第二章 マルス・プミラの少女達④
「お待たせしました。それでは始めましょう」
各自に椅子に座り、最後に部屋に入ってきたユティーがテーブルに置いたノートPCを開き宣言すると、店長室から持ってきたと思われる画板サイズのホワイトボードに何かを書きだしていく。
数秒で書き終え、くるりと皆に見えるよう向けられたホワイトボードには「メニュー」「雰囲気」「サービス」の文字が横書きで縦に並んでいた。
「一般的にこういう飲食店を構成する要素はこの三つと言われます。なのでまずはこれらを決めるために、どういう客層を対象としたお店にするかを店長と話し合いました」
「いやいや、話し合いとはいってもユティー君のアイディアばかりで僕はほとんど何もしてないよ。いやぁまだ若いのにすごいねぇ」
ユティーが他世界から派遣されてきたプロのビジネスマネジメントアドバイザーだとは微塵も疑う様子もなく店長は言う。
「そんなことはありません。店長が開店当初から欠かさずつけていた店の日誌や客層と売上の記録などがあったからこそです」
「んで、その結果がこのビラってことか?」
亮治が配り余ったビラを片手にひらひらと揺らす。
「それを配ってもらったのも改革計画の一環です」
「となると、ターゲットは学生になるのかしら?」
「はい。店の広さや場所、駐車場の有無を考えて、とりあえずファミリー層は捨てます」
バッサリと言い放つ。
「店長からいただいたデータからこの店の客層は成人男性、それも会社の昼休みにランチとして利用する人がほとんどということがわかりました。なのでこの客層を維持、できれば増加しつつ新たな客層として放課後や休日に駅前に遊びにくる学生層を確保していきたいといったところです。せっかく駅前という立地条件を持っているのですから」
ちょうど聞き取りやすい早さ、声の大きさを保ちながら一言も噛まずにユティーは言い終える。
花月の営業時間は午前十一時から午後九時だが、一日の売上の大半はランチタイムで占められていた。そのため会社が休みな休日より平日の方が売上が多いという現象が起きている。
そこでユティーは休日こそ駅前によく来るだろう学生層を取り込もうと画策しているのだ。
「とは言っても実習は残り五日しかないぞ? ユティーの考えは長い目でみりゃ店のためにはなるだろうけど、結局俺はまだ何の役にも立ってないってのがな」
「そんなことは無いよ。工藤君は十分やってくれている」
納得行かない顔で悔しげにつぶやく亮治を店長は優しく諭す。
「そもそも短い期間でものすごい変化をもたらすってのが無理なんじゃないか?」
「プリンタやコピー用紙、看板に使う木材なんかは僕の私物から用意できたけど、大掛かりなお店の改築なんかは流石に材料が用意できないしね」
「まぁまぁ、悩んだりボヤいたりするのは話を全部聞いてからでも遅くないわ。ね? ユティー」
ルートとレイヤを鎮め、ミラはユティーの方へ挑戦的な、期待を込めた視線を送る。
「ええ。ミラの言うとおり話は最後まで聞いてもらわないと困ります」
凛とした声、表情でユティーは説明を再開する。
「先程、飲食店を構成するのはメニュー、サービス、雰囲気の三つと言いました。なのでこれらを今現在の状態から成人男性や学生向けに変えていくのが次のステップになります」
そこで一度止めるとユティーは店長をチラリと見て、どこから出したのか店のメニューをテーブルの上に広げた。
「まずメニューに関してはこのように価格設定を見直し、レイヤにデザインを新調してもらいました。時間の問題からもその他の変更点は料理説明の追加だけで残りの内容はそのままです」
「うおマジだ。昨日とは全然違ってら」
「ふっふーん、こっちのが断然良いでしょ?」
いつの間にと驚く亮治に隣に座っていたレイヤが自慢気に顔を寄せる。
「次に雰囲気に関して。これはそう簡単に変えたり作ったりできるものではありませんので今は要点から除外、なので最後に残ったサービスの部分、ここを徹底的に充実させます」
