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第10話 アウェイク

病室。


 一人の前に立つのは、ナース服姿の伊奈と、落ち着かない様子でモジモジする彩花。

「では、これに着替えてくださいね」

 伊奈が差し出したのは、薄緑色の手術着だった。


「手術前に食べ物食べてよかったんですか?」と、わざとらしく尋ねてみる。


「まあ、今回は緊急ですし。……あんまり関係ない場所ですから」

 さらりと答える伊奈。


 彩花は、何か言いたげに唇を噛みしめていたが、結局うつむいたままだった。


 ベッドに寝かされ、マスクをあてがわれる。

 鼻腔に広がるのは、甘ったるい麻酔薬の匂い。



 ――ああ、これはやばいやつだ。


 そう思った瞬間、視界が暗転した。



 場所は手術室。


 並び立つのは狐坂女医と、艶やかな白髪を揺らす美貌の女医――「お祖母様」と呼ばれる存在だった。


「意識はないようじゃな。……では、始めようかの」


 その声とともに、床・宙・天井に浮かび上がる五芒星。


 赤く輝き、ゆっくりと回転を始める。


 お祖母様は祝詞のような声で唱えながら、懐から小槌を取り出した。


「……もしや、それは」狐坂が息を呑む。


「ふふ。打ち出の小槌よ。伝説の宝具じゃ。パラシュラーマとか、ミョルニルとも呼ばれておる」


 そして、一人の胸に向けて振り下ろした瞬間――。


 パァンッ!!


 何かが弾け、空間そのものが揺らぎ、歪んだ。


「……終わりじゃ」

 五芒星がすっと消える。




 その刹那――。


「あゝ、助かったぜ」

 唐突に、一人が目を開いた。


 が、それは「一人」ではなかった。


 黒い闇が全身を覆い、血を浴びたかのような暗赤色に染まる。


 その上を青いラインが脈動し、頭部には巨大な双眸と隈取のような光が浮かぶ。

 背からは裂けた血布のようなマントがたなびき、鎖が鎖骨を軋ませては金属音を響かせる。


 ――サマエル。


 拘束具を引きちぎり、手術台から悠然と立ち上がる。


「じゃあ帰るわ。世話になったな」


「待ちなさい」陽子が声を張る。


「ん? なんだ?」


「このまま帰すわけないでしょ。……うちに来なさい」


「悪いな。俺、妻帯者だからさ。あんまり嫁に心配かけられねえんだ」


 その瞬間、手術室の壁や床に次々と五芒星が浮かび上がり、鎖が飛び出してサマエルを縛り上げた。

「京都に来てもらうわ。婚礼の準備があるの、婿殿」陽子の唇が艶やかに笑む。


「彩花か……いい子だけど、俺にはもったいねえわ」


「そうかそうか。なら、少し脈があるじゃろ。娶れば良い」お祖母様が頷く。


「ごめん、やっぱ帰るわ」

 ギリリ、と鎖を引きちぎる。


「……ならば実力行使じゃな」お祖母様は小槌を構えた。


「おいおい、“お祖母様”とか呼ばれてるけど……多分俺のほうが年上だぜ? それに彩花、いくらなんでも年下すぎるわ」


「なんと。熟女が好みか! 陽子でも良いぞ。なんなら親子二人まとめてでも構わん」


「……」

 サマエルはため息をつき、腰を落とす。


「これ以上は話しても埒があかねえな。邪魔するなら、やるしかない」


「力づく――嫌いではないぞ」

 お祖母様の小槌が妖しく輝く。


 サマエルは口角を吊り上げ、血布のマントを翻した。

「……上で待ってるぜ」


 次の瞬間、影のように掻き消えた。




 その頃、祓川高校 映画研究部 部室でも――


 カタカタ……。


 古びたエアコンの音と、部室、独特の匂いが漂う映画研究部の部室。


 永遠とわみお、りり、亜紀、伊空いそらの五人がソファや机に思い思いの姿勢でくつろいでいた。



 だが――その瞬間。


 ――パァンッ!!


 まるで見えない風船が弾けたかのような衝撃が、部室を満たす。


 空間が揺らぎ、壁が一瞬だけ水面のように波打った。


「……今の、何か弾けた?」

 永遠が目を細める。

「たぶん、制約が……」


「――ああ。こっちもだ。解呪された。どうやったんだ?」

 澪は腕を組み、難しい顔をしている。


「うん、私も感じる。契約が……解除されたみたい」

 りりは両手をぎゅっと握りしめ、不安そうに答えた。


「病院に行く」

 亜紀が短く言い放ち、次の瞬間、りりと共に霧のように姿を消す。


「私たちも」

 永遠と澪も伊空も同時に立ち上がり、駆け出していく。


 残された部室には、まだ空間の“歪み”の余韻が漂っていた。


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