第二章 マルス・プミラの少女達③
結局、花月に到着したのは指定時刻である九時を十分ほどオーバーした頃であった。
ただでさえ白髪混じりの頭がさらに白く染まりそうな勢いで時間になっても亮治が来ないことを心配していた店長は、亮治が来てくれて心底安心すると同時に、土下座する彼の後ろをちょろちょろ着いてきていた四人の少女と対面する。
そこからはあっという間の展開だった。
メモリアルの言葉に倣い、マルス・プミラの少女達を「親戚の子が手伝いにきてくれた」と説明し、疑うことを知らぬ店長が笑顔に二つ返事でそれを了承するとビジネスマネジメントアドバイザーのユティー・リティーが動き出す。
まずレイヤに店の看板と店周囲の簡単な改装を指示し、自身は店のメニュー、今までの売上額、仕入額、そしてその差額、時間帯による客入り方や客層などを店長から聞き出し、情報の収集を始めていく。
その間、亮治、ルート、ミラの三人は開店時間である十一時に向け店内の掃除を終わらせ、メニューや調味料を各テーブルに配置したりお冷の用意をしたりと開店準備を進める。
亮治達が店内の準備を終える頃にはユティーとレイヤの仕事も一段落したようで、全員をホールに集め花月改革計画に関して簡単な説明を開始した。
一番気がかりだったのは店長がそれに同意するかであったが、あくまで「学生派遣実習イベント中におけるキャンペーン企画」ということもあってか割りとすんなり協力を申し出てくれて亮治はホッと胸を撫で下ろす。
そしてそんな亮治は今、ウェーブのかかった長く綺麗な栗色髪と白い太ももが特徴的な少女と駅前デートに励んでいた。
「ほら、次はお前の学校に行くぞ。さっさと案内しろよ」
「案内してください、だろ太もも少女」
「私だってお前と二人で散策なんてしたくないんだよ。けど仕事だから仕方なく付き合ってやってるんだろ。 わかったらさっさと移動するぞ」
「へいへい」
どう見ても雇用者と労働者に見えない凸凹コンビは駅前繁華街から学校方面へと移動を開始する。
何故この二人が街中を散策しているか、その理由は二人が大量に抱えてるビラという名の紙束にある。
花月改革計画第一弾として、ユティーとレイヤが速攻でチラシを作成、印刷し、亮治とルートを担当に指名してビラ配りに駆り出したのだ。
店長は「ビラ配り一つするのにも警察署の許可が必要だよ」と出発しようとする亮治達を心配したが、そこに関しても褐色肌の少女はぬかりがなく、
「学生派遣実習イベントに関してはタイムメイク社長を通じてお伺いしております。恐らくですが、学園側がこういうイベントを開催するのであれば、生徒が宣伝行為をしやすいよう、事前に学園から然るべき機関に申請がいっている筈です。ビラ配りなんてベタな宣伝方法ならほぼ確実かと」
とスラスラ言い放ち、念には念を入れ亮治に確認までさせた。結果は二人が今ビラ配りをやっているところからお察しのとおり。むしろこのことに関しては事前に参加者に配布されている資料にも記載されていると言われ、亮治がユティーにジロリと冷ややかな視線を送られたのが出発前の出来事である。
「ほら着いたぞ。ここが私立ヴァルフォード学園だ」
「へー、ここがトゥエルブか。悪くないな」
他世界の人間には馴染みのないハズの母校の通称を口にされ、亮治は思わずきょとんとルートを見つめてしまう。
「なんだよ。私立ヴァルフォード学園、普通科が無いことと分校が十二校あることで有名。そしてここは十二番目の分校であることからトゥエルブと呼ばれる。で合ってるだろ?」
「合ってるけど……なんで知ってんだよ?」
「当たり前だろ。私達はこのトゥエルブの実習イベントに参加するお前に依頼されて来てるんだぞ。このくらいの情報、事前に頭に叩きこんでるっての」
あっさりと言い放つルートに思わず感心してしまう。同時に亮治は自分がまだユティー達の履歴書に目を通してないことを思い出した。
(口は悪いし生意気だけど、能力も仕事に対する意識もこの歳で派遣されてくるだけはあるってことか)
