遺言
恵まれた人生を辿ったのだと、思う。
この世に生を受けてはや23年がたった。特に面白みも味気もない、いわばモノクロの人生ではあったけれど、それを後悔した日は一度もない。
その面白みのない人生をちょっとだけ振り返ってみよう。
私は荒喜という名の家に生まれた。父と母はなかなか子供に恵まれず、遅咲きではあるがやっとの思いで生まれてきたのが私、荒喜華南だった。
荒喜華南は生まれて間もないうちに礼儀作法、料理、洗濯、掃除、茶道、華道、香道、ピアノ、バイオリンといったいわゆる花嫁修業というものを懇切に叩き込まれた。
そして荒喜華南は共学の学校に入学することを許されず、小中高を女子の花園で過ごしてきた。
高校に入学してからだったか、自分と他人が明らかに異なっている点に気付いた。
自分は今までに、父親以外の「男性」と話をしたことがないことに。
周りの女学生たちは中学に入ってしばらくたってから恋愛の話で盛り上がるようになった。しかし、荒喜華南がその話題に入ったことはない。当然だ。だって、父親以外の男性を見たこともなければ、話をしたことも無いのだから。そもそも恋愛とはなんなのか、恋愛というワードはどういう意味なのかを友人に尋ねドン引きされた程である。
荒喜華南は生まれながらに徹底した教育を受けながらも、異性に関する知識吸収は完全に閉ざされていたのだ。今思えば、絵本を読んでいても登場人物は全て女性だった気がする。ちょっと異常なほどの徹底ぶりだったかもしれない。
さて、何故ここまで荒喜華南は世の中の男性から遠ざけられて育ったのか。そして、何故「荒喜華南」が「篠宮華南」となったのか。
荒喜家には先祖代々伝わるしきたりが存在した。荒喜家の長女は、日本帝国の経済を何千年と支えてきた篠宮のご子息の妻となり、その身全てを篠宮に捧げるというものだった。「その身全て」は「全て」だ。自分の戸籍も存在意義も尊厳も人生のレールも、「荒喜華南」でさえも。
篠宮家は徹底主義だった。代々の荒喜家の長女は生活基準の全てを食らい尽され、完全に篠宮に染められていった。篠宮に嫁ぐ人間に他の男の唾がついていてはたまらないのだという篠宮の気質が、荒喜華南の人生にも表れていたのだ。
荒喜華南はいつも周りの女学生たちにそのことについて不思議に思われ、同情もされていたが、正直に言うと荒喜華南はそのことに全くの悲劇性を感じることはなかった。何故なら、恋愛話に興じる女学生たちは最後には決まって世の男性たちに「騙された」「突然別れを切り出された」などと涙を流していたからだ。男性と言うものは良いものなのか悪いものなのか曖昧なうちに、女学生たちが荒喜華南に恋愛の話を振ることはなくなった。
荒喜華南の人生のレールが強固な接着剤、いや、磁石ばりの強度で固定されたのは、高校を卒業した日だった。
両親に呼ばれ、まず最初に頭を下げられた。今までのことを詫びる。しかしこればかりは自分達にはどうにもならないのだ。どうか、許してほしい。と。
篠宮華南は両親が自分に謝罪する理由がわからなかった。だって、もうそれほど若くない父と母は、老体に鞭を打ってでも己の仕事をし、かつ荒喜華南という人間をここまで育て上げてくれたのだ。文句など言える筈がない。こちらが感謝したいぐらいである。
そんな荒喜華南は高校を卒業したその日に篠宮家に嫁入りすることとなった。と、いうよりも篠宮華南が両親からその話を聞いたとき、既に篠宮の家に入っていた。婚姻届は提出済みであったのだ。父と母はただ涙を流しひたすらに篠宮華南に詫びるので、篠宮華南は両親をなだめるのに精一杯で、自分はもう「荒喜華南」ではないので、目の前で慰めているのは既に自分の父親、母親とは呼んではならないということに気付かなかった。
そうだ、「荒喜華南」はあの日に死んだのだった。
ここまで思い返して、今ここにいる篠宮華南は荒喜家の人々が誇りに思える役割を果たせているのかと自問した。結論からいうと、全くと言って良いほど果たせていないと自答した。
篠宮華南が篠宮徹という夫の第二、第三夫人ではなく、正妻として位置していることぐらいが唯一の救いかもしれない。だがそれも長くは続かないだろう。むしろ7年も正妻であれたことが奇跡に近いのだ。
