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第三章 性悪 vs 性悪③




『工藤亮治、だ。覚えときな三下』



―――――――それは



『工藤亮治、だ。覚えときな三下』



―――――――取り返しのつかない



『工藤亮治、だ。覚えときな三下』



―――――――勝ち名乗り






 吹きすさぶ風の中、亮治とミラは一つの屋敷の前に立っていた。


 屋敷の外観は武家屋敷を彷彿させる造りをしており、二人の前に立ちふさがる家門はまるで城門のような規模と風格を見せている。

 都会の街中にこんな場所が存在していたのか、という感想が思わず漏れるほどの”和”を感じさせる場所。

 それがこれから二人が突入しようとしている任侠一家”萱島(かやしま)組”の本部である。


「それじゃ行こっか亮治くん」

「……そうだな」


 亮治とミラは軽く言葉を交わし固く閉ざされた門へと近づいていく。


 二人が何故このような場所にいるのか、それはちょうど一時間ほど前まで遡る。






「うわー! すごいよリョージ! ”工藤亮治について語るスレッド”もうPart3に突入してるよ!」


 店長室にあるノートPCでブラウザを立ち上げ、レイヤは無邪気な声をあげていた。


 開かれているページは極道の人間が集う大型匿名掲示板”893ちゃんねる”。

 そこのお悩み相談板に立っている亮治に関するスレッドはすごい盛り上がりで、すでに三スレ目に突入している。どうやらあの後すぐに立てられたようだ。

 立てた人間は間違いなくあの結城と呼ばれた白薔薇の男が属する組の人間であろう。


 スレの内容は花月での出来事や亮治の身元特定を主軸として、それを他の組の人間と思われる者の書き込みが煽ったり茶化したりする流れ。

 不幸中の幸いと言うべきか、このスレッドのおかげで花月に来た三人組は市内に本部を構える「萱島組」という組所属の構成員ということがわかった。


「大人気ですね社長」

「人気すぎてロクに散歩も出来そうにないけどな」


 レイヤの後ろから画面に映る”工藤亮治スレ”を覗き見て、ユティーとルートがそんな呑気な感想を述べる。

 出来ることなら今すぐにでもブラジル辺りに高飛びしそうな勢いの亮治本人とは裏腹に、マルス・プミラの少女達は知り合いが有名になっている今の状況を少し楽しんでいた。


 ただ一人、アーミラ・カスペルスキーを除いては。


「ミラ?」


 ふと気になったルートが声をかける。

 投げ飛ばした張本人である彼女は先程から壁にもたれ、何かを考えこむように黙りこんでいたのだ。


「……やっぱり私、謝りに行ってくるわ」


 短くそれだけ告げると、ミラはそのまま花月の入り口方向へと歩き出す。


「ちょ、ちょっと待てって! 謝ってどうにかなる問題じゃないだろっ!」


 ミラの言葉にぎょっとしたルートが慌てて回り込み引きとめようとする。

 しかしながらこのナース服の少女の意志は堅いようで、その白桃色の瞳にはすでに萱島組に行く意志と覚悟がはっきりと宿っていた。


「もう決めたの」

「……ったく、知らないからなどうなっても」


 納得はいっていない、だけど止めもしない。

 そんなもやもやとした複雑な心境に、ルートは拗ねるように口を尖らせる。

 亮治にはいつも悪態をついているこの小生意気な娘も、明朗快活で姉のような存在であるミラには弱いのだ。


「ごめんねルート。ユティーも、レイヤも。ちょっとだけ出かけてくるから、お店のことはお願い」

「うん! こっちは僕にまっかせてよ!」

「ミラのことだから心配無用とは思いますが、くれぐれも気をつけて」


 仲間達の温まる言葉に行ってきます、と笑顔で答え、ミラは店長室の前を離れ歩き出す。



  ・

  ・

  ・



「あれ? 何やってるの亮治くん?」


 店の入り口を出て地上一階へと続くスロープを上りきると、そこには間違いなく今現在、極道界隈で一番名が知れているであろう高校生男子が立っていた。


「何やってるの、は俺の台詞だ馬鹿。雇い主に黙って勝手に行動しやがって」

「だって亮治くん、休憩室で死んだ魚のような目をして放心してたし。そっとしておいた方が良いかなと思って」

「うっ」


 容赦無いミラの言葉がグサリと刺さる。

 自分の話題でもちきりになっている893ちゃんねるの現状を見て、そもそもそんな匿名掲示板が存在することにツッコミを入れることすら忘れ亮治は絶望に打ちひしがれていた。

