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第五章 現代における召喚魔法③

 ミラーチェから車で約十五分ほどの距離にある廃墟ビル。

 棄てられてからまだそれほど時間は経っていない、あちこちにかつての面影が残る六階建ての鉄筋コンクリート。

 取り壊されるまで人の熱や気配とは縁のない場所だと思われていたそこに、カトレイヤ・リア・シュヴァイツフェルドと犬塚英理子は囚えられていた。


「ったく、埃っぽいわね。制服が汚れるじゃない。ねぇおチビ、本当に助けは来るんでしょうね?」


 レイヤがユティーへとメールを送信した直後に目を覚ました破天荒な眠り姫。

 ひらひらのミニスカートについた汚れを払いながら、犬塚英理子は不安と不満が交じり合ったような表情を見せる。


「もう! エリコだってさっきメールの返信が来るところ見てたでしょ! 少しくらい大人しくしててよ!」


「そりゃそうだけど……イキナリあれを見せられて受け入れろっていうのも無茶があるわよ」


 先刻、レイヤが呼び出した異世界テクノロジー”ユビキタス・コンピュータ”を目の当たりにした犬塚英理子は未だ混乱しているようだった。

 異世界の存在と拉致監禁されてる現状を一度に味わっているのだから無理もない。


「ねぇねぇ、チャットの途中ユティーが気にしていたんだけど、誘拐の原因に心当たりってないの?」


「それこそさっき答えたでしょ? ないわよ、まったく」


「ホントに?」


「…………強いていえば、お父様にダメージを与えるため私を利用するっていうケースだけど、キリがないし考えたくないわ」


 腕を組み壁にもたれる犬塚英理子の瞳が若干、弱々しいものへと変わる。

 大企業の社長ともなれば当然、好ましく思わない人物や、敵意を持つ人物も少なくないだろう。

 社長令嬢という立場の自分が、そういった輩に誘拐されるとはどういうことか、理解しているからこその言葉。

 ぺたんと床に座るレイヤもそれを察したのか、「わかった」と短く頷くだけで何も言わなかった。

 由緒ある家に生まれ、両親兄姉が偉大な人間だと色々あることは、彼女も痛いほどわかっているからだ。



「にしても、アンタがさっき連絡とってたのってあの店にいた褐色チビでしょ? 本当に信用できんの?」


「うん、大丈夫! ユティーはすっごい頭が良いし、ミラはすっごい強いし、ルートがいれば逃げるのも簡単だし、こんなとこすぐに出られるよ!」


 仲間のことを微塵も疑っていない、といった風にレイヤは答える。

 笑顔にもワット数が存在するのであれば軽く100Wを超えているだろう。


「うっ……」


「どしたの? エリコ?」


「な、なんでもないわ」


 あまりの屈託の無さに、未だかつて見たことのない従姉妹の満面の笑みに、犬塚英理子は思わずたじろぐ。

 彼女はこの姿のレイヤと遭遇してからというもの、ことあるごとに鳥肌を立てていた。

 見た目は完全に自分のよく知る倉科真葵奈なのだが、二人の言動にはキラウェアと南極ほどの温度差がある。

 とあるドラマで吐き気を催すほどの悪党を演じていた俳優が、別のドラマでは心の底から主人公を慕う親友を演じているのを見ると、別の作品だとわかっていても素直に信用できずに疑ってしまう。それに似た現象。



