第五章 現代における召喚魔法⑧
犬塚が病室を後にしてから、亮治はとりあえずケータイを手にとった。
連絡先はもちろん、定食屋“花月”である。
『はい。定食屋花月です」
数回のコールの後、抑揚のない少女の声。
一日ぶりだからかどこか懐かしい感じがした。
「あぁユティーか? 俺だ。忙しい時間帯にワリィ」
『あっ……社長。どうかしましたか?」
受話器の向こうでユティーが小さく驚く。
戸惑いと安堵が合わさったような彼女の声は珍しかった。
「あー……その、お前のおかげで助かったわ。ありがとな」
『いえ、あなたに雇われた身として当然のことをしたまでです。それよりも身体の方は大丈夫ですか?』
「ああ。おかげさまでバッチリ元気だ。というわけで今からそっちに手伝いに行こうと思うんだが」
『駄目です』
強く否定するユティーの声に、亮治の足が止まる。
『私の力で治療したとはいえ、今日くらいは安静にしていてください。ミラや犬塚さんと違って、社長は本当に死ぬ一歩手前だったんですから』
まさか止められるとは思われなかった。
実はすでに身支度を整え、病室を出発したところだったのだ。
「いやでも、最終日に俺がいないのはマズいだろ?」
『大丈夫ですよ。ホールもキッチンも上手く回っていますし、こちら側は私たちに任せてください。店長の了解も得ています』
「あとほら、犬塚との勝負もあるし」
『今朝犬塚さんからご通告がありました。勝負は私たちの勝ちで良い。工藤にも起きたらそう伝えておく、と』
「ぐっ……」
犬塚の件は自分から言おうと思っていた、というよりむしろそれが本来の要件だったのだが先に言われ完全に打つ手がなくなる。
こうなってしまうとユティー・リティーの性格から生半可な理屈屁理屈では譲らないだろう。
仕方なく亮治は折れることにした。
「わーったよ……大人しくベッドの上でゴロゴロしてりゃ良いんだろ」
『はい。そうしていただけると私たちも安心して業務に励めます。あまり心配させないでください』
観念してそう返すと受話器の向こうで微かに息を呑む声が聴こえた。
(コイツはあまりそういうのを表には出さないタイプだけど、やっぱ怒ってるよな……)
後悔こそしていないがあの瞬間、亮治がとった選択は賢いものではなかっただろう。
特にユティーやミラにとっては激怒ものだ。亮治自身、それはわかっている。
『…………もう、ああいうのはイヤです』
切なげに呟かれた言葉に亮治はギクリとした。
亮治自身、それはわかっている。
だからこそ小言や嫌味や説教が飛び出してくるものと予想していたのだが、実際に返ってきたのは亮治への想いが籠もりにこもった一言。
普段、感情より理屈で話すユティーが吐露した気持ちに亮治は降参するしかなかった。
「……悪かったよ本当に。無茶しないって約束したのにあんなことになっちまって。二度とやらないから勘弁してくれ」
『……約束ですよ?』
「なんなら誓約書でも書いてやる」
『そ、そこまではしていただかなくても大丈夫です。前だけ向いてるのが社長の良いところでもありますから』
少しだけ明るくなったトーンに泣くに泣けない、怒るに怒れない、そんなユティーの困り顔が浮かぶ。
「よし、それじゃあ店が閉まる頃にそっち行くわ。それなら良いだろ? 祝勝会もかねてみんなでゆっくり話そうぜ」
『え?』
「どした? なんかマズいこと言ったか俺?」
『いえ――――そうですね。楽しみにしています。社長に雇われて、本当によかった』
しみじみと噛みしめるように聴こえてきた声は、どこか寂しげだった。
* * *
気づけば宵闇が病室を包んでいた。