途中、ルートが立ち止まり何かを考えこんだり、亮治に地理を聞いたり、ぼちぼちビラを配ったりしながらだったからか、学園まで到着するのに通常より遥かに時間がかかった。
祝日の正午前だから当然といえば当然だが、校門付近に生徒の姿は無い。小一時間もすれば部活動帰りの生徒が現れるだろうが今現在、辺りは閑散としていた。
「それで、どうするんだ? 誰もいないぞ」
自身より遥かに巨大な三階建の真新しい校舎を見上げながらルートが尋ねる。
「ユティーが言うにはターゲットは学生を中心とするらしいが、ここで部活が終わるまで待つわけにもいかないからな。助っ人を呼ぶことにした」
「助っ人? それってどういう―――」
ルートの質問が終わりきる前に校舎から一人の男子生徒が登場する。
「待たせたな亮治」
「待ってたぜ拓郎。部活中に悪い」
学生服姿で現れた亮治と一番付き合いの長い悪友、橘拓郎は上履きのまま玄関から校門前までやってくると呆れ半分、嬉しさ半分といった顔を見せた。
「とはいっても、待ったのはこっちも同じだけどな。お前もう実習三日目だぞ? 遅すぎだ亮治。俺を頼ってくるのも、ここに宣伝しに来るのも」
「ってことは、他の実習参加者は……」
「初日に来たよ。お前ともう一人を除いて全員な」
「もう一人?」
亮治の疑問に軽くため息をつきながら視線を逸らす拓郎の表情が若干引き締まる。
「犬塚だよ」
「犬塚って……あの乳がでかいことで有名な?」
ゴールデンウィーク前の教室で佐々木やアキラから聞いたことを思い出す。
トゥエルブの第ニ学年において、総合成績トップを誇る才色兼備の社長令嬢、犬塚英理子。
「そう、性格が強烈で自己顕示欲の塊で態度もでかけりゃ乳もでかい犬塚英理子だよ」
「胸の情報要らねぇだろ……」
ぼそっとルートがぼやく。
「ん、そういやさっきから気になっていたんだが、そっちの可愛い子は?」
拓郎の視線が亮治の後ろに向けられる。
上はチェックの半袖セーターに白いブラウス、下はショートパンツというスタイルの栗色髪の少女は、拓郎がやってきてから気持ち亮治の後ろに隠れるように位置し、居心地悪そうにしていたのだ。
「ああ、ルートだ。色々あって手伝ってもらってるんだけど、これがまた口が悪いのなんのって。態度はでかいけど胸は小さいし」
オーバーリアクションなため息をつきながら亮治が嫌味ったらしく話す。
その気遣いの欠片もない紹介にルートは長いまつげが美しい二つの瞳をつり上げギロリと睨みつけたが、目の前の金に汚い男はこちらに背を向けているため当然気づかず、向かい合う拓郎が冷や汗を流し苦笑いを浮かべることになる。
「それにしても俺はともかく、犬塚はなんでトゥエルブで宣伝しなかったんだよ?」
「そりゃ簡単だ。する必要がないんだろうさ。犬塚には」
トゥエルブにおける学生派遣実習イベントは特に法則性がない不定期な行事だが、年に何度も行われるうえその内容も突飛なことが多いため参加者以外には実習というよりお祭りごとのように扱われていた。
つまり、そのお祭りごとの参加者常連である犬塚くらいになれば、わざわざ宣伝なんてしなくても「犬塚なら今回もまた面白いことをやってくれる」というネームバリューで自然と人が集まるという仕組みである。
「それにアイツは社長令嬢だ。 わざわざ学校で宣伝なんてしなくても会社の名前だけで一般人には十分だろう」
説明を終えると拓郎は亮治が小脇に抱えていたビラの束を三分の二ほど引き取る。
「なら初参加の俺は土台から不利ってことか……」
「そうでもないんじゃないか? 初参加だから逆に注目される可能性だってあるさ」
拓郎がニッと笑う。十年来の付き合いであるこの悪友の言葉は、楽観的だがどこか安心感を与えてくれるものがあった。
「ほら、こっちは俺がやっとくからお前はもう店に戻れ。初参加者がこんなところで油売っている暇はないぞ亮治」
しっしっと拓郎が花月への帰還を促す。
「へいへいわーったよ。それじゃこっちは任せたぜ拓郎」
「ああ。ルートちゃんと仲良くな」
睨むルートを連れ再び駅前へと向かい歩き出した亮治を見送った後、上履きのままの拓郎は手中のビラの束から一枚取り、その内容に思わずに笑ってしまう。
