表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/128

第9話 お前のものになんてならない

月永さんの目から光が消える。まるで、スクリーンで観たあの狂気のシーンをなぞるかのように。


そして低い声で、冷たく言い放った。

「来るよね。断るわけないよね?」


空気が、一瞬で張り詰める。


その圧は冗談でもからかいでもない。彼女の影が、夜道の街灯に伸びて僕を覆い尽くしていくような錯覚を覚える。


「……はい」

気づけば、僕は頷いていた。拒否など許されない雰囲気に飲み込まれて。


「よし」

再び彼女の笑顔が戻る。まるでさっきの暗い気配など幻だったかのように。


「じゃ、行こっか。こっちだよ」

そうして僕は――月永さんのマンションへと連れて行かれることになった。


胸の鼓動が止まらない。


これはデートの続きなのか、それとも――なにか別の始まりなのか。


――これ、タワマンじゃないか。


しかも最上階。


エントランスからエレベーターに乗り、静かに昇っていく間も心臓の鼓動は止まらない。扉が開いた瞬間、別世界が広がった。


「いらっしゃい」


「お、おじゃまします……」

(女の子の家に入るとか……人生初なんだけど!)


玄関をくぐった瞬間、違和感に襲われた。すごく綺麗なのに、なぜか落ち着かない。生活感がなさすぎるのだ。まるで人が住んでいないモデルルームに足を踏み入れたみたい。


「まあ、そこに座って」

「あっ、うん」

ふかふかのソファに腰を下ろすと、視線の先には百インチはあるであろう巨大テレビ。シアタールームのようなリビングで、僕は居場所を見失いそうになる。


時刻はすでに深夜。彼女が紅茶を差し出し、僕の隣に腰掛ける。肩が触れそうなほど近い。いや、触れてる。

「なにか観ようか?」


不意に囁かれた声は、甘く艶っぽい。体温が一気に上がるのを感じる。やばい、完全に勘違いしそうだ。

テレビを点けるとサブスクの画面が立ち上がった。彼女がわざと耳元で囁く。


「このままさ……朝までね」

(まずい!理性が崩れる!……なにか、気を紛らわせる映画を……!)


僕が選んだのは――

「ジャスティス・リーグ」


「……あのさ」

ジト目でこちらを覗き込む月永さん。


「これで朝までしのごうって? いくらなんでもヘタレすぎじゃない?」


僕が手を震わせながら選んだのは、ザック・スナイダー版ディレクターズカット。上映時間、四時間二分。

「いや……面白いし……長いし」


「ふふ……でもさ、もう逃げられないよ?」

彼女は笑いながら、僕に抱きついてきた。腕が絡みつき、耳元に吐息がかかる。


「こういうの初めてなんでしょ……任せて、ね?」

耳から脳が犯されるような感覚に、理性がガリガリと削れていく。


「こ、こういうのは……付き合ってから……」


彼女はさらに顔を近づけてきた。鼻先が触れ合うほどの距離。瞳が赤く輝き、まるで獣のような光を帯びている。

――【私たち、恋人じゃない】


直接、頭に響く声。


意識が揺らぎ、思わず口が滑る。

「そうだよね……恋人、だもんね……」


唇が触れ合おうとした、その瞬間――



バリーンッ!


窓ガラスが派手に吹き飛んだ。強風とともに侵入してきた影が、鋭く叫ぶ。

「この泥棒猫がぁぁ!!」


飛び込んできたのは、白雪しらゆき みお。青い髪をなびかせ、大きなとんがり帽子を被っている。手には箒を握りしめていた。


「くっそ! いいところで……このクソ魔女がぁ!」

月永さんが歯ぎしりしながら立ち上がる。


「彼は返してもらう」 

澪は僕の肩をがっちり抱え込む。月永さんの腕の中から強引に奪い取られる。


「はっ! こいつは私のもんだ! 帰れ、魔女!」


「違う! 彼は私だけのもの! お前のものになんてならない!」

澪の足元から光が走った。次の瞬間、僕たちは空に舞い上がっていた。いつの間にか、彼女の箒にまたがって。



(いやいやいや……マジでハリポタ!? こんな展開アリかよ!!)


地上のタワマン最上階が、どんどん小さくなっていく。月永さんの赤い瞳が、窓際でぎらりと光った。

「待てえぇぇ!!!」


夜の都会を背景に、魔女と吸血鬼のような女の戦いが、僕を巡って火蓋を切ったのだった――。


☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。


今後もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