ありふれた探偵
「はい、躁六探偵事務所です」
「そちら、『躁六狐伯』(そうろくこはく)様が運営している探偵事務所でお間違えないでしょうか」
「はい、合っています。どういったご用件でしょうか」
「依頼をしたいので、そちらのご都合の良い日に」
「では、明日の午後にこちらの探偵事務所に来てください。お名前をお願いします」
「『影井虎威』(かげいこい)です。では午後に」
「という感じでした」
電話を受けた、躁六の助手をしている『七継黒緋』(ななつぎこくひ)は、弧伯を叩き起こし、経緯を説明した。
「私の安眠の邪魔をするとは。依頼金吹っかけてやろうかな」
探偵事務所の主である、狐伯は気だるげに言った。
「ダメですよ。久々の依頼なんですから」
「まぁ、どーせ浮気調査でしょ。適当に報告して終われば」
「そうともいかないんですよ」
「お、なにか特殊な依頼か!」
その言葉を聞いて眠気が吹っ飛んだようで狐伯は、机に身を乗り出し、真剣に聞く体制に入る。
「違います。前回の依頼とその時期は覚えてますか?」
「確か浮気調査だったよね。四人と関係を持っているときは、流石に笑っちゃったっけ。期間は、えっと二日前?」
それを聞いた黒緋は事態が分かっていない狐伯に苛立ち、声を荒げた。
「違いますよ!一週間も前です!」
「うん?そうなると?」
黒緋は肩を落とす。
「・・・生活費が底を尽きました」
「ヤバいじゃん」
「なんでそんなに余裕そうなんですか。今回の依頼は絶対に受けてくださいね」
「じゃあ依頼料ガッポリ得るために、ちゃんと調べないと。名前なんだっけ?」
「人の話をちゃんと聞いて下さい。影井虎威さんです」
それまであくびをしていた狐伯はその名前を聞いた瞬間、神妙な面持ちになる。
「・・・ついに来たか。そこの黒い本とって」
黒緋は急に変わった雰囲気に緊張しながら言われた通り本棚から本を取って手渡す。
「どうぞ。これがどうかしたんですか?」
「『ハタさん』の依頼だ」
「ハタさん?」
「情報屋でね。いつも私が死ぬ気で頑張ってギリギリ及第点の依頼を持ってくるんだ。直近だと・・・半年前のペット探し覚えてる?」
「えっと、半年前・・・あ」
黒緋はトラウマを思い出したようで、顔をしかめる。
「そう。29匹の犬探し。一匹一匹の特徴や性格を覚えて、一月間探し回った。しばらくは犬が怖かったな」
「私は学校があったから良かったですが、狐伯さんはずっと探していましたからね」
「もうやりたくないな。それで、あのお嬢様に私を紹介したのが、ハタさんだ」
「なんでハタさんだとわかったんですか?」
「ペット探しの依頼を受ける前日に犬は好きかと来ていたんだよ。そして犬について調べさせられた。犬の性格とか、それによる行動とか、色々と」
「それはやってますね。それで今回も?」
「そう。半月前に調べろと言われたよ。
それで依頼者は・・・いや、虎威さんの話を聞いてから補足があったら、やろう」
「依頼人が嘘をつくことはありますからね。そこら辺の確認のために使いましょうか」
狐伯は本を閉じ、黒緋に棚に戻すように言った。
「それよりも狐伯さん、推理とかできるんですか?」
「君、なかなか失礼な事言うね。全くできないよ!」
「ダメじゃないですか」
黒緋はその答えを分かっていたのか、呆れたように言う。
「でも、私が解決できない依頼をハタさんは持ってこないと思うんだ」
「その心は?」
「いつもそうだからさ。今回もそうなんだろう」
「女性だったんですね」
影井は開口一番言った。
「あ、すみません。失礼な意味ではなく、名前と調べた感じからてっきり女性なのかと・・・」
「よく言われますから、大丈夫ですよ。私は操六弧白。探偵です」
狐伯さんは依頼者が来た時、丁寧な口調になる。気持ち悪いとまではいかないが、どうも慣れない、違和感のある口調だ。
「私は“普通”の探偵です。どこかの小学一年生でも薬屋でも忘却者でも高校生探偵でも英国紳士でもないんですよ。至って普通です。そんな私なんかに、」
「僕は事件をどうしても解決したいんです。躁六さん」
こちらも受けなければならない事情があり、あちらはここにしか頼れないといった表情だ。茶番と言われればそれまでなのだが、渋々受けた方が依頼料を多くもらえる傾向にある。
「わかりました。概要を説明してください」
「ありがとうございます。
