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第五章 現代における召喚魔法①



『僕が……マキナになるってこと?』


『ああ、そうだ。頼めるか?』






 決戦前夜。

 亮治達がはじきだした起死回生の手とは、ミラーチェへと乗り込み、直接PCにアクセスするというものであった。

 一時はこちらも同じようにハッキングを試みてはどうかというアイディアも挙がったが、実力で一歩上を行かれている犬塚英理子相手では分が悪い。

 そこで亮治が閃いたのが、レイヤを犬塚に仕立て上げ堂々とミラーチェに潜入させるという作戦。

 直にPCへと触れ、アクセスするこの方法であれば難易度は当然下がる。

 離れた場所にあるPC間のやりとりではなく、単に目的のPCを操作するだけになるからだ。

 この亮治の思いつきより難航していた作戦会議も少しは進展するかと思いきや、現状はそう簡単ではなかった。


「面白いアイディアだとは思うけど、さすがにレイヤが犬塚英理子に成りすますのは無理よ亮治くん」


「ああ、顔や服装はそっくりにできても、二人の体つきが違いすぎる」


 ミラとルートから指摘は至極当たり前のものであった。

 十七歳の犬塚と十二歳のレイヤでは当然、体の成長度合いが違ってくる。

 身長差はもちろんだが、高校生と小学生では胸や尻、太ももなどをはじめとする身体の肉付き具合に決定的な差が生じてしまう。

 レイヤが持つ技術力で髪型やメイク、振る舞いはどうにかできても、一晩で体格までそっくりにするにはあまりにも準備不足であった。


「やっぱりそう上手いことはいかないか……」


「いえ、方向性は間違っていませんよ社長。レイヤを犬塚さんにする、という発想にとらわれるからいけないんです」


 肩を落とす亮治の横で、途中合流したユティーが口を開く。

 すでに入浴を終え着替えている亮治、ミラ、ルートと違い、彼女の服装は未だ普段のサロペットのスカートのままだった。

 作戦会議より先に食事と入浴を済ませるよう亮治は勧めたのだが、真面目で頑固な彼女に聞き入れてはもらえず今に至るのである。


「大事なのは『レイヤがミラーチェ内にあるPCを操作すること』であって、『レイヤが犬塚英理子になりきること』ではありません」


 辺りが静まり返る。

 深夜における亮治の部屋にユティーの声はよく通った。


「……んぁ? それって結局は同じじゃないのか?」


「全然違います。ミラーチェに入れて、かつ店内のPCを操作しても怪しまれない人物であれば、別になりきるのは誰でも構わないんですから」


「そりゃそうだけど、んな都合の良い奴なんて犬塚本人以外……」



「「「あ」」」



 亮治、ルート、ミラの声が重なる。

 同時に連想されるは真紅のゴシックドレスとダークブラウンのツインテール。

 その人物は犬塚英理子の従姉妹であり、高校生とは思えぬほどの大人びた性格と、小学生ほどの幼い体躯をあわせもつアンバランスな少女。


「……倉科真葵奈か! 確かにアイツとなら身長はそう変わらねぇ!」


 思わず亮治から大きな声が飛び出る。


「減点一ですね。喜ぶのはまだ早いですよ社長。残念ながらレイヤを倉科さんするだけではなんの解決にもなりません」


「はあ? どういうこった?」


「先程も申し上げたとおり、社長が考えた作戦は悪くないです。ただそれを成り立たせるためにはもうひとつ、どうしても必要な仕掛けが存在します。なんだかわかりますか?」


「いや、全然わからん」


「まったく仕方のない人ですね。それじゃあそこで大人しく見ていてください。今から私達がその”もうひとつの仕掛け”を用意しますから」


 可愛らしい口唇で呆れ台詞を吐くと、ユティーはルートとミラに目配せする。

 二人が無言でそれにうなずいたところを見るに、わかっていないのはどうにも亮治だけらしい。


「手間どりそうな作業だけど、やるしかねーな」

「三人でやればそうかからないわよ。条件は最初から決まっているんだし」

「それでは始めましょうか」


 三人の少女は言葉を交わし、キーボードのホームポジションをとるように腰の位置で両手をかざす。

 次の瞬間、水色の粒子とともに何もない空間から三つのユビキタスコンピュータが出現した。




   * * *




「レイヤ」


 意気消沈中の金髪少女の名を呼ぶ。

 同時に照明のスイッチが押され、暗闇に包まれていた部屋は明るさを取り戻した。


「りょーじ…」


 力ない返事。

 たった今まで作戦会議が行われていた亮治の部屋。

 その隣にある客間にて、レイヤは眠ることもせずただただベッドの上で膝を抱えてうずくまっていた。


「明日やることが決まった。俺達が逆転して、URLも取り戻せるとっておきの策だ」


「え……ほ、ホント!?」


 それまで虚ろだったレイヤの瞳に生気が戻る。

 見上げる先にある雇い主の顔には確かな笑みが浮かべられていた。


「ああ。そしてそのためにはお前の力がどうしても必要になってくる。協力してくれるか?」


「……うん、聞かせて」


 口元を引き締め尋ねる亮治に対し、レイヤも腑抜けた精神に渇を入れる。




 出来上がった作戦には第一段階と第二段階が存在した。


 第一段階。