いや、いや、話を戻そう。
そうだ、「結婚」をろくに理解しないまま篠宮家に嫁いだ篠宮華南は夫となった人物と会うことは許されず、最初の二ヶ月間は乾き切ったスポンジを海に投げ込みどろどろにさせるまで、男と女の子教育つまり性教育を会って間もない教師にみっちり叩き込まれた。そこでようやく自分がどの様に産まれてきたのか、そして今後自分が為さねばならないその行為について、作法だの誘い方だの、今まで知ることを許されなかったことを綿密に教育されたのである。
正直に白状すると、私はその行為がおぞましく汚いものであるという認識してしまい、生命を産み出す為の神秘的な行為であるという理解には追い付くことは出来なかった。
そして篠宮徹という御主人様に会ったあの日、私の純潔は失われた。
愛も何も感じられない、儀式的な行為だった。
その夜私は初めて泣いた。
それから7年、あのおぞましい日以来、私は一度も御主人様に会っていない。
屋敷内の噂によると、御主人様は多くの女性を囲って楽しく性活、いや、生活なさっているとか。いつも一人で寝起きをし、用意された豪華な料理を一人で食し、そして一人本を読み、閉ざされた空間でこうしてレールに沿ってきた人生について毎日考える私とは大違いである。
だけれど、篠宮徹という人物を恨むまい。彼もまたこの篠宮の犠牲者なのだ。
私はふうと息をつき、過去のことを思い出すことを一旦止め、部屋で飼っている赤いカナリアを天井から吊り下げている鳥籠から出してやった。私は手にカナリアを乗せ、広い部屋であるにも関わらず一つしかない窓辺にもたれかかった。
この子の赤を見ていると思い出すのだ。私の人生で、唯一色鮮やかだったあのささやかな日々を。
面白みのない私といつも一緒に居てくれて、こんな私に対しても優しく、陽気に笑いかけ、笑わせてくれた世界で一番愛おしいお友だち。彼女と毎日会えるならどんなに辛い習い事も、荒喜家の務めも、その日のうちにこなすことが出来た。彼女に言ったことは無かったけれど、あの子がいなければ、私は小学校にも通うことは出来なかったのだ。
あの子の世界はいつも優しかった。優しすぎるが故に、あの子は…―――
私はカナリアを安全な場所に一度下ろし、そして窓に掛けられた格子を思い切り前後に振り、てこの原理で勢いよく外した。腕がじんじんと痛むが、気にならなかった。
大きな音を聞きつけた使用人達が部屋の扉を叩いている。そして私の返事がないと分かり、使用人たちは部屋に押し入ったけれど、扉の前には無駄に大きな棚やテーブルで敷き詰めておいたので、こじ開けられたとしてもここまですぐには近付くことはできない。
大きな窓を引き上げ、久しぶり部屋に入りこんだ新鮮な風に私は少し身震いした。そうか、今は冬なのか。
カナリアを呼び寄せ再び手に乗せた後、そのまま窓の外へカナリアの乗った手を翳した。カナリアはいつもと違う風景に躊躇しているようだった。そんなところもあの子にそっくりだ。だから、私はあなたにこの名前をつけたの。
「飛んで、自由になって。真綾」
そして、赤いカナリア、真綾は翼を広げて飛び去った。遠くなっていく赤い姿。少し寂しいけれど、貴女にはこの部屋は似合わない。
とうとう使用人達が扉の前にあった障害物を全て退け、真っ青な顔をして今すぐ窓から離れるように私に命じ叫んだ。私はその命令に黙ったまま窓際に座っていると、使用人達の中に汗だくで息を切らした篠宮徹が居ることに気付いた。7年ぶりに会うのがこんな状況とは、いやはや本当に申し訳ない。出会ったころよりも、篠宮徹は随分と男らしくなったものだ。色香すら感じられる。ただ、こんなにも焦りの表情を露骨に出す様な人物だっただろうか。
まあ、もういいか。
人生に後悔も、心残りもないと言ったのは嘘だ。
本当はもう一度、あの子に会って伝えたいことがあった。
この気持ちは過去だけのものじゃない。今もなお、あなただけを、
まあ、それも、もう、いい。
足を踏み出せばもう自由だ。
「幼女のお友だちのお話」 End