窓の外へ目をやれば規則正しく並ぶ街灯や色鮮やかなネオンの光が見える。
ユティーから待機命令をだされた亮治は病室を離れるわけにもいかず、かといって本当にただ待機しているのもなんなので、今自分にできることを探した。
その過程でわかったことは、まずこの病院が人材派遣会社CPUの息がかかった病院であるということ。
他世界での労働を主とする組織のため、こういった医療機関をはじめとする拠点をいくつも用意してあるらしい。
回復した旨を報告しておこうとナースコールした際、そのような説明を簡単に受けた。
また、社のCEOであるメモリアル・タイムメイクにも今回の件はすでに伝わっているようだ。
そしてなによりも、亮治には忘れずにやっておかねばならないことがあった。
枕元に置かれたテーブルランプの光が薄暗い病室を温かく照らす。
亮治はベッドテーブルに置いたノートPCを立ち上げると、USBポートにメモリースティックを挿す。
ノートPCとメモリースティックはどちらも犬塚英理子のものであった。
「さて、と」
作業に集中するため独り言をつぶやき、気を取り直す。
今、亮治が行おうとしているのは昨日できなかったことの清算。
つまりは本来の目的であるハッキングによって奪われたデータ群の中に、人材派遣会社CPUへのURLが含まれているのかの確認。および削除である。
犬塚英理子との勝負に勝利した際、亮治は犬塚になんでも言うこと聞かせる権利を得る、という条件のもとに勝負を受けた。
その権利をハッキングで奪ったデータの譲渡にあてたのだ。
先ほども病室を訪れたとおり、犬塚英理子も同じ病院に入院しているため取り引きは容易に行うことができた。
連絡をして30分もたたぬうちに犬塚の使いの者が彼女の部屋からノートPCとメモリースティックを届けに現れ、受け渡しは完了。
自分がいなくなったというのに特に動じぬ使いの者に犬塚は怪訝な顔を見せたが、理由を聞けば簡単な話だった。
荻原イヅルである。
おそらくは犬塚英理子の拉致に成功した際、彼女が一日消えていても騒ぎにならぬよう自宅とミラーチェに連絡しておいたのだろう。
メモリースティックの中にはいくつかフォルダやファイルが存在していたがほとんどが暗号化されたままであり、復号化され閲覧できそうなものは三つしかなかった。
となればこの三つのファイルの中にURLが記載されていなければ良いのだ。
亮治は早速一つ目のファイルを開く。
一つ目のファイルは売上管理表だった。
その日ごとの売上、来店者数、客単価、出金、入金、純利益、月毎集計の総売上高などが事細かに記録されている。
こうしてみるとユティーだけでなく店長もマメで几帳面な人間なことが伺える。
続いて亮治は二つ目のファイルを開く。
ファイルは店の日報だった。
荻原イヅルたちが目的としていたファイルである。
内容はあの時ルートやミラが表示したとおり、簡単なその日のデータと店長のコメントが書かれているものである。
これがあるということは荻原たちの懸念は正しいものだったのだが、これを見て犬塚英理子が鷲尾コンツェルンと荻原イヅルのつながりに気付いたかは定かではない。
なにしろ、ハッキングによる狙いはユティーが仄めかしていたミラーチェに勝つための“秘策”を探ることだったのだ。
過去に書かれた店長によるコメントなどスルーしていた可能性が高いだろう。
「次で最後か……」
マウスを握る手に少しだけ力がこもる。
他世界の技術、ユビキタス・コンピュータやミラの超常的な体質。
他にも何かと驚愕の光景を目の当たりにさせてしまった今となっては犬塚英理子にURLを見られたことなど些細な問題なのだろうが、やはり気がかりではある。
