第11話 マイティ・ソー
狐坂総合病院の上空。
月を背に、二つの異形の影が対峙していた。
「で、あんた名前は?」
サマエルは血布のようなマントを揺らしながら、ニヤリと笑う。
白い長髪を風に踊らせ、朱色の艶やかな着物を纏う女。
その背に広がるのは――圧倒的な存在感を放つ、白銀の九尾。
耳は鋭く、顔立ちは日本的でありながら神秘的な妖艶さを纏っている。
「……玉藻と名乗っておこうかの」
声は澄んでいるのに、どこか底知れぬ力を孕んでいた。
サマエルは目を細め、口角を吊り上げる。
「そのほうがいいじゃねえか。……好みだ」
「ふふ……では、もし勝ったなら妾の婿にしてやろうぞ」
そう微笑む玉藻は、まるで男をからかう狐そのもの。
「出し惜しみはせぬぞ!」
サマエルが両手を広げた瞬間、闇を裂くように無数の光弾が展開される。
それは砲弾の雨のように玉藻へと撃ち放たれた。
「遅いわ!」
玉藻は白い袖を翻すと、手にした小槌を振りかざす。
――ズンッ!!
一閃。
空気すら悲鳴を上げる轟音とともに、小槌が空間を裂きながらサマエルへ襲いかかる。
「おいおい……! そりゃ反則だろっ!」
サマエルはとっさに身を捻ったが、
ガンッ!
避けきれず胸を直撃。
そのまま“く”の字に折れ曲がり、病院の駐車場に激突する。
「ぐっ……! やべぇな、こりゃ」
地面を抉りながら立ち上がるサマエル。
しかし小槌は引力に導かれるように、彼を追撃してくる。
「って、これ……! まさかのムジョルニアかよ!」
慌てて飛び退くと同時に、空中へ魔法陣を無数に展開。
そこから再び、光弾の砲撃を浴びせかける。
だが――
玉藻はひらりと九尾を翻し、小槌を軽々と振るう。
光弾は次々と弾き飛ばされ、夜空に散る火花のように消えていく。
「やりにくいったらねぇな……!」
サマエルは舌打ちをしながらも、次の一手を練る。
病院の真上――
妖艶なる九尾と、血布を纏う魔神が、空を舞台に熾烈な魔法戦を繰り広げる。
だが、決定打はまだどちらにも出せない。
膠着した夜空は、まるで次の一撃を待つ観客のように、張り詰めた静寂を孕んでいた。
そのとき、地上で――。
「止めてください!!」
──彩花の、震えるような大声だった。
夜空で火花が散る瞬間、どちらの攻撃か判別できぬまま、無数の光弾の一つが彩花の方へ向かってくる。
「やばっ」──サマエルは反射的に飛び降り、彩花を抱き寄せた。
光弾は二人の背を叩き、炎のような光が背中をかすめる。
だが次の瞬間──。
ズシッ!!
小槌が容赦なくサマエルの背を貫き、重い衝撃が走った。
「ぐはっ」──彼はそのまま音を立てて地に倒れ込む。
玉藻は冷ややかに空中を舞い降りる。
「勝負あったようじゃな」
その足許に寄れば、陽子と伊奈、そして白く小さく震える彩花。
「おやめください」彩花の声はか細いが、強い。
「彩花、やめなさい」陽子が静かに促す。
玉藻はふっと鼻で笑い、朱の袖をたなびかせる。
「彩花よ、そこを退くのじゃ」玉藻の声には、命令の翳りがある。
彩花は体を震わせながらも答える。
「す、すみません……で、出来ません……」
声は小さく、それでいて揺るがない覚悟がそこにあった。
「妾に逆らうのかえ」玉藻は含み笑いを浮かべる。
彩花は俯き、小声になるがなお決意がにじむ。
「す、すみません。ご、ごめんなさい。で、できません」
玉藻は彩花の耳元に囁いた。
「この男と一緒に死ぬ気かの?」
その囁きは甘く、冷たく。彩花の身体は一度、ふるえた。
「彩花!!今すぐ──」陽子の声が割り込む。だが玉藻は片手を上げて遮る。
「お主は黙っとれ!」玉藻が陽子を睨むと、たちまち空気が張りつめる。
彩花は目を閉じ、胸に手を当てて深く息を吸った。
「は、はい。死ぬなら……この……」
そして、まるで天を突くような声で叫ぶ。
「この人と一緒がいいです!! それで死ねるなら本望です!!」
その叫びに、瞬間、場の空気が凍りついた。彩花の瞳には静かな光が宿っている。
玉藻は小槌を振り上げた。刹那、冷たい時が走る。
「じゃあ、殺してやる」──その声に、世界が応えた。
だが──。
悪魔の姿のままの一人の声が、彩花を守るように響いた。
「彩花ちゃん」
彼は呻きながら、それでも身体を張って彩花を抱きかばう。
小槌はそのまま一人の肩をかすめ、近くの地面に深く突き刺さった。
土煙が舞い上がり、静寂が訪れる。
玉藻は肩をすくめ、興醒めしたように言った。
「ふん、興がそれたわ。彩花、その男、自力でものにせいよ。出来なんだときは、お前を殺す。しばしの猶予を与える」
陽子は「お祖母様」と返し、言葉を震わせる。
玉藻はわずかに翳りのある笑みを見せ、言葉を続けた。
「妾は帰る。久しぶりに面白いものを見れたしの」
空間が再び歪み、玉藻は時空の裂け目に溶けるように消えていった。
翌日――祓川高校・映画研究部の部室にて。
床の上に正座させられた一人。
その首からは無情にもプラカードがぶら下がっている。
『僕は、息を吐くように新しい女をつくるダメ人間です。』
部室内には、深いため息と冷たい視線が充満していた。
永遠は腕を組みながら、もはや諦め顔で言う。
「うん……もうこれお約束だよね。」
澪は頬を押さえつつ、じっと一人を見据える。
「もう……なんだろう。洗脳しようか?女嫌いにするとか?」
りりは首をかしげ、反省の色を浮かべていた。
「監視体制が甘かったよね。少し反省だね」
亜紀は机をドンッと叩いて、怒りを隠さない。
「中学生って……もう何も言うことないわ!どうすんのよ、これ!」
伊空は苦い顔をしながら、静かに言う。
「私もこれは、かばえないよ。ごめん」
そんな中で、真っ赤な顔をしながらも彩花が口を開いた。
「一人さん。これからよろしくお願いしますね。」
その瞬間、部室の空気が凍りつく。
澪が信じられない、といった表情で彩花を見た。
「あんた、これ見て、それ言えるの!!すごいメンタルだわ……」
場が静まり返るなか、一人は心の中で、いつもの悪魔・サマエルと会話をしていた。
(一人:……これどうします? 逃げようと思えば、いつでも逃げられるじゃないですか? もう自由じゃないですか? 僕が言うことじゃないけど)
(サマエル:まあな。でもよ、俺さ、前に自分のわがままで、嫁たちに迷惑かけたからよ。もうあんな思いはしたくねえんだ。いいさ、女のわがまま聞くのも男の度量だぜ)
(一人:それ、いい感じで言ってますけど……都合が悪くなったら僕に引き継ぐの、やめてください)
(サマエル:いいじゃねえか。俺とお前の仲なんだし。それにだ――女作ってんの、お前の人格のほうだぞ)
(一人:うん……なんでか僕のほう…なの……かな……)
一人は深いため息をつきながら、首のプラカードが妙に重たく感じるのであった。
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