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第五章 現代における召喚魔法④


「はァッ!!!」


 着地した瞬間、アーミラ・カスペルスキーは再び宙を舞った。

 瞬時に目標をレイヤを拘束している二人へと定めた彼女は一方の顔面に空中回し蹴りを決め、反応が遅れていたもう一人にも華麗な浴びせ蹴りをかまし意識を断つ。

 二人の男は、降ってきた少女がどのような顔をしているのか視認する暇もなく壁に叩きつけられ、動かなくなる。


「な、なんだァ!?」


 天を砕き突如降ってきた黒い影に、男達は驚きを隠せなかった。

 無理もないだろう。天井を破壊した挙句、瞬く間に仲間二人をふっ飛ばした人物は背丈が自分たちの半分ほどしかない子供。

 それもふりふりのメイド服に身を包んだ美少女だったのだから。


「お待たせレイヤ」

「怪我はないか?」


「ミラ、ルートぉ……っ」


 助けが来た安堵感からか、レイヤはミラの胸に顔を埋め嗚咽を漏らし始める。

 昨日から数えて彼女は何度絶望を味わったのだろうか。

 絶対の自信を誇ったセキュリティの瓦解、名誉挽回の作戦は失敗、さらにはつい先程まで命の危険にまで晒されていたのだ。


「悪ぃな、遅くなっちまった」


「りょーじぃ……っ」


 だが今はもう何の心配も恐怖もなかった。

 目の前には自分が失敗しても見放さず、自分がピンチの時は助けてくれる仲間がいるのだから。


「ぐすっ……ボクのほうこそ、捕まっちゃってごめん……っ」


「気にしない気にしない。私たちが来たからもう大丈夫よ。だから泣かないで?」


「ホント泣き虫だなレイヤは」


 寄り添うルートとミラが優しく微笑むと、レイヤは声をあげて泣いた。

 十二歳の少女がずっと張り続けていた、緊張の糸が緩んだ瞬間に亮治もひとまず安堵の息を吐く。

 とりあえずこれで最悪のパターンはなくなった。


「――さて、と」


 自分より少しだけ背の低いレイヤの頭を慈母のように撫でていたミラは今一度きゅっとレイヤを抱きしめると、その手を解いた。


「亮治くん、ルート。レイヤをお願いね」


「ああ、こっちは任せろ。だからそっちは……頼んだぜミラ」


「うん。頼ってくれてありがとう、亮治くん」


 若干の悔しさを浮かべる亮治に対し笑顔で答え、踵を返す。向けられた視線の先には犬塚を取り囲む残りの男達。

 そう、まだ終わりではない。彼女にはやることがある。レイヤと犬塚英理子を助けるだけでは終われない。

 アーミラ・カスペルスキーには仲間と雇い主に脅威を与える存在を取り除く、報いを与える役割が残っていた。


「……私、めずらしくすごく怒ってるの。最低限の手加減はするけど、それ以上の保証はできないと思う」


 少女のものながら、声色には底知れない怒気が含まれていた。

 敵意を向けられていない犬塚や、立ち位置から彼女の正面が伺えない結城ですら息を呑むほどに。


「だから、一度だけ聞くね。大人しく人質を解放して自分たちの足で警察に行くか、気絶した状態で警察に連れて行かれるか、どっちがいい?」


 その表情にはもはやレイヤに向けていた慈しみなど欠片も残っていなかった。

 あまりの出来事に今まで反撃することすら忘れていたチンピラ達は、ここでようやく止まっていた思考をひとつの結論へと収束させる。


 ”この餓鬼はヤバい”


 得体のしれない存在に男達が戦慄する中、ミラは答えを待たず一歩踏み出す。

 まるで、早く選ばなければこちらが勝手に決めると言わんばかりに。

 水面の上を歩くような悠然な歩調は彼女がこれから行おうとしていることとはあまりにかけ離れており、美しいとさえ思わせた。

 とても大の大人を力でどうこうできるようには見えない細腕。少女特有の甘さを感じさせる幼気な出で立ち。

 純白のヘッドドレスが映える艶やかな赤髪を可憐に揺らしながらこちらへ近づいてくる少女に再び呆気にとられていた男達も、ミラが三歩目を踏み出したところでとうとう叫び声を上げる。



