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第三章 性悪 vs 性悪②



 まず異変に気づいたのはユティーだった。


 昨日と同様、定食屋”花月”に入ってすぐの位置にあるレジに立ち、店内を観察していた彼女は、この店がとある異常事態に陥っていることに気づく。

 時刻は正午をまわり、店内が「軍服ガールズタイム」に突入した一時頃のこと。本日は人材派遣会社CPUを利用したスタッフサービスが昼間から開始されているのだ。

 店内では事前に予約した時間どおりに召喚されてきた可愛らしい軍服少女達がせわしなく動きまわっており、店の前では順番待ちの客が列を成している。


 それは一見、昨日と変わらぬ光景だったが、何かがおかしい。

 ユティーも最初はそれを気のせいかと思っていたが、わずかに覚えた違和感は彼女の中で徐々に膨れ上がり、やがて確信へと変わる。


 定食屋”花月”は今、何者かの攻撃を受けているのだ。


「これは……」


 呟くユティーが店内を見渡すと、可憐な軍服少女達の中に紛れるナイチンゲールを発見する。

 白色のナース服に白色のナースキャップ。太ももを包むは純白のソックス。

 今の花月店内では明らかに浮いているその格好の主は、工藤亮治の護衛係、アーミラ・カスペルスキーであった。


「ユティー、これってもしかして……」


 トレイをもったままのミラがユティーの元へとやってくる。その表情はやや険しい。

 どうやらこの白衣の天使もユティーと同じく店内の異変に気づいたようだ。


「はい、恐らくあちら側が仕掛けてきたと思われます」

「やっぱりそうかしら? とりあえず亮治くんとレイヤを呼んでくるわ」


 そう言うとミラはレジ前を離れ、ホールにて昨日となんら変わらぬ調子で接客に励む亮治とレイヤの元へと走り出した。




  * * *




「さぁて、どう対処するかしら?」


 他者を痛ぶることに心底快楽を感じているような声。

 全国チェーンのファミリーレストラン”ミラーチェ”にて、犬塚英理子は邪悪な笑みを浮かべていた。


 現在地はミラーチェ店内に用意された彼女専用のVIPルーム。座るは彼女のために用意された特注品の椅子。

 犬塚はその椅子にふんぞり返り、目の前にいる男から報告を受けていた。


「荻原、状況は?」

「報告からすると、作戦が実行されてからもう三十分は経ちますし、そろそろ向こうも気づいているかもしれませんね」


 男の名は荻原(おぎわら)イヅル。

 職業はサラリーマン。犬塚英理子の父が社長を務める会社に勤務している。

 大学院を出て大手企業に就職するだけの能力と整った顔を持ちあわせており身長も高い。

 その昔流行った”三高”と言われる高学歴、高収入、高身長の要素兼ね備えている好青年。


 が、しかし、その性分は苦労人である。


「それにしても……良かったんですかね? あんなことしてしまって……」

「何がよ?」


 荻原の言葉に犬塚が不機嫌そうに眉をしかめる。


「いや、これまでの英理子様の行動は破天荒ながらも全てこの店のためでしたが、今回のは単なる私闘ではないかなと」

「ただの私闘じゃないわッ! 私とこの店のプライドを賭けた闘いよッ! あの馬鹿には私に楯突いたことを後悔させてやる必要があるのッ!!」


 専用の椅子から立ち上がり吠えると、握りしめた拳を胸前で震わせる。

 そんな怒りに燃える犬塚を見て荻原は、


(まーた始まっちゃったよ……。この娘、ちょっとでも自分の相手になりそうな人間見つけるとすーぐ勝負仕掛けちゃうんだよなぁ)


