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第五章 現代における召喚魔法⑤


「お前なぁ! 刃物効かないなら効かないって最初に言えよ! ビビっただろうが!」


「ごめんごめん。亮治くんには言ってなかったね。全部ってわけじゃないけど、あのタイプなら私にはもう効かないの」


 戦闘が終わり、一息ついたミラを待っていたのは労いの言葉でもご褒美の抱擁でもなく、雇い主からのお説教だった。

 一つ目は確実、あわよくば二つ目もと期待していたミラは少しだけがっくりしながらも微笑んで見せる。


「心配かけてごめんなさい。でもって、心配してくれてありがとう、亮治くん」


 怒りながらも心の底から安堵していることがうかがえる雇い主の表情が、たまらなく嬉しかったから。


「ったく……レイヤとルートが落ちついて見てるから変だとは思ったけどよ」


「もう少しで飛びかかっていきそうだったもんねリョージ」


 レイヤの言うとおり、ミラがドスで刺されたあの瞬間、事情を知らない亮治が受けた衝撃は計り知れないものだった。

 人質のことや力の差など忘れ、なりふり構わずタンクトップの男に殴りかかろうとしたほどに。


「まぁ気持ちはわかるけどな。私だってミラが刺される瞬間を目の当たりにすると未だに身体がこわばる」


「うん、慣れないよね」


「大げさだってば。そりゃ初めてだと痛いしちょっと血も出るだろうけど命に関わることはないわ。私、ジョーブだし」


「体が丈夫だから、で片付けていいレベルじゃねぇだろ……」


 胸を張り、得意げに自身の頑丈さをアピールするミラの姿にどっと疲れが出たのか亮治はため息を吐く。

 破かれたメイド服の胸元はルートが着ていたチェック柄の半袖セーターでしっかりと隠されていた。


「ありがとねルート。後でちゃんと洗って返すから」


「気にすんな。いいってそのくらい」


 メイド服にチェック柄のセーターというアンバランスな格好のミラを見てルートがぶっきらぼうに答える。

 数十分前の張り詰めた空気が嘘のように、二人の少女が監禁されていた部屋には穏やかな空気が漂い始めていた。


 現在室内には亮治、ミラ、ルート、レイヤ、犬塚、白薔薇の結城とその舎弟がひとり。

 ミラに倒された男達は気絶したまま縛り上げられ、部屋の隅に固められていた。


「ねぇ、そいやさリョージ、ずっと聞きたかったんだけど、なんでユウキさんも一緒にいるの?」


 助けられたばかりで状況把握がイマイチ上手くいっていないレイヤが小首を傾げ尋ねる。

 視線の先には巨大な身体を壁にあずけ、ポケットから取り出した葉巻を咥える結城の姿があった。


「あぁ、そのことか。俺たちが店を飛び出した後でユティーから連絡が来たんだよ『念のため、結城さんにも救援を要請しました』って」


 さらっと言い放つも、完全に忘れていた約束を果たせたことに亮治は内心ホッとしていた。

 学生派遣実習イベント五日目。つまりは昨日の朝、自宅に訪れた結城と対面した亮治とユティーはとある依頼を受けたのだ。


 ”萱島組のシマで妙な動きをする連中を見かけたら、即座に知らせること”


 レイヤ達をさらった男達が結城が探していた萱島組の縄張りを侵す連中だったのかは定かではない。が、その可能性はある。ユティーにとってはそれで十分だった。

 可能性があれば結城は動いてくれるだろうし、彼が一緒なら亮治の安全もより保証される。

 雇い主の身を案じる健気な想いにより、白薔薇の結城は廃ビル突入前に亮治たちと合流したのだった。

 ”約束があったので””保険として”などの照れ隠しが添えられたメールと共に。


「なるほどなるほど。さっすがユティー、ぬかりないね」


「実際かなり助けられたぜ。結城さんがいたからこの廃ビルの捜索も二手に分かれることができたし、さっきやったハッタリにも真実味を持たせることができた」


「あっ、うんうん! いきなりみんな消えちゃって驚いたよ。みんな萱島組の人たちだと思ってたもん」


 どんぐりを与えられた小動物のようにコクコクと何度も頷くレイヤ。


 亮治が救出に駆けつけた際、彼の後ろにいた大量の強面達は結城と同じく合流した萱島組の組員ではなく、扉を開ける直前に契約召喚したCPUの派遣社員達であった。

 短時間雇われた強面集団。有り金すべてを注ぎ込んだブラフ。

 残された資金で大人数を詳細な仕事付きで雇うことはできなかったので、彼らに与えられた役割は『少しの間睨みを効かせる』だけ。

 数的優位を見せつけることで相手の動揺を誘い、戦意を喪失させるのが狙いだった。

 土壇場で思いついた亮治の奇策にチンピラ達もさぞ面をくらっただろう。そんな気配はまったくなかったというのに、いきなり廊下を埋め尽くすほどの人間が出現していたのだから。


