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第一章 学生派遣実習イベントと他世界派遣会社①

「よぉ亮治。社長就任おめでとう!」

「社長!」

「お疲れ様です工藤宣伝社長!」

「工藤宣伝社長がお見えになられたぞ!」

「キャンペーボーイ頑張ってね」

「うちの組の代表みたいなもんなんだから気合入れなさいよ工藤」

「社長! 亮治! 宣伝! 社長!」


「人が久しぶりに登校したっていうのにふざやけがってお前ら……」

 受け止めたくない現実と問題児だらけのクラスメイトの反応を目の当たりにした亮治は教室に戻り机に突っ伏していた。


 時刻は一限目終了後の休み時間。正直、一限目の授業内容は一ミクロンも頭に入ってこなかった。

 ここ、私立ヴァルフォード学園には学区内住民からの申し出や学園長の気分により、突発的にこういった実習イベントが起きる風習がある。亮治もそれは重々承知であったが、まさか自分が参加するはめになるとは思っていなかった。

 実習イベントとは、基本的に成績トップクラスの連中がその中からさらに頭ひとつ抜きん出るために参加するもので、自分とは縁もゆかりもないものだと決め込んでいた矢先に今回の件。まさに一寸先は闇。人生は何があるかわからないものである。


「ちくしょうなんでこんなことに……」

「大人気じゃないか工藤社長」

 イラッとする声と台詞が頭上から聞こえ亮治が顔を上げると悪友という名の友人が三人、爽やかな笑顔、否、ニヤけ面して立っていた。

「なんでこんなことになってるんだ拓郎、佐々木、アキラ……」


 あまりの倦怠感にそのままスルーして再び机に突っ伏すのをどうにかこらえ、死にそうな声で尋ねると、亮治とは中学からの付き合いの佐々木とアキラ、そして小学校からの腐れ縁である拓郎の三人は、胡散臭さ全開の芝居がかった申し訳なさで解説を始めた。


「ああ、説明すると至って単純な話なんだがな、その、こう、話すのは少しためらうというか」

「うん……ちょっとね……」

「……亮治にはショックな話かもしれん」

「もう十分ショック受けてるからはよ言えや!」


 久しぶりに会った悪友たちは相変わらずのノリで安心感すら覚える。

 しかし残念ながら、トライアスロンとフルマラソンに立て続けに参加し、完走した直後と言わんばかりに満身創痍な今の亮治メンタルにこれと同じノリで返す余裕はなかった。


「いやー、ここ数日、お前って家の喫茶店の手伝いだかで学校休んでたじゃん?」

「その間に実習イベントに関してのクラス会議があってさ、担任が言うにはなんでも参加者が不足してるらしくって」

「そこで俺らを中心にクラス一丸となってお前を推薦したってわけよ」


「「「ごめん」」」


 クラス全体でハモる。


「ごめんじゃねえよデモンズども!? というかお前らがやったのは推薦じゃなくて生贄っていう悪魔行為だからな!?」

 深夜におけるコンビニ店員のありがとうございましたより気持ちがこもっていないクラスメイト達の謝罪(合唱)に亮治が立ち上がり咆哮する。

「というか担任はなにやってんだ!? 休んでる人間を勝手に代表にするとかおかしいだろ!?」

「その意見はもっともなんだが担任も」

『ああ、じゃあもう工藤でいいか』

「って感じで一切止めなかったし、俺らもこのままいって良いかなって」

「全然良くねえぞ!?」

「いや、最終的な決定権は実習イベントの発案者である学園長が持ってるだろうから、学園長が亮治でオッケーだしたんじゃねえの?」

「副担任や教頭も怪しい」

「俺は学年主任が絡んでると思うんだけどなー。亮治素行悪いし」

「誰が黒幕かとかもはやどうでもいいわ!!」


 そんなやり取りをしているうちに二限目始業のチャイムが鳴り、皆わらわらと席へ戻り始める。

「あ、予鈴だ」

「悪いな亮治。また昼休みに大富豪でもやろうぜ」

 そそくさと退散する佐々木とアキラ。一人残った拓郎はややバツの悪そうな顔をして不機嫌そうな亮治を見た。

「ま、確かに勝手に推薦したのは悪かったけどさ。正直、お前はこういう実習でポイント稼いどいたほうが良いと思うぞ?」

「つってもなぁ……」


 拓郎が心配しているのは亮治の出席日数の部分である。

 家が喫茶店を経営している亮治がその手伝いを理由に学校を休むのは今回に限らず度々あることで、成績も下の上、素行も決して良くない亮治にとって出席日数まで足りないのは致命的なのだ。

「俺が言うのもなんだが、決まってしまったからには頑張れよ亮治。お前ならやれるって」

「本当にお前が言うのもなんだな」

「そう言うなって。とりあえず俺らが蒔いた種だし、何かあったら俺も佐々木もアキラも協力するから言ってくれよ」

「へいへい、ありがとよ」

 悪ノリする奴らだがこういったところでは良い奴らで憎めないんだよな。と亮治は心の中で舌打ちし口元を緩ませた。




 * * *




 昼休み。四限目終了とともに担任に呼び出された亮治は少し遅れて昼食をとっていた。

 呼び出しの原因は言うまでもなく、明日から始まってしまう実習イベントの概要説明のためである。


「10のダブル」

「12のダブル。縛りで」

「出せねぇよ馬鹿。パスだパス」


 亮治の目の前では拓郎、佐々木、アキラの三人がトランプを片手に白熱した大富豪を繰り広げていた。三人でやっているためか、階級が大富豪、平民、大貧民とアンバランスな感じで先程から拓郎の一人勝ち状態が続いている。


「よし、やっとこの4が切れる」

「じゃあ8切りで流して7のトリプルで上がりな」

 手札をゼロにした拓郎が得意気な顔で上がりを告げる。その数順後に平民のアキラが上がり五回目の大富豪は終了した。


「また拓郎が大富豪のままか」

「おい亮治、早く食ってお前も入れよ。やっぱ四人はいないとやってらんないぜ」

「俺もそうしたいところなんだが今はこっちが気になるんだよ」

 昼食のパンを持つ手とは逆の手に握られているのは資料のようなプリントの束。亮治はそれを何度も見返し訝しげな顔をしている。

「そういやさっきから見てるけどなにそれ?」

「明日の実習のルール説明と実習場所だ。なぁ拓郎、”花月”って店知ってるか?」

 視線を拓郎へと移しプリントの束を手渡す。

「かげつ?」

「聞いたことねぇな」

「場所どこ?」

 佐々木とアキラも拓郎の後ろに回り込みプリントを見る。

 亮治の言うとおり、プリントには学生派遣実習イベントにおける簡単な決まり事や注意事項、そして明日亮治が赴く実習場所の地図などが記されていた。


「これを見る限り駅前だけど、こんな名前の店あったっけ?」

「駅前ならよく行くけど目的は大抵ゲーセンかファーストフード、喫茶店くらいだしなぁ」

「いや、俺ここ知ってるよ。小じんまりとした見た目だけど雰囲気のある定食屋だったと思う」

 アキラが思い出したように言う。

「値段は?」

「悪い、外から見たことあるだけなんだ」

「真っ先に値段に食いつくあたり流石だな亮治……」


 一番付き合いの長い拓郎の記憶にある限り、小学四年生あたりから既に亮治の金への執着心はおっさんのそれで、見返りのない勝負事はほとんどやらず、トランプで金を賭けるのはもちろんのこと、買い物をする時もわざわざ安いからと家から遠いスーパーや駄菓子屋に行く徹底ぶりである。

 ちなみに喫茶店を経営している彼の父親は金の亡者と化した息子とは似ても似つかぬ温厚な人物であり、見た目は喫茶店のマスターというよりサラリーマン。将来の夢は億万長者と豪語する息子の将来に若干不安を抱いていた。


「それじゃ亮治は明日からここに派遣され、キャンペーンボーイ兼宣伝社長として頑張るのか」

「定食屋で良かったじゃん。普通の企業とか進学塾だったらどうしようもなかったぜ」

「そもそもお前らが推薦なんてしなかったら頑張らなくても良かったんだがな」

 呑気に話すアキラ、佐々木をよそ目に拓郎は食い入るようにプリントをめくりニ枚目、三枚目と読み進めていく。そして、あるページに差し掛かった時にやや目を鋭いものに変えた。


「亮治、ここの部分は見たのか?」

「ん?」


 拓郎が指差す部分は実習参加者リストの部分。

 イベントの内容により違いはでるが、毎度のこと参加者のほとんどは成績優秀で常に上を目指そうとしている学生の鏡のような人間か、家が何らかしらの事業を営んでおり、親の後を継ぐことが確定している人間である。

 参加の理由として前者は成績評価、後者は今後のために少しでも経験を積むという意味合いが強い。

 一応、家が喫茶店を営んでいる亮治も後者に当てはまりそうではあるのだが、継ぐ気はともかく実習イベントに参加する気は微塵も持ち合わせていない。何事にも例外というものは存在するのだ。