 と、心の中で引きつった笑みを浮かべる。


 そう、彼も犬塚に目をつけられ勝負をふっかけられた人間の一人なのだ。


 一年前、犬塚の家庭教師として荻原が任命されたのがそもそもの始まり。

 向上心と自己顕示欲の塊であるこの破天荒な少女に見合う人間が中々見つからず、父が悩んでいたところに発見したのが自社で働く新入社員の荻原だった。

 犬塚は真っ先に自分の家庭教師として相応しいか確かめるため国語、数学、物理、生物、英語、日本史、商業、情報処理の八教科で荻原に挑んだが、結果は彼女の惨敗。

 唯一の勝利は、実技も含めた勝負だった情報処理のみ。


 高校生レベルの模擬試験を用いた高校生と院卒の勝負と考えると当たり前の結果ではあるが、犬塚は自分の負けが悔しくて仕方がなかった。

 彼女は荻原に勝つために荻原を家庭教師にすることを決めたのである。

 はじめは女子高校生の家庭教師くらい、と軽く考えて引き受けた荻原だったが、その安請け合いの結果がこの現状。

 一年間この凶犬のようなわがまま姫に振り回され続け、今も尚それは続いていた。


「大体、作戦の内容を告げた時、アンタも止めなかったじゃない。今更反対は許さないわ」

「まぁ……それはそうなんですけど」


 荻原は心の中で(どうせ止めても聞かないだろ)と思ったが当然、口には出さなかった。間違いなく蹴りが飛んでくるからである。


「まさかこの一策で沈黙しちゃうなんてことないだろうけど、あの馬鹿工藤にどうにか出来るとも到底思えないわね。向こうからの連絡は他に無いの?」

「いえ、今のところ特には……」

「ったくトロいわね」


 退屈そうに犬塚は椅子に座り直し足を組む。

 一見怠けているように見えるが彼女がここでこうしているのはサボっているわけではなく、れっきとした休憩時間中だからである。

 とはいえ服装はゴスロリチックでひらひらとしたミラーチェの制服のままで、そのスカートの丈は短い。

 そんな格好で組んでいる足を組み直したりするものだから、荻原の視界には先程から二本の太ももの先にある布がチラチラと映っていた。

 紫色のそれは、確実に荻原の視線を一点に誘導すると同時に平常心を破壊していき、やがてそれを目の前でふんぞり返る少女に気づかれることになる。


「見るなスケベッ!!!」


 怒鳴り声と共に顎先に鋭い一撃。

 ブーツを履いた長い足に顎を跳ね上げられ、荻原の体はVIPルームの床に仰向けに倒れるのであった。




  * * *




「―――――――――、―――――――――――――――――います」


「……………………は?」


 ユティーから発せられた言葉は、一度では理解できなかった。


 ようやく客のオーダー受けと注文品運びが一段落したと思っていたところをナース服のミラに呼びだされ、レジ付近までやって来た亮治は、ユティーの話に耳を疑った。

 それは亮治の隣にいる金髪の少女にとっても同じだったようで、大きな蒼色の瞳をぱちくりとさせている。


「えーと、すまん、もう一回言ってくれ」


 亮治の問いかけにですから、と頭に付け加えユティーが再び同じ台詞を口にする。



「店内にいるお客すべてが、犬塚さんの息がかかった工作員になっています」



 突きつけられたのは突拍子のないとしか言いようが無い現在状況。

 数日前の「お前社長になるんだってな」宣告と同等、あるいはそれ以上に脳が理解を拒む。


「えっと……どういうことなの?」


 亮治と同様に動揺し、未だに状況を理解できていないレイヤがおずおずと尋ねる。

 その体には昨日ミラが着用していたメイド服を着ており、首を傾げる度に頭のヘッドドレスが揺れた。


「そのままの意味よレイヤ。このお店は実質、ミラーチェに占拠されたに等しいわ」


 普段の柔らかな表情とはうってかわって答えるミラの表情は硬い。

 いつも穏やかな雰囲気を保っている彼女とのギャップが、亮治とレイヤに緊迫感を与える。