僕は政治家である『影井虎良』(かげいとら)の実の弟です。兄は一年前に行方不明になりました。」
「え!?あの虎良さんなんですか?」
「黒緋。気づいてなかったのか?」
狐伯は呆れたように肩を落とした。
「その時も警察に捜索願は出しましたが、あまり真剣に調査されず・・・自分でも探すには探しましたが、手がかりも見つけることができずに終わりました。
そして、二週間前に兄の遺体が発見されました。
まるで世界が止まったようでした。葬儀の時は、兄が死んだという事実だけが脳内に流れていました。
兄を発見したのは登山者で、少し休憩しようとして小屋に立ち寄り、そこで遺体を見て通報したそうです
警察の判断では、自殺。白骨化していましたが、ロープが上から垂れていて、付近にあった持ち物から身元を断定ようです」
「そうですか。警察が自殺と判断したものをどうしてほしいんですか?」
「そんな言い方はないでしょう!?」
あまりに虎威さんに失礼だ。しかし、虎威さんはあまり気にしていなかったようで構わず話を続ける。
「無かったんですよ。指が無かったんです」
「指が?」
「具体的には左手は薬指、小指、右手は中指が無かったんです。警察にも訴えかけましたが、動物が持って行ったのでは?と相手にされませんでした。でも、そんなピンポイントで持っていくことがありますか」
「まぁ、ないでしょうね。わかりました。申し訳ございませんが、個人的に気になることがありまして、どこでこの事務所を知ったんですか?」
動物が指を持って行くことはあるだろう。しかし、その事実を伝えたら、虎威さんは帰ってしまうかもしれない。そう判断した弧伯は話を合わせることにした。
「調査に行き詰まっていた時、全く知らない番号から電話がかかってきたんです。
最初は無視していましたが、あまりにしつこいので、観念して応答してしまいました。 電話の相手は
「私はハタと言います。影井虎威さんで合っていますか?ずいぶんと困っているそうじゃないですか。よかったら力になりますよ?」
「は?」
「お兄さんのことについてです。知りたいんでしょう?」
「え?」
「真相を知りたいなら、今から言うところに向かってください」
「藁にも縋る思いでした」
「あの人らしい手法だ。話してくださり、ありがとうございます。最後に個人的な質問にはなってしまうんですが、ハタさんの声は女性でしたか?男性でしたか?」
「・・・男性っぽい声でした。それが事件と何か関係が?」
「いえ、さっきも言った通り、個人的な興味というやつです」
「そうですか。狐伯さん依頼を受けてくださり、本当にありがとうございます」
「現場検証を行いたいので、明日の朝道案内をお願いします」
「わかりました。では、明日に」
虎威は安心した表情で事務所から出ていった。
「今日の午後でもいいんじゃないんですか?」
影井を見送ってから、黒緋が疑問を投げかけた。
「それもいいんだけど、どのくらいかかるかわからないし、さっき言っていたことの真偽もわからないからね」
「・・・本心は?」
「よく分かってるじゃないか。寝ていた時に依頼が来たからね。寝ておきたかったんだ」
「そうでしょうね。それでなんであの時、ハタさんの声なんてきいたんですか?」
狐伯さんはしばらく顎に手を当てた。
「・・・今回、依頼のことについて聞いた時、ハタさんの声は女性っぽかったんだ」
ーー次の日ーー
「これが元は倉庫だなんて信じられないな」
狐伯は周囲を見渡して呟く。壁や天井に穴が空き、風が通る。蜘蛛の巣が様々な所に張り巡らされて、放置期間が長いことを物語っていた。
「ボロボロですね」
「僕も初めて来ましたが、何十年も手つかずだったぽいですね」
「ここから分かることなんてあるんでしょうか?」
「・・・わからん。あそこで首を吊っていたということでいいのかな?」
弧伯さんは慣れない敬語を辞めたようだ。弧伯さんは天井を指差しながら言った。
「そうですね。警察から貰ってきた資料で言うとそこくらいになります」
影井は警察から借りた資料をめくりながら言った。
「結構高いですね。脚立でも使ったんでしょうか?」
「殺されたのは、半月前なんでしょ?当時と変わっているところもあるだろうし」
「あのぉ」
影井が申し訳なさそうに切り出す。
「なんで事件現場に来たんですか?事務所から車で二時間くらいかかりましたよね?」
