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第二章 マルス・プミラの少女達⑥



 駅前通りの角にある大きめの雑居ビル。

 つい先程まで建造以来、未だかつてないほどの人だかりが出来ていたそこも、今では普段の静けさを取り戻していた。


 時刻は午後九時過ぎ。


 犬塚英理子の宣戦布告でドタバタした花月店内だが、時間の経過につれ次第に落ち着いていき、午後五時十分からのインテリタイムに入る頃には店内は完全に本当の客だけになっていた。

 その後の和服美人タイムもつつがなく進み、フィナーレのライヴタイムでは三人組の美少女アイドルユニット”MP3”による店内ライヴが行われ、この日だけでこちらの世界にも多くのファンを生み出す結果となる。

 ”マルス・プミラ”の少女達との対面と、花月への遅刻から始まった慌ただしい一日であったが、亮治の学生派遣実習三日目はとりあえずの成功という形で終わりを迎えた。


 が、しかし。

 ”工藤亮治の”一日はまだ終わらなかった。




「ご、ご注文をどうぞ……ッ!?」


「ビーフステーキ定食ご飯大盛りで」

「明太子スパゲッティを」

「カツ丼とアイスコーヒー」

「ベーコンペンネグラタン!」

「焼き魚定食、あと焼き鳥の塩とタレを二本ずつ」


 オーダーを取る黒髪のウェイトレスの体は震えていた。

 まるで何者かの特殊な力で表情筋が操られているのではないかというほど無理矢理作られたひきつった笑顔。

 何故ウェイトレスの脳や体がそういった反応を示しているのか。それは目の前のテーブルに座っているお客が、今の彼女にとって最も来て欲しくない人間だったからである。


「へぇー、ミラーチェの制服似合ってんな。そういうカッコすると普通に可愛いじゃん犬塚」

「ぐっ……ぐぎぎぎっ……!!」


 怒りと羞恥で顔を真っ赤にして目の前のニヤニヤしている男を睨みつける女性店員の名は犬塚英理子。

 つい数刻前、花月にて亮治に宣戦布告した胸の豊かな少女である。


 そう、ここはレストラン”ミラーチェ”。


 野郎一人と少女四人は花月を出た後、敵情視察も兼ねて少し遅めの夕食をとるためこの全国チェーンのファミリーレストランにやってきていた。

 そこでウェイトレスとして接客に励んでいる犬塚を発見した一行は、先程の仕返しとばかりにわざわざ犬塚を名指しで呼び出し、彼女にオーダーを取らせているのである。


「というか普通、宣戦布告した直後に来る!? アンタ達の思考回路どうなってんの!?」

「うるせーな、開戦は明日ってお前も一緒に決めたじゃねーか。いいからとっとと料理持ってこい料理」

「そもそもイキナリお店に乗り込んで来た人に言われたくないよね」

「う……う”うぅぅ~~……!!!」


 自分の方を見向きもせず次に頼む品を決めるためメニューと睨み合う亮治とレイヤの冷めた態度に、犬塚は悔しさで顔を歪め渋々とキッチンへと退散する。


 亮治の言ったとおり、犬塚との対決は明日からと取り決められた。ゴングが鳴る具体的な時刻は花月の開店時刻である午前十一時。

 勝負方法は単純に実習四日目から最終日である七日目までの店の売上を競うことになった。

 ただし、両店における店の広さや席数の差から、同期間内に収容できるお客の数に圧倒的な差が出るのはフェアではないとユティーが進言し、ミラーチェは花月の二倍以上の売上を上げれば勝利、花月はミラーチェに売上を二倍以上離されなければ勝利という条件がついた。

 普通に考えればミラーチェの勝利という結果になると思われるが、今現在の花月のお客の数はミラーチェを上回っている。今後のCPUからの人材支援次第ではどう転ぶかはわからない。

 そんな宣戦布告から条件決め、店を出るまで終始堂々と自信ありげに振舞っていた犬塚も、まさか今日の内に亮治達と再び顔を合わせることになるとは思っていなかっただろう。




「社長」

「なんだ」

「お肉ばかりではなく野菜も食べて下さい」

「へいへい」


「社長」

「今度はなんだ」

「噛む回数が少ないです。健康のことも考慮して三十回は噛んで下さい」

「そんなに噛めるかよ」

「噛んで下さい」

「……へいへい」


「社

「だぁーーー! さっきからうっせぇな! 飯くらい好きに食わせろよ! お前は俺の嫁さんか母親か!?」

「私じゃご不満ですか?」

「不満しかないわ!?」

「それには気づきませんでした。申し訳ありません」

「お前絶対にわかってて言ってるだろ!?」


 白々しく微笑を浮かべながら返す隣の褐色肌の少女に亮治がフォークを持ったままの手でテーブルを叩く。


『私が”あなた”を管理します』


 あの言葉以降、ユティーはぴっとりと亮治に付きまとい、移動の時は常に亮治の三歩後ろを黙ってついていくようになっていた。

 それでいて何かあると亮治の隣までやってきて、お客への言葉遣いや接客態度、今のような食事の仕方や箸の持ち方、カロリーバランスなどを事細かに指摘指導する。

 亮治は真っ先に「これ”管理”じゃなくて”監視”だろ!?」と追尾型ミサイルの如くつきまとうこのおさげの少女にツッコミを入れたが「いいえ”管理”です」と涼しい顔で返されるだけであった。