「やっぱり俺の中じゃお前も犬塚に負けず劣らず面白そうなことをやってくれる人間だよ、亮治」
* * *
「あら、お帰りなさい。亮治くん、ルート」
花月に戻った亮治達の目に飛び込んできたのは黒と白で彩られたエプロンドレス、つまりはメイド服に身を包んだボディーガードの少女だった。
「お前……なんだその格好」
「ふふっ、似合う?」
ミラは得意気に微笑んで見せるとミニ丈のエプロンスカートをヒラリと揺らしながらくるりと回ってみせる。
セミロングの赤黒い頭に乗せられた白のレース飾りや二本の細い足に装着された白のニーソックスが、今朝見た全身真っ黒のスーツ姿とは非常に対照的で、亮治の目にも本物のメイドのように可憐に映った。
「へぇーいいじゃんいいじゃん。こりゃ客も喜ぶぞ絶対」
「うんっ、アリガト。さ、奥でユティーが待ってるわ」
ニッコリと笑顔を作り、ミラは亮治達をエスコートする。
時刻は開店時間である十一時を既に過ぎていたが店内はガランとしており、ホールには店長やレイヤの姿もなかった。恐らくユティーと同じく奥で待機しているのだろう。
メイド服姿のミラを先頭に亮治、ルートがそれに続く形でホールを進み、キッチンよりも奥にあるバックヤードへと足を進める。とは言っても花月の店内はさほど広くないのですぐそこの距離だ。
「しっかし、ボディーガードとしてやってきたのに、メイドなんかやってて平気なのか?」
「ぜーんぜん良いわよ。だって、私の出番なんてないのが一番良いじゃない?」
亮治の素朴な疑問にミラは笑顔のまま答える。
「お前しっかりしてんなぁ歳の割に」
先刻のルートの時と同様、素直に感心してしまう。
「人材派遣会社CPUの社員として来てるんだから当然だろ。中途半端な仕事はボスの顔に泥を塗ることになるんだよ」
「雇い主である俺へのその態度はボスの顔に泥を塗ることにならんのか」
「なるかよ」
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「はいはい熱烈な視線を送り合うのはそこまでよ二人とも」
「「チッ」」
「というか前見て歩きなさいよ」
亮治とルートが眉間にシワを寄せグギギギと睨み合っているうちにバックヤードにある店長室に到着する。開けっ放しのドアから中を覗くとユティーと店長の姿が見えた。
「亮治くん達が戻ったわよユティー」
「お疲れ様です社長、ルートも」
ミラの言葉に椅子に座りデスク上のノートPCに向かっていたユティーが入り口側を振り向く。
店長室は六畳くらいの広さしかなく、部屋の中はデスクに椅子に書類棚にで半分くらい埋まっており、そこにさらにユティーと店長が入っているため亮治達が入れるほどのスペースの確保は困難な状態だった。
「ありゃ、レイヤは?」
「レイヤ君なら隣の倉庫だよ」
のほほんとした表情で店長が答える。
開店時間は過ぎているのにホールに素人のミラ一人を残しここにいるのは店長としてどうなんだと亮治は思ったが、そもそも通常はホールもキッチンも一人で務めているということと、一人で務まる忙しさだということを思い出し即座に思考を切り替える。
「すみません。もう少しでこのデータをノートPCに打ち込む作業が完了しますので、準備の終わっている人からレイヤがいる隣の部屋に移動してください。そこで今後の、つまりはこのキャンペーン期間中におけるこの店の方針について説明します」
体の向きをデスク上のノートPCへと戻し、ユティーの指が高速でキーを叩き始める。
「僕はユティー君の作業の手伝いをしているから、終わり次第行くよ」
店長がいうユティーの作業とは店のデータの打ち込みである。
定食屋”花月”は繁盛こそしていないものの、店長のマメな性格から店の帳簿には売上はもちろん、客層や客数、メニューの注文回数など様々なデータがきちんと記録されており、ユティーはその帳簿の記録をノートPCに、言わばアナログデータをデジタルデータに移行させる作業を行なっているのだ。
「んじゃ俺は一足先に行ってるぞ」
