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猫耳王子  作者: 麻沙綺
11/22

過去に

本当は、知られたくなかったのかもしれない。

彼が、家に来る事で心配させてしまうかもという思いが、あったからなのかもしれない。


母親が、五年前に失踪してるだなんて、言えない。

父親も、仕事の合間を縫って母を探してる。


母親が、何も言わずに出て行くなんて、考えられなかった。

だから、何処かに書き置きがあるんじゃないかって、家中隈無く探したが、何処にも何も見つける事が出来なかった。

途方に暮れる私に父が。

「春菜。母さんは必ず帰ってくるから、俺たちは、待っていよう」

と笑顔で力強く言うから、私もそれに頷いた。


それから、不馴れながらも家事を行い、勉強と剣道を続けてきた。

未だに母は帰ってきてないけど…。


「春菜、どうしたの?」

隣を歩くあっ君が、私の顔を覗き込んでくる。

「ううん。何でもないよ」

「何でもないって事は無いよね。何かあった?」

あっ君が、優しい声で聞いてきた。

その声で、今まではりつめていたものが、涙として現れた。

「えっ…。は、春菜。ちょ…何泣いてるの…。何か辛いことでもあった?」

あっ君の戸惑いながら、一生懸命に慰めようとする姿に余計に涙が、溢れてくる。

突然目の前が暗くなった。

「春菜。泣き止むまで、こうしてるから…」

あっ君に抱き締められ、ぎこちない手付きで頭を何度も撫でていく。

私はは、あっ君の胸に顔を埋めて、声を殺して泣いた。


泣き止むまでずっとあっ君は、抱き締めてくれた。


泣きすぎて、不細工な顔を見られたくなくて、俯いたまま。

「急にごめんね」

そう口にすれば。

「ん。何謝ってるの、春菜?謝ることなんて、何もないよ。何かあるなら言って。僕、春菜の力になりたいよ」

ニッコリと笑って言うあっ君。

あっ君になら、言っても良いのかと思った。

「あっ君。取り敢えず、私の家に来てくれる」

私の言葉に。

「うん、良いよ。春菜のご両親にも挨拶したいしね」

あっ君の屈託の無い笑みにズキッと胸が痛んだ。


家に着き玄関の鍵を開けて中に入る。


いつもの光景。

誰も居ないから、部屋は真っ暗。

私は、廊下の電気を点ける。

「どうぞ」

私は、あっ君を招き入れる。

あっ君の顔を見れば、不思議そうな顔をしてる。

私は、先に廊下を歩き、リビングの電気を点けた。

「その辺に座って待ってて」

私は、あっ君にそう告げて自分の部屋に鞄を置きに行き、父親の部屋に入りTシャツを拝借して、リビングに戻った。

「あっ君。これに着替えて。そのシャツ洗うから…」

私の涙で濡れたシャツのままで居て欲しくなかったから、そう言ったのだけど。

「ん。大丈夫だよこれぐらい」

って、平気な顔で言うあっ君。

「私が気になるから、着替えて欲しい」

って頼めば、

「…ん、わかった」

渋々Tシャツを受け取って、着替え出そうとする。

「あ、えっ…」

私が狼狽える破目になり、あっ君に背を向け、キッチンに逃げ込んだ。


お湯を沸かし、お茶の準備をしてリビングに戻れば、着替えを終えたあっ君が、居心地悪そうにソファーに座っていた。

「紅茶でよかった?」

私がそう声をかければ、肩をビクリと微かに震わせ。

「う…うん」

何処か、緊張気味なあっ君が居て、なんだか可笑しくなった。

私は、あっ君の前にカップを置き、自分の分も置くと。

「シャツ、貸して。洗濯してくるから…」

そう言って、あっ君の前に手を出したが。

「そんなの良いよ。それより、おじさん達は?」

断られて、逆に質問された。

私は、テーブルを挟んであっ君に対面するように座ると。

「う…うん。お父さんは、遅くまで仕事してて、何時帰ってくるかわからないんだ」

変なノリでそう告げる私。

「まぁ、そうだろうね。おばさんは?」

もう、黙ってられないよね。

あっ君は、知ってるんだもの。専業主婦だったお母さんの事…。

暫く何も言わなかった私に。

「春菜?」

優しく名前を呼ぶあっ君。

「……お母さん、五年前に突然居なくなっちゃったんだ」

私は、然も平気ですみたいな言い方をした。

そんな私の言葉に、あっ君が驚いた顔をする。

そりゃあ、そうだよね。

何年も会わない内に、知り合いの母親の失踪なんて、聞きたくないよね。

でも、私はあっ君に淡々と告げることにしたんだ。

「私が、学校から帰ってきたらお母さんが居なくて、夜になっても帰ってこなくて、何か、書き置きがあるんじゃないかって、家中を探し回ったけど、何処にもなくて…。何で突然居なくなったのかわからなくて…。今もお父さん、仕事の合間を見てお母さんを探してるの」

私は両手でスカートを握りしめて、言葉を紡いだ。

あの時から、ずっとずっと一人だった。

お父さんは居る、けど頼れなかった。私の為に働いて、お母さんを探してる。これ以上頼れないって思って一人が寂しいなんて言えなかった。私の我が儘で、お父さんを困らせたくなかったから…。

「…春菜。顔をあげて…」

あっ君の優しい声。

ゆっくりと顔をあげると、優しい眼差しのあっ君と視線が絡まる。

「やっぱり、泣いてる。おいで…」

あっ君が、腕を広げて私に優しく言う。

あっ君に言われれば、私は自然と従ってしまう。

あっ君の腕に収まる自分。

「春菜。辛い思いしてたんだね。これからは、僕も春菜の傍に居るから、頼って。おばさんは、必ず僕が見つけるから。だから泣かないで」

あっ君の優しく力強い言葉に私は、何度もコクコクと首を縦に振った。


あっ君の温もりに包まれ、泣き疲れた私はそのまま眠りについた。




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