第二章 マルス・プミラの少女達⑦
目下の目標は親父をどう誤魔化すかだ。
そこさえ切り抜けられれば後はどうとでもなる。
見慣れた自宅の扉を前に、工藤亮治は脳細胞を活性化させながらそんなことを考えていた。
捻り出そうとしているのはもちろん、”小学生の少女四人を連れ帰ってきた挙句、数日間泊めざるを得ない状況になったこと”に対して、第三者に違和感や不信感を持たれないような素晴らしい言い訳である。
(んなもん思いつくわけねぇし、面倒だけどやっぱ親父に素直に話すか)
そんな亮治を尻目にユティー、ルート、レイヤの三人は家の前で緊張感の無い談笑を交わしていた。
「なんかこういうってワクワクするよね」
「そうか? アイツの家に泊まると考えると私は気が重いな」
若干頬を紅潮させながら話すレイヤに対し、ルートは溜め息をつきながら頭の後ろで手を組む。
「どうして? みんなで寝るのって楽しいじゃん」
「それが嫌なんだよ。というかレイヤはもうちょっと自分が女だって自覚を持てって」
「それなら社長とルートだけ別の部屋にしましょう。これならみんな一緒じゃありませんね」
「ユティーお前わかってて言ってるだろ……」
いつもの微笑を浮かべ言い放つユティーを、ルートは恨めしげに睨むのであった。
「亮治くん、ちょっと良い?」
組んでいた腕を解き、亮治が真正面から父に挑む覚悟を決めた矢先にひょこっと下から顔を覗きこまれる。
目に映る色は赤と黒。
亮治の護衛担当、アーミラ・カスペルスキーが人懐っこそうな瞳でこちらを見つめていた。
「要はお父様に見つからず私達が潜り込めれば良いんでしょ? なら私に良い考えがあるわ」
「ホントか? なら頼む。てか誤解を招くからお父様はやめろ」
「ふふっ、なら叔父様ね」
闇に溶け込む黒色のスーツを身に纏ったボディーガードの少女は軽いノリで答えると扉を開く亮治へと続く。
「よし、それじゃ任せた」
「うん任された」
・
・
・
数分後、亮治とミラはぐったりとした四十六歳の喫茶店経営者を運んでいた。
喫茶店側ではなく、自宅側の入り口から入った亮治とミラを「おお亮治、おかえり」と迎えた父に亮治が返事をしようとした次の瞬間、ミラの体は跳躍していた。
アクロバティックに宙を舞うその姿を視線で追う暇もなく父の背後に着地したミラは、そのくたびれた首筋に鋭い手刀をキメる。
ただそれだけ。たったその小学生女子からの手刀一つで、眼鏡をかけた四十六歳の喫茶店経営者の体は崩れ落ちた。
「人の親父にいきなり無言で手刀をかます奴があるか!!」
父の両腕を持つ亮治が怒鳴る。
「ごめんね亮治くん、でもこれが一番てっとり早く確実だったわよ?」
父の両足を持つミラが謝りつつも自分の判断の正当性を訴えかける。
中年を運ぶ二人の姿は傍から見ればどう見ても犯罪者のそれであった。
「確かにあの一瞬においては確実で着実で堅実な判断だったかもしれんが、まずは倫理観を優先してくれませんかね」
「でもそれじゃ守れない時があるし」
「お前はこの寂れた喫茶店で何と戦うつもりだったんだ……」
二人が動かぬ父を運ぶ先は一階の喫茶店部分とは反対側にある私室。
そのために亮治は先程から重たい体を必死に持ち上げているのだが、反対側を持つミラは対照的に軽々と持ち上げ、運んでいる。
(一体この細い体のどこにそんな力があんのかねぇ……)
人材派遣会社CPUから派遣されてきた自称ボディーガード担当。
その実力は未だ披露する場面がないため未知数だが、あのアクロバティックな動きは確かに只者ではないだろう。
亮治がそんなことを考えながら進んでいたためか、父の体は部屋に到着するまでに床や壁に度々激突することになる。
途中一度、父の横腹に家具の角がクリーンヒットした時はびくんと震え反応したが、亮治とミラは何も見なかったことにして無言のまま部屋まで運ぶと四十六歳の肉体をベッドへ放り投げ扉を閉めた。
明日は休業かもしれない。
* * *
「今朝来た時も思ったけど、きったない部屋だな」
「くさいです」
「ここに五人で寝るの?」
「んー、ならとりあえず掃除しないと駄目ね」