影井は一見、遊んでいる様子の二人に呼びかけた。
「警察の資料もありますし、来る必要があったんでしょうか?」
「そうですよね。狐伯さん?何でこんなところに来たんですか?」
影井さんの言う通り資料がある。直接見るのは時間の無駄だろう。
「資料では見れない細かいことが見えるから」
建前だろう。実際は廃墟で遊んでみたかった思いもあったはずだ。
「黒緋。ちょっと来て」
狐伯さんが手招きしていた。しかし、目線はこちらに向いていない。どうやらなにか見つけたようだ。
「これ、どう思う?」
ネズミの死体だった。骨だけになっているから、正確な数はわからないが、十は越しているだろう。
「なんのためにこんなこと・・・」
「知らない。だけど、これだけ数があるんだから、好き好んで殺したとしかいえないね。まだ、他の死骸があるかもしれない。探して」
「そういえば、容疑者はいるんですか?」
「容疑者はいません」
虎威はその質問に即答する。驚いている黒緋を尻目に狐伯は納得したように頷く。
「兄は政治家ですから。どこで恨みを買っているかわかりません。恨みを買っていなくても容疑者を絞られないことをいいように使う輩もいるでしょう」
「つまり、同条件ということですか?」
「はい、特別恨みを持っている人は兄の近くにはいません」
あれだけ断言したのだから本当にいないのだろう。
なにか見落としていたことでもあるのだろうか。
「そろそろです」
虎威さんから倉庫を出るように指示が出た。もうそろそろ帰らないと、夜が更けてしまう。夜の森はなにがあるのか分かったものではない。
「わかりました」
「了解~」
返事をしつつ、高台から降りる。
「はぁ」
山から帰ってきて黒緋を送り届けた狐伯は小さく溜息をついた。
収穫は謎の死骸だけ。容疑者は犯行現場に行くことができた全人類。単独犯か複数犯かさえわからない。
他に何をすればいいのやら。何か見落としている?
ーー次の日ーー
「昨日寝てないですよね?」
学校が終わり、事務所に来た黒緋はそう断定した。
「どうしてわかったの?」
「目元の小さなクマもそうですが、何より長年の勘です。」
「長年ってほど、ここにきて長くないでしょ?」
私が助手になったのは、二年前くらいだ。
「まぁそうですが、私が帰った後、何かしていたんですか?」
「情報収集だよ。警察はなかなか手強いね。」
「え!?警察のところへ行っていたんですか!?」
「そうだよ。虎良さんも連れてね。門前払いされそうになったけど、虎良さんが経緯を説明してくれて、入ることはできたんだ。」
「でも、そこまで時間は掛かんなかったはずですよね?」
「入るまではよかったんだ」
「すみません、狐伯さん。長くなりそうだったら、先に休まれてもいいですよ?」
「気遣いには感謝するけど、忘れないうちに最後まで語らせてほしい。あと、眠るつもりもない。すぐに用事が来るはずだから。」
言い方に違和感を覚える黒緋だったが、疲れているのだろうと割り切った。本人が語らせろと言っているのだから、聞くことしかできない。
「人手が足りないみたいで、資料を探すのを手伝ったよ。」
「そういえば、虎威さんも倉庫の時に資料を持っていましたよね?」
「そうそう、持ってはいたんだが、全部ではなかったようで、とりあえず現場の資料だけ貰ってきたらしいんだ。だから、全部の資料を請求したよ」
だが、近くにそれらしい資料は無かった。
「その資料はどうしたんですか?」
「そこなんだよ、私達が苦労したところは。事件当時の資料を部外者が外に持ち出すことはできないらしいんだ」
考えてみれば当たり前だ。紛失や傷ができたら、たまったものではない。
「でも、倉庫の資料は持ち出せましたよね?」
「ある程度は、持ち出し可だそうなんだが、少し量が多かったようで、持ち出し禁止になった」
重量制限のようなものがあり、持ち出せなかったのだろう。狐伯さんは苦い表情をする。
「それで、警察で中身を全部見てきた」
「徹夜の理由はそれでしたか・・・収穫はありましたか?」
「その中に虫の死骸が散乱している写真があった」
「それって」
「そう。昨日のネズミと同じ。十数匹の死骸が一か所に集められていた」
「でも、それが?」
「なんか引っ掛かるというか、なんかもやもやするんだよね」
そこで、事務所のインターホンが鳴った。