 倉科真葵奈が犬塚英理子に対して貸しを作っていることを利用して、犬塚英理子をミラーチェから離れさせる。

 具体的には同じ生徒会役員である橘拓郎の口聞きで倉科真葵奈に犬塚英理子をトゥエルブまで呼び出してもらうという方法。

 犬塚の監視は長距離移動が容易なルートに担当してもらい、彼女がミラーチェを出発したところで倉科真葵奈に変装したレイヤをミラーチェへと向かわせる。

 レイヤの潜入が成功した時点で作戦の第一段階は終了となる。


 第二段階。

 ミラーチェ内に存在するノートPCを立ち上げ、目的のデータを捜索、場合によっては削除する。


 犬塚英理子がハッキングに使用したPCは、トゥエルブからミラーチェへと寄贈されたノートPCだとユティーは予想した。

 理由としては、それが一番ハッキングに時間がかからないからだ。

 トゥエルブから学生派遣実習イベントの実施地へノートPCが贈られるのは単なるプレゼントというだけでなく、そのノートPCを使い、実習生の評価を学園へと報告するためでもある。

 配布されるノートPCには実習開始前に学園とのネットワーク設定が行われ、実習が開始される頃にはインターネットの使用も可能となる。

 それはすなわち、実習中に限り、ノートPC同士は学園を中心とした擬似的なローカル・エリア・ネットワークでつながっていることを意味するのだ。

 それに気づいたユティーは当然、犬塚英理子も同様に知っているものと考える。

 もしかするとハッキングという大胆な手段に出たのもこの辺が大きく関係しているのかもしれない。




「と、聞いてのとおり、この作戦はほぼお前頼りだ。悔しいが俺じゃどうにもならねえ」


「僕が……マキナになるってこと?」


「ああ、そうだ。頼めるか?」


 話終えた亮治はまっすぐにレイヤを見つめる。

 が、しかし、それに反しレイヤは視線を逸らすと再び顔をうつむかせてしまった。


「……無理だよ。確かに僕がマキナになることも、直接PCをハックすることもそんなに難しくはない。けど、その作戦には決定的な”穴”がある。だって――――」


「例え倉科真葵奈といえども店のPCへと触れる理由がないから、か?」


「ふぇ? あ、う、うん」


 言いかけている途中で言葉を被せられ、レイヤはきょとんとした表情を返す。


「いくら犬塚の従姉妹とはいえ倉科真葵奈はミラーチェにとっちゃ部外者だ。店のPCを操作してりゃ当然怪しまれるだろうな」


「その様子だと、何か考えがあるの?」


「へへっ、待ってな。もうそろそろ来る時間だ」


 客室のベッドに腰かけるレイヤに向け、亮治は不敵な笑みを浮かべる。


「あ!」


 突如起こった目の前の異変にレイヤは声をあげた。

 水色の粒子が亮治の横で発現、収束を始め、徐々に人を形どっていく。

 それは彼女にとってはもはや見慣れた光景であった。


「CPUからの人材派遣……!?」


「来やがったな、完璧なタイミングだ」


 亮治がニヤリと笑う。

 長い髪、ツリ目がちな瞳、色っぽい首元、ゆったりとした曲線を描く大きな胸、きゅっと締まった腰、張りのある太もも、すらっと伸びる足と美しいつま先。

 粒子に構築されるかのようにあらわになっていくそれは、レイヤの見知らぬ少女のものだった。


「さっきの話の続きだが、答えは簡単だ。倉科真葵奈が店の人間、それも権力者にPCを触る許可を貰えば良い」


「じゃあこの人ってもしかして……」


「ああ。ユティー達が選定し、俺が雇った『これから犬塚英理子になってもらう』人間だ」


 チラリと他世界より現れた胸の大きな少女を一瞥する。

 犬塚英理子と同じような背丈、身体つきをした少女を社員データベースから探す際、一番の難所となったのはあの目つきの悪さとバストサイズだった。

 常に彼女の側に付き従う荻原イヅルという存在を踏まえると、できる限り本物で補っておきたい。

 そのため最低限必要な作戦時間を算出し、ギリギリまでケチった契約期間を定めても彼女を雇うにはそれなりの金額を要した。

 もともと多くはなかった亮治の財布の中身を考慮すると痛手だったが、最終的に背に腹は代えられないと金庫番であるユティーが妥協したことでようやく契約が成立したのである。




「と、いうわけで。今からこいつを犬塚そっくりに仕立てあげて欲しい。さっきも言ったけど、この作戦はお前がいなきゃどうにもならねぇんだわ」


「…………また、僕に任せてくれるの?」


「当然だ。俺に雇われた以上、契約期間中は馬車馬のようにこき使ってやるからな」


 上目遣いでおずおずと尋ねるレイヤに向け満面の邪悪な笑みを浮かべると、亮治は手を差し伸べる。


「ほんとにほんとに、こんな未熟でプレッシャーに弱くて精神(メンタル)ヘタレな僕でも良いの?」


「良いに決まってんだろ。お前が必要なんだよ。ほら、契約時間と契約金がもったいないからさっさと手握れ」


「うんっ!!」


 照れくさそうに差し伸べられた手をとるどころか思いっきり亮治の腕に抱きつくと、レイヤは数刻ぶりに満面の笑みを見せた。




 決戦を明日に控えた夜のこと。

 こうしてもうひとりの倉科真葵奈ともうひとりの犬塚英理子が誕生したのである。



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