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エピローグ②




 花月店内へと足を踏み入れた亮治は飛び込んできた光景に目を疑った。


「な、なんだこりゃあー!?」


 そこに見慣れた定食屋花月の姿はなく、折り紙やビニールテープ、その他様々なもので作れた飾りつけがこれでもかというほど施されている。

 その飾り付けにも一貫性がなく、クリスマスなのかハロウィンなのかはたまた七夕なのかと言いたくなる節操の無さ。装飾過多とはまさにこのことだろう。

 亮治のリアクションを見てミラはくすくすと笑っていた。


 圧倒されつつも亮治はモールや折り紙で作られた輪飾りをくぐり、店の奥へ向かう。


「ったく、誰の仕業だよ……」


「そりゃあもう、一人しかいないじゃない?」


「ああそうか……こんなことやる奴、というよりやれる奴は一人だけか」


 ちらりと窓際に並べて飾られたジャック・オー・ランタンに呆れつつ、亮治はつぶやく。

 見計らったようななタイミングで、頭の中で想像した人物、すなわちこの飾り付けの犯人があらわれた。


「リョージぃ~~~! 待ってたよ~~~!」


 飛びかかり抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ってきたのは無論ユニットの技術担当、カトレイヤ・リア・シュヴァイツフェルドである。

 トレードマークのつばと耳あてつきのスキーキャップを目深にかぶり、赤と黒のチェックが可愛らしいミニスカートを揺らす姿はいかにもハイテンションといった感じだ。


「見た見た見たでしょこの飾り付け? どうどう? 全部ボクが一人でやったんだよ! すごいでしょ!」


 12という歳の割にはふくらんだ胸を張り、レイヤがドヤ顔で賞賛を求めてくる。

 あまりの勢いと人懐っこさ、幼さに為す術なく亮治はレイヤの頭を撫でる。こういう時のレイヤに抵抗などできない。というより無意味なのだ。


「はいはいえらいらい」


「えへへへぇ~~♡」


 スキーキャップ越しににさらさらの金髪を撫でられデレデレと嬉しそうに笑うレイヤ。


「頑張った甲斐があったわねレイヤ」


 あまりに嬉しそうなレイヤの姿に、たまらずミラも微笑んだ。


「というか素直にすげぇわ。すごすぎだろ。やりすぎじゃねぇかこれ……?」


「私とユティーはずっとお店にいたから途中経過を見ていたんだけど、そりゃもうすごかったわよ。魔法みたいにどんどん出来上がっていくんだもの」


「良いんだよこれくらい! なんたって今日はお祝いだからね!」


 感嘆の声を漏らす亮治とミラに向け、ビシィ!とレイヤはVサインを決める。

 そんな彼女の様子に亮治は内心ホッとしていた。



 昨夜、メモリアルとの二度目の直接商談。

 新ユニット「イマチュアー・アップル」との初対面。


 雇い主と再会を果たした四人の少女は差はあれど皆落ち込んでおり、各々の言葉でまずは謝罪を。

 そしてもう一度雇ってくれたことに感謝の言葉を贈った。


 特にレイヤは亮治の顔を見た瞬間に泣き出してしまい、「ごめんね」「ありがとね」を涙ながらに何度も何度も繰り返した。

 あまりにも泣かれたため一夜明けた今日もまだ気分が沈んでいるのではないかと心配していたが、どうやら杞憂だったようである。


「ささ、こっちだよリョージ」


 レイヤの小さな手につながれ亮治が案内された先はデコレーションされた店内に輪をかけてデコられた席だった。

 テーブルの隅にある「工藤亮治さま」と書かれたネームプレートを見るまでもなく亮治用の主賓席である。