言いながらホワイトボードに書かれた「雰囲気」部分をビッと斜線で消し、「サービス」部分をぐるぐると○で囲む。
「要はこのビラに書かれてるサービスを実行するってことだろ? てかそろそろ説明してくれよ。渡された時からずっと気になってたんだよこれ」
「実は僕もそうなんだよ工藤君。価格設定の見直しとかはすごく納得いったし助かってるんだけど、そのビラの内容だけはどうしても不安というか……」
店長が不安そうに亮治とユティーを交互に見つめる。それもそうだろう。いきなりやってきた小学生の少女が長年やってきた店の見直しや改革を行おうとしているのだ。
実際のところ、ユティーは経営に関して全て事前に店長と話し合い同意を得てから行動に移っており、その内容も感心するほど理にかなっているものばかり。しかし、亮治が手にしているビラにかかれていることに関しては、内容があまりにも現実離れしているため、店長も不安や動揺を隠しきれずにいた。
その問題のビラにはこう書かれている。
<<定食屋『花月』 ゴールデンウィーク限定イベント開催>>
この度、定食屋『花月』は日頃よりご贔屓いただいております皆様へ感謝を込めて、本日より五日間、期間限定イベントを開催いたします。
以下のとおり、時間帯により様々なサービスをご用意いたしておりますので、どうぞ一度、足をお運びください。
今後共、定食屋『花月』を宜しくお願いいたします。
五月五日のスケジュール
16:00~17:00
様々な学生服が勢揃い! 女学生がもてなす学生タイム!
17:05~18:05
そこはもはやオフィス! インテリ達がもてなすインテリタイム!
18:10~19:10
しっとりとした魅力! 和服美人がもてなす和服タイム!
19:15~20:15
歌って踊れる美少女達の宴! アイドルがもてなすライヴタイム!
※期間中はお食事代を一割引、学生は学生証の提示により三割引いたします。
※明日以降のスケジュールに関しましては、店頭にてプログラムを配布する予定です。
何度見てもツッコミどころ満載の内容である。
このユティーが考えた案をレイヤが文章化、レイアウトデザイン、印刷し、亮治とルートが駅前やトゥエルブで配っていたのだ。
「さっきの話から成人男性やらをターゲットにするから美人で気を引こうって理屈はわかる」
「はい」
「だけど五月五日って今日じゃねーか。あと数時間でどうやってこんな奴ら集めるんだよ? 俺とお前らでやるとか言わないよな」
「そうなったら私は絶対帰るからな」
「私は別に良いけど。メイドの格好気にいっちゃったし」
厨房に入る店長は対象外として、もし亮治、ユティー、ルート、レイヤ、ミラで上記のサービスをやるとなると、まんざらでもないミラは問題ないだろうがルートに関しては本気で帰りかねない。
それ以前に亮治がセーラー服やら何やらを着て接客することを考えると、誇大広告で店にクレームが殺到するのが先か、亮治が捕まるのが先か際どいラインだろう。
「あれ? というより僕は広告の内容に関しては工藤君がいるから大丈夫って聞いてるんだけど……」
「え、俺?」
店長からの思わぬパスに亮治は反射的に自分を指さし聞き返してしまう。
亮治が持つ特技と呼べるようなものは金の計算とトランプにおいてのイカサマくらいなのでなんのことかさっぱりだったが、どうやらユティー以外の三人の少女も気づいているようでいつの間にやら呆れ顔を向けられていた。
「というかお前、今までの話聞いといてまだわかってなかったのか?」
「リョージにぶすぎ」
「よく考えてみて亮治くん。昨日の時点じゃこうやって作戦を考えるユティーや私達はいなかったのよ?」
ルート、レイヤ、ミラからの立て続けの口撃にようやく亮治がハッとする。
「そうです。今、頭に浮かべた内容で正解です社長」
亮治の答えを聞く前にユティーがユビキタスコンピュータを呼び出す。