「……あのさエリコ、もうひとつ聞いても良いかな?」


「なによ?」


 そしてここに閉じ込められてから、レイヤの中でも犬塚英理子という人物の印象に変化が起こっていた。

 だからこそ、彼女はここで切り出す。


「は、ハッキングで僕たちから奪ったデータのことなんだけど、さ……もう全部見ちゃった……?」


 すがるような視線を向けながらレイヤは上目遣いでおそるおそる尋ねる。

 人材派遣会社CPUとの繋がりとなるあのURLが奪われたかどうか、そして犬塚英理子がそれを視認しているかどうか。

 レイヤはどうしてもそこだけは確認しておきたかった。


「あら、気付いてたんだ。私が犯人だって」


「そ、そりゃ気付くよっ! タイミング的にも、動機的にも、能力的にも性格的にもエリコ以外いないじゃん! ……まさか僕の防御壁を突破するとは思わなかったけど」


「へぇ、ということは何? あのセキュリティ組んでたのアンタだったわけ?」


 悔しそうにこちらを見上げる瞳に意地の悪い声で返しながら、犬塚英理子は興味深くゴシックドレスの少女を見据える。


「……そうだよ。だから機密領域にはお店とは関係の無い個人的なデータも入れてて……僕たち、それを見られたらすごく困るんだ……」


 静寂に包まれた暗く埃っぽい室内にレイヤの声が響く。

 窓も、通気口もない、あるのは二人の逃亡を遮る鍵のかかった扉だけ。

 ぽつり、ぽつりと呟かれる言葉に犬塚が相槌を打つことはなく、要件を言い終えたレイヤは祈るような気持ちで返答を待った。


「――――レイヤ、あのデータ群のセキュリティ処理はアンタが施したもの、間違いないわね?」


「ふぇっ? だからそうだってさっき……」


「それ、言わずに黙っときなさいよ」


 迫力のある口調で告げると壁にくっつけていた背を離し、犬塚は床に座るレイヤと扉の間に立つ。

 そこでレイヤはようやく気付いた。

 複数人の足音が、この監禁部屋へと近づいてきていることに。


「!! ど、どうしようエリコ……っ!」


 自らより遥かに大きい、ガラの悪い男に脅されたことを思い出し、レイヤはゴシックドレスの胸元をきゅっと握りしめた。


「お子様は黙って座ってなさい。アイツらの目的は私なんだから私が時間を稼ぐわ。その間に助けがくればこっちの勝ちよ」


「でもそんな……っ」


「しっ! 反論は許さないわ。いい? セキュリティのことは絶対に言うんじゃないわよ」


 レイヤに背を向け言い放つと、犬塚は今に開かれるであろう扉を睨みつけた。

 やがて彼女の眼光に怯んだかのように鍵の開く音がし、次いでゆっくりと扉が動き始める。




「どうやらお目覚めのようだな」


 もしかしたら、という淡い期待を見事に裏切り現れたのは、先程レイヤを脅しつけたタンクトップの男だった。


「ヒッ……!」


 反射的にレイヤが悲鳴をあげ、男から視線を逸らす。

 逸らす前の視線の先にはタンクトップの男の他にもガラの悪そうな輩が数名、醜悪な笑みを浮かべこちらを見下ろしていた。


「ほぉ、こいつが犬塚の娘かぁ?」

「ああ、間違いない」

「ったく、部屋から消えた時は冷や汗をかいたが、これでようやく本題に移れるな」

「まったく手こずらせやがって。おい尋問は俺にやらせろよ。一度こういう気の強ぇガキを屈服させてみたかったんだ」


 ギャハハハ!と下衆めいた笑い声をあげ、男達は今にも跳びかかりそうな殺気立った瞳をした目の前の少女など位にも介さずぞろぞろと室内へ侵入してくる。

 その数六、七人。

 もはやレイヤは完全に恐怖に支配され、耳を塞ぎぎゅっと瞳を閉じ縮こまっていた。



「はっ、何? ブサイクな顔がぞろぞろと。まさかこのご時世に身代金誘拐? あったま悪。誘拐や立てこもりの成功率知らないわけ?」


「残念ながら知らねぇな。お勉強は苦手でね。知ってるのは死なない程度に人質を痛めつける方法と、女の悦ばせ方くらいだ」


「きもっ、ブサイクで犯罪者のうえにロリコンなわけ? 最悪ね。脳外科で脳みその整形でもしてもらったほうが良いんじゃない?」


「おーおー言うねぇ。こりゃ尋問が楽しくなりそうだヒヒヒ」


「その辺にしとけ。雑談は終わりだ」


 憮然とした態度で仁王立ちする犬塚英理子に向かい、タンクトップの男がゆったりと近づいていく。

 この品のない男達に細かな階級付けがあるのかはわからないが、恐らくこのタンクトップの男が事実上のまとめ役で間違いなさそうだ、と犬塚は判断する。


「なによ。アンタもそういう趣味なワケ?」


「面倒くせぇから単刀直入に言うぞ。俺達の目的はお前らじゃなく、あのミラーチェとかいうファミレスにあるノーパソだ」


「ノーパソ?」


 意外そうに聞き返す犬塚。

 彼女の後ろで震えながら聞いていたレイヤもその言葉で男達の目的がよくわからなくなる。


(……え? どういうこと? 狙いはあくまでエリコと、その先にあるエリコのお父さんの会社じゃ……)


