昔話
「あの日、忘れもしない……。」
語り出したお父さん。
そう、あの日は、小学校の最後の運動会前日。
私は、最後だからと応援団の団員にもなっていた。
授業が終わり、応援団の最終確認の練習を終えて家に帰った。
何時もの様に玄関を開けて。
「ただいま~!!」
って大きな声で言ったの。
だけど、中から大好きなお母さんの。
「お帰りなさい。」
って声が帰ってこない。
たまに夢中になってると返事が無い時もあったから、それかなって思いながら、鞄を自分の部屋に置いてリビングに行く。
でも、リビングにもその姿がなくて、キッチンから甘い匂いがしたから、そこに居るのかもっと思い扉一枚隔てた向こう側に足を向けた。
でも、そこにも姿はなく、作りかけの生地と道具が散乱していた。
綺麗好きな母が、汚したまま居なくなるなんて不自然で、足りない材料が出てきて買いに行くにしても、ある程度片付けてから行く筈だと思い。だったらまだ家に居るのではと、あっちこっち探したが、見つけられず。
「お母さん、何処?」
声を掛けながら、不安を隠せずに涙しながら何度も同じ所を探し廻っていた。
気付けば、ベッドの上で寝ていた。
「俺は、翌日が春菜の小学校の最後の運動会で、しかも応援団をやると言うから、早めに帰って準備をしようとした。言ってもムービーを撮る為に充電やらメモリーの確認などしようとしてたんだ。家に帰ってくれば、部屋の電気が付いてなかったから春菜を連れて、明日のお弁当のおかずでも買いに行ってるんだと思ったんだ。だが、家の玄関は施錠されてなくて、リビングに入り電気を付ければ、春菜がソファーで涙の痕を残して、眠っていた。俺はそのままに出来ず、ベッドに運び改めてリビングを見渡す。妻…美保子の姿は見当たらない。部屋の中は、甘い匂いが漂っていた。リビングに居ないとなると、キッチンかと思いそちらに名前を呼びながら足を向けた。そこには、春菜のおやつを作っていたのだろうか、作りかけのままで、生地が散乱していて、これはただ事ではないと思い、普段昼間は家に居ると言っていた隣人に訪ねてみたが、その日は偶々出掛けていたそうで、わからないと言われた。春菜が家の中を散々探して見つから無かったのなら、警察に相談した方がいいだろうと電話をして来てもらったんだ。だが、録な手懸かりも無くて、警察もお手上げ状態で、俺は時間が出来ればビラを駅で配ったりしてたんだが、一向に情報も入らなくて、五年が過ぎてた。」
お父さんの話でベッドに運んでくれたのは、お父さんだったんだと初めて知った。
「なぁ……。美保子を一緒に探してくれないか?」
お父さんが伯父さんにすがる。
そんなお父さんに伯父さんは。
「俺で良ければ、手伝うよ。俺も心配だからね。」
と優しい声音で答えてくれた。
「ありがとう。お願いします。」
お父さんが伯父さんに頭を下げる。
「春菜。僕も手伝うよ。伯母さんの事も心配だしね。」
あっ君が私の手を握って言ってくれる。
その言葉と手の温かさに涙が出てきた。
「ありがとう、あっ君。」
そう言いながら、握られていない方の手で涙を拭う。
「泣かないで、春菜。絶対見つかるからね。」
あっ君がそう言って、私の頭を撫でる。
でも、その言い方が何かを確証を得ているみたいな言い方だった。
私は疑問に思いながらも、頷くだけに止めた。
その後、ゴミの片付けをして、あっ君たち親子は帰って行った。