「お待ちしておりました社長。今から料理を運んできますのでそのままお待ち下さい」


 席に着いた亮治の前に、奥からゆっくり登場したユティー・リティーが声をかける。

 白ブラウスに黒のサロペットスカートといういつもの恰好の上から給仕用のエプロンをつけている褐色肌の少女は、そのまま再びキッチンがある店の奥へと戻っていった。


「ああ、そういうことなら俺も……」


「だめだよ。リョージは座ってなきゃ」


 立ち上がり手伝おうとした亮治をレイヤが制止する。


「良いのかよ?」


「いいのいいの。だって今日は亮治がしゅひん? なんだから。そのまま待ってて! すぐ持ってくるから!」


 言いながらせわしなくユティーの後を追い、駆けだすレイヤ。

 かと思いきや機敏な足をピタリと止め、くるりと亮治の方を振り向く。


「今日はまだ無いけどさ、いつかボクの作った料理も食べてくれる? 亮治」


 澄んだ蒼い瞳が二つ、健気な願いと共に向けられる。

 あまりに真っ直ぐな、期待を込められた眼差しに亮治は心の体温が2℃ほど上がったような錯覚を覚えた。


「ああ。安心しな。俺の見立てではお前ならすぐに料理だって上手になると思うぜ」


「うん……うんっ! ぜったいぜったいぜ~~~ったい! 約束だからね! マズいって言ったり残したりしたらパンチするからねっ! ぐーだよぐー!」


 雇い主からのあたたかな返答に心底嬉しそうな笑顔を浮かべ、レイヤは身振り手振りを交えて歓喜する。

 長い金髪が感情の昂ぶりと共にわさっと広がりそうなほど嬉しそうな表情。


「いぇーい! きゃぁあ~~~~~~!!!♪♪♡♡♡」


 もともと高いテンションをさらに上回るハイテンションでキッチンへと駆けていくレイヤ。

 そのブレーキを忘れたような動きによって途中、椅子につまづきずっこけそうになるもなんとか持ち直し奥へと消えていった。


 見ていて危なっかしいが微笑ましい。

 そんな技術担当の姿に亮治は、


「やれやれ。ま、あのくらいがレイヤらしいか」


 と、こぼし少しだけ口元を緩めた。




   * * *




「せーのっ……」



 パンパンッ! パンッ! パパパンッッ!!



 合わさった声と同時にけたたましく鳴るクラッカーの破裂音。

 円錐状のパーティーグッズから飛び出した紙吹雪や紙テープがこれでもかというほど亮治に浴びせられる。

 頭上には「工藤亮治くん お疲れさま会」と可愛らしいタッチで書かれた紙看板が掲げられており、中央の題字は色とりどりの紙花で飾られていた。



『お疲れさまー!!!』



 そう、祝勝会も兼ねた亮治を労うパーティーである。



「社長、おしぼりです」


「料理はまだあるからな。遠慮するなよ」


「ジュースも好きなの選んでいいからね! ボクがついであげるよ!」


 主賓席の周りでテキパキと主賓の接待を行うユティー、ルート、レイヤ。

 あまりのVIP待遇に亮治は呆気にとられながらもそれらの応対をする。

 ミラはそんな四人の様子を微笑ましく眺めながら、亮治の対面にちょこんと腰掛けていた。


「でも本当によかったわ。実はね、前々から亮治くんへのお礼も兼ねたお祝いパーティーを計画していたのよ」


「そうそう! びっくりしたでしょリョージ!」


「なるほどどおりで。用意が周到なわけだぜ」


 してやったりといった風に笑うミラとレイヤだが、亮治はあえて“知ってた”とは言わなかった。

 昨晩ノートPCを覗き、お疲れさまパーティーの企画書や彼女たちの日誌を発見したことは伝えていないのだ。


(しかし、まさか本当に実行されるとはな……)