「はい、適当にくつろいでいてください」
動かす手のスピードとは対照的にゆったりと落ち着いたユティーの声に返事はせず、亮治は隣の部屋へと移動を開始した。
「あ、リョージおかえりー」
入った途端、明るく無邪気な声が聞こえる。店長室の隣は休憩室兼倉庫として使われており、レイヤはここで一休みしていた。
とはいっても、部屋の中心にドンとテーブルと椅子があるだけで、後は乱雑にダンボールやらコンテナやらが置かれているだけの殺風景な部屋である。
「おう、お前もおつかれ。表の看板見たぜ? すげぇじゃん。見違えたぜ」
「えっへへー、でしょでしょ?」
にへらとレイヤが表情をほころばせる。
普段は目深に被っているスキーキャップをつけていないためか、青い瞳と腰まで伸びるストレートの金色髪がより鮮やかに見えた。
亮治が言う看板とは当然、花月の看板のことで、昨日までは色気の欠片もなかった”花月”とだけ書かれた小さな看板が、先程戻ってきた際には原型をとどめていないほどの進化を遂げていた。
色使いや文字フォントの変化はもちろんだが、最大の違いはサイズが元の五倍くらいになっているということ。また、店名を示す看板だけでなく、本日のオススメメニューなどが簡単に書かれた看板も別途作成されていた。
「あれ? そういえばみんなは一緒じゃないの?」
「あ、ああ……」
答える亮治がバツの悪そうな顔をしたのには理由がある。
店長室を出た後、念のため客が来ていないかホールの様子を見に行ったミラを見送ったまでは良かったのだが、その後ホールでもこの部屋でもない方向へ行こうとするルートに声をかけたのが失敗だった。
尋ねるも行き先を告げないルートを引き止めた結果、顔を真っ赤にした彼女から「トイレだよ!!」と怒鳴られたのが一分前の出来事である。
「うー、それにしても今日は暑いねリョージ」
「そりゃ看板改造という名の肉体労働すりゃな。まだ五月だぞ」
とはいえ今日の天気は快晴。いくら気温は春のものでも太陽の光を浴びていれば冬でも無い限り暑いものだ。
そんな中での作業で汗をかいたからか、レイヤは上着脱いで薄いピンクのキャミソール姿になっており、無防備にも服と肌の間に隙間を作り風を送り込むようキャミソールの胸元を動かしていた。
(こうやって見ると本当に普通の小学生にしか見えないんだが、こいつがあの看板をあんな風に改造したんだよなぁ)
亮治はあらためて彼女らが他世界から派遣されてきたスペシャリストということを実感していた。
「? ……ッ!」
が、レイヤはそんな亮治の視線が自分の胸元にいっていると勘違いしたらしく、頬を赤らめながらサッと胸元を抑える。
「どした?」
「な、なんでもないっ!」
本人はさして意識していないが彼女の胸にある二つのふくらみは年齢の割に立派なもので、それにも関わらず度々無防備な姿を見せる彼女をユティー達、特にルートは幾度と無く注意してきた。
レイヤはそんな善意の忠告を幼さ、あるいは無邪気さ故に真剣には聞き入れていなかったが、今現在、その中途半端な自身の体への認識により彼女の頭の中は軽いパニックに陥っていた。
(なんなのなんなの!? は、話には聞いていたけど、これってそんなに見られるものなの!?)
初めて受け止める異性からの身体への視線(勘違い)にレイヤの鼓動が急速に早まっていく。
「なんだよ急に黙りこんで。そんなに暑いのか?」
「う、うんっ! そうそう! も、もーまいっちゃうよね!」
テーブルの反対側に座る技術担当の金髪少女の異変に気づいた亮治が声をかけるもレイヤはうわずった声で誤魔化し俯くだけ。耳まで真っ赤になった顔は確かに熱を発していた。先程までは違う意味でだが。
(もー! 普段からルートが色々言うから変に意識しちゃうじゃない!)
(……もしかして、こいつに手伝ってもらって元手タダのリサイクル品をフリーマーケットやネットオークションで売り捌けばボロ儲けできねえかなぁ。とか考えてたのがバレたかな)
そんな亮治とレイヤの全く関係ない思考が飛び交う休憩室は、数分後にミラとルートがやってくるまで不自然な沈黙に包まれるのであった。