亮治は最後のファイルにカーソルを合わせ、それを開いた。
『 業務報告日誌 』
作成者:ユティー・リティー
5/5
『 この度、私たちマルス・プミラははじめての雇い主である工藤亮治さん(以下、社長)と共に喫茶店“花月”の業務に携わることになりました。
よってその活動内容および、気づき・感想をここに記録しようと思います。
初日である今日はまず店の情報を頭にインプットすることから始めました。
その後、今後の方針を確立。
宣伝用のチラシをレイヤに作成してもらった後、駅前や学園などで配布。
配布は社長とルートに行っていただきました。
ルートが適役なのはもちろんですが、二人で行動させることでより早く打ち解けると考えたのも理由の一つです。
下準備が完了した後ミーティングを行い、アイドルタイムから本格的に動き出したのですがここで問題が発生。
社長が業務をほったらかしてどこかに消えてしまったのです。
休憩室で発見しましたが、そこで社長はあろうことか貴重な私財を浪費し己の欲望を満たすだけの行為にいそしんでいました。
私はあまり怒ったり大きな声をだしたりしないタイプなのですが、あれにはカチンときました。
今後のためにもお財布は私が管理しましょうか? と申し出ても聞いてもらえません。
はぁ、本当に困った人です。
逃げる社長を追いかけホールに戻ると、そこには知らない女性と社長が睨み合っていました。
女性の名前は犬塚英理子さん。社長の同級生だそうです。
営業中にイキナリ乗り込んできてあまりにも不躾なことを言うものだから私もつい社長に賛同してしまい、売上勝負をすることに。
また明日から忙しくなりそうです。 』
◆初日を終えての感想◆
ユティー:社長はやや性格に難ありですね。悪い人ではないようですが手を焼かされそうです。雇われた身としてしっかり管理しないと。
ルート:↑ややというか超難ありだろ。人の足をジロジロみやがって……まぁでも、悪人じゃないというのには同意。セコいけど。バカだけど。
レイヤ:↑はじめっから遅刻したのにはびっくりだったよね。でも今日一日すっごく楽しかったよ!
ミラ:↑そう? 店長さんはもちろん亮治くんも良い人だと思うけど。明日はメイド以外の服も着てみたいな。
「ったく……あいつら、重要機密領域にこんなもんおいてんじゃねーよ……」
それは日誌というよりも日記に近い、少女たちの言葉であふれた内容だった。
次のページへ進むと今度は二日目の内容が記されている。
五月六日。犬塚英理子が亮治たちへ本格的に攻撃を仕掛けてきた日。
店内のお客がすべて犬塚陣営の工作員によってう埋め尽くされたこと。
その状況を打破するため、亮治とユティー考案の逆サクラ作戦によって本当のヤクザをノックアウトしてしまったこと。
亮治の安全を確保するため、ミラが萱島組の本部へ殴りこみをかけ、白薔薇の結城と一騎打ちを行ったこと。
二日目の感想欄にミラは「今後もお姉さん的存在として、亮治くんを守ってあげなきゃ」と書いており、亮治は思わず微笑んだ。
しかしその後「昨夜、社長と一緒に寝て身体がきれいと褒められて嬉しかったです。深い意味はありませんのであしからず」というユティーの感想でその笑みは消える。
「アイツらは俺をなんだと思ってんだ……」
思わずそんな感想がこぼれる。
日誌に書いてあるのはそこまでだったが以降も倉科真葵奈の来店やハッキング騒動、ミラーチェ潜入作戦とレイヤ救出作戦。
最後のページには『雇い主、工藤亮治さまを労う会。おつかれさまでしたパーティー』なる会の計画書まであった。
お疲れ様、と言いたいのはこっちの方だ。