 店長のために店を盛り上げることや、自宅の存続を賭けた犬塚との勝負のことを考える余裕など微塵もない。

 休憩室の椅子に座り国外へ逃亡するか、CPUの力を最大限に使い萱島組を潰すか、あるいはこれは夢なんだと異世界へメンタルトリップするかなどをぼんやりと考えるだけに時間を費やす。


 そんな時でも褐色肌の少女は亮治の側に立ち、心配しているのか、時折声をかけていたのだが亮治の耳には全く入らない。

 しばらく続いた無反応に痺れを切らしたのか、亮治の頬をペチペチ叩き始めたところでユティーは休憩室から放り出され、亮治自身も店の外へと思考の場所を変えたのだ。


「子供のお前一人行ったところでどうにもならねぇと思うぞ?」

「それでも行くわ。とにかく会って話をしてみないと状況は何も変わらないし」


 亮治を見上げ発する言葉は十二歳のものとは思えぬほど強い。


 ミラを突き動かしているのは萱島組への罪悪感からではなく、自身の仕事への責任感からである。

 雇い主である亮治を護るため、その亮治が働く花月を護るため彼女は往く。

 亮治の行く道に小石が出現すれば事前にそれを取り除く。それがマルス・プミラの護衛少女、アーミラ・カスペルスキーに与えられた役割なのだ。


「誰も行くなとは行ってねーよ。ただ独断行動はやめろって話だ」

「……もしかして一緒に行くつもりなの?」

「ここでじっとしてるよりは、お前に着いて行った方が安全そうだからな」


 思いがけぬ亮治の申し出にミラが眉を(ひそ)め、黙りこむ。


「駄目か?」

「……ううん。側にいてもらった方が私も安心できるってのは本当だし、仮に止めても亮治くんついて来ちゃうでしょ?」

「そりゃな」


 あっさりと亮治が答える。最初からミラの意思確認などお構いなしといった感じだ。

 しかしミラもそれをわかっていたようで、引き締めていた顔を緩め、普段の穏やかな顔に戻す。


「それじゃあ私から離れないでね亮治くん」

「ちょっと待て」


 歩き出した矢先に白く細い腕を掴まれ、ミラがきょとんとした顔で振り向く。


「とりあえず着替えて来い。その格好のまま二人で外を歩いたら、俺がヤクザだけじゃなく国家権力からも狙われる羽目になる可能性が高い」


 言われてミラが視線を下げると、そこに広がっていたのは盛り上がりの少ない胸と真っ白なナース服。

 白薔薇の男を投げ飛ばした後も着替えることなく、今の今まで白衣の天使姿のままだったのだ。


「あらら、確かにこのままじゃ動きづらいわね。見えちゃいそうだし」


 何が、とは尋ねない。

 丈の短いナース服の裾部分を揺らし、ミラはスロープを駆け下りていく。


「ったく、しっかりしてんのか抜けてんのかどっちなんだよアイツは……」


 その後、黒色のスーツに着替えて戻ってきたミラに亮治が「靴がナースシューズのままじゃねーか!?」と指摘したり、いざ出発しようとしたところ二人とも萱島組の詳細な場所を知らなかったりで、到着するのに一時間もかかってしまったのである。