あらためて拝見する高校生男子の部屋に四人が多種多様の反応を示す。
ルートの言うとおり、亮治の部屋はお世辞にも綺麗とは言えず、辺りには脱ぎ捨てたままの衣服や制服、漫画や雑誌類の他にも学生鞄やら教材やらプリントやら空のペットボトルやらが散乱している。
散らかっていることには間違いないが、大体の男子高校生の部屋なんてこんなものであろう。
そんなどこにでもあるような、別段変わったところの無い部屋なのだが、他世界から来た小学生達には異性の部屋というのが珍しいようで思い思いに物色を始める。
「ホコリっぽいんだよったく……」
「なにこれゲーム機? どんな仕組みだろ。リョージこれちょっと分解して良いー?」
「ふーん、亮治くんこういうのが好きなんだ」
「勝手に窓全開にすんな分解すんなエロ本見んな」
言いながら窓を網戸にし、携帯ゲーム機を取り上げ、”THE・乳”と書かれたアダルト雑誌を机の引き出しに放り込む。
「寝る場所に関しちゃ隣に客間があるから安心しろ。というか出てけお前ら」
「社長」
「なんだよ」
「くさいです」
「さっきも聞いたわ!!」
未だ部屋の物色や片付けを続ける”マルス・プミラ”の少女達を完全に放置し、亮治は風呂に入るため脱衣所に来ていた。
「だぁーっ、やっとこの汗だらけのシャツが脱げるぜ」
上半身に纏っていたトゥエルブ指定のカッターシャツとその下に着ていた白いTシャツを脱ぎ、洗濯カゴに放り込む。
さらけ出された上半身は高校生としてはそこそこ引き締まった胸筋や腹筋をしているが、亮治は特に運動部に属しているわけではなく帰宅部である。理由は遊ぶ時間が減るからとのこと。
「ったく……なんだって俺が小学生のお守りなんざ……」
「何を言っているんですか。お守りをしているのはむしろ私達の方です」
聞こえてきたのは聞こえるハズが無い声。
亮治が黒の学生ズボンのベルトを外そうとしていた手を硬直させる。
が、隣にいた少女の服を脱ぐ動作は止まらなかった。小さな体の大部分を包んでいたサロペットスカートがストンと静かに床に落ちる。
あらわになるは小麦色の太ももと黒の少女下着。そんな今日一日隠されていた少女の部分が目に映ったところでようやく亮治は悲鳴をあげた。
「何やってんだぁーーーーーー!?」
「? 入浴の際は衣服は脱ぐものだと思うのですが」
「そっちじゃねぇよ!?」
亮治の叫びなどおかまいなしにユティーは手早く白のブラウスのボタンを外していく。
「財布は部屋なんだからこんなところまで監視しなくても良いだろ!? 出てけよ!?」
「監視ではなく管理です」
そう告げた直後、ユティーがボタンを外し終えたブラウスをためらいなく脱ぎ捨てようとしたので慌てて亮治は襟元をつまみ阻止する。
しかし、PKを止めまくるゴールキーパーもびっくりな反射神経で行ったその動作も完全には間に合わず、わずかに自己主張しているふくらみと褐色の肌に映えるピンク色の突起が目に入る。どうやら上はつけてなかったらしい。
「……出ていかねぇなら俺の体の見物料とるからな?」
「私の体も見られたのでチャラですね」
「見られたんじゃなくて見せたっていうんだよお前のは。不可抗力だ」
「冗談で言ったのに本当に見ていたんですね社長」
「お前いい加減にしないとメモリーの婆さん呼んでのしつけて突き返すぞ……」
この後の二人の脱ぐ・着ろ、一緒に入る・入らないの攻防戦は数分間続き、結局は様子を見に来たミラに連衡されてユティーが引き下がる形で幕を下ろす。
渋々服を着直し脱衣所を出ていくユティーの姿に亮治は、メモリアルが言ってた「人格に問題はない」という部分はハッタリじゃなかろうかという疑惑が浮かぶ。いずれ確認せねばならんだろう。
* * *
「はい、リョージの負けー!」
「お前ら揃いも揃ってDraw Tow持ってんじゃねーぞ!?」
「バーカ、お前が出すのをみんな待ってたんだよ」
布団の上に広げられたUNOを片づけながら時計を見ると、時刻は零時をとうに過ぎ、日付は新しいものに変わっていた。
亮治が風呂に入っている間に四人によってちゃちゃっと片づけられた部屋は、後光が差すまでとはいかないが整理整頓が行き届いていた。到着した時とは雲泥の差である。
亮治に続き”マルス・プミラ”の少女達も順番に入浴を終えており、寝間着姿で初めて覚えたUNOを楽しんでいた。
「さて、そろそろお開きにするか」
「その前に社長に話しておかなければならないことがあります」
立ち上がりベッドに寝転ぼうとしていた亮治にユティーが声をかける。
入浴後の今は二つあったおさげを解いているため髪型が黒のセミロングになっており、昼間とはまた違った雰囲気を感じさせた。
「何の話? ユティー」
「シード・ライヴにおける種族についてです」
尋ねるレイヤの後ろでルートが露骨に面倒くさそうな顔をする。こういう時のユティーの話は長くなると身を持って知っているのだ。
「社長、シード・ライヴには四つの種族が存在しています。テムシス種、ターネット種、メディアン種、キュリティ種の四つです」
「なんか覚えるの面倒そうだしその説明パスしていいか?」
始まって一分も経たぬ喋り出しの部分で亮治が流れをぶった切る。
「そういうワケにもいきません。本日に関しては私がユビキタスコンピュータを使い契約までのサポートをしましたが、私が側にいない時に緊急契約が必要になった場合、こういった知識の差が契約スピードの違いを生み、場合によっては命取りになります」
真っ直ぐと亮治を見据えてユティーが返す。
本日、学生派遣実習イベントのために召喚したサクラ客や可愛いウェイトレス、アイドル達との契約は全て、ユティーを介して亮治が行ったものである。
ユティーが推薦する人材のコストや能力と、亮治の要望を合わせて人材の選定を行った後、花月のイベントスケジュールに沿って召喚予約を組んだのだ。
ただ一つの例外は、亮治がユティーの目を盗み独断で召喚予約を行ったベリーダンスの少女。
その件のせいもあってか、亮治は真剣に必要なことだと訴えかけるユティーの言葉に折れ、話を聞く態勢に入る。
「まずはテムシス種。基本的に知識や管理、計算の能力に特化した種族です。政治家や教育者はほとんどこの種族ですね。また、医療能力にも長けているので医者や看護婦もほぼこのテムシス種の人間が担当しています」
ユティーが滑らかに言い終えるが、その説明は亮治の頭を華麗に右から左へ通り抜けていくだけであった。
「……長ぇよ! こんなんが後三つもあるとか覚えきれるか!」
「駄目です。人材派遣会社CPUの取引先として覚えていただく義務があります」
早速ギブアップ宣言するも、ユティーは真面目さ故の頑固な態度で亮治の逃避を却下する。
「まぁまぁユティー。亮治くんも疲れてるんだし」
「えっとねリョージ。わかりやすくまとめると、テムシス種はユティー、ターネット種はルート、キュリティ種はミラ、メディアン種は僕のことだよ」
すかさずミラとレイヤからのフォローが入る。
レイヤが言うように、残り三つの種族の大雑把な特徴を挙げると、
ターネット種は”リンク”の力の資質を持つ。
キュリティ種は身体能力が高い。
メディアン種は創作能力に長けている。
となる。
また、メディアン種における”創作能力”とは形あるものだけでなく形の無いものも含まれるため、亮治が雇ったベリーダンスの少女やアイドルユニット”MP3”もメディアン種に分類されるのだ。
「ということで、もし私が近くにいない時は、必要な人材とそれに適した種族を照らし合わせながら派遣依頼してくださいね社長」
「へいへい」
わかったのかわかっていないのか不安になる相槌を打つ。
もしもの時を想定しての話だが、風呂場までついてきたこの褐色肌の管理少女が、亮治の近くにいない状況など契約期間中に起こりうるのかは怪しいものだ。
「それじゃ、私はもう寝るからな」
「僕ももう眠いや……」
ルートが立ち上がり、眠たそうにあくびをするレイヤも続く。
少女らしいオレンジ色のパジャマ姿のレイヤとは対照的に、寝間着として少し大きめのYシャツに短パンという姿のルートは、首から下だけなら少年に見える。
「それじゃユティー、おやすみ」
「しっかしよくやるなお前も。せいぜい気をつけろよ。そいつも男だからな」
「ええ、ご心配なく」