亮治はさらに頬をゆるめ、この数日間を振り返る。
マルス・プミラの少女たちを雇ってから本当に色々なことがあった。
大変だったが笑い、騒ぎ、協力し合う。
これまでの亮治の人生の中でもっとも充実した五日間だったであろう。
だがそれも、今夜で終わり。
「……なんで忘れてたんだ。アホか俺はッ!!」
業務日誌とお疲れ様パーティーの企画書を見てようやく亮治は思い至る。
あの電話の切り際、ユティー・リティーは何か言いたそうな口ぶりの真意を。
なにしろ彼女たちが隣にいるのが、当たり前のようになっていたから。
一緒の家に寝泊まりし、一緒にお店へ向かい、一緒に帰宅する。
そんな心地の良いライフサイクルが失念させていたのかもしれない。
5月9日。
それはレイヤ救出作戦の翌日。
ゴールデンウィークの最終日。
学生派遣実習イベントの最終日。
そして何より、マルス・プミラの少女たちとの契約最終日でもあったのだ。
「チッ、時間がねぇッ!」
ノートPCが置かれたベッドテーブルを雑にどけ、下半身に覆いかぶさっていた掛け布団を跳ね除け、亮治は病室の外へと駆け出す。
時刻は花月の閉店より一時間ほど前。
今ならまだ間に合うはず。
病院着のまま廊下を走り、階段を段飛ばしに下り、病院の入り口を目指す。
「畜生……待ってろよ……ッ!」
息を切らし、病み上がりの身体をひたすらがむしゃらに動かし、ちょうどロビーに差し掛かった時だった。
「行っても無駄だよ」
通り過ぎた地点から聴こえてきた聴き覚えのある声に、亮治は立ち止まる。
声のした方を振り返ると、やはり見覚えのある顔が立っていた。
「メモリーの婆さん……なんでここに?」
亮治を呼び止めた声の主。
それは彼に他世界との接点を作った張本人。メモリアル・タイムメイクであった。
他世界シード・ライヴに存在する人材派遣会社CPUの最高責任者。
小じわは目立つが端正な顔立ちに長く真っ直ぐ伸びた白銀色の髪。
漆黒色のフォーマルスーツに包まれたスレンダーな体。
もはや見慣れた姿であった。
亮治が初めて出会ったこの世のものではないの存在。
すべては亮治とメモリアルの二人が出会い、商談を交わしたことから始まった。
「亮治。こうしてアンタと二人で話していると初対面の時を思い出すね。たった五日前のことなのに、なんだか随分と前のように感じるよ」
懐かしむようにクックッ、と笑うメモリアル。
「んなこたぁどうだって良いんだよ! それよりも、行っても無駄ってどういうこった!?」
「そのまんまの意味だよ」
呑気にロビーにあるソファに腰掛け電子タバコを口にするメモリアルに対し、急いでいる亮治は声を荒げる。
「亮治、アンタはあの子たちに会うためにあの花月って店に行こうとしてたんだろう?」
「ああそうだよ! 今日が契約最終日なのにすっかり忘れてたから早く行かねーとあいつら、帰っちまうだろうが……っ!」
「そう、その契約さ」
優雅に組んだ長い足を組み直しながらメモリアルはゆっくりと亮治を見据え、衝撃的な言葉を告げた。
「ユティー・リティー、
ルート、
カトレイヤ・リア・シュヴァイツフェルド、
アーミラ・カスペルスキー、
以上、四名で構成されるユニット“マルス・プミラ”はついさっき解散したよ」
「は、ぁああ……? 解、散……?」
メモリアルの口から告げられたあまりにも突拍子のない、予想だにしなかった事実に亮治の頭は真っ白になった。
声がかすれる。
視界が歪む。
想定し得ない値を渡され、脳内にある処理機がエラーを吐いている。
「同時にアンタとの契約も解消。店の閉店時間までは代わりの人材を派遣し、引き継がせているから安心―――」
ドゴッッ!!