 突如湧いて出た疑問にレイヤは頭を悩ませた。

 そもそもノートパソコンが目当てならどうしてわざわざ自分達はさらわれ、こうして監禁されているのか。

 ただでさえ恐怖で上手く働かぬ頭に次々と疑問が生まれ、ぐるぐると回り出す。

 このまま脳の処理が追いつかなくなるかと思いきや、新たに湧いてでた疑問群は、直後の言葉で簡単に融解を果たす。



「正確にはノーパソにかけられているロックの解除コード。お前が普段ログインする際に使用しているパスワードが必要なんだよ」



(あっ……)


 レイヤは理解した。

 手段は違えど、男達の目的の方向性が自分と一緒だったことに。

 そして犬塚英理子がこういう展開になることを予見し、自分にセキュリティのことは黙っておくよう告げたことに。



「こんなことまでして聞き出そうとしているところ悪いけど、あの中にはアンタ達が知りたがっているようなもんは無いと思うわよ」


「それは実際に見て、俺達が判断することだ」


「だから無駄だって言ってんのよ。私のプライベート用PCならともかく学園から貰ったボロPCにはなんにも――」


 言い終わる前に犬塚英理子の身体が真横の壁に叩きつけられる。

 呼吸が出来ない。

 一体自分の身に何が起こったのか。

 犬塚がそれを理解したのは肺から大量の空気を吐き出し、頬に焼けるような痛みを感じてからだった。


「エリコっ!!」


 泣き出しそうな声でレイヤが駆け寄る。


「何度も同じこと言わせんな。大金だとか、親の命だとか、別に難しいこと要求してるわけでもねぇだろ。ちょっとしゃべりゃすぐにでも解放してやるっつってんだ。さっさとパスワードを教えねぇか」


 殴られた頬を抑え苦痛に顔を歪める犬塚の側にしゃがみ込むと、男は荒々しい口調でさらに詰め寄っていく。


「ふふっ……、『すぐにでも解放してやる』ですって? 見え見えの嘘ついてんじゃない、わよっ……!」


「……あァ?」


「あのノートPCの中にアンタ達に必要なもの、というより世間に出回ったら困るものがあるというのはわかったわ。でも、それならわざわざ私を捕らえる必要なんてどこにもない、つってんのよ……ッ!!」


「え、エリコの言うとおりだよ! 今の話ならパスワードなんて聞かなくても、パソコンを盗むなり壊すなりすれば良いじゃん!」


 そう、そうなのだ。

 男達の目的がミラーチェにあるノートPC、その中のとあるデータ群だとすればわざわざ面倒な手順を踏み、正規の手段で削除する必要などどこにもない。

 そのデータをパソコンごと葬ってしまえば良いのだから。

 となると彼らが犬塚英理子を誘拐し、わざわざノートPCの中身を開こうとしている理由はひとつ。



「――――私がもうそのデータを見た後なのか、重要なのはそこなんでしょ?」



 大きく頬を腫らした顔でキッと男を睨み返すと、犬塚は口の端を吊り上げた。



「……不必要に頭の回るガキは好きじゃねぇな」


 この状況でもふてぶてしく笑う少女に対し軽く舌打ちすると、タンクトップの男は後ろでいきり立つ男達に目配せを行う。


「テメェの言うとおり、俺らの目的は二つ。ひとつはさっきも言ったとおり、あのノーパソ内にある特定のデータを削除すること。そしてもうひとつはお前らがそのデータを見たのかの確認だ」


「なら、特定のデータとやらにプロテクトがかかってることももうわかってんでしょ?」


「ああそうだ。ノーパソ内に花月とかいう店から奪ったデータがあるのはわかっていた。そのデータにプロテクトがかかっていて、お前らがそれを解こうとしていたことも。だからそいつの進行状況を確かめりゃ、お前らが”どこまで見てしまったのか”もわかる手はずだ」


