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第一章 学生派遣実習イベントと他世界派遣会社②


 翌朝八時。制服に着替え、身支度を終えた亮治は二階にある自室の窓を開く。天候は快晴。

 亮治の家は学校と駅前の間くらい、ある方向を向けば学校がある住宅街、その逆を向けば駅がある繁華街という絶妙な距離位置にある。

 いつもは大量に見かける登校途中の学生や通勤途中のサラリーマンも今日はほとんど見かけない。世間はゴールデンウィークに突入したようだ。

 それに比べ今日から一週間、休日返上で学生派遣実習イベントとやらに参加せねばならない自分の予定とそうなった原因である悪友三人をあらためて呪いつつ亮治は一階へと下る。

 自宅の一階部分は喫茶店となっており、父親が開店の準備をしていた。


「おはよう亮治。もう出るのか?」

「いや、集合時間は九時だから軽く食べてくよ」


 そういいながらインスタントの味噌汁に湯を注ぐ。冷蔵庫を開け納豆を取り出す。これに冷や奴が加わればいつもの朝食なのだが、あいにく今日の冷蔵庫に豆腐は不在であった。

「ま、仕方ねえか」

 茶碗に飯をついで椅子につき、味噌汁をすする。

 亮治は無類の味噌汁好きで、スーパーに行くたびにインスタントの味噌汁をお買得パックで買い、三食すべてに味噌汁が無いと気が済まなく、父親にはこいつ味噌汁中毒者になりかけているんじゃないのかと現在進行形で疑われている。


 他にもその昔、亮治がまだ小学生の頃、拓郎に味噌汁の好みに関しては赤味噌、白味噌、合わせ味噌どれでもいける。具材にも特にこだわらないが、強いて言えば豆腐が入っているのが望ましいなどと語ったことがあり、その時の拓郎のコメント「熱く語るな。味噌汁だけに」に対して味噌汁観を馬鹿にされたと激怒し、手に持っていたバータイプのアイスを拓郎の口に無理矢理ねじ込んだこともある。

 喫茶店の息子というだけあって、嗜む程度には料理もできるので味噌汁くらいインスタントよりも材料から揃えて作った方が安くつくものだが、なにぶん亮治一人分だけを作ることになるのでインスタントに頼りがちになっているのが現状だ。


「ごっそさん」

 手早く食べ終え食器を流しへと持っていく。時刻は八時二十分。九時前に到着するにはちょうど良い時間である。

「それじゃ親父、行ってくる」

「ああ、気をつけてな」

「あっ! それと今日も競艇のレースがあるから俺の代わりに舟券買うのも忘れないでくれよ! 着順は三連単で予想してメールするから!」

「ああ……気をつけてな……」

 自分を介して公営ギャンブルにまで手を出している息子が地域貢献のために家を出る姿に若干の戸惑いを感じながらも父は亮治を見送った。


 実習地である定食屋”花月”がある駅前に向かうため、平日と同じく制服姿で家を出発。

 普段より人の少ない辺りを見回す。親も子も朝寝坊ができ活動開始時間が昼前くらいになる祝日の早朝は、独特の穏やかさに包まれていた。

 そんな中を労働をするために歩くのはここまで精神的にくるものなのかと、亮治は学生の身でありながら休日出勤を余儀なくされるサラリーマンの心情を体感していた。

「家と駅と学校が隣り合わせにならねぇかなぁ……」

 そんな贅沢すぎる愚痴をこぼしながらボチボチと歩いてく道中、ふとケータイを見ると新規メールが四通も到着していることに気づく。


「うお、いつの間に」

 新規メールのうち三通は拓郎、佐々木、アキラからそれぞれ言葉は違えど「頑張れよ。何かあったら呼んでくれ」といった内容のメール。

 しかし残された一通は亮治のケータイには登録されていないアドレスからであった。


「ん? なんだこりゃ」


 メールの件名には”人材派遣会社CPU”と表示されており、本文は開かないと読めないよう頭部分が改行されていた。

 もちろん学生の身である亮治はそんな会社に登録したことなど一度足りともない。

 不思議と興味を惹かれる雰囲気をもつメールだったが、それもせいぜい数秒間だけ。「よくある迷惑メールか」に切り替わった思考がメールの削除を行おうとするが、


「ってやべっ、もう三十五分かよ!」


 ディスプレイに表示されている時刻に気づく。

 メールを読みながら歩いていたため歩行速度が落ちていたのか、亮治は慌てて電源ボタンを連打しメールの削除を中止すると携帯電話を閉じ、ポケットへとねじ込み走りだした。




 * * *




「ここか……」

 駅前通りに着いた亮治は、目的地である定食屋”花月”を発見していた。

 駅を中心とし左右にずらっと並ぶドラッグストアや飲食店、不動産屋にブティックに宝くじ売り場。その通りの角にたたずむ大きめの雑居ビルの地下一階。

 建物の外に備え付けられているスロープをくだり、少し開けた空間の先にある店のドアの前に立つと目を閉じて深呼吸をする。

 今日から一週間、亮治はここでキャンペーンボーイとして店を盛り上げていかなければならない。

 家である喫茶店の手伝いをやっているとはいえ、今から挑む戦場は定食屋だ。喫茶店とはまた勝手も違ってくるだろう。お客の集め方や、どのようにして店に貢献すればいいのかなどのアイディアは今の亮治には微塵もなかった。