「簡単な話です。ここ一時間ほど店内のお客が全く入れ替わっていないうえ、頼んでいる料理は全テーブル共通して一番安いメニュー一品のみですから」

「明らかにおかしいわよね。私も気づいたのはさっきだけど」

「花月の店の広さと席数の少なさという弱点をついた見事な策ですね。普通はわかっててもやりませんけど」


 ユティーとミラが言うように、今、花月の椅子に座っている客は全て犬塚が雇った人間である。

 テーブルに載っている安価で少量の料理を食べ終えているのにも関わらず、ケータイ操作や読書、雑談などで一向に席を立とうとはしない。

 ファミレスなどやファーストフード店ではよく見受けられる雑談の時間 > 食事の時間の構図だが、店内全ての客が急にそうなったら異常事態としか言いようがない。

 犬塚がやっているという確定的な証拠は存在しないが、亮治達がそう断定するのには十分すぎる状況だった。


「俺もCPUから性格の歪んだ変人変態達雇いまくって同じことしてやろうと思ってたけど自重したってのに犬塚の野郎……!!」

「発想はあったのね亮治くん」

「そこは同レベルなんだリョージ……」

「そもそもこれはこの店だから出来る手段です。ミラーチェで同じことをする場合、どれだけの人とお金がかかると思っているんですか社長」


 ミラーチェの広さは花月の最低三倍。

 もし仮にこの状況をミラーチェで作るとなると、単純計算で最低でも今現在店内にいる人間の三倍は用意しなければならなくなる。

 もちろん、限られた資金をユティーがやり繰りしている現状では、そんなことに使う資金を算出することなどできるハズもない。


「おーい、何だらだらと喋ってるんだよお前ら」


 近くで聞こえた声の方角へ四人が視線を向けると、そこには昨日と同様、ポニーテールに厨房着姿のルートが立っていた。


「なんだお前、また厨房抜け出してきたのか?」

「またオーダーがパッタリと止まったから様子を見に来たんだよばーか。でも、ホールを見て原因は大体わかったかな」

「その様子だとルートも気づいたみたいね」

「そりゃオーダーが”ベーコンエッグ定食”しか来なくなったら不審に思う。私が何回卵割ったと思ってるんだ」


 その一食350円のメニューを作るのにうんざりした様子でルートがボヤく。

 亮治達ホール組の仕事が急に落ち着いたように、厨房でもパタっとオーダーが止まっていたようだ。


「それでどうするの? このままじゃ順番待ちの列が増え続けるだけだよ?」


 レイヤが入り口の向こう側を見つめる。

 地下一階にある店の入り口から地上一階まで伸びるスロープには本日も長蛇の列が形成されていた。

 客層は様々だが性別は九割が男。やはり目当てはCPUから派遣されてくる様々な姿の美女美少女らしい。日差しの強い中、ご苦労なことである。


「とりあえず次のサービス切り替えの時にでも、次の客に席を譲るよう言ってみるしかないんじゃないか?」

「うーん、ルートの考えが無難かもしれないわね。向こうはこっちの仕事を妨害するのが目的だから、ちょっと揉めるかもしれないけど」


「いや」「いえ」


 重なる声。

 思わず亮治とユティーは互いに顔を見合わせる。


「社長、私から良いですか?」

「ああ、構わねぇよ。ウチの参謀はお前だしな」

「ありがとうございます。では私の考えをお話します」


 四人を自分の方へ向かせるとユティーはレジに置いてあったB5サイズのチラシのようなものを取り、亮治達に見えるよう広げる。


「? 今日のプログラムがどうしたんだよ?」


 そう、ユティーが広げた紙は定食屋”花月”の本日のイベントスケジュールが書かれたものだった。

 今現在は12:35~13:35間で行われる「軍服ガールズタイム」の真っ最中で、ここでこうしている亮治達に代わり、軍人というには華奢な少女達が店内でしっかりと業務に勤しんでいる。