亮治の部屋を出て隣の客間に移動する三人を見送り、部屋には亮治とユティーだけが残される。
亮治が寝転ぶベッドの隣にはすでに布団が敷かれており、五人は先程までこの布団の上でUNOやトランプ、人生ゲームを広げていたのだ。
「面倒だからもはやそこで寝るのは止めんが、睡眠妨害はすんなよ」
眠気がユティーへ抵抗する力に勝りつつあるのか、亮治は布団の上に座るユティーの方は見ず、ベッドに潜り込む。
「社長」
「なんだよ」
「すみません、一つだけ訂正しなければならないことがあります」
「訂正?」
「……先程、シード・ライヴには四つの種族が存在すると言いましたが、正確にはもう一つ、種族が存在するんです」
急な語りだしにベッドの中で閉じていた目を開け身を起こしユティーを見る。その表情には先程の説明の際には存在していなかった微かな”悲痛さ”と”ためらい”があった。
自分から切り出しておきながら、まるで話すのを恐れているかのように数秒間黙った後に、ユティーが口を開く。
「――――ILS種」
発せられたのは亮治が知らぬ五つ目の種族名。
「イルス種?」
「はい。そもそもこのILS種こそが、人材派遣会社CPU発足の原因でもあるんです」
ユティーは続ける。
「ILS種は私達とは異なる生命体とされていて、姿は人型を保っていないのも数多く存在します。そして、最大の特徴は私達種族の“天敵”だと言うことです」
ユティーはチラリとルート達が眠る隣室の方へ視線をやる。
「天敵? 天敵ってあの蛇に睨まれた蛙的な?」
「はい、その認識で大丈夫です。ILS種は私達を本能で襲い、私達は本能で彼らを恐れるように出来ています。実際に対面すると足が震え腰は抜ける。話にILS種という単語が出るだけでも嫌な気分になるでしょう」
パブロフの犬のような後天的反射行動や、鳥の雛などに起こる刷り込み現象とはまた違う。
生まれた時からすでに確立している本能。種族としてつくり。
そんな人材派遣会社の存在とは比べ物にならないほどの他世界ファンタジーな話に、亮治の脳裏で疑問となったままだった問題が氷解を始める。
「それじゃメモリーの婆さんが言ってた、人口に対して働き口が足りていない“とある理由”ってのは……」
「その昔、突然どこからともなく現れたILS種は私達を本能の限り弄び、犯し、殺し、蹂躙し始めました。大勢の人間が絶望し死にゆく中で、炎の国壁“ファイアーウォール”がシード・ライヴの首都を中心とした一帯に作られ、どうにかILS種の首都侵攻は免れたのですが、その代償として私達はその国壁の中でしか生きられなくなったんです」
話すユティーのトーンは後半になるに連れ弱々しくなっていく。
明かされたのは亮治が何気なく利用していた、取引先に他世界を対象とする人材派遣会社発足の真実。
「蛇口から出しっぱなしの水を受け止めるバケツからいずれ水が溢れだすのと同じってわけか。狭いトコで大勢の人間が生活すりゃそらいずれ働き口も足りなくなる」
「それでもファイアーウォールのおかげでILS種の脅威に晒されることはなくなったので、贅沢は言っていられません」
「そもそも天敵相手によくそんなもん作れたな」
「ああ、ILS種に対して対抗手段が全く無いワケではないんです」
それまでの張り詰めた空気が和らぐように、ユティーの声が明るさを取り戻す。
「先程お話した四つの種族のうちの一つ、キュリティ種。ミラのことですね。彼女達キュリティ種は逆にILS種の天敵で、ILS種を恐れないように出来ています」
「なるほど、だから護衛ってことか……」
護衛としての仕事を未だ一つもしていないダークレッドの髪の少女の笑顔が思い浮かぶ。
今のところ彼女がやったことと言えば、花月のメイドさんとこの家にいた中年の排除、後は亮治に夕食をおごったくらいである。
「……長くなりましたが話はこれでおしまいです。もう休んでも大丈夫ですよ」
ユティーがいつもの微笑を見せる。
「ならそうさせてもらうわ。ILS種ってのはお前らにとってヤバいもんけど、今はこうやって他世界で定食屋の手伝いやってるくらい安全なわけだしな」