「このまま私がしゃべらなかった場合や、私がすでにデータを見てしまっていた場合は?」


「ノーパソとお前、両方を処分し口を塞ぐ。と、言いてェとこなんだが、残念ながら後者の許可はまだ出てねェんだわ」


 そこまで言うとタンクトップの男は犬塚から顔を離し、立ち上がると、ジーンズのポケットから携帯電話を取り出した。

 すぐさまどこかへとダイヤルする。


「だから、まずはこういった手段をとらせてもらう」


 監禁部屋に三度静寂が訪れる。

 かばい合うように身を寄せる犬塚とレイヤはもちろん、入り口付近に立つ男達もタンクトップの男の次の言葉を待った。

 時間にして数秒だろうか。

 電話が通じるとタンクトップの男は「俺だ。始めろ」とだけ短く告げ、通話を終了させる。



「――俺はさっき、お前を始末する許可はまだ出ていないと言った。これがどういう意味か、わかるか?」


 冷たい瞳で見下ろしながら、タンクトップの男は不気味に微笑む。

 そうして次に放たれた言葉は犬塚から一瞬で体温を奪うものだった。


「つまり、”お前以外”の扱いに関しては、ある程度無茶しても良いってことだ」


「アンタ、まさか………ッ!!」


 犬塚の脳裏にある予感が生まれる。

 今、自分が最も恐れていたことが起こる、ゾッとするほどのとびっきり嫌な予感が。

 ユティーやミラが不可思議に思っていたと同様に、聡明な彼女もまた頭の隅でずっと気にしていたのだ。


 自身と共に襲われ、行方がわからなくなっている家庭教師兼付き人の居場所を。

 そして、男たちの目的は自分であるにも関わらず、なぜ荻原イヅルまで共に襲われたのかを。



「荻原っつったか? お前と一緒にいた男」



 心臓の跳ね上がる音が聴こえた。



「……やめてッ! やめなさい!! 荻原は関係ないってわかってるでしょッ!?」


「バーカ。こういうのはカンケーねーから効果があんだよ」


 表情から余裕が消え去った犬塚と対照的に、タンクトップの男は心底愉快そうに口元を歪める。

 生まれながらの威勢と作り上げた虚勢によりかろうじて保っていた平静を砕いてやった快感からなのか、勝利を確信した、安堵すらうかがえる笑み。


 ”ようやくこの生意気な小娘の顔を歪めてやった。次はどうしてやろうか”。


 今にもそんな台詞が飛び出しそうな下衆めいた顔が犬塚とレイヤを取り囲む。

 手段であるハズの犬塚を苦しめることが目的へと変わっていくように。


 胸の内で続けた必死の否定も虚しく犬塚の予感は現実になり、事実として時を刻み始める。

 タンクトップの男が顎で合図を送ったことを皮切りに、さらに悪い方向へと。


「……え、ちょっと、や、やだっ……やあああっ!!」


「レイヤッ!!」


 倉科真葵奈を演じているという設定も忘れ犬塚は力いっぱい叫び手を伸ばした。

 こうなることを防ぐために、自分より弱い彼女が標的になることを防ぐために今まで口をつぐませていたというのに、今、レイヤは倍以上は大きい男達に連れて行かれようとしている。

