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最終話 人外の彼女たちが僕をめぐって〜 僕に拒否権は?

 放課後のマンション。


 玄関のドアを開けると、いつもの声が奥からぬるりと流れてきた。


「あっ 帰ったんだ〜 おかえり〜」


「あ、ただいま〜」

 そのやりとりだけで、世界は今日も元に戻る──そんな気がする。


 玄関からキッチンへ続く廊下には、どこか落ち着いた日常の匂いが漂っていた。


 洗濯機、食器、誰かがさっきまで動いていた証。安心の証でもある。


「ねえ、あんたさ〜、出かける五分前に食洗機のスタートボタン押しといてねって言ったよね? なんでそのくらいのことができないわけ。帰ってきて洗えてないとびっくりするのよ。小学生でもできるよ」


 亜紀は早速、いつもの調子で小言を降らせる。

 だが、その声はきつくも優しい。


「はーい……」

 一人は素直に返事をする。


「まあ、いいや。ご飯できてるから」

 それだけで亜紀の顔がほころぶ。家庭料理の温もりが食卓を満たす。


 テーブルには、ご飯、味噌汁、ぶり大根にマカロニサラダ。


「いただきま〜す」

「いただきます」

 箸をつければ、ぶり大根の味は染みていて、心がふっと緩む。


「相変わらずおいしいね」


「ふふん、もっと褒めてもいいのよ」亜紀は得意げに胸を張る。



 横から澪が淡々と返す。


「流石だな。明日は何にするかな」


「わたし、とりあえずカレーとかでもいい? このレベルの家庭料理とか、無理」伊空が控えめに申告する。


「いいんじゃない」と永遠は献血パックをチュウ、と吸いながらあっさり賛成。


「ほら、僕が作る日もあるから……なんか合宿みたいでいいよね」と一人。


「澪のマンションの各部屋をみんなで借りて住むことはいいんだけど、食事はみんなでする必要ある? これすると家庭感薄れて、新婚気分が味わえないんだけど」亜紀がふと漏らす。



「食事は二人でするのがいいのか? どうせみんなの分作るなら、みんなