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第三章 性悪 vs 性悪⑦



「私よ」


 再び屈辱を味合わされ、怒り肩で拠点であるファミリーレストラン”ミラーチェ”へと戻ってきた犬塚は例の専用椅子にふんぞり返り、携帯電話を手にとっていた。

 話し相手は彼女にしかわからない。


「悪いけど頼みたいことがある…って即答しないでよっ! 従姉妹の頼みでしょ!?」


 傲慢で高飛車な怒鳴り声がVIPルームに響きわたる。

 普段は常に傍らに存在している荻原イヅルも不機嫌による八つ当たりで室外へ追いやられ、今ここには彼女しかいなかった。


「はぁ!? 交換条件!? いいわよ、飲んでやるわよッ!」


 相手が提示してきた条件をあっさりと飲むと、そのままニ、三言葉を交わし通話を終了させる。

 とたん静寂に包まれた室内。

 昂揚した気持ちを落ち着かせると犬塚英理子は次に思案を開始した。


 何故、学生派遣実習イベントも後半となる五日目において、二店の力が拮抗に近い状態にあるのか。


 こちらは全国チェーンのファミリーレストラン。

 むこうは駅前にあるとはいえ寂れた雑居ビルの地下一階の小さな定食屋。

 普通に考えると圧倒的差をつけ、もうこちらの勝利が確定していてもおかしくない。

 しかし、彼女が頭の中で行ったシミュレートではかろうじてこちらが優位といった程度だった。


 喫茶店”花月”が今まで目立っていなかったことを考えると、やはりここ数日間における大躍進の原因は工藤亮治にあるといえる。

 自身と同じく、トゥエルブの学校行事で店に派遣された同学年の少年がそれをやっているのだ。

 胸の大きい学年首位の少女は、どうにもそれが腑に落ちなかった。


(今まで意図的に隠していたとかじゃない限り、馬鹿工藤に私を上回るポテンシャルは存在していないハズ……となるとやっぱり怪しいのはあの四人……)


 花月に訪れる度に必ず工藤亮治の周りに存在する四人の少女。

 よくよく考えると、あの小学生達が何故あそこにいるのか、工藤亮治とはどういう関係なのか、彼女自身を含め誰も知らなかった。

 さりげなく部下に調べさせても目ぼしい情報は手に入らず、謎は深まるばかり。


 だからこそ、犬塚英理子は花月攻略の鍵がそこにあると踏んでいた。


(あのガキ共が何者かはわからないけど、工藤のために動いているのは間違いないわ。となると、その工藤の動きをこちらで封じてしまえば……)



「荻原ッ!!」



 怒鳴り声に近い呼びかけに、VIPルームの扉が静かに開く。

 開けたのは当然、犬塚英理子の付き人兼家庭教師の荻原イヅルだった。


「荻原、今からここに”真葵奈”が来るわ」


「真葵奈様というと、英理子様の従姉妹にあたるあの……」


「ええ、そうよ。来たらあの寂れた定食屋まで案内してやって。後は真葵奈が勝手にやってくれるわ」


「かしこまりました。……それで、英理子様は?」


 淡々と答える荻原イヅルに対し、犬塚英理子は獰猛な笑みを浮かべ牙を尖らせる。


「私は”事務室”で本格的にアイツらを潰す手段に出るわ。あの秘書のガキがいう”秘策”がどんなものかも気になるしね」


 そう告げると制服のスカートを翻し、大股でVIPルームから移動を開始する。

 標的はもちろん定食屋”花月”。

 そして彼女に勝利宣言を行った褐色肌の少女、ユティー・リティー。



 我の強い二人のトゥエルブ学生の対決は、いよいよ最終局面に差し掛かろうとしていた。




  * * *




「はい、かしこまりました。それではお待ちしております」


 抑揚のない声で応対し、ユティーの右手が受話器を戻す。

 レジの側にある旧式の電話機が鳴ったのは午後四時を過ぎた頃だった。


「社長、今しがた連絡がありまして、荻原さんがあらためてお見舞いに来られるそうです」


「んぁ? 荻原って……ああ、犬塚の側にいたあの眼鏡か。主人があれじゃアイツも大変だろうなぁ」


 未だ賑わう店内を駆け回っていたところを呼び止められ、工藤亮治は怪訝な顔を返す。

 その姿は健康体そのもので、つい一時間ほど前はつけられていた足のギプスや傷の特殊メイクはもはや影も形もない。


「どうせならスイーツでも持って来てくれたら良いのにね」


 長い金髪を可愛らしく揺らし、亮治の後ろからひょこっと姿を現したレイヤが冗談っぽく言う。

 犬塚英理子をコケにしたことによる上機嫌はまだまだ続いているようで、二つの蒼い瞳は爛々としていた。


「俺としては綺麗なネーちゃん連れて金目のものでも持ってきてくれれば最高なんだけどなぁ」


「えぇ~? ないない、さすがにそれは無いよリョージ」


「それよりも二人とも良いんですか? その姿では怪我人のフリはできませんよ」


 ユティーの言葉にハッとなる二人。

 そう、亮治に施された特殊メイクはもう残されていないのだ。

 これでは犬塚や荻原はおろか、鼻水を垂らしながらその辺を歩く小学生すら騙せない。

 亮治とレイヤは互いに顔を向け合い無言で頷くと、再び怪我人にジョブチェンジするためバックヤードへと走りだした。




「……まぁ、恐らくは向こうももう気づいているでしょうけど」


 ポツリと呟き、ユティーの頭は考えを巡らせる。

 度を超えた馬鹿者でもない限り、亮治の怪我がすべて作り物だったということはすでにバレているハズだ。

 にも関わらず、こうしてわざわざ連絡を入れてまでこちらにやってくる理由はなにか?


 答えはもちろん、相手が”何か”を仕掛けてくるからである。


 初めて花月に訪れた時も、仕掛け人で店の席を埋め尽くした時も、そして今日も、犬塚英理子率いるミラーチェが事前に連絡をしたことなどなかった。

 だから自分が受けた何気ない電話には必ず意味がある。

 ユティーはそう考えていた。

 しかし、彼女にはその”何か”の想像がつかない。


(しっかりしなくちゃ……私は社長に雇われ参謀を任された身なのだから)


 ざわつく店内でただ一人、水を打ったような静けさに意識を包み、ユティー・リティーは幼い脳をひたすら回転させ続けていた。




   * * *




「ふぅ、終わったよリョージ」


 足元にしゃがみ込み仕上げを行なっていたレイヤが立ち上がり、作業の終了を宣言する。

 顔や体につけられた無数の傷、そこら中に巻かれた包帯、そして今度はきちんと服の下からつけられた足のギプス。

 その見事な満身創痍青年への転身ぶりにレイヤ本人も満足しているようで、うんうんと頷く。


「ホント大した手際だな。素直に関心するぜ」


「ふふんっ、でしょでしょ? これでも僕はその界隈じゃ有名な家系の血をひくおじょーさまなんだからね」


 歳の割にはふくらんだ胸を張り、レイヤが得意気に話す。

 その情報は亮治が初めて耳にするものであった。


「名家のお嬢様ぁ? お前が?」


「あ、信じてないでしょ。僕はね、由緒正しきシュヴァイツフェルド家の……」


 レイヤが口開いた瞬間、閉ざされた休憩室の扉が何者かに叩かれる。

 コンコン、と二回だけ鳴らされた控えめなノック。

 標的がやってきたことを悟った二人は会話を中断させ、ニヤニヤ笑いながら怪我人と介護人という各々のポジションについた。



「「どーぞ」」



「失礼します」



 扉の向こうからユティーの声がし、上品に扉が開かれる。

 いや、正確にいえば、その時の亮治にはそれがユティーの声に聞こえたのだ。

 人間なら誰しもが持つ、先入観という固定観念が彼にそう錯覚させたというべきか。


 ”ユティーが荻原イヅルを連れてやってきた”、と。



「はじめまして、かな。工藤亮治クン?」


「……あ?」



 現れたのは少女だった。

 ダークブラウンの長髪を頭の両サイドで結い、その身を真紅のゴシックドレスに包んだ少女。

 連絡どおり荻原イヅルがやって来ると思っていただけに、亮治とレイヤはその姿に面を喰らう。


「……ねぇリョージ、もしかしてまたユティーに黙ってCPU(ウチ)から誰か雇ったの?」


「雇っとらんわ! これ以上小学生増やしてたまるか!」


 レイヤが小声で尋ねてくるももちろんそんな記憶はない。

 ベリーダンスの少女召喚の一件で、亮治の財布の紐はほぼ完全にユティーに監視されるようになってしまったため、やろうにも身勝手なことはできないのだ。

 仮に隠れてMPとも呼べる貴重な資金を使おうものならば、再びベッタリ彼女に付きまとわれる羽目になるだろう。


(というかこのツインテールどっかで……)