「さっき言った、用事が来たみたいだ。黒緋、通してあげて」
「はい」
落ち着いた声で狐伯は黒緋に言う。黒緋は、こうして事務所の玄関を開けるのは久しぶりだなと感じながらドアを開けた。
「どうも」
やや長身の男性が立っていた。普通よりも少し痩せているのだろうか。長身であるのにもかかわらず、威圧感はそこまでない。
「どうぞ、中に」
男性は黙って頷くと、靴を脱ぎ、揃えてから、入っていく。
「久しぶり?になるのかな?」
「そうだね。ずいぶん久しい」
事務所で二人が対峙する。黒緋は助手らしく、狐伯の後ろに黙って立った。
「そっちの娘は初めましてかな?」
「そうだね。黒緋は初めましてだ。紹介しよう。私の父である、『躁六蠍苦』(そうろくさく)だ」
「え!?」
「よろしく頼む」
黒緋は事態もわからないまま、差し出された手を握る。
「どうして、そんな人がここに?」
「愛娘に会いに来るのに、理由が必要かい?」
「本当に愛していたら、理由はいらないだろうね。で、なんで来たんだい?」
手持無沙汰なのか、はたまた狐伯さんの言葉に失望したのか、蠍苦さんは火をつけないでタバコを咥えた。
「今日は、助手ちゃんがいるからな。未成年の前ではタバコは吸わないようにしてるんだ」
「聞いてもいないポリシーを勝手に喋らないでくれないかな?私の前ではタバコなんて吸わせないよ」
「冷たいこというなよ。さて、本題に入ろう。昨晩ハタという人物から電話があった」
それを聞いて狐伯さんは机に身を乗り出す。
「食いついたな。そいつがいうには『ずいぶんと苦労しているようだから、一つ助言をあげよう。君に推理は期待していない』だそうだ」
それを聞いた狐伯さんは、大きくため息をついた。
「はぁ。自分に推理ができないことくらいわかっているつもりなんだけどね。推理しないんだったらこんな事件どう解決するのさ」
狐伯は、答えが返ってこないとわかっているのか、独り言のように呟いた。
「ハタさんと話してみてどうだった?」
「特には。普通だったよ」
「本当に?」
念を押す。こういう時は絶対に嘘をつく。
「嘘で押し通そうとしたんだがな。無理だったか。そうだな〜。少し懐かしい感じがしたかな」
「そうか。ハタさんの声はどうだった?」
「どうって?」
「えっと、声のトーンとか、男性ぽかったとか、女性ぽかったとか」
「中性的な声だった。どっちかっていったら、女の声だったな」
「そう」
少しの沈黙のあと、頭の整理がついたのか、放心していた狐伯さんの口が動く。
「少し考える。二人とも帰ってくれないかい?黒緋は、明日また来て」
ーー次の日ーー
「なんですか、これ!?」
学校が終わり、事務所に入ってきた黒緋はその惨状を見て叫んだ。
事務所にあるものをすべて床に広げたようだった。比喩などではなく、実際に足の踏み場もない。黒緋が散らかっているものをかきわけつつ進んでいくと、奥で誰かがタンスを漁っている。
「誰ですか?」
右手にスマホを持ち、いつでも警察を呼べるようにしておく。人影はタンスを漁るのをやめ、ゆっくりとこちらを向く。
「ん?」
その姿を見た時、黒緋はビンタをしようとしたが、足場が悪いのに加え、その姿を見た安心感からビンタは弱々しい音になった。
「あ、えっと、すみません」
「黒ちゃんどうしたの?こんな夜中に」
「こくちゃん!?そんな風に私を呼んだことありませんでしたよね!?どうしちゃったんですか!?」
黒緋は狐伯の目の下に大きなクマがあることから、ずっとなにかやっていていたのだろうと推察した。
「言ってくれれば、手伝ったのに。ずっと何を探していたんですか?」
「・・・」
黒緋を確認した狐伯は、またタンスの中身を引っ張り出す。
「一回、やめてください」
「そうだね。少し休憩しようか」
狐伯が疲労のあまり倒れそうになったところを黒緋はギリギリでキャッチする。気絶した狐伯を黒緋はベットに寝かせる。
「せめて、通れるようにはしておこう」
ついでに掃除も少ししようと決意した黒緋は早速作業に取り掛かる。
狐伯が目を覚ます。荷物は端によせ、通路を作ったが、何を探しているのか分からない黒緋は片付けることはしなかったようだ。
日はすっかり落ちていて、黒緋はソファで寝ていた。
「お疲れ様です」
黒緋は、まだ眠そうに目をこすりながらいう。
「親御さんに電話は?」
「してあります。どうせ、このくらいの時間になるだろうと予想していましたから」