 救おうと伸ばした手も虚しく、犬塚は乱暴に床に抑えつけられそのまま身動きを封じられた。


「ぐっ……おチビをどうするつもりよッ!?」


 頬に冷たい床の感触を感じながらも犬塚が吠える。


「何、お前がしゃべりたくなるようにちょっと協力してもらうだけだ。荻原って男と一緒にな」


「ふざけんじゃないわよッッ!!!!」


「真剣だっての。心配すんな。お楽しみの様子はケータイを通じてお前にも聞かせてやる。悲鳴と嬌声で賑やかだろうぜ」


 愉快そうにククッと笑うとタンクトップの男はタバコに火をつける。

 封じている身動きを解放させた瞬間、とびかかってくるであろう殺意のこもった視線を向けられていることなどお構いなしに。


「え、エリコ……僕、ぼく……っ!」


 両手を頭上で抑えられながら部屋外へと連れて行かれるレイヤは、恐怖で涙を溜めながらも”助けて”とは言わなかった。

 だがどう考えても無理をしている。

 震えている身体が、掠れた声が、濡れた瞳が、そう訴えていた。


「待って!! 私が全部しゃべれば良いんでしょ!! 今から言うから! ログインIDとパスワードは―――ッ」


「おっ、ようやくその気になったか。ちょっと待てよ、すぐに紙とぺン用意するからよ」


「な………ッッ!!!」


 怒りのあまり犬塚は絶句した。

 そんな悠長なことをやっている間にレイヤと男達は扉を開け部屋の外へと――――




「……え?」




 犬塚英理子は再び言葉を失う。

 今度は怒りではなく、驚きによって。


「なんだ?」


 視線に釣られ、タンクトップの男も背後、つまりは出入口の方を見る。


 それは異様な光景だった。

 開かれた扉の先に見たこともないガラの悪い男達がいて、出口を、レイヤを連れて行こうとしていた男達の行く手を完全に塞いでいたのだ。


 間違いなくさっきまではいなかった顔ぶれだ。

 一体いつの間に?

 足音もなく大勢の強面(こわもて)が出現したことに皆、驚きを隠せなかった。



 ただひとり、その強面の中に見知った顔を見つけたカトレイヤ・リア・シュヴァイツフェルドを除いては。



「何者だテメェらッ!!!」


 レイヤの両腕を拘束している派手な柄のズボンを履いた男が堪らず怒鳴りつける。

 が、出口を塞ぐように立つ、同じく派手な柄、黒地に白の薔薇模様が描かれたスーツに身を包む男は答えようとはしなかった。



「―――オイ、どうやらこっちが正解だったみてぇだぞ」


「ドンピシャリだな」


「ミラにはもう連絡した。すぐ来るとさ」



 白薔薇の男の背後からぬっと出た声は、ふてぶてしそうな高校生くらいの少年と、ホットパンツから伸びる太ももが可愛らしい小学生くらいの少女のものだった。

 強面集団の中にしてあまりに似つかわしくない容姿の二人は前へ出ると、レイヤを拘束する男達を睨みつけ口を開く。


「おい、今からここにお前らじゃ想像もつかないくらい強いヤツが来るから、逃げるなら今のうちだぞ」


 ウェーブのかかった長い栗色髪の少女は、愛らしい容姿に似合わぬぶっきらぼうな口調で問いかける。


「加えてこの人数差だ。大人しく人質解放して降参するのが利口だと思うぜ?」


 ウェイター服の少年は不敵な笑みを浮かべ、自身のバックにいる強面達を見せつけるかのように大げさに両手を広げる。


 突如現れた集団の中で一際異質な存在感を放つ二人を見つめる瞳は三者三様だった。


 未だ拘束されたままのカトレイヤ・リア・シュヴァイツフェルドは涙を浮かべ。

 部屋の奥でうつ伏せに押さえつけられている犬塚英理子は驚愕し。

 二人を囚えている男達は正体不明の存在に動き方を決めかねている。


「勘違いするなよ。親切で言ってるんだからな。アイツ、今怒ってるから相当やばいぞ」


「普段怒らない奴ほど怒ると怖い典型だな。アンタらもう終わりだ。悪いことは言わねぇ――」



「「さっさとレイヤ返して命乞いしろ」」



 亮治とルートの声が重なり、感情による敵意と理性による善意が男達の全身を貫く。


「あァッ!? ふざけてんじゃねぇぞ! ここにゃまだ仲間が大勢いるんだ、オメェら如きすぐに――ッ!!!」


 子供二人に勝利宣言と降伏勧告を同時に行われた男達は当然それを受け入れるわけもなく激昂し、二人に掴みかかろうと動き出す。

 が、すべてが遅すぎた。

 男達が亮治とルートに飛びかかるよりも早く、室内に大きな破壊音が響き渡り天井の一部が崩れ落ちる。


「……馬鹿が、時間切れだ。おめぇら如きじゃ勝てねぇよ――――その嬢ちゃんにはな」


 白薔薇の男、萱島組の結城が呆れ声でつぶやくも、それが男達の耳に届くことはない。



 砕かれた天井から破片と共に降ってきたのは、怒りに燃えるメイド服姿の少女だった。

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