 揺ら揺らと揺れる二つの尻尾を観察する。

 不思議なことに、亮治には目の前にたたずむこの品の良さそうなゴスロリ少女に見覚えがあった。

 いつ、どこで、どういう風に見かけたのかはわからない。

 しかし、あまり容量の大きくない脳内HDDが確かにこのダークブラウンのツインテールを記憶しているのだ。


「ふふっ、そうまじまじと見つめられると照れるものがあるね。そんなに私の顔は魅力的かい?」


「いや、なんかどっかで会ったことがあるような気がするんだよなお前」


「ああ、そっちのことかい。そりゃあ会ってるもなにも私は――――――」




「あっ、こちらにいましたか真葵奈様」


 ゴスロリ少女の小さな唇が次の言葉を発しようとした瞬間、ようやく休憩室に荻原イヅルとユティー・リティーが登場する。


「具合はどうですか社長」


「体は見てのとおり満身創痍。一人でトイレに行くのも辛いくらいだ」


「そうですか」


 大嘘の身体報告にやれやれ、といった具合でユティーが答える。

 その視線には怪我人を気遣う演技に飽き飽きしていることがにじみ出ており、普段の抑揚のない口調がさらに投げやりなトーンになっている。

 どうやらもう甲斐甲斐しい看病少女になる気はさらさら無いらしい。


「そんなことよりもユティー、こいつは……」


倉科(くらしな) 真葵奈(まきな)さん、犬塚さんの従姉妹で私立ヴァルフォード学園の生徒会長を務めている方とのことです」


 ちょうど自分と目線の高さが同じくらいのゴスロリ少女を一瞥し、ユティーが丁寧で的確な説明をする。



「あーそうだそうだ! アンタうちの生徒会長じゃねぇか! どおりで見たことあるわけだ!」


「あのさ、自分が通う学校の生徒会長くらいひと目見て気付こうよリョージ……」


 頭の中に蔓延していたモヤモヤが解決したことにより、脳天気な笑顔を見せる雇い主にレイヤが呆れる。

 元々自宅である喫茶店の手伝いにより学校を休みがちではあるが、今回の件に関しては単純に彼の素行の悪さが原因だろう。

 生徒会長・倉科真葵奈を目にする機会となる全校集会への参加回数が、工藤亮治には圧倒的に足りていないのだ。

 その主な理由が怠惰、遅刻によるサボりなのは言うまでもない。




「それでは真葵奈様、俺はこれで」


 荻原が軽く頭を下げ、会釈をする。

 定食屋”花月”までの道案内役という役割を終えた彼は、これから再びファミリーレストラン”ミラーチェ”へと戻り、犬塚英理子に尽力しなければならない。

 出発前の彼女の不機嫌っぷりを考えると、戻るのはやや億劫だろう。

 しかし、見送る倉科真葵奈から飛び出た言葉は意外なものだった。


「ありがとう荻原。英理子のことはお願いするよ。態度は粗暴だが、あれでいてあの娘は君のことを大層気に入っているからね」


「えっ!? いやいや、そんなまさか」


 牙を尖らせ胸を揺らす傍若無人な少女の姿を想像するもやはりそうには見えない。

 祝福するように口元をニコリと歪める真葵奈とは対照的に、荻原は首を傾げ苦笑いを浮かべながら休憩室を後にした。



「やれやれ、英理子が素直じゃないのが一番の問題だけど、あの鈍さも考えものだね」


「というかアイツは俺の見舞いに来たんじゃないのか……」


 やってきたと思えばすぐに帰って行った荻原に亮治がボヤく。

 気がつけば休憩室内はボロボロの自分と小学生のような風貌の少女三人に囲まれるというわけがわからない状況に陥っていた。


「いいえ社長。荻原さんに話を聞いたところ、彼はただの付き添いで、社長に用があるのはこの方のようです」


 ユティーの翡翠色の瞳があらためて倉科真葵奈を捉える。


「え? トゥエルブの生徒会長が? 俺に?」


「うん、私はキミにとても興味があるんだ。どうだろう、見舞いを兼ねた談話の場を設けてもらえないだろうか? もちろん私と工藤クンの二人きりでね」


 ”工藤亮治に興味がある”といいつつ、何故か自分の方を向き発せられたその台詞に、ユティーは僅かに眉をしかめる。

 目の前に立つ彼女と変わらぬ体躯をしたゴスロリ少女が犬塚英理子絡みで動いているのは間違いない。

 ではこのタイミングで登場させた真意はなんなのか。

 ユティーの頭の中は倉科真葵奈への疑いで埋め尽くされていた。


「……どうして私に尋ねるのかはわかりませんが、社長が良いと言うのであれば私に異論はありません」


 本当は拒否、あるいは自身の同席を申し出たかったがユティーは冷静に対処する。

 というよりも、この申し出を断る理由など存在しないのだ。

 工藤亮治が怪我人を演じているのは見舞いに来た人間を騙すためであるし、倉科真葵奈は本当に見舞いのためここにやってきたのかもしれない。

 ただ単に”怪しい”という漠然とした考えがユティーの中にあるだけで、現時点では倉科真葵奈を拒む決定的な要因は見つからなかった。



「それじゃあ、少し間キミ達の“お兄さん”を借りるね」


 亮治からなんなく談話の了承を得ると、倉科真葵奈は怪しく口元を歪ませる。

 その童顔でありながらどこか大人びた雰囲気を持つ微笑みは、ユティーとレイヤに言い表せない不安を与えた。


 それがどこから来る感情なのかはわからない。

 ただ「なんか嫌」だった。


<2013年2月5日> 誤字脱字修正。

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