プロローグ
「あ、そうだ亮治。お前って今度、社長やるんだってな」
「は?」
数日ぶりに歩く教室へと続く廊下で聞いた台詞は声だけが耳に入ってきて内容が全く頭に入ってこなかった。
社長になると言われた少年、工藤亮治は決して成績が良いわけではないが、授業の内容でもここまで理解できなかったことは今までなかったので、学校を休んでいる間に脳の言語理解機能がおかしくなったのではないかと焦りと混乱の表情を浮かべる。
「すまん。話が全く見えないんだが……」
「え? だって職員室前の掲示板に貼りだされてた今回の実習の参加者リストにお前の名前あったぞ? うちのクラスでも話題になってるし」
「なっ!? んなアホな!?」
慌てて来た道を引き返し走りだす。
一限目の始業チャイムが鳴り始めたが、足を止める理由としてはあまりにもどうでも良い代物であった。三段飛ばしで階段を駆け下り一階にある職員室へと向かう。
スラっと長い一階の廊下の窓から見える桜並木は今ではすっかり薄いピンク一色から青々とした葉桜に変わっており、それに倣うように掲示板の貼り紙を見た亮治の顔色も青々としたものに変わる。
貼り紙にはまず”ゴールデンウィークに行われる学生派遣実習イベントの参加者一覧”という題字が太字に大きなゴシック体で描かれており、その下に五、六名ほどの名前が並んでいた。
その中に確かに存在する「2―D 工藤亮治」の文字に思わず眩暈がしたが、そのさらに下にある実習内容は亮治のメンタルを完全にノックダウンさせるには十分な内容であった。
<実習内容>
指定された法人企業や個人事業、または教育機関でのキャンペーンボーイ、キャンペーンガール兼宣伝社長として一週間奉仕貢献する
「馬っ鹿じゃねーの!?」
季節は春が終わりはじめ梅雨を迎える手前。気持ちの良い五月晴れの朝、シンと静まり返った廊下に亮治の叫び声が響き渡る。
これが全てのはじまりであった。