「今がちょうど軍服ガールズタイムであることを利用し、私達がお客を帰らせようとするのではなく、お客の方から帰ってもらうように仕向けます」

「具体的には?」

「本物の軍人女性、それも見た目からわかるレベルで屈強な方を派遣してもらい、サービスイベントと称して軍事訓練体験会をとり行います」

「店内でできる範囲となると整列から敬礼、ほふく前進とか腕立てとかスクワットとかかしら」

「はい。不出来な人や軟弱な人にはもれなく軍人女性からの張り手が待っています。もちろん、参加は自由なので嫌な人は始まる前に退店してもらって構いませんけど」

「そら客帰るわ」


 サービスの”サ”の字も感じない暗黒の企画。こんなもので喜ぶのはドの付くMか軍女マニアだけだろう。

 それ以前に、ひと目で屈強だとわかる軍人女性の握力がマウンテンゴリラに匹敵する可能性もある。下手したら張り手で死んでしまうかもしれない。


「それで、社長はどういう案をお持ちなのですか?」

「北風と太陽方式なのはお前と一緒だけど、俺の場合は客 vs 客の構図になるよう仕向ける策だ」

「具体的には?」

「どう見ても数人は殺してるレベルの強面を派遣してもらって、順番待ちの客として忍ばせた後、店内にいる客に向かって「はよ代われや!!」と脅してもらう」


 要するに昨日行ったサクラ客の応用みたいなものである。

 ただしこちらは争うこと前提の策なので、ユティーの策と違い不安要素が大きい。


「しっかしどっちの策もえげつないな。よく思いつくなお前ら」


 亮治とユティーが出した二つのえげつない策にルートが感心する。


 目には目を、歯には歯を、えげつない策にはえげつない策を。

 さっそく牙を剥いてきた犬塚英理子相手にこちらも牙を突き立てるため、五人はこの二つの策に関して話し合い、より緻密なものへと昇華させていく作業を開始した。




 そして十分後、とうとうまやかしの客に包まれていた店内が動き出す時がくる。




「オラァッ!! いつまで待たせんだ固羅ァッ!!!」


 ゆったりとしていた店内に響き渡るドスの効いた声。

 何事か、と店員、客あわせ店内にいる全ての人間が店の入り口に注目する。


 そこには三人の男が立っていた。

 大柄な体はオフィスでは見かけないような派手な色や柄のスーツで包まれており、野太い首や腕には純金製と思われる装飾品を着けている。

 ひと目でカタギではないとわかるその風貌は、店内の空気を一変させた。


「おい兄ちゃん。さっきから見てりゃ食い終わってから三十分以上経ってンぞ? あ?」

「あ……いや、その……」


 三人のうちの一人が荒っぽくテーブルに手を付き、座っている男に執拗に顔を近づけ睨みつける。

 座っている若い男はスマホをいじっていた手を完全に止め、真っ青になった顔をそむけ、曖昧な返事をすることしかできなかった。


「俺らだってこんな可愛い姉ちゃん達にサービスされてーんだよ。なァ姉ちゃん?」

「きゃっ、こ、困りますお客様ぁっ……」


 また別の男は軍服姿の少女に絡み始め、あまつさえ細い腰に手を回し抱き寄せていた。

 標的にされたのはキュロットスカートを穿いたなんちゃって軍服姿の少女。

 力を入れると折れてしまいそうな華奢な体は男の腕力から逃れることができず、カタカタと震えている。

 その顔に先程までお客に向けられていた快活さはなく、恐怖と嫌悪で歪んでいた。


 それは通常であれば好戦的な亮治、ルート、ミラなどが飛びかかっていきそうな状況であったが、今はただ傍観するだけ。

 亮治達はおろか、店内にいる軍服少女や店長もこれが自作自演によって引き起こされている状況だとわかっているからだ。


(やっすい値段で雇った割りには良い演技するなぁあの三人)

(そりゃあ、あの代表が率いる人材派遣会社CPUに所属する社員だからね)


 打ち合わせにより決められた場所で行動に移るタイミングを見計いながら、亮治とミラは小声で会話を交わす。

 結局、実行することになったのは亮治が考えた方の作戦だった。


 一度は安全で不安要素が少ないという理由でユティーの策が選ばれたのだが、いざ実行しようとしたところ、亮治達の前に立ちはだかったのがコストの問題。

 ユティーの策に必要だった「本物の軍人女性、それも見た目からわかるレベルで屈強な方」はCPU内にも五人しか在籍しておらず、その契約コストは亮治の目玉が飛び出るほど高かったのだ。