「というかお前いつまで俺に付きまとうんだよ」

 肉汁が焼ける音がする鉄板から肉を口に運びながら、亮治は隣で明太子スパゲッティを静かに食すユティーの方に目をやる。

「もちろん社長がお金の管理を私に任せてくれるような真人間に更生するまでです」

 明太子のついた薄いピンク色の口唇を紙ナプキンで拭いながらユティーは答える。


「死ぬまで無理だな」

「介護知識も持っていますのでご安心ください」

「いや契約期間は五日間なんだから帰れよ!?」


 そんなやり取りが行われる金の亡者と他世界小学生が座るテーブルは、家族連れや若者集団で賑わう店内でもひときわ騒がしかった。

 ミラーチェ店内は軽く見積もっても花月の三倍以上は広く、各テーブルの呼び出しボタンはもちろん、ドリンクサーバーやコーヒーサーバー、スープサーバーも完備している。

 オーダーは全て口頭受けにアナログ伝票な花月と比べると、やはり相手は全国規模のレストランだということを実感することになった。



「僕は次カルボナーラ頼むけどリョージはどうするの?」

「ミックスフライ定食も捨てがたいが……やっぱチーズハンバーグ定食にしとくかな」

「どんだけ食べるんだよお前ら」


 既に三人前は食しているにも関わらず未だ注文の追加を続ける亮治とレイヤに呆れながら、ルートはアイスコーヒーのストローを咥える。

 他三人の話によるとレイヤの食べる量はいつもこんな感じとのことだが、亮治は流石に普段からこうではない。多く食べればそれだけ金がかかるからだ。

 しかし、今夜の食に関しては亮治を大食漢にさせる原因が存在していた。


「しっかし悪いなおごって貰って」

「いいのよ亮治くん。注文するなら私の白玉ぜんざいも一緒にオネガイ」

 優しく微笑みながらミラがメニューのデザート部分を指す。

 今日一日、ボディーガードとしてではなく、メイドとして働いたこのサバサバとした赤黒髪の少女は、花月の客の間でも可愛いと評判であった。

 それで気分を良くしたのか、どういうワケが亮治の食事代をおごると言い出し、言わずもがな亮治は躊躇なくこれに飛びついたワケである。


「すいませーん! そこの黒髪が綺麗でご立派なバストをした太ももがいやらしいウェイトレスのおねーさーん!」

 叫びながら亮治が店員呼び出しボタンを連打する。


「さっきからうるッッさいのよッ!!!」


 数秒もかからぬうちに黒髪が綺麗でご立派なバストをした太ももがいやらしいウェイトレスの犬塚英理子が肩を怒らせながらテーブルまでやってくる。

 その顔は先程と同じく怒りと羞恥が同居しており、荒々しく怒鳴るたびに両の胸についた柔らかなものが乱暴に揺れた。


「んで? 何よもう……会計ならレジよ?」

「何言ってんだ注文だよ注文。俺チーズハンバーグ定食追加。ご飯大盛りで。あとミラに白玉ぜんざいもな」

「僕はカルボナーラ。オレンジジュースおかわりもね」

「私はティラミスケーキを」

「いちごパフェ」


「もう帰れぇッッ!!!」


 顔を真っ赤にしわなわなと震えるその姿には「トゥエルブの第二学年において総合成績トップを誇る才女」や「大手企業の社長令嬢」としての貫禄はとても無く、叫ぶ犬塚の目にはとうとう涙まで浮かんでいた。

 プライドの塊のような少女のプライドが、ベッキベキに折られていく瞬間である。




  * * *




「ふぃー食った食った!」


 亮治が満足気に腹をさする。


 結局、閉店間近まで食べてだべっていた亮治達がミラーチェを出たのは午後十時前のことだった。

 空は夜という名の漆黒の闇に包まれていたが、ネオンという名の人工星の光のため空に浮かぶ天然星の輝きは見られない。

 辺りは雑踏で騒がしい。ミラーチェの周りにはゲームセンターやカラオケボックス、ボーリング場などの娯楽施設や居酒屋が大量に存在するため、この時間でも多くの人が行き交っていた。