「これより人材派遣会社CPUの社員カタログにアクセスし、チラシの内容に一致する人間の検索を開始します」
***
「大盛況じゃないか……」
橘拓郎は驚愕していた。
部活と亮治から任された仕事を終え、学生服のまま花月までやってきた彼の前に広がっていたのは、店の外のスロープまで続く長蛇の列だったからである。
時刻は午後三時三十分。ビラに書かれたサービス開始時間まで残り三十分を切った頃。
「いらっしゃいませ! どうぞ、こちら試食品です!」
「あぁどうも」
拓郎が列の最後尾に並ぶとハキハキとしたウェイトレス姿の女性店員から小さなプラスチックのカップとスプーンを渡される。中には食欲をそそられる香りを放つシーフードピラフが入っていた。
どうやら順番待ちの列を作っている人に向け簡単な試食品を配っているらしく、数名の女性店員がトレイを片手にせわしなく客の周りを動き回っていた。
驚いた点といえばその女性店員に関してもそうである。
拓郎が到着してから目に入った女性店員は全て、テレビや雑誌で見るようなアイドル、モデル級の容姿をしており、その立ち振舞いも惚れ惚れするものばかりであった。
濡れた口唇、形の良いバスト、きゅっと引き締まったウェストと色っぽいへそ、可愛らしいヒップ、流れるようにすらりと伸びる白い足。
おまけにやや露出度が高めなウェイトレス服やメイド服などに身を包んでいるものだから、列を成す男達の視線は彼女達に釘付けになっている。
「ありゃ、拓郎じゃねーか」
拓郎が目の前の光景の仕掛けに関して考えながらシーフードピラフを口に運んでいると、その答えをくれるであろうウェイター姿の顔馴染みが現れる。
手には食べ終わった後のカップを回収するためだと思われるゴミ袋を持っていた。
「よう亮治。お前一体どんな手を使ってあんな美人を連れてきたんだ?」
「そこは色々とワケありでな。とりあえず店の中に来いよ。茶くらい出すぜ」
亮治は拓郎を伴い、列の横を通りスロープの最上部から地下一階にある花月の入り口へ向け歩き出した。
列を構成するのはほぼ男。♂。Man。高校生っぽい集団もあれば新人社員とその上司のような大人もおり、年齢層に特に偏りはなかった。
雑談を交わしたり、試食品を口に運んだり、官能的なウェイトレスにだらしない視線を送ったりと、各々が行列の待ち時間を潰しながら店へ入るのをまだかまだかと心待ちにしている。
「なんか順番待ちを無視しているみたいで悪いなこれ」
「ああ、良いんだよ。どうせその列ほとんど客じゃねーから」
「え?」
「サクラ? さっき店の前にいたの全部?」
「全部ってわけじゃないが、店の中にいたのも含め九割くらいはそうだろうな」
休憩と称して亮治は拓郎をバックヤードに通し、紙コップに入った麦茶を片手に事の経緯を説明していた。
「ウチのビジネスマネジメントアドバイザーというか参謀が、最も効果的な集客方法としてサクラを使うことを提案したんだよ」
「その参謀も、表のサクラや美人店員も、全部さっき言った他世界の派遣会社から雇ったのか」
「ああ。だから実際は店が繁盛してるわけじゃないんだよなぁ」
眉間にシワを寄せ難しい顔をする亮治に対して、拓郎は合点のいった表情を浮かべる。
「でも周囲の人間には繁盛しているように見える。事実、俺にはそう見えた。そこがそのユティーって子の狙いなんだろ」
花月で午後四時から始まるイベントのスタッフをCPUから派遣してもらう契約の際、ユティーは同時に低コストで雇える大勢の人間とも契約し、サクラとして使うことを進言した。
商売において、何事もまずは”知ってもらうこと”が重要。どんなに出来が良い作品でも知られなければ名作と呼ばれることはない。
インターネットやビラ配りでの宣伝も行ったが、本命はこのサクラによる宣伝方法。