 完璧かと思われた作戦に存在した思わぬ落とし穴。

 こういった事情により、ヒガシローランドゴリラやクロスリバーゴリラとドラミングではなくステゴロでタイマンを張れそうな女性の定食屋”花月”への召喚は叶わなかった。



「オイ、もう良いだろ。代われや」


 今まで葉巻を吹かし黙り込んでいた残りの一人の強面が、入り口からゆっくりと店内中心へと歩を進める。

 黒地に白の薔薇模様が描かれたスーツに身を包むその男は、素人目でも明らかにこの三人の中で一番立場が上とわかるほどのオーラを醸し出していた。

 ポマードで固められていると思われるオールバック気味の短髪に、仕掛け人とわかっていてもまともに目を合わせていられないほどの眼光。

 その迫力に、思わず亮治も息を呑む。


「聞こえなかったのか? 散れ」


 ”次は無い”と言わんばかりに秘められた怒気に、店内に蔓延(はびこ)っていた犬塚陣営の工作員は我先と席を立ち、足早にユティーのいるレジへと向かう。

 安い賃金で雇われた一般人に、どう見ても本業なこの男に逆らおうとする人間などいるハズもなく、あっという間に店内にいた工作員はいなくなった。

 これで作戦は一応の成功をおさめたなのだが、まだ仕上げが残っている。

 それはこれから店内に入ってくる”普通の客”のために、この不穏な空気を晴らすこと。

 すなわち、この三人の強面の排除である。


「よし、出番だ。頼んだぞミラっ」

「うんっ、任せて亮治くんっ!」


 待ってましたと言わんばかりの嬉しそうな返事と共に、ミラが白薔薇の男へと向かい歩いて行く。

 ミラの体は相変わらずナース服のままのため、白薔薇の男と対峙する姿は大層シュールな光景だった。


「お? なんだ嬢ちゃん。看護婦のカッコなんかして」

「申し訳ありませんお客様。当店は全席禁煙でございます」


 ミラが丁寧に告げた瞬間、背中と後頭部に衝撃が走り白薔薇の男の意識は途絶えた。


 ユティー、ルート、レイヤの三人を除く店内全員がその光景に唖然とする。

 ナース服の小学生が、自分の二倍以上は大きい男相手に軽々と背負投げを決めたのだ。

 残りの二人の強面は一瞬のうちに起きたその出来事を理解できていないようで、倒れたまま動かない白薔薇の男と、その側に立つ得体の知れない白衣の天使を呆然と見つめる。

 周囲がこれなのだから、投げられた白薔薇の男本人にはもっとワケがわからなかったであろう。


「大変恐縮ではございますが、お帰りくださいませ」


 満面の笑顔で残り二人の強面にお辞儀をする。

 あれだけのことをしておいてその顔を向ける少女に背筋が凍りながらも、二人の強面はどうにか白薔薇の男に駆け寄りその巨躯を肩で支え起こしていく。


「結城さん、しっかりしてください結城さん!」

「クソッ、てめえ何者だっ!?」



「工藤亮治、だ。覚えときな三下」



 その問いに答えたのはセミロングの赤黒髪の少女ではなく、金に汚く調子にノリやすい彼女の雇い主であった。


 ようやく理解したミラの実力に驚愕し、今までボーっとしていたその男は、ここぞのばかりに決め顔で〆にかかる。

 もちろんこんな名乗りが入るなど打ち合わせには微塵も無い。



「……あいつイキナリなにカッコつけてんだ?」

「正直呆れました。まだまだ社長の管理は必要なようですね」

「でもなんかカッコ良かったよ今のリョージ!」


 呆れる二人にはしゃぐ一人。

 レジ付近から静かに見つめる計三人とは裏腹に、野次馬と化していた順番待ちの客と軍服ガールズからは歓声があがる。

 もちろん亮治ではなくミラに、だ。


「工藤亮治……てめぇ……テメェこのままじゃ済まさねェからなッ!!」

「おい、とりあえず車まで運ぶぞ!!」


 怒鳴りながら結城と呼ばれる白薔薇の男を運び、花月店内を後にすると同時に順待ちの客が店内へなだれ込み、再び席が埋まっていく。

 ようやく花月に平和が戻ってきたのだ。



 ―――――――と、思った。



「ミラ、お前すげぇな。護衛担当ってだけはあるぜホントに」

「ふふっアリガト亮治くん。そっちも決まってたわよ?」

「いやー、一回ああいう感じに名乗って見たかったんだよ」


 二人がハイタッチを交わす。


「あのぉ~……」

「ん?」


 亮治が振り向くと、そこには思わず身構えてしまう程の顔があった。

 幼稚園児や小学校低学年の頃に見れば泣き叫びトラウマになり、成人男性でも夜道で遭遇したら確実に全力疾走で逃げ出すほどの強面。


「どちら様かしら?」


 ヒグマとも良い勝負をしそうな風貌の男の出現に、反射的にミラが亮治を護るように前に出る。


「いや自分、クドウリョウジって言う人の依頼で派遣されてきたCPUの人間なんですけど……ほらこれ」


「え」


 亮治の心臓がドキりと跳ね上がる。

 男が差し出したのは紛れも無いCPUの社員証。昨日のベリーダンスの少女や、本日の軍服ガールズも持っていたものと同じもの。

 突きつけられていく事実に亮治の頭がどんどん真っ白になっていく。

 冷静に考えてみれば、そもそも派遣依頼の際に金額をケチったため、亮治が雇った人数は”3”ではなく”1”だったのだ。


「じ、じゃあさっきの三人組みは……」


「ただの顔の怖い客ってことになるわね。あらら、加減したとはいえ悪いことしちゃったわ」


「な、なんてこったい……」


 この世の終わりのような顔をする亮治とは対照的に、ミラの口調は軽かった。




  * * *




 <おまけ>



 ミラーチェ店内。


「英理子様。たった今、定食屋”花月”に出向いていたアルバイトから報告がありました」


「向こうはどう出たの?」


「えーと、それがですね。原因はわからないのですが、どうもヤクザ屋と交戦状態に入ったようです」


「……………………え? な、なんで?」


「さ、さぁ?」

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