 完全なる初体験。それも自分の意志ではなく無茶ぶりによってのである。


「…………」

 数秒の沈黙の後、亮治はゆっくりと閉じていた目を開き、無言で制服のポケットから携帯電話を取り出すとアドレス帳を呼び出し”奴”に向け発信する。


「はい、もしもし……」

 七、八回続いたコール音の後、ようやく眠たそうな声が携帯から聞こえてきた。

「……アキラ」

「なんだ亮治……なにかあった……?」

 気だるさが限界突破したような声。眠気とはここまで人を変えるものなのか。

 亮治の頭の中に、今こいつの家に乗り込めばツケたままにしている1500円をチャラにするという示談書的なものにサインさせることも容易ではなかろうか。などという考えが浮かぶが今はそれよりも重要なことがあった。


「お前……何が雰囲気がある店だ!? ここ今にも潰れそうな雰囲気しかねーじゃねーか!?」


 そう、亮治がわざわざ電話してまでツッコミたかったのはそこである。

 定食屋”花月”は本当に経営しているのか怪しいオーラをかもしだしており、表には店名が書かれた素っ気ない看板があるだけで、外装は目を覆いたくなるほど廃れていた。

 雑居ビルの一階に店舗を構えているコンビニエンスストアとはあまりにも見た目に差があることも関係し、コンビニの倉庫として使われていると言われれば誰もが信じるであろう。


「……? かげつって誰だっけ……?」

「人名じゃねえよ!? お前が昨日「こじんまりとしてるけど雰囲気のある店だよ」とか言ってた駅前にある定食屋で、今日から俺が奉仕貢献とやらをせにゃならん派遣先だよ!」

「花札にそんな役あったっけ……?」

「いい加減起きろよ!?」


 その後も亮治が電話越しにアキラと奮闘すること数分、アキラの眠気も大分覚めてきたようで、ようやくまともに話せるようになったその時。音もなく恐る恐る店のドアが開いていくが、亮治はそれに気づくこともなく話を続けていた。


「大体お前、さっきメールよこしたのに何でそんな深い眠りについてんだよ」

「ん? あぁ、あれは事前にスケジュール設定してただけだ。時間になったらあのメールが送信されるようにな」

「あぁそうっスか……」

「それで結局なんの用で電話してきたんだ?」

「いや、なんかもういいや……」

「そうか? んじゃまたな」


 終話。この数分間の奮闘が徒労に終わりどっと疲れが襲ってきたが、自分の今日一日はこれからが本番ということを思い出し亮治はさらにうなだれる。

 病は気からとは本当にそのとおりで、今の自分であれば親だろうが担任だろうが簡単に騙せるレベルの病人の演技が出来るというほどに亮治の精神は疲弊していた。


「てかやっべ! 時間過ぎてんじゃん!?」

 時刻は九時五分。集合時間である九時を余裕でオーバーしている。

 慌てて亮治は花月の中へ突撃しようとした。


 その時であった。


「あのぉ~……工藤亮治くんかな?」

「ぅおわぁ!」

 突如現れた人物に名前を呼ばれ、亮治は思わずその場を飛びのく。

「驚かせてごめんね。僕はこの店、花月の店長なんだ」

「あ、はいそうです。工藤亮治です。遅れて本当にすいません……」


 突然の店長の登場に聞かれるがままに答え、自分の大ポカを懺悔する。

 普段の亮治であれば事前に上手い言い訳を考えて煙に撒いたり話を逸らしてうやむやにしたりと対策を講じるのだが、さすがにそんな暇はなかった。ちなみにその普段の亮治の被害にあっているのは主に担任である。


「いやいや良いんだよ。いやぁ時間過ぎても来ないからもしかしたら来てくれないかもと思っちゃったよ。ほら、自分でいうのもなんだけどうちの店こんなだしさ」

 厨房着を来た白髪混じりの男、花月の店長は心底ホッとした顔をし胸に手をあてる。

「い、いやー……店の前まできたところでちょうど知り合いから電話がかかってきちゃって……ハハ……」

 亮治の目が泳ぎまくる。死んだような目でこのイキの良さ。きっと「俺にさばけない魚はねえ!」と豪快に言い放つ日に焼けたガタイの良い魚屋でもびっくりするであろう。


「なんだそうだったんだね。それじゃ、ここで立ち話もなんだし入って入って」

「う、ウス」

 店長に半ば押しやられる形で花月の古びたドアをくぐる亮治の心情は、あまりにも純粋な店長への罪悪感が半分。もう半分は自分の遅刻を一切咎めなかった店長の甘さから生まれる安堵感であった。


(不安だったけどこの調子なら一週間の実習もちゃちゃっと適当に流して終われそうだな)


 学生派遣実習イベント初日、第一印象で店長を扱いやすい人間と判断した亮治はそんなことを思っていた。


 しかし、そんな考えは店長以上に甘いものだったということを亮治はこれから思い知ることになる。


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