 知っていたがまさかここまで盛大に実行されるとは思ってもみなかったので亮治は内心驚いていた。

 とんだサプライズである。

 頭には先程の紙吹雪がまだ少し乗ったままだった。


「ほら食べて食べて。工藤くんには本当にお世話になったからね」


 追加の料理を卓上に並べながら、幸薄そうな顔で店長が優しく微笑む。


「いやいや、店長がこれまで頑張ってたからこそだって。ほらこうして料理も美味いし」


 ちょうどよい具合に焼かれた赤魚や、千切りキャベツの上に並べられた大きめのトンカツを食しながら亮治が答える。


「ははは、そう言われると照れるなぁ……でもはじめて工藤くんが店にきた時は、まさかあんなにも色んなことが起こるとは思わなかったよ」


 トゥエルブによる地域奉仕貢献活動。学生派遣実習イベント。

 実習内容は「指定された法人企業や個人事業、または教育機関でのキャンペーンボーイ、キャンペーンガール兼宣伝社長として一週間奉仕貢献する」


 工藤亮治による宣伝行為、店のサポートは果たしてどのくらいの効果があったのか。

 それは今後を見てみないとわからない。

 だが、この七日間で亮治が店のために働いた事実は確かな痕跡として店に残り続ける。

 店長との出会いも、ウェイター業務も、ビラ配りなどの宣伝活動も、犬塚絵理子との売上勝負も。


 あとはそれが、今後の花月にどれだけの変化をもたらすかである。



「店長、この美味い飯を食いにくる客が増えるといいな」


「ありがとう……うちに手伝いにきてくれたのが、工藤くんで良かった」


「俺も実習先がこの“花月”で良かったよ」


 笑いあい、どちらからでもなく差し出された手ががっしり握られる。

 握手を交わす店長は若干涙ぐんでいるようにすら見えた。


「お別れみたいに言ってるけど、花月(ここ)にはいつだって来られるからな」


「ルートの言うとおりよ亮治くん。今後もちょこちょこ来てお手伝いすれば良いじゃない」


「その時はぜ~ったいにボクたちも呼んでよね!」


 自席にて同じく箸やフォークを口へと動かすルート、ミラ、レイヤがすかさず指摘を入れる。

 彼女たちの言うとおり、実習イベントが終わったからといって、定食屋花月との関係が終わるわけではないのだ。


「おう任せろ任せろ! というわけで店長、そん時はよろしく!」


「こちらこそよろしくお願いするよ。工藤くんも、ユティーちゃんも、ルートちゃんも、レイヤちゃんも、ミラちゃんも、いつだっておいで。僕は体が続く限りずっとこの店をやっているから」