静まりかえる暗闇のロビーに響いた音は、亮治の拳がコンクリートの壁を打った音だった。
「……納得いかないって顔だね」
「ったりめーだ……聞かせろ、俺が知りたいこと全部だっ! 納得いく答えが聞けるまでここから帰さねーぞ!」
荒々しい口調で亮治は詰め寄る。
もともと良くはない目付きが怒りによって更につり上がり、獰猛なものへと変わっていた。
「なら答えようじゃないか。単純な話さ」
拳で壁を殴りつけ、真っ直ぐな怒気をぶつけられてもメモリアルの態度は変わらなかった。
ソファに座ったまま落ち着いた表情で受け答える。
「あの子たちは想定外のトラブルが起きたにも関わらず会社や私への報告を怠り、結果雇い主であるアンタに損害を与えた。それがすべてさ。アンタも現場にいたんだから詳しい経緯は知ってるだろう?」
メモリアルから返ってきた答えに亮治は心の中で舌打ちした。
薄々、そこを追及されるんじゃないかとは思っていたからだ。
ハッキングが起きた日の夜。
ユティーやレイヤが塞ぎこむ中、ルートやミラと作戦会議を起こった夜。
亮治、ルート、ミラの三人はここでメモリアルに報告しないことの意味をわかっていながら仲間のことを庇い、自分たちだけで解決する選択をした。
因果応報と言ってしまえばそれまでだが、自分たちの行動が間違っていたと亮治は思わなかった。
「報告・連絡・相談。組織に属する者として、社会人として基本中の基本だよ。いくら仲間のためを思ったといえど、会社を預かる者として黙認できることじゃあない」
「確かに報告しなかったのは悪かった。けどそれは俺が決めて俺がそうするよう頼んだことだ。あいつらは悪くない」
「ほう、そうかい。しかし他の失態はどう説明するんだい? ユティーは不必要に相手を煽った挙句ピンチを招き、レイヤは専門分野である技術面で犬塚絵理子に負け、ミラはアンタを護れず重症を負わせたと聞いてるが」
打って変わって攻守が切り替わる。
今度はメモリアルが瞳を細め、厳しく亮治へ畳み掛けた。
が、亮治も負けずと食い下がる。
「馬鹿いえ。契約期間中の評価は契約者がくだすんだよ。会社がどう思おうと顧客である俺が文句なしに満足してるんだ。あいつらの行動に失態なんかひとっつもねーよ」
「言うじゃないか。なら極道と揉めたことも、ハッキングで窮地に立たされたことも、銃弾で貫かれたことも、全部許容するってことかい?」
「ああそうだよ。俺自身が招いたことと、俺のために動いた結果起こったことだ。文句なんかあるかってんだ」
スッとソファから立ち上がるメモリアル。
加えていた電子タバコをしまい、じぃっと亮治の目をみて口を開く。
「――――その言葉に、偽りないね?」
メモリアルが両の目で亮治を貫くように尋ねる。
虚言はもちろん、曖昧な返事や言い直しすら許さないような眼光。
一つの組織をまとめ上げる年長者の重みのある言葉に少しだけ圧倒されながらも、亮治はためらうことなく言い放つ。
「何度も言わせんな。ねーよ」
「よろしい。そんな雇用者想いのアンタに、私がとびっきりに好条件な商談を持ちかけようじゃないか」
鋭く尖らせていた瞳を柔らかなものに変えると、メモリアルは口元を緩めた。
緊迫した雰囲気が解け、少しだけこわばっていた亮治の身体もフッと力を抜く。
「はぁ? 商談? 今さらなんのだよ? そんなユニットのことよりマルス・プミラの解散についてもっと詳しく聞かせてくれよ」
「まぁ待て。まず私の話から聞け。本当にアンタにおすすめなんだよ。なにしろ最初の一週間は契約金が無料なんだからね」
「いや、だからそんなことはどうでも……」
「わかったわかったそっちもちゃんと説明してやるから」
“無料”と聞いても亮治は難しい顔をしたままだった。
お金に異様な執着を見せていた亮治らしからぬ反応。
五日前であれば即座に興味を示し、詳細を根掘り葉ぼり聞いているところであろう。