人は多くの人が興味を持つものに理由もなく惹かれるもので、人だかりを見れば必ずそこに何があるのか興味を持つ。おまけに人の心理というものは大勢の人が持て囃す、つまりは人気だと思わせることで深く考えず「多くの人間が評価しているからこれは良いもの」と思い込む傾向にある。
ユティーはそんな集団心理とCPUの特性を利用したのだ。
そこに容姿端麗な美女美少女と美味しい試食品を足せば効果は約束されたようなものだろう。
「しっかし……CPUだっけ? 一秒単位で契約できる派遣会社だなんて、やっぱ他世界は違うな」
「その割にはお前あんまり驚いてないじゃんか」
「これでも驚いてるって。まぁ俺は実際に他世界と触れ合ったわけじゃないし、そこがお前との差なんだろう」
落ち着いた口調で返すと、拓郎は麦茶が入ったカップに軽く口をつける。
「ったく、他人事だと思いやがって。こっちは昨日から財布の中身がガンガン消えてるってのに」
亮治の悪態に拓郎が吹き出しそうになる。
「駄目だ、何度聞いてもそこは面白すぎるな。なんだっけ、労働で得た金しか使えないんだっけ?」
「笑ってんじゃねーよ!!」
笑いをこらえながら愉快そうに尋ねる拓郎の姿に、亮治は最初にメモリアルと交わした契約、つまりはユニット”マルス・プミラ”との契約の際に受けた説明を思い出していた。
人材派遣会社CPUの取引先となり、人材派遣を依頼するにあたって、亮治はメモリアルと五つの誓約を交わしたのである。
1. はじめに安定した収入源を申告、登録し、その登録した収入源で得たお金でのみ、契約金を支払うことができる
2. 契約期間は一秒から受けつけているが、即座に派遣する場合と、一時間前以上に予約を入れての派遣では前者のが代金は高くなる
3. CPUは契約の最終意志をあくまで社員個人に委ねているため、派遣依頼を断られることもある
4. 人材の占有を防ぐため、同じ社員を連続で雇用するたびに契約金は増加していく
5. シード・ライヴや人材派遣会社CPUの存在の吹聴は雇用者の自己責任で許可するが、雇用者の存在がCPUに不利益だと判断した場合は然るべき処置をとった後、取引先としての権利を剥奪する
1の誓約において、亮治は家の喫茶店の手伝いにより月に一度手に入る小遣いを収入源としてメモリアルに申告し、登録している。
そのため、小遣いである一万円が亮治にとってはCPUとの契約に使える資金であり、使いきってしまうと次の小遣いを貰う日までCPUの力を借りることはできなくなってしまうのだ。
「いやー、あの亮治が自腹切って店を盛り上げ地域貢献とは面白いな。他世界よりこっちのが観察しがいがある」
「笑い事じゃねぇよ。ユティーの奴なんか限られた貴重な資金だからって俺の財布を預かるとか言い出しやがるし」
「実に良い案じゃないか」
「他人に預けるくらいなら全額宝くじに使ってやるわ!」
立ち上がり叫ぶ亮治に拓郎はやれやれと呆れ顔を向ける。
「いいか亮治。CPUからの人材派遣は例えるなら召喚魔法、お前の財布の中身は残りMPだ。しかもそのMPを回復させる術は特定のタイミングを待つのみ。やり直しの効かない制限プレイをやってるようなもんだぞ」
「わーってるよ! 要は金の扱いに慎重になれってことだろ?」
ガタンと荒っぽく亮治が椅子に腰を落とす。
実は拓郎が言ったことは先刻、ユティーにも別のニュアンスで言われたことなのだが、それを言うとまた笑われそうだったので亮治は口には出さなかった。
「まぁ、お前の金をお前がどう使おうと自由だろうし、俺はとやかく言うつもりはないけどさ」
言いながら拓郎は開いていたケータイを閉じ、ポケットに入れると立ち上がる。
「んじゃ、そろそろ帰るわ。お前だっていつまでもここでサボるわけにゃいかないだろうしな」
「拓郎」
学生鞄を肩にかけ扉へ向かおうとする拓郎をふいに亮治が引き止める。その表情は先程までケータイで競艇のレース結果を調べていた男のものとは思えぬほど真剣だった。
「……その顔はまだ何かありそうだな?」
「ああ、実はお前に見てもらいたいものがあるんだ」