「良い判断だ」
「それで何を探していたんですか?」
「これだ」
狐伯さんは机の上にアルバムを置き、ページをめくっていく。
「ここに映っている女の子が犯人だ」
「!?」
驚きのあまり、声が出ない。質問はたくさんあるが、まずは。
「どうして犯人だと?」
「犯人だと言ったのは、冗談。それと暗い話になってしまうと思うけどいいかな?」
「この展開で明るい話なわけないと思っていましたから、大丈夫です」
「ありがとう。
私が中学生の頃、隣のクラスでいじめが起きた。
最初は、小さくて幼稚なものだったよ。だが、少しずつ規模が大きくなっていった。
ついには、私のクラスでもいじめが起きた。標的は私ではなく、隣の女の子だった。
その子とは幼稚園の頃から一緒だったんだが、あまり喋る機会もなくて、気にも留めていなかった。が、いじめの二次被害にあってね。むかついたから、主犯格の女子をぶん殴った。
そこで、授業のチャイムが鳴ってね。その子『天笠雨機』(あまがさうき)は、『ありがとう。お礼はあとでするから』とだけいい、席についた。
その授業中、先生が息を切らしながら、私を呼びに来た。
母が亡くなったらしい。
父はすぐに迎えに来た。
私は気が動転していて、それを聞いただけでは涙が出てこなかった。が、母の顔を見て涙がこみ上げてきた。
その日を境に父の実家に帰ることになり、雨機と顔を合わせることはなかった」
色々思うことはあるが、一番気になることは
「なんで今その話を?」
「昨日電話があったんだ。『明日会えないか』とね」
「え?」
「それに続けて、『真相を知りたいなら、今から言うところに向かってください』だと」
「それって」
「虎威さんが言っていたハタさんの文言と同じ。あの人は良くも悪くも情報屋でしかないみたいだ」
狐伯さんは車のキーを握りしめ席を立つ。
「さぁ行くよ。私の母校へ」
「ハタさんのほうから連絡があったのか、事件のことについて何か知っているのか。何はともあれ、ハタさんとの関係は聞き出さないと」
「そうですね」
少しだけ手が震えていた。
「緊張してる?大丈夫、話を聞くだけだって」
「そうですよね」
夕暮れ時ということもあり、肌寒くなっていた。着いたのは『砂城中学校』。狐伯さんの母校である。
「黒緋はここで待ってて。犯人とかが聞けたら連絡する。警察に通報して」
「わかりました。あとこれ、私の代わりだと思って持っといてください」
黒緋はお守りを渡した。
「ありがと」
狐伯さんは神妙な面持ちで車を出て行った。私はスマホを見た。そこには、いつものホーム画面が映る。何の変哲もないその画面に、私は釘付けになる。
「大丈夫」
自分に言い聞かせるように呟く。祈るようにスマホを握った。
どんなに少ない確率でも、可能性は捨てきれない。
久しぶりの母校だった。大きく変わったということはない。雨機がいるとしたらやはり校内だろうか。いや、大人が学校の校舎に入るのは簡単ではない。校舎内はないだろう。
常に入れて、人目につかない。そんな場所・・・一つだけあったか。
狐伯が向かったのは、校舎裏。そこには一人の女性が座っていた。長い事何かを待っていたのか、空を眺めていた。
こちらに気付いた女性は笑顔で大きく手を振ってこちらに来るように手招きした。
「待っていたよ。狐伯ちゃん。久しぶりだね」
雨機はなにを知っているのだろうか。
「久しぶりだね。雨機は同窓会には来なかったから、中学以来だ」
もしかしたら犯人の名前なんかを知っているとか?
「さっそくだけど、本題に入ろう。ほい」
雨機が唐突に袋のようなものを投げる。落としそうになったそれをギリギリキャッチする。
「何これ?」
「記念品。開けてみればわかるよ」
指の骨だった。ちょうど三本。
「左の薬指、小指、右手は中指だっけ?細かくは覚えてないな」
一気に心拍数が増す。頭の中は疑問符だらけで、何も言えない。
「警察への連絡も禁止ね。大丈夫。話をしたらすぐに自首なりなんなりするさ。隣に座ってよ」
「分かった」
頭の中の整理はつかないまま、雨機の話が始まる。
小学校の頃だったか。指を動かしている時の神経の動きが気になった。それからずっと指を観察して、動きを見ていたが、時間が経つにつれ中身が気になった。
そこで自分の指を切るほど狂っていなかったが、虫ならばいいのではないか?