「はい、別にILS種とどうこうするというわけではありません。知識としてILS種というものも存在する、ということだけ覚えていて欲しかっただけです」
約数十分続いた説明がようやく終わりを迎え、ベッドに腰かける亮治と床に敷いた布団に正座するユティーの間にわずかな沈黙が生まれる。
工藤家の中が静寂に包まれているところを見ると、隣室のルート達や階下の父ももう眠りについているのであろう。
そのまま特に声をかけることも無く、亮治は布団へと潜り込んで行った。
「社長」
「ん?」
仰向けの状態で天井を見上げながら亮治が答える。
「私の体を見て、どう思いましたか?」
「……は?」
「思ったことを、正直におっしゃってください」
消灯前に投げかけられた突拍子もない、意図が理解できない、そんな質問に再び身を起こす。
恐らくは風呂場でのやり取りの延長なのだろうが、何故今更蒸し返すんだと亮治は返答に困った。
正直に話してもお世辞を使っても良い結果にはならない気がしたが、亮治は一枚目の、「正直に言う」カードを選ぶ。
「……ひ、平べったかったです」
見たまま思ったままのどストレートな十二歳ボディへの感想。
てっきり張り手くらいは飛んできてもおかしくはないなと思っていた亮治だが、ユティーの態度や表情に特に変わった様子はなく、
「そうですか」
と、あっさり返すだけであった。
* * *
「五月とは言え夜中は少し冷えるなぁ……」
一階に存在するトイレへ向かうため、冷たくなった廊下を進む。
結局ユティーとのやりとりはあれで終わり、明かりを消して眠りについたのだが、その途端に尿意が押し寄せて来たためこうしてベッドを抜けだしているのである。
「亮治」
「ぅおわっ!! って何だメモリーの婆さんかよ」
自宅の暗闇から突如声をかけられ飛び退く。
現れたのは昨夜も会った長い白銀髪の老婆、メモリアル・タイムメイク。
亮治がユティー達と出会うきっかけとなった人材派遣会社CPUの最高責任者である。
「何だとは何だい。せっかく仕事の合間を縫って様子を見に来てやったっていうのに」
「会社のトップなら取引先へ訪問する際のTPOくらいわきまえろよ……」
「アンタに礼儀について説教されるようになったらオシマイだね」
やれやれ、といった感じにメモリアルが顔の小じわをさらに増やし苦笑いを浮かべる。
「しっかしそっちも大変だな。ユティーから聞いたぜ、ILS種のこと」
「ああ、アンタには結局説明してなかったね。ともかく国壁が機能してからは平和だよ。こうやって他世界相手に商売する余裕がある程度にはね」
”とりあえずのところはだが”と付け加え、メモリアルは自国の現状を顧みるように少し遠い目をする。
ISL種からの脅威はひとまずなくなっているとはいえ、就職難という新たに生まれた問題を解決するために動いている人間としては、色々と思うところがあるのだろう。
「四人は?」
「俺と違ってもう寝てるだろ多分」
自分に付きまとう褐色肌の少女、
口の悪い太もも少女、
何にでも興味を示す金髪少女、
親父を手刀で沈めたボディーガードの少女。
今日一日だけで個性豊かすぎると痛感させられた四人の少女も、今頃は子供らしい寝顔をしていることだろう。
「亮治、アンタは馬鹿で口が悪くて抜け目がなくて金に汚いが決して悪人ではないと思っているから話すが、」
「散々な言われようだなオイ……」
容赦ない前置きの割りにメモリアルの表情は引き締まったものだった。
「ウチは老若男女、素人からエキスパートまで用意していると宣伝文句では謳っているが、流石にあの歳でうちに社員登録している人間はそういない。いるとしたら、それは何か特殊な事情を抱えてるってことさ」
真情を吐露するメモリアルの瞳からは悲しみ、あるいは嘆きのような感情がうかがえた。
その話題で浮かぶのは当然、自分が派遣依頼をしたユニット”マルス・プミラ”の少女達のこと。
「ユティーやルート、レイヤやミラがそうだっていうのか?」
「……? ユティーからILS種について聞いたんだろう? ユティー自身については聞かなかったのかい?」
「なんのことだ?」
* * *
全力で階段を駆け上る。
自室へと戻るため。
部屋に一人残したユティー・リティーの元へ戻るため。