「それで? これからどうするんだお前ら?」

 くるりと後ろを振り返り、この時間帯に外を出歩く姿に犯罪の臭いしかしない四人の少女に尋ねる。


「? どうするって、リョージと一緒に家に帰るに決まってるじゃん」

「は?」

 首を傾げ不思議そうに答えるレイヤの言葉に再び脳の言語理解機能が不調をきたす。


「何聞き返してんだよ。私だって嫌だけどそういう契約なんだから仕方ないだろ」

 ルートが上目遣いで睨めつけるも亮治は呆然とし、微動だにしない。頭の中にはメモリアルとの会話だけが駆け巡る。



『四人で”五日間”1000円。ユニット名は”マルス・プミラ”』

『マルス・プミラねぇ……よし、ならそれで契約するか。四人で”五日間”1000円だな?』



「ま、まさか……」

「そうです社長。私達との契約の単位は秒でも分でも時間でもなく”日”、そのままの意味で五日間ご一緒いたします」

「じゃあお前らって契約期間中は……」

「はい、社長の家に泊まります」


 絶句。


 朝起きたら見知らぬ小学生が四人いて、

 その四人が依頼していた派遣社員で、

 花月には遅刻して、

 乳のでかい犬塚英理子が襲来して、

 と、様々な衝撃を味わった一日であったが、この期に及んでまだ驚愕することになるとは流石に想定外だった。


「睡魔に負けて軽々しく契約を交わした昨晩の自分をあらためて呪いたい気分だぜ……」

「そんなこと言わず元気だしてよ亮治くん。お世話になる代わりに、明日のご飯も私がおごってあげるから」

 がくっと落とした肩をミラがポンポンと叩く。

「本当か!?」

「うん、いーよ」

 ”おごる”という言葉で即座に復活を果たした亮治にミラが慈愛に満ちた満面の笑顔を向ける。

 それだけで立ち直る現金な態度も考えものだが、それ以上に小学生に悪びれずおごってもらおうとしている高校生男児に道行く人間は奇異とした視線を向けていた。



「おい、今なら一瞬でお前の家まで連れて行ってやれるぞ」


 歩き出そうとした亮治を止めたのはルートだった。

 メイド服を着用していたミラもだが、花月では厨房着に着替えていたルートも今でも普段の服装に戻っており、変わらず艶かしい太ももをショートパンツから生やしていた。


「ん? 今朝言ってた”リンク”って奴の力が今なら使えるのか?」

「準備は済ませたからな。ここからならお前の家、花月、トゥエルブの三箇所に飛べるぞ」


 そのままルートは珍しくも自分から亮治に解説を始める。


「”リンク”ってのは謂わば”瞬間移動できる装置を設置できる力”のことだ。だから私はまず、花月にお前の家へ飛べるリンクを張った。そして次はビラ配りの時に立ち寄ったトゥエルブにお前の家と花月へ飛べるリンクをそれぞれ張る。つまり今日の最終地であるここからならお前の家、花月、トゥエルブには飛べるってわけだ」

「じゃあ今朝、俺の家から花月へ飛べなかったのは、お前が花月の位置を知らずリンクが張れなかったからってことか?」

「ああ。最後にお前の家に花月、トゥエルブ、ミラーチェへ飛べる三つのリンクを張ればひとまず完了ってとこだな」


 亮治の家、花月、トゥエルブ、ミラーチェ。

 ルートがこの四箇所にだけリンクを設置したのは当然、学生派遣実習における重要拠点になるからという考えであるが、理由は他にも存在する。


「なんでその四箇所なんだ? 便利そうだしもっと色んなところに設置しまくれば良いじゃんか」

「そりゃ張ろうと思えば大量に張ることはできるけど、張りすぎると設置者の体が重くなるんだよ。今朝も言っただろ? 色々と制約があるって」

「重くなるって体重的にか?」

「私は重くない! じゃなくて、体にかかる重力が強まるとかそういうのっ!」

 亮治からして見れば素朴な疑問だったのだが、普段のやりとりから嫌味と受け取ったルートはついムキになり的はずれな反論をしてしまう。

 それが普段のツンツンした態度と比べ滑稽で、他の少女達は思わずクスクスと笑っていた。


「それでは行きましょう。社長、どこでも良いのでルートの体に掴まってください」

 言いながらルートの服や腕を掴むユティー、レイヤ、ミラに倣い、亮治もルートの頭に手を伸ばすが、

「お前は触るな」

 どうやら体重の件で怒らせたらしく、後ろを振り向いたルートにギロリと睨まれる。

「なんだよ、頭じゃなくて太ももを掴めとでも言う気か」

「そんなとこ掴んだ瞬間セクハラで訴えるぞお前……!?」

「ほらほらリョージ、こっち」


 ボヤく亮治に向け差し出されたレイヤの手を握りると、その場にいた五人の姿は緑色の粒子とともに跡形もなく消え去った。

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