そう思った時には、カマキリを捕まえ、椅子に座っていた。至福の時間だった。今になっては雑な解体だったが、当時はそれで十分だった。
解体が終わった。素晴らしい時間だった。至福とも言える時間で、小学生ながら何回も解体の作業をつづけた。
段々と解体が物足りなくなってきた。否、なにかが足りない。それに気付いたときから、いろいろなことを試したがわからなかった。
理科の実験のとき、男子が質問したときがあった。
「なぜ、実験をするのか」
結果が知りたいのであれば、本などで調べることもできる。教科書にも答えが載っている。わざわざ調べる必要はないのではないだろうか。
「事実の確認だけなら、教科書の説明だけでいい。だけど、事実を確認したあとに実験で確認する。それが理科の醍醐味であり、座学メインでもいい理科の楽しみなんだよ」
先生はそう理由付けた。
そこで閃いた。足りないと感じていたのは、名称や方法が合っているかわからなかったからではないのか?
その後の行動は早く、本などで虫の生態や器官の名称、構造を調べていく。それらが分かっていくたびに、早くそれが本当なのか調べたくて仕方なくなっていった。
解体だけであったのなら、死体でもよいはずだ。そう思った時に、試しに死体を解体してみた。だが、そそらなかった。
なぜここまで興味が惹かれないのか。その後、大量に死体の解体をしてみて、分かったことがある。どうやら、生物が生きるためもがき苦しむところに興奮するようだ。
生物が生物らしく必死に逃げようと、生きようともがき、苦しむ。そんなところを見るのが、好きなようだ。
中学生で蛙の解剖があった。気を付けてはいたんだが、そこで口元が緩んでいたようだ。それが理由で私はいじめられた。最初は平気だったんだが、後処理が大変でイライラしていた。そんなある日、水をかけられた。少し緑がかっているところから見るに、プールの水だろう。
わざわざ汲んできたのだろうか。そう思うと少し笑える。
後処理にうんざりしていると、横から拳が飛んできた。いじめの主犯格であろう女が吹っ飛ぶ。殴った拳の先には一人の女子が拳を鳴らしていた。
「何してくれてんだよ!?」
吹っ飛んだ女の仲間であろう一人が、吹っ飛んだ女を起こしながら叫んだ。
「あ?」
それだけ言って殴った女は席に座る。
「てめぇらが私の鞄汚したのが悪いんだろうが」
女の鞄を確認するが、汚れなどは付いていなかった。
見ていることに気づいた女がウインクする。庇ってくれたのか。感謝する必要は出てきたが、それ以上に鬱陶しかったからありがたい。
「感謝する。だが、お礼の品を持っていないのでな。放課後に何か買おう」
女、『狐伯』は黙って頷き、授業が始まるのを待っていた。そのあと、血相変えた先生が入ってきて、狐伯を連れて行った。次の日でもいいかと思っていたが、次の日狐伯は転校した。
別れの挨拶も無しに。
関係も浅い、狐伯も直に忘れる。いつものように虫の生体や解体に映ったが、中学で突然の転校ということもあり、学校中で噂になっていた。様々な憶測が飛び交っていたようだ。
趣味は継続したまま、そのあとの中学、高校は何事もなく過ぎていった。そのころには狐伯のことなど頭から完全に抜けていた。
大学は虫などの生物を研究できるところに入った。そこである教授に言われたことが人生を大きく変えていく。
「僕も生物の解剖が好きでね。雨機くん。人体に興味はないかい?」
人体、人の体。人を解剖することなど考えもしなかった。教授の話を詳しく聞いていくと、
「君は頭が良いから、医者になってもいいんじゃない」