 そして今現在。


「押すね、亮治くん」


 古風だが立派な造りの家門に似つかわしくない今風のモニタ付きインターホンにミラが指を伸ばす。力を加えられボタンが沈む。

 沈黙の中で待つこと数分、ボタンの横にあるモニタに映像が映った。


「どちら様で―――――――って、テメェらはッ!!」

「はは……ど、どうもー……」

「あ、さっきお店に来てた人だ」


 都合良く二人の応対に出たのは花月に来ていた三人組の一人、白薔薇の男の部下と思われる強面であった。

 男は訪問者が亮治とミラということに気がつくと、悪い人相をさらに悪くしてモニタ越しにこちらを睨みつけてくる。


「のこのこやって来た度胸は褒めてやるが……何の用だオイ?」


 明らかに怒気が含まれたその問いかけに思わず亮治はたじろぎそうになったが、隣の少女は怯まなかった。


「先程はすみませんでした。やってしまったことには変わりありませんが、あれには事情があるんです。お話だけでも聞いてもらえないでしょうか?」


「事情だァ!? 客を投げ飛ばすのにどういう事情があるっていうんだよッ!? ぶっ殺されたくなかったらとっとと帰れッ!!」


 ごもっともである。

 同級生の少女が「受けなければアンタの家を潰す」と売上勝負を挑んできた挙句、店内の客全てを工作員にすり替え妨害してきたので、それを追い出すためにサクラとして強面を雇った結果、あなた方をその仕掛け人と勘違いしてしまいました。などと説明しても99.99999%信じてはもらえないだろう。

 冷静に並び立てて見るとあまりにも信じられない現状。

 だがそれでもやってみなければわからない。やらないと事態は解決へと向かわないのだ。

 ミラはもちろん、亮治もそう思っているため家門前から退くことはしない。


「結城さんって人に会わせて欲しいんだよ! 頼むよ!」

「お願いですっ!」

「うるせー!! こちとらまだまだスレッドを炎上させてお前に嫌がらせする作業で忙しいんだよ!!!」

「やめろぉおおーーーー! それはもうやめてくれぇぇええーーーーー!!!」

「やってるのこの人だったんだ……」


 インテリヤクザならぬインドアヤクザとの論争がしばし続いた後、いい加減面倒くさくなったのか、男は自らの首を締めることになる言葉を発してしまう。



「しつっこい奴らだな! そんなに謝りたきゃ勝手に結城さん本人なり、組長なりに謝りに行きゃ良いだろッ!!」



「……いいの?」


 ミラがぽつりと呟く。


「ああ、良いぜェ? ただし入ってきたら当然、ウチの人間に取り囲まれることになるがなッ!」


「うん。それは大丈夫」


「は?」


 モニタの男が素っ頓狂な声を挙げた次の瞬間、ミラの拳が分厚そうな家門を破壊していた。


「さ、行こ? 亮治くん」

「お前っ……まぁ良いか。修理代ふっかけられた時はレイヤに頼んで修理してもらえば」


 任侠一家”萱島組”到着から十数分後、亮治とミラはその敷地内に足を踏み入れる。

 穴の空いた門の横に付いているモニタ内では、インドアヤクザが敵の襲来を知らせるように叫んでいた。




 家門をくぐるとそこには白い砂利が敷き詰められた日本庭園が広がっていた。

 映画のセットのような美しい庭園に思わず目を奪われる。

 その庭園の先には二人の目的である結城や萱島組の組長がいる可能性が高い大きな家屋が見えたが、そちらの立派さに感想を浮かべる暇はなかった。

 家屋からゾロゾロと萱島組の組員が出てきたからである。


「うわぉ、わかっちゃいたが凄い数だな……」


 初めて対峙する自分に敵意を持った極道相手に亮治が冷や汗を流し、引きつった笑いを浮かべる。

 第一の障害として、まずはここを突破しなければならない。


「亮治くんは下がってて」

「言われなくともそうするさ。悔しいが俺は邪魔になるだけだろうしな」


 躊躇いなく、そそくさと今くぐった家門の方へと亮治が後退を始める。


「亮治くん」

「ん?」

「着いてくる時、私の側にいる方が安全だからって言ったでしょ?」

「ああ、それが?」

「アレ、嬉しかったよ。亮治くんが一緒ってだけで私、頑張れるから」


 若干頬を染めながらニコリと微笑む。

 亮治がその愛らしい姿に言葉を返す間もなく、ミラの両足は地を蹴り前方の集団へ向け疾走を開始した。

長くなりそうだったので二回に分けます。

なので次の更新は早めにできるかと。たぶん。

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