だが今は、とてもそんな気分にはなれなかった。
「ウチみたいな人材派遣会社は信頼関係がなくなったら終わりさ。故に皆、つながりを大事にする。雇う側はこの人なら大丈夫と呼び出し、雇われる側はこの人のためだったら頑張れると力を尽くす。アンタに雇われたうちの社員は、自分を選んでくれたアンタの名前を忘れないだろうよ。もちろん、あの子達もね」
長い銀髪を軽く手で梳き、メモリアルは語る。
呆然と立ち尽くす亮治の脳裏にはこの五日間、限られた資金をケチったり頭を悩ませたりして派遣契約、召喚した人々の姿が浮かんでいた。
店前の行列を作ってもらったサクラ達。
時間帯ごとに四季のように次々とその姿を変え店を華やかにしたウェイターガールズ。
拓郎と一緒に拝んだベリーダンスの少女。
店を占拠した犬塚からの刺客を退去させるため雇った強面。
レイヤ救出の際に相手を怯ませた大勢の屈強そうな男達。
そして、常に自分のそばにいた四人の小学生の少女たち。
「亮治、私はCPUの最高責任者として取引先であるアンタ達をとても大事に思っている。定期的に様子を見にくることはもちろん、アフターケアも欠かさない」
気がつけばメモリアルはフォームポジションをとるように両手を宙にかざしていた。
追ってすぐに軽い電子音が鳴り、蒼色の粒子とともにユビキタスコンピュータを操作するための半透明のキーボードが出現する。
「だがね、私はそれ以上に社員のことを大切に思っているんだよ。この歳になるまで結婚もしなかった私にとっちゃ、みんな息子や娘のようなもんさ」
闇に映える蒼い光を放つ半透明のキーボードを操作しながら、同じく蒼色の立体モニタを表示されていく。
薄暗いロビーに溶け込むメモリアルの黒色のスーツとは対照的に、その光景は美しいものだった。
「だからこうして、少しばかり甘っちょろいことをやってしまう」
メモリアルの指が止まる。
同時に立体モニタの最前面に新しいウィンドウが表示された。
<ユニット名> イマチュアー・アップル
<メンバー>
より優秀となったユティー・リティー
少しだけ素直になったルート
もう泣かないカトレイヤ・リア・シュヴァイツフェルド
二度と貴方を傷つけないアーミラ・カスペルスキー
「どうだい? さっき出来たばかりのウチの新ユニット。まぁ幾分経験も浅く、未熟なところもあるからお気に召さないかもしれないが」
言いながらメモリアルは確信めいた笑みを亮治へと向ける。
つられて亮治も軽薄で獰猛な口元をニヤッと歪め、受け応えた。
「ばっかやろう……お気に召すに決まってんだろ……」
工藤亮治が取引先になった原因、他世界シード・ライヴと人材派遣会社CPUと関わることになったきっかけ。
それは一通のダイレクトメールからだった。
『どんな人材でも一秒単位でお貸しします』という短い一文に、見慣れぬURLがついただけのメール。
そのURLにアクセスしメモリアルがやってきたことで、すべては始まったのだ。
しかし、そんなスパムメールのようなダイレクトメールには偶然ではなく、亮治への明確な想いが込められていた。
見定め、この男なら大丈夫と判断し、自社の社員を預けるのに足り得る人物という評価。信頼の証。
今後私たちと友好的な関係を結びませんか? という世界間交流の申し出。
そして今、また亮治とメモリアルの間で、二つの世界の間で交流が為されようとしている。
「よっしゃ! それじゃあ早速商談に入ろうじゃねぇか!」
「かしこまりました工藤亮治様。このたびは人材派遣会社CPUをご利用いだだき、誠にありがとうございます」
亮治の言葉にうなずくとメモリアルあの夜と同じく、変にかしこまった口調でお辞儀をする。
さきほどコンクリの壁を殴りつけた痛みが今頃になってじんじん昇ってきたが、もはやそんなことはどうでも良かった。