とのことだった。
「私は虫一筋で、人のことにはそそられない。すまないが、他を当たってくれ」
話は断ったが、興味は消えない。なぜ今まで思わなかったのだろう。始まりも自分の指だったはずなのに。日がたつにつれ、人を解体したくなってきた。だが、医療に行くことは考えられない。医療とは速さが求められる仕事だ。私はゆっくりと観察したい。その人が痛みに苦しみ、生きようとしている姿が見たい。生物本来の感情を見たい。
欲求は日を追うごとに増えていく。調べ物をするたびに人体のことを調べてしまう。気になる。確かめたい。自分の知識があっているのか。
その欲求を抑えることができなかった。
ずっとやってみたいことがあった。愛しい人に裏切られた時、人はどのような反応をするのか。
大学で私でも好きになってくれるような人を探した。
名前は『影井虎良』という。将来政治家になるつもりのようだ。
そんな彼を私は応援した。少しづつ、私も彼に惹かれていった。彼のまっすぐなところや目的のために頑張っているところを見ると応援したくなる。
そんな彼だが、政治家になり世間では誹謗中傷にあっていた。彼自身はよくあることだと流していたが、かなり傷ついていたはずだ。
そこから段々政治家の仕事が板についてきた頃、私の計画が動きだした。
まずは拉致、倉庫に監禁。椅子に縛り付けた。私も被り物をし、変声機で声を変え、正体がバレないようにした。
文化を奪い、自由を奪い、動きを封じる。それだけでは、絶望のみになる。だから、少しの希望をチラつかせる。もしかしたらこの地獄から、出られるかも。儚い思いを植え付ける。それを見ている時が、その希望に向かっている時が、一番生物として輝いている。
希望の見せ方は簡単だ。ミスをすればいい。不定期にドアの鍵を閉め忘れる。助けになりそうなものを置いていってしまう。露骨過ぎるのもいけないので、塩梅が難しいが、楽しかった。
拷問のやり方がわからなかったので、最初は爪を剥いでいくことにした。虎良の絶叫が倉庫に響く。至福だ。笑い声を上げそうになったが、なんとかおさえる。
楽しい日々はあの時まで続いた。その時までは虎良の目も生き生きとしていた。ある日、虎良はミスを犯した。致命的なミスを。
考えた。ここで見逃した方が楽しいのではないだろうか。しかし一度許してしまえば、繰り返す。そして、私もまた許してしまう。その繰り返しではここまでやってきた意味がなくなる。それだけは許してはいけない。
私は虎良を殺すことに決めた。だったら最期まで楽しんでいこう。
遠くからサイレンの音が聞こえる。
「虎良!!」
勢いよく、ドアが開き、女性が一人入ってくる。虎良にとっては一番聞きたかった声だろう。
「雨機?」
耳を疑ったが、間違うはずがない。雨機の声だ。良かった。もしかしたら、犯人は 雨機のことも狙っていたんじゃないかと心配していたんだよ。そんな言葉が安心出てこない。
「こんな傷だらけで・・・すまん。私がもっと早く来てさえいれば」
これが幻でも、幻覚でも感謝した。が、縄を必死にとろうとする雨機の体温が彼女が幻覚でなく、生きているのだと告げる。
虎良は雨機の肩を借り、倉庫から出ようとする。
サイレンの音が段々と近くなってきた。もうすぐ出られるのか。あの地獄のような日々から、やっと。
「気づかないか・・・」
そう耳元で聞こえると同時に視界が暗転する。
次に目覚めた時は、虎良はまた縛られていて、目の前にはいつもの被り物をした誘拐犯が立っていた。
「答え」
被り物をとったその姿は雨機だった。さっきのが本当で、こちらが夢?