「や、殺れぇえええええぇええええーーーッ!!!」



 男達の怒号が飛び交うよりも早くミラの体が揺らめく。

 再び攻撃のモーションに入るために。大切な仲間に危害を加えた輩に襲いかかるために。


「このクソ餓鬼がああああああッ!!!」

「ふざけてんじゃねぇぞッ!!!」

「ぶっ殺してやらぁああああああああああ!!!!!!!」


 品のない雄叫びをあげ男達が飛びかかってくる。

 前方から二人。前右方、前左方からそれぞれ一人ずつミラへと迫る殺意の塊。怒りの疾走。

 どの男も目を血走らせ、ドスや木刀を握らせた手を一秒でも早く届かせてやろうと言わんばかりに突撃してくる。

 武装した大の大人が丸腰の小学生の少女ひとりに四人がかり。

 端から見ればどう考えても行き過ぎた対処にしか見えないだろう。


 だが現実には行き過ぎた対処どころか、四人程度では彼女にとってなんの障害にもならなかった。


「なッ……!」


「それ本気? あくびがでるわ」


 男達がトップスピードに乗る前にその眼前へとミラが迫る。


「はァアアアアアアアッ!!!!」


 腹、顎先、顔面、みぞおち。

 小さな手足から目にも止まらぬ速度で繰り出される攻撃により男達は膝から崩れ、天井へと吹っ飛ばされ、後方の壁へと叩きつけられ、大の字で倒れ込む。

 四人ともピクリとも動かない。握られていた柄モノが冷たい床に虚しく転がる。

 これで残るは後二人。


「ウソ、だろ……っ!?」


 後方で犬塚を押さえつけている男が信じられないといった風に掠れた声を漏らす。


「あなた達じゃ勝てないってわかったでしょ? 早く人質を解放して。私が手加減してるうちに」


 相変わらず怒気と殺気を隠すことをせず瞳を吊り上げ、ミラが淡々と言い放つ。

 入り口を堅める結城たち、レイヤに寄り添う亮治とルート。大勢は決したといって良いほどの多勢に無勢。

 ここで大人しく犬塚英理子を放し、降参するのが賢い選択なのは考えるまでもないのだが、やはりそう簡単にはいかなかった。


「おーおー、強ぇー強ぇー」


 室内に嘲笑混じりの渇いた音が響く。

 音の出処へと目をやると、これまで無言だったタンクトップの男がこちらを挑発するかのように拍手を送っていた。


「バケモンが。確かに俺らじゃどう足掻いても勝てそうにねーわ。……だがな」


 そこで一旦言葉を切るとタンクトップの男は邪悪な笑みを浮かべ、横で拘束されたままの犬塚を一瞥する。


「こっちにはまだ二人も人質がいるってこと、忘れんじゃネェぞ?」


 再びミラへと向き直るタンクトップの男の顔にはまだ余裕があった。

 言葉のとおり、相手はまだ二人の人質を有している。

 目の前にいる犬塚英理子はともかく、別室で監禁されている荻原イヅルはその安否すらわからない。

 いくらミラが速く強いとはいえ、自分たちがやられる前に人質のひとりくらいは始末できる自信があるのだろう。


「…………」


「おっ、聞き分けの良い餓鬼は嫌いじゃないぜ?」


 これまで六人を一撃で気絶させてきたミラも、タンクトップの男の言葉に攻撃態勢を解く。

 無防備になったミラに気を良くしたのか、男は床に転がっていたドスを拾い上げると数歩近づき、切っ先をミラへと向けた。


「素直に認めてやるよ。オメーは強ぇ。成功法じゃ百人使ってもまず勝てねェだろうなぁククク……」


 タンクトップの男は愉快そうに笑う。

 自力じゃ到底敵わない、本来勝てるハズがない相手の生命を手のひらで転がしている感覚に酔いしれているかのように。


「だがこの場にルールは存在しねぇ。タイマンでもねぇし、道具だって好きなだけ使って良い」


 顔に向けられた先端はゆっくりと撫でるように下降し、切っ先がミラの左胸へと伸びる。無遠慮に切り裂かれていくメイド服の胸元。

 嬲られ、前がはだけ、その奥に隠されていた控えめなふくらみがあらわになる。


「要するに、人質取られてんのに無策で突っ込んできた時点で詰んでんだよ、テメェらは」


 男の顔から笑みが消え、心臓を狙う刃に力が込められる。


「ミラっ!!」「やめなさいっ!!!」


 堪らず亮治と犬塚が悲鳴のような叫びを上げるもタンクトップの男の手が止まることはなかった。

 硬く冷たい切っ先が柔らかなミラの肢体へ、ふくらみかけの胸部へとゆっくりと、吸い込まれるように沈んでいく。

 体内に無機質な異物が侵入してくる感触と激痛にミラが泣き叫び、傷口から生暖かい血液が止めどなく溢れそのまま絶命―――――




 ―――――するハズだった。本来であれば。




「がぁッ……っ…ア、……は、あ……ッ」


 タンクトップの男が膝から崩れ落ち、カシャンと乾いた音を立てドスが転がる。

 二撃。今まで一番手加減されずに放たれた攻撃によりタンクトップの男の顎は砕け、下半身は完全に力を失っていた。


 一体なにが起こったのか?

 ミラの身体を貫いたと思われたドスは刃の部分が折り紙の刀ようにぐにゃぐにゃに歪曲し、もはや使い物にならない有り様になっていた。


「ごめんなさい。”それ”はもう効かないの」


 最後まで自分達を苦しめた悪漢に空気が凍りつきそうなほど冷ややか視線を送り、ミラが言い放つ。

 残された一人、犬塚を拘束している男は動くこともせず、ただただ目の前の少女と倒れ伏す仲間の姿に唖然としていた。

 あまりの強さと超常さに圧倒されたのか、犬塚本人と萱島組の結城も同じく無残に歪曲したドスと、それを受け止め平然と立つミラを交互に見つめている。


 無理もない。彼らは知らないのだ。

 少女たちが他世界から召喚された各分野のプロフェッショナルだということも。アーミラ・カスペルスキーが一度受けた攻撃は効かない特殊体質の持ち主であるということも。

 そして、ユニット”マルス・プミラ”は四人でひとつだということも。


「無策? 冗談言わないで。私がこうして無事なのも、レイヤと英理子さんの救出に成功したのも、あなた達が負けたのも全部、想定内。ユティーの作戦どおりよ」


 人質がいるという優位な立場にあるにも関わらず見せた隙をミラが見逃すハズもなく、最後の一人も顔面を蹴り飛ばされ、派手に吹き飛び、やがて動かなくなる。


 室内の敵すべてを叩きのめしたことを確認したミラは、そこでようやく破かれた胸元を気恥ずかしそうに隠すのだった。

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