挨拶
僕の腕の中で春菜は寝入ってしまい、彼女を抱き上げ(俗に言うお姫様抱っこ)て彼女の部屋に運びベッドに寝かせた。
彼女の頬には、涙が通った筋が幾つも出来ていた。
僕が春菜の辛さを背負えたら、どんなにいいか……。
僕は、彼女の頬をそっとと撫でていた。
名残惜しいが、このまま此処に居たら何するかわからないから、僕は彼女の部屋を出てリビングに移動した。
彼女をこのまま一人にしておけなくて、おじさんが帰ってくるまで母上に報告することにした。
僕は、肌身離さずしているペンダントを引っ張り出して、四つ葉のクローバーの鍵の形をしたヘッドを手にした(四つ葉には、グリーンいろの魔石が埋め込まれている)。
するとそこから淡い光が溢れだして徐々に浮かぶ母上の姿。いわゆる空間投影。この世界にはないモノ。こちらで言うとSkypeみたいな感じ?機械を通さないで話せるのは、魔石のお陰なんだけど…。
『どうしたの敦斗?春菜ちゃんには会えたの?』
母上が、ニマニマとだらしない笑顔で言う。
僕が、春菜に一途なのを知っていて、揶揄ってるのだ。
でも、今はそれどころじゃない。
「母上。春菜の母親が行方知れずなのをご存じですか?」
僕がそう口にすれば、驚いた顔をする。
『敦斗。それ、どういうこと?敦斗は知ってるわよね。一ヶ月前にも春菜ちゃんの写真が送られてきているの?』
「はい。だからこそ、春菜だと確信をもって会えたのですから…。ですが、春菜が言うには五年前から行方知れずなんだそうです」
僕の言葉に母上の顔が曇り出す。
『ねぇ、今、春菜ちゃんはどうしてるの?見るからに敦斗が今居る場所は、春菜ちゃんの家でしょ?』
母上が心配そうに聞いてきた。
「うん。今まで気を張っていたみたいで、僕の前で大泣きして、泣きつかれて寝てしまいました。春菜を一人にしておけないので、父親が帰ってくるまで居ようと思いまして…。元々、挨拶を目的としてきてたので、挨拶だけして帰るつもりです」
僕がそう母上に告げると。
『そう。翔太(春菜の父)さんに詳しく聞き出せたら聞いてくれる?無理なら陸斗(父上)をそっちに行かせるから…。敦斗は、春菜ちゃんを護ること。多分だけど、彼女の廻りで何か起きてるんだと思う。だから、これ以上春菜ちゃんを不安にさせないであげて。それは、敦斗しか出来ないことだからね』
母上が真顔で言うから、僕は黙って頷いた時だった。
ガチャ…。
玄関の方で音がした。
『帰ってきたみたいだね。粗相の無いようにね』
「はい」
僕はそう返事を返すと手にしていたトップを服の下に隠した。
「春菜?誰か来てるのか?」
少し低めの落ち着いた声が聞こえてきた。
僕は、ソファーから立ち上がった。
「君は?」
リビングに入ってきたおじさんに頭を下げる。
「ご無沙汰しております、おじさん。僕、吉井敦斗です。また、こちらに戻ってきたので、挨拶をと思いまして、伺いました。春菜さんは、疲れて休まれています」
おじさんの目を見て言う。
おじさんは、驚いた顔をして。
「えっ…。十年前まで隣に住んでた、敦斗君か?」
って聞いてきたから、僕はコクリと頷いた。
「大きくなったな。俺が知ってるのは、こんな小さい時の敦斗君だからな」
そう言って示したのが、おじさんの膝ぐらいに手を床と平行に揺らしてる。
僕、そんなに小さかったっけ…。
「ご両親は元気?」
おじさんの問いに。
「元気ですよ。父なんか、おじさんに会いたがっていましたからね。その内に顔を出しに来ると思いますよ」
父上が何時来てもいいように伏線を張る。
おじさんが、嬉しそうに目尻を下げ。
「陸斗が会いに…。わかった。何時でもいいからと伝えてくれないか?」
言葉も何となく弾んでるのがわかる。
「わかりました。おばさんは、いつ頃帰ってこられるんですか?おばさんにも挨拶をしたいんですが…」
僕は、居ない事を知っていながらも口にした。
話してくれるんじゃないかって思いながら…。
だけど、簡単にはいかなかった。
「…ん、あぁ。あいつは、実家に帰ってて、何時戻ってくるかわからないんだ」
と目を上下左右に世話しなく泳がせている。
あぁ、僕には言えないんだと思った。
「そうですか…。じゃあ、また違う日にでも挨拶に伺いに来ますね」
僕は、ニッコリと笑みを浮かべて床に置いていた鞄を手に玄関に足を運んだ。
「敦斗君。春菜の事よろしく頼むな。あの娘は、敦斗君にしか甘えられないようだから…」
おじさんが、寂しそうに言う。
「春菜さんは、十分におじさんに甘えていますよ。ただ、上手く表せていないだけだと思います。それから、Tシャツ洗って返しますね」
僕は、今着ているシャツをチョンと摘まんで言う。
「あ、ああ」
僕は、靴を履くと。
「お邪魔しました。お休みなさい」
そう言葉を掛けて玄関を出た。
そして、こっちの世界での家に戻った。
セキュリティがしっかりしているマンションの最上階。
今回は、ここが僕の城だ。
中に入るなりに僕は、ペンダントを取り出してヘッドを握る。
先程と同じように空間投影が写し出される。ただ、そこに居たのは、母上だけではなく父上も一緒だった。
『…で、どうだった?』
開口一番が、母上だった。
僕は、首を横に振り。
「ダメでした。父上の話を出したら、何か話したげな風でした。おじさんは、"何時でも来ていい"といってました」
僕は、言われた通りの事を両親に告げる。
「そうか…。わたしが出向いた方が、早いかもしれないな。早急にそっちに行く。家は、変わってないのだな?」
父上の問いにコクリと頷く。
「わかった。敦斗は、春菜ちゃんを元気付けるんだぞ」
父上までもが、春菜を心配してるのがわかる。
「わかっています。では、お休みなさい」
僕は、そう言って通信を切った。
今日一日で、色々有りすぎだよ。
はぁー。
春菜、明日になったら元気になってるといいんだけど…。
僕は、ベッドにダイブするとそのまま眠りについた。