 そして当然、参加者の中には前者と後者、両方を満たす者。つまりは成績優秀で将来の道が既に決まっている者もいる。


「うわぁ、やっぱりきたか」

「そりゃ犬塚は参加するとは思ってたけど」

 佐々木とアキラが唸る。

「いぬづかって誰だっけ?」

「なんだ亮治、知らないのか」

「クラスメイトじゃないってことはわかるが後は知らん。同じニ年なのか?」

 拓郎に聞き返されるも亮治は興味なさげにコーヒー牛乳のパックに刺さるストローに口をつける。


「2-Aの犬塚英理子いぬづかえりこ。同学年どころか総合成績の学年首位だっつーの」

「確か親がなんとかって会社の社長だったような」

「ああ。まさに絵に描いたような才色兼備の社長令嬢ってやつさ」

「ふーん。社長令嬢ねぇ……」

「鼻をほじるな」


 犬塚を知る者と知らない者との差なのか、はたまたこの男が特殊なだけなのかと原因を追求したくなるほど興味なさげな態度。

 その辺を歩く子供を捕まえていきなり「やぁ、科学技術の進歩とそれに伴う環境汚染問題について、話を聞いてくれないかい?」と語りだしてもきっともう少しマシな反応をしてくれるであろう。


「そいつが凄いってのは伝わるけど、別にこの実習は俺とそいつで対決するわけじゃないんだろ?」

「そりゃそうか」

「勝負じゃなく、あくまでも学区内住民への奉仕貢献という名目で行われる実習だからなぁ」

 亮治達の言うとおり、内容によりある程度の違いはでるが、実習イベントにおける評価の基準の多くは勝敗を決めるものではなく、個々の頑張りにより決定される。

 今回のような場合なら派遣先からの評価、普段とは良い意味で違う結果が出せているか、そして派遣された生徒がどういう方法でキャンペーンを行ったかなどが評価の焦点であろう。


「…………」

「どうした拓郎?」

 未だひとりだけ何か考え込むようにプリントを見る拓郎に亮治が声をかける。

「いや、何でもない。とにかく亮治、実際に会えばわかると思うが犬塚には注意しておけよ」

「会えばわかるって?」

「性格がなかなか強烈なんだよ。あと乳がでかい」

「性格があれじゃなけりゃ俺も放っとかないんだけどなぁ。乳でかいし」

 アキラが補足し佐々木が残念そうにため息をつく。

「そんなにでかいのか」

「クラスの女子全員が嫉妬する程度にはでかい」

「あの乳を元に『眼福効果による視力の復活』って新理論が提唱されても信じるくらいにはでかい」


 三人が口を揃えて強調する強烈な性格と乳のでかさとはどういうものなのか。亮治の中では犬塚と犬塚の乳への興味が湧いていたが、その目の前にいる拓郎の中では明日からの実習イベントにおいて犬塚が引き起こす可能性がある最悪の状況が浮かんでいた。


「ま、なるようになれだ。それより再開しようぜ」

「……そうだな」

 いつの間にか昼食を終えていた亮治がトランプの山をくり始める。

 拓郎もそんな亮治の姿を見て考えすぎか、と先ほどの考えを脳内にある適当なフォルダにしまいこみ大富豪の体勢に入った。


「亮治、レートは?」

「金賭けること前提かよ」

「亮治が入るなら必然的にそうなるでしょ」


 佐々木とアキラも亮治の机を囲うように位置につく。これがこの四人におけるいつもの光景である。

 メインは大富豪だが他にもポーカーやセブンブリッジ、ジジ抜きにダウトもよくやる。トランプに限らなければUNOや麻雀、花札や人生ゲーム、モノポリーまでも持ち込んでおり、休み時間のたびに白熱した戦いを繰り広げていた。

 担任が金を賭けることを咎めたこともあるが、何度言っても聞かないのでいつの間にか放置気味になり、今では金を賭けない場合に限り、たまに担任も参加するようになっている始末であった。


「1チップ100円で階級は一度リセットして全員平民からで」

「オーケイ」

「よっしゃやるか」

「うん」

 三人が頷き亮治がカードを配り始める。


 運動場にはサッカーをする男子。教室には連休の予定を語り合う女子。時刻は昼休み終了二十分前。

 ゴールデンウィークを明日に控えた穏やかな晴れの日に行われたこの大富豪は拓郎が400円勝ち、亮治が200円勝ち、アキラが100円負け、佐々木が500円負けという結果で終了した。


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