   * * *




「社長、少しよろしいですか?」


 バックヤードへと続く薄暗い通路の真ん中にて、翡翠色の瞳が見上げてくる。

 お疲れ様&祝勝パーティーの最中、トイレに立った亮治を呼び止めたのはユティーだった。


「あらためて今回の件、本当にありがとうございました」


 そう言い、ユティーの背の低い頭がペコリと下げられる。


「売上対決のことか? 別に良いって」


「いえ、わたしたち“イマチュアー・アップル”をもう一度雇ってくれたことについてです」


 ペコリと下げられた黒髪のおさげ頭が再び上げられる。


「なんだそっちか。気にすんな。助けてもらうのはこっちなんだからな」


「その助ける件、“中間考査”と“球技大会”についての方針なのですが」


「お、おう?」


 昨晩、イマチュアー・アップルと契約する際、メモリアルに契約理由を尋ねられた亮治はとっさに「今度中間テストと球技大会があるんだよ。そのサポートだ」と答えた。

 本当は理由などどうでも良かったが、明確な含みを込めたメモリアルの笑みに気恥ずかしさが生まれ、ついそう言ってしまったのだ。


「わたしは学びました。今までの方法では駄目だと」


 黒髪のおさげを軽く揺らし、褐色肌の少女は決意に満ちた表情を作る。

 普段の抑揚のないトーンに比べ少しだけ高く力強い声色に、亮治はとても嫌な予感がした。


「今までのように、わたしの方が一方的に社長を管理しようとしても反発されたり、逃げられたりします」


「そりゃ逃げるわ」


「なので反発を弱める、あるいは社長の方からわたしによる管理を望むような形をとりたいと思います」


「? つまりどーすんだ?」


「成果主義です。社長が頑張った“成果”に対して、わたしが個人的に“報酬”を与えます」


「マジで!?」


 “報酬”という単語に亮治の脳がピクリと反応する。


「成果主義! おもしれぇじゃん! ということはゴールデンウィークを頑張った分、早速なんか貰えちゃったりするのか!?」


「はい。それはもうご安心ください。今からお渡ししますね」


 小さな桜色の口唇が薄く微笑む。

 数えるくらいしか見たことのない、滅多に見せない笑顔。


 そのままユティーが亮治を自分の顔へと引き寄せ、可愛らしい靴のかかとを浮かせたのは同時であった。




「ん…」




 口元に感じる湿ったやわらかさ。

 咄嗟の出来事に亮治の身体はこわばり、固まってしまう。


 重なっている部分に全神経が集中するような感覚。

 薄暗い通路には口づけを交わす二人以外に誰もいない。静寂。

 パーティーが行われているホールの方からはミラやルート、店長の笑い声が聞こえていた。



「…………………ぷはっ」


 成果に応じた報酬分の長さなのか、はたまた堪能していただけなのか、ユティーはたっぷり二十秒ほどくちづけ、そっと離す。

 離れても口唇には小学生特有のやわらかな余韻がまだ残っていた。


「お、お前……なに考えてんだよ……!?」


 あまりに予想外で抵抗も忘れていた亮治は数歩たじろぎ、かろうじて声をしぼりだす。

 相手は小学生とはいえれっきとした女。

 はじめての行為に目つきの悪い顔はほんのり紅く染まっていた。


「報酬です」


 狼狽える亮治に対しユティーはあっさり答えるもその顔は亮治の比じゃないほど紅い。

 横を向き視線をそらすと両手で口唇を覆い、口づけによって付着した唾液を舐めとるように下顎を動かしている。

 平静を装ってはいるものの、明らかに羞恥にまみれていた。


「おい照れるくらいならやるなよ!? 顔真っ赤だぞお前!?」


「ご安心を。これは感情の昂ぶりから起こる正常な生理現象の一種です。決して体調不良や奇病によるものではありません」


「知ってるわ! そういうこと言ってんじゃねーよ!?」


「確かにキスすることで生じるドキドキはわたしの想定を遥かに超えていて、危うくへたり込みそうになりましたが致し方ありません。管理システムのためです」


 口元から手を離し、再び亮治へと向き直るとユティーは濡れて艶めかしい口唇を開く。


「今回考案した成果主義は社長が勉強を頑張ったり善行を為す度に、わたしがわたしを使って社長に報酬をあげるというシステムです。社長は成果分の報酬を貰えますし、わたしも社長に報酬を与えるのはやぶさかではありません。非常に合理的なアイディアだと思うのですが」