「代わりに財布の中身はスッカラカンになっちまったけど、ま、この使い方ならアイツも文句言わねぇだろ」


「文句どころか感激するんじゃないかなユティー。リョージが人助けのためにためらいなくお金を使うなんて、最初に会った時からは考えられないもん」


「それは褒めてんのか? 貶してんのか?」


「あははやだなー、褒めてるに決まってんじゃ~ん」


 にしし、とレイヤが悪戯っぽく歯を見せて笑う。

 茶化したものの、その表情や仕草からは雇い主の成長に対する喜びがにじみ出ていた。




「さて、と。嬢ちゃん達も救出したし、ウチのシマで舐めた真似したカス共も片付けた。……そろそろズラかるか」


 床に落とした葉巻の火を返り血のついた革靴で消し、結城がゆっくりと動き出す。


「こっちもユティーとの通信が終わったとこだ。もう少ししたら警察にも連絡をいれるとさ」


 起動させていたユビキタスコンピュータをしまい、ルートが亮治に撤退を促す。


「わかった。万が一鉢合わせするとメンドーそうだし、こんなとこさっさと――――」




「待ってッ!!!!」




 思わず全員が部屋の外へと運ぶ足を止める。

 真に迫る勢いで放たれた声の主は、今まで何か考えこむように沈黙していた犬塚英理子だった。


「英理子さん?」


「おい、どうした犬塚? どっか痛むのか?」


 耳を(つんざ)くほどの叫びに振り向いた亮治とミラがすぐさま駆け寄るも、犬塚からの返事はない。

 腫れた頬。悔しげに噛まれた下口唇。両の拳を痛いほど握りしめ、俯きがちに苦しげな表情を浮かべるその姿に普段の力強さはカケラも残されていない。


「……犬塚?」


 数秒の沈黙を不審に思った亮治が犬塚の肩を掴み、顔を覗きこもうと少しだけ屈む。


「…………わら…」


「大丈夫かよ、お前さっきから何言って―――」


 肩を掴んでいた腕がはらわれ、亮治は逆に犬塚からシャツの襟元をぎゅっと握りしめられる。



「おねがい、工藤……おぎわら……荻原も助けて…っ……お願いだから……っ」



 野性的な雰囲気とは不釣り合いな甘い匂いが鼻をつき、胸部に温かな感触が伝わってくる。

 眼下には泣きそうな顔で懇願する、これまで散々争ってきた宿敵の少女。

 初めて見る犬塚英理子の弱々しい姿に、亮治は一呼吸おいてから優しく言い聞かせるように言葉を返す。



「……犬塚、お前に話しておかなきゃならないことがある」



 宿敵の懇願に答え、工藤亮治とマルス・プミラの少女達は最後の仕上げを行うべく互いに頷き合うのであった。




   * * *




 廃ビル五階。レイヤと犬塚が解禁されていた部屋があった並びの一番奥。

 ミラと結城を先頭にゆっくりと開かれた扉の先に、その男は転がっていた。


 両手を後ろ手に縛られ、スーツは血や埃で汚れ、自慢の整った顔には複数の痣。

 破損か紛失か、いつもかけていたトレードマークの眼鏡は見当たらず、痛みに耐えるように表情は苦悶に満ちていた。


「荻原ッ!!」


 ミラと結城の後ろから部屋を覗きこんだ犬塚が、変わり果てた付き人の姿を発見し堪らず叫び駆け寄る。

 今朝ミラーチェを出た時は、互いにまさかこんなことになるとは思っても見なかっただろう。


「え、英理子……さま? どうしてここに……?」


 思わぬ助けが来たことに驚きを隠せないのか、床に転がる荻原は不思議そうに犬塚を見上げる。


「どうしてもなにも見たまんまだ。俺達が犬塚を助けてその足でここまで来た」


「な、なるほど……それはなんとお礼を申し上げたらいいのやら」


 犬塚に代わり亮治が答える。周りにはどう見ても小学生くらいの少女四人と強面の男。

 これがどういう集団なのか、この目つきの悪い少年に何故そんなことを出来たのか心底わからないといった風であったが、荻原はとりあえず感謝の気持ちを口にする。


「――さて、すぐにでも助けて脱出したいところなんだが、その前にひとつ聞いてもいいか?」


 荻原の前に膝をつきしゃがみ込み、亮治が尋ねる。



「アンタらは一体なんでさらわれたんだ?」



 口から飛び出たのは至極真っ当な質問。なぜ、今回の誘拐事件は起こったのか。


「俺にも詳しい原因はわかりません。所詮推測の域を出ませんが、恐らくは英理子様の社長令嬢というポジションに絡んだ何かかと……」


「残念だがそいつは違う。犬塚が社長令嬢だからさらわれたんだとしたら、こうしてわざわざリスクを犯してまでレイヤやアンタまで一緒にさらう必要がない。営利目的なら尚更きちんと計画を立てるからな」


「確かに……でもだとすると、原因は一体?」


「アンタは知らないかもしれないが、”犬塚英理子”は今日一日だけで二回も拉致されている。どう考えても狙いは犬塚だけだ。にも関わらず犬塚は一度も一人でいるところを狙われていないんだよ。おかしいとは思わないか?」


 出発前、花月でユティーから聞かされた不審点を今度は自分が聞かせるように挙げていく亮治。

 胡乱(うろん)な顔を見せながらも話に耳を傾けるのは荻原だけではない。監禁されていたレイヤや犬塚本人も同じであった。


「この理由を説明できる可能性は二つ。犯人が呆れるほど頭の悪い誘拐のド素人だったか、犬塚が一人になるまで待つ時間的猶予がなかったかのどっちかだ」


「つまり……犯人には急に英理子様を誘拐しなくてはならない理由ができた。そういうことでしょうか?」


「ああ。そこで俺達は誘拐の原因が昨日のハッキングにあると考えた。ありえねーような話だが、花月のPC内には犯人にとって良くないデータが格納されていて、犬塚がそれを持ちだしたことにより急遽行動に移らざるを得なくなったんだよ」


 事が起こったタイミングとその前に起こった出来事の照らし合わせ。

 そうして浮かび上がる犬塚英理子誘拐の発端。


「ここまで言えばもうわかるだろ?」




「今回の件の黒幕はアンタだ」

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