普段から上り慣れているハズの短い階段も今この時だけはやけに長く感じるのはきっと気のせいではないだろう。体感時間の問題が関係しているに違いない。
頭の中ではつい数秒前、メモリアルから告げられた言葉と、消灯前にユティーが言った言葉が壊れたラジカセのようにリピートされている。
『……ユティーはテムシス種とILS種のハーフだよ。あの肌の色はそのせいさ』
『そしてその影響からなのかは不明だが、あの子には未だ克服できていない弱点があるそれは、』
『この部屋、常夜灯はついていないんですか?』
『ああ、元からついてねーんだよ。別に寝る時ゃ真っ暗でも構わねーから良いけど』
『そうですか』
暗闇を極端に恐れる。
「お前……それならそうと言えよ……」
「社長……? どうして……?」
明かりが戻った自室では、褐色肌の少女が着布団を頭から被り小さな体をさらに縮こまらせ震えていた。
亮治のお目付け役、ユティー・リティーは雇い主の顔を見て心底安堵した表情を隠さずに向ける。
「ったく、部屋の明かりくらい言えばどうとでもなるってのに」
「すみません。社長のことですから電気代がかかる、などと仰るかと思いまして」
「言わねぇよ!?(親父が払うから) ……んで? わざわざこの部屋で寝るって言い出したのもルート達に気を使ってからってか?」
「半分くらいはそうです。明るいままだとやはり眠り辛いでしょうし、みんな優しいから決して消灯はさせてはくれないでしょう」
―――ユティーがテムシス種とILS種のハーフだとわかったことにより、色々なことに合点がいく。
最初に種族の話をした際、ILS種の話をしなかったのはルートとレイヤがその場にいたから。
ミラ以外には天敵のハズのILS種の話を抵抗なく長々と出来たのはILS種の血が流れているから。
あの意図がわからなかった「私の体を見て、どう思いましたか?」という質問は肌の色について聞きたかったから―――
「じゃあもう半分は?」
「それはもちろん社長を管理するためです」
「はぁ……」
暗闇に怯えガクガク震えていた姿はどこへ行ったのか、もう普段の調子に戻り始めている黒髪の少女に呆れ半分、安堵半分といった溜め息が出る。
「……正直、私は好きじゃないんです。この肌の色が」
ベッドに腰掛ける亮治の隣に腰掛けながら、ユティーは語りだす。
「社長がタイムメイク代表から聞いたとおり、この肌は私の半分がILS種であることを物語っています。ミラ達をはじめとして、特に気にせず接してくれる人はもちろんいますが、それでもやはりILS種という名の天敵への風当たりは強いんです」
話すユティーの顔は暗かった。
この小さな体をした十二歳の少女が、これまでどのような辛い出来事に遭遇してきたのか、亮治はあまり考えたくはなかった。
きっと暗闇を恐れるようになったのも、その辺りが関係しているのであろう。
昼間はあれだけテキパキと仕事をこなし、冷静さを保っていた少女が、今はとても弱々しく見える。
「俺は綺麗だと思うけどな、その褐色の肌」
「え?」
隣に座る亮治から出た素直な褒め言葉に思わず聞き返してしまう。
ユティーの中では亮治が肩を抱き寄せてきたり、手を握ってきたりというアクションをとるかもしれないとは思っていたが、これは予想外の反応であった。
「少なくとも俺がお前の雇い主である内は、お前の周りにお前の肌についてとやかく言う人間はいないだろうし。良いじゃんか、ここにいる間くらい忘れちまっても」
悪く言えば適当で自己中心的な、良く言えば飾らず裏表の無い、そんな亮治から出たぶっきらぼうな励ましの言葉。
「熱はないぞ」
「じゃあ何が目的でしょうか? 添い寝してくれと言われれば致し方ありませんがベッドで寝ますが」
「いらねぇよ!? というかお前は俺をどういう目で見てるんだよ!?」
「冗談ですよ」
「……お前もう寝ろ。電気は点けっぱなしで良いから」
「社長」
「なんだよ」
「ありがとうございます」
ユティーが亮治に向けた顔は含み笑いでも微笑でもなく、彼女が派遣されてきてから初めて見せた屈託のない、歳相応の少女が見せる笑顔だった。