「合理を追及する前に俺の合意を得ろ」


「わかりました。他にも添い寝したり、お風呂で背中を流してあげたり、膝枕やハグなど報酬のバリエーションを豊富に用意いたしましょう」


「よしわかったお前は全然わかってない。それは豊富じゃなくて一点特化っつーんだ」


「ご満足いただけませんか? 困りましたね……これ以上を要求されると、さすがにわたしもこ、心の準備が……」


 白ブラウスの胸元とサロペットスカートの裾をきゅっとにぎり、小さな身体をしならせるユティー。

 紅い顔が増して熱をもち、潤んだ瞳で亮治をみつめる。



「真面目に勉強します。報酬はいりません」


「ご理解いただけたようでなによりです」



 降伏宣言である。

 ユティーの猛攻に耐えかねた亮治は社会的立場と互いの貞操を護るため地道で堅実な勉学の道を選んだのだ。

 いわゆる北風と太陽方式。

 ユティーの思惑通り、亮治は自らの意志で真人間への道へと誘導されてしまった。


 後にこの時のことをインタビューされてたら、彼はこう答えるだろう。

 「勉学を志すのがあと数秒遅かったら、奴はブラウスのボタンをはずし始めていた」と。



「ったく、おっそろしい奴だなお前……」


 ガリガリと頭をかき、まんまとしてやられた相手に賞賛の言葉を贈る亮治。


「社長を真人間するため、社長のそばに付き従うのがわたしの役割ですから」


 賞賛の言葉を贈られた人物、ユニットの頭脳担当ユティー・リティーは雇い主を見上げ、また顔をほころばせた。


「工藤亮治さん。あなたは、わたしが管理します。それがわたしを選んで召喚()んでくれた、あなたへの恩返しです」


 今度は嫌な予感がしない、自然にこぼれた笑顔。


 様々な世界を相手に人材派遣業務を行うシード・ライヴの大企業、派遣会社CPU。

 「どんな人材でも1秒単位でお貸しいたします」という文句を謳っているだけあり、膨大な社員数を誇る。


 その老若男女ありとあらゆる人材が揃っている中、亮治が自分たちを選び雇ってくれた感謝を、ユティーは決して忘れない。

 もちろんルートも、レイヤも、ミラも同じである。


 メモリアルが言ったように、四人の小学生の少女は工藤亮治という名前を一生忘れないだろう。

 たとえ派遣契約という、限られた時間の中でのつながりであったとしても。






「にしてもお前、俺を言いくるめるためとはいえ“アレ”はやりすぎじゃねーか?」


「……一番合理的な手段をとっただけです」


「その割にはめっちゃ恥ずかしがってただろ……ほら今も」


「気のせいです」


 キスの件を蒸し返され、ようやく落ち着き始めていたユティーの顔が再び耳まで紅くなる。


「それになんか時間も長かったし、手段っていうならちょっと触れるくらいで良かったんじゃないのか?」


「気のせいです知りません錯覚です」


 紅い顔のまま俯き、つかつかと亮治の横を逃げるように通りすぎるユティー。

 早歩きなのは動揺からか、サロペットスカートの揺れもいつもよりせわしない。

 そこに亮治が追い打ちの言葉をかける。


「もしかしてしてみたかったのか?」


「知らない知らない知らない」


 羞恥に耐えきれなくなったユティーが身を隠すためバックヤードへと逃げ込んでいく。

 はじめて見た頭脳担当の子供らしい姿に亮治はふっと笑みをこぼした。


「ま、このくらいやり返したっていいだろ。ただ管理されるがままの俺じゃないぜ」


 ユティーがいるバックヤードの方へ向けぽつりとひとりごとを呟く。


「……しかし奪われた側とはいえ、小学生相手はまずいな」


 次第に冷静さを取り戻していく頭脳が、起きたことに対し警告音を鳴らしてくる。

 ユティーもわかったうえでこういう人気のない場所を選んだのだろうが、例えばこれが他の三人の少女に知られたら確実にマズいだろう。

 どんな反応をされるのか、考えるだけで亮治は頭が痛かった。


「よし、今後はその辺も気を引き締めてアイツらと接しねーとな」


 パシッと両手で顔を叩き気合いを入れ直すと、トイレに来たことも忘れホールへと踵を返す亮治。


 そうして五歩目を踏み出したくらいだった。

 ちょうど死角に隠れるように立っていた、金色の髪の少女と目があったのは。


「……お前、いつからそこにいた…………」


「あ、あはは……あー、き、キグウだねリョージ! ぼ、ボクもその、こっちに用が、あってさ!」


 上ずる声。泳ぎまくる視線。落ち着かない挙動。ほんのり紅い顔。

 レイヤの素直すぎる反応はすぐさま亮治にすべてを理解させる。



 “見られてた、が、聞かれてはいない”と。



「待て、違う、違うぞ」


「べ、別にい、良いと思うよボクは? ちょっと年は離れてるけどほら、好きなら仕方ないし、本気なら応援するつもり、だし……」


「おい待てレイヤ止まれ。お前が止まらないと俺が社会的に死ぬ可能性がある」


「だ、ダイジョーブだよ! ユティーとき、キス…してたこと、ゼッタイ言わないし、さ……」


 亮治の制止も虚しくレイヤは落ち着かない挙動のまま健気にフォローを入れてくる。

 しかしそれも長くは続かず、スズのような可愛らしい声が徐々に暗いトーンになっていき、


「…………ごめんリョージ。ほんとのこと言うと、ぼく、ちょっとショックだった……っ」


 大きな蒼い瞳に涙を溜め走り去るレイヤ。


「待て、頼む! 待ってくれぇええーーーーーッ!!」


 亮治の慟哭が静まり返った通路に響き渡る。

 必死に叫び、呼び止めるも、金色の髪の少女が戻ることはなかった。


 カトレイヤ・リア・シュヴァイツフェルドは帰ったのだ。

 心の傷と爆弾を抱えたまま、悲しみを分かち合える仲間たち(ルートとミラ)の元へ。




 その後、楽しかった「工藤亮治くん お疲れさま会」は急遽打ち切り。

 代わりに「工藤亮治くんを裁く会」が執り行われるも、レイヤが原告と裁判長の二役をこなすめちゃくちゃな内容だったためこちらもすぐに閉廷。

 花月のホールは工藤亮治をめぐり「真剣12歳女子しゃべり場」と化す。



「ではみんな、これで文句ありませんね?」


「……よくはねーけど、これ以上揉めるのはゴメンだからな」


「ほんとかしら。そのわりには嫌そうに見えないけど」


「じゃあ決まりだね! リョージへの“報酬”はイマチュアー・アップル四人全員で与えるものとする!」




 イマチュアー・アップルとの契約期間は二ヶ月間。

 五月の中間考査、六月の球技大会が終わると今度は夏がやってくる。



 亮治を取り巻く小学生女子による波乱と青春の日々は、まだまだ続くのだ。





これにてひとまずおしまいです。

ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

今作についてのあとがきは活動報告に書くつもりなので、よかったらそちらもご覧ください。

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