「え?」
虎良の頭は、疑問と恐怖に埋め尽くされる。だが、頭の痛みが夢でないことを告げる。
「いい顔だね。さすがは私の恋人だ。最期だからネタばらししておくね」
雨機はスマホを取り出し、サイレンの音を鳴らした。
「さっきのは、試したんだよ。あれだけ長い時を過ごしたんだから、気づいてくれるかな?って。でも、虎良は気づかなかった。気づいたら逃がそうと思っていたんだけど」
そう言いながら雨機は、ナイフを取り出し、腕の血管を避けながら、縦に切り込みを入れていく。
「あぁ!?!?!痛いぃぃ!!」
「骨が傷つかないようにしていかなきゃいけないのが、大変なところだよね」
雨機は笑っていた。無邪気に。悪魔的に。
今まで習ったことの集大成といっても過言ではない。最高傑作だ。物質に残さなくてもこの体験が私の脳内から消えることはないだろう。
後処理は丁寧に、一つ一つ真心を持って行った。解体の時に取れてしまった指の回収も欠かさずに。それがきっかけで捕まることはあるだろうが、この体験を忘れないためにも持っていようと思う。
それからいつもの生活に戻った。一度道を踏み外したものは何度も踏み外すというが、私はあの体験以上のことはできないと知っている。もう一回あの体験ができたら。と思わない日はないが、あの場、あの瞬間だったからこそできたことだと知っている。
平穏という言葉が正しいだろう。事件が取り上げられることもなく、時間が過ぎていく。だが、あの日、あの日々だけは色褪せることなく、鮮明に覚えている。
昨日電話が掛かってきた。知らない番号だったが、検索をかけても何もヒットしなかったので、面白半分で出てみることにした。
電話の相手は『面白いことをしないか?』と、呼びかけてきた。私はそれに乗り、指示に従いながら、君の行く場所にヒントを散りばめていった。
その工作をしている時に思い出したが、『ハタ』という伝説の情報屋がいるらしい。どんな情報でも知っているが、姿形はどこにもない。
「ほとんど答えみたいなのやったのに、全然、わかんないっぽいし、警察はいつ動き出すかわかんないしで、ネタバレすることにしちゃった」
雨機が立ち、大きく背伸びをする。
「これからどうするの?」
それを聞いた雨機は溜息をつく。
「だから自首しに行くんだよ。本当に推理ができないね。いや、推理ではないか」
ハタさんから聞いたのだろう。
「待て」
私は雨機を引き止め、スマホを取り出す。
「悲しいな。元クラスメイトの言葉を信じないなんて。それにあの時みたいに助けてもくれないんだね。ヒーローみたいでかっこよかったのに」
「殺人鬼の言葉を誰が信じる?それにあの時は一般人だったから助けただけだよ」
誰にでもできることだよ。勇気さえあればね。そう付け加えた。
「これで会うのが最後になるから言っておくけど、狐伯ちゃんみたいな凡才の凡人が探偵なんて名乗らない方がいいよ」
「そんなこと言われずとも分かってるよ」
だが、やるしかないのだ。自分に向いていないとしても、才能が無いとしても。
「そっか。それじゃあね。才なしの凡人探偵さん」
凡人探偵か・・・酷い言葉だ。しかし、私を表すにはピッタリのそんな言葉でもある。
「終わったよ」
黒緋は安堵したようにため息をついた。
「どんな話をしたんですか?」
帰り道で経緯を説明した。
「ではまた」
「じゃあね」
えらく混乱していたから、頭の整理がつくのは明日になりそうだな。
中学の時とは違い、明日、明後日にはまた会えるだろうから、別れ方は淡泊なものだったが、それが妙に安心した。私も事務所にかえって、今日の出来事を頭の中で少し消化してから、寝た。
布団の中がすごく安心して、疲れていたこともあり、すぐに寝ることができた。
さて、まだ謎は残っている。ここまで来たら、最後まで回収しないと落ち着かないだろう?凡人なりの締めくくりといこう。
私はある番号に電話を掛けた。
「・・・」
電話の向こうでは無言だったが、つながったことが奇跡だと思っておこう。てっきり掛けてくると思ったよ。とか、言ってくるものだと思ったが、そうではないらしい。
いや、電話に出た時点で言っているのと同じか。
「物語の締めといこうじゃないか?『ハタさん』」
電話の相手は伝説の情報屋こと、ハタ。終わりとしてこれ以上ない相手だろう。
「あなたの正体がやっとわかったよ」
「・・・」
無反応だが、それでいい。
「あなたの正体は『躁六魔凪』(そうろくまな)、私の母親だ」
「・・・」
無音だ。しかし私は、お構いなしに続ける。
「あなたは、元々裏の情報屋だった。が、家庭を求め、躁六蠍苦と結婚。娘を産んだ。しかし、それによってミスを犯してしまった。自分の娘や夫に被害が及ぶことを恐れたあなたは、自分の葬儀を開いた。代役を立ててね。それで、情報屋の仕事は続けつつ、今まで通り正体を隠すことに成功した。
だが、一ヶ月前、あなたの所にある依頼が届く。それは娘のクラスメイトだった。情報屋としての仕事はしたが、娘の元とはいえ、クラスメイトを野放しにはできなかったあなたは、警察が事件のことを発覚した時に、虎威さんが依頼してくるだろうと読み、私が依頼を解決できるように導いた。そうですね?」
「・・・」
何の音も鳴らなかった。推理には色々な穴がある。ただ、依頼を回してきただけかもしれないし、伝説が付くくらいの情報屋なのだ。全然関係ないかもしれない人かもしれない。
推理が合っているのかは、ハタさんのみが知る。
電話は私が切るまで無言だった。
凡人探偵 完




