女の子達が、彼を見ようと集まってる。
「今日一日落ち着かないかもね」
真理が、うんざりした顔をする。
「そうだね」
私は、苦笑交じりに頷いた。
「ねぇ、真理に聞いてもいい?」
「ん?」
「吉井くんの頭に猫の耳ついてるよね?」
声のトーンを落として聞いてみた。
さっきから気になってたから……。
「はっ?何それ。そんなの付いてないよ、まァ、彼だったら似合いそうだけど…」
って言葉が返ってきた。
私の目がおかしいのか?
「…でも、現に付いてる」
って口を滑らしてた。
「何が付いてるって?」
突然、目の前にあっ君が現れた。
「うわぁーー。…えっ…あっ……吉井くん」
慌ててて口ごもってしまった。
「どうしたの春菜?」
キョトンとした顔で首を傾げるあっ君。
そんな仕草も可愛いんだけど…。
「…何でもない」
首と手を横に振る私。
本人を目の前にして言えるわけ無い。
「ふーん。で、春菜。“吉井くん”って呼ばれるのヤダ。前みたいに“あっ君”って呼んでよ」
って、悲しそうな表情を見せる。
捨て猫みたいな顔をされたら、誰だって頷いてしまうだろう。
「…えっと……」
私が呼ぶまで、ずっとそんな顔をされるのは、ちょっと気が引ける。それにソワソワしてる。尻尾をブンブン振ってるのがわかるぐらい。
呼んで欲しいって、期待の色を滲ませて私を見つめる彼。
女は度胸だ。
「……あ・あっ君」
私がそう口にしたら、フワリとした笑顔を見せる。
うわーーーー。
なんちゅう笑顔を見せるのよ。
こっちが恥ずかしい。
「ねぇねぇ、私たちもあっ君って呼んでもいい?」
いつの間にか女の子たちがあつまっていた。
「う~ん。ごめんね。この呼び方は、春菜だけ。他の子は、違う呼び方をして…ね」
あっ君が、口許に人差し指を持っていきトントンッてしてから答える。
小さいときからのあっ君の癖。
考え事してるときにいつもしてる。
変わってないな。
何て思いながら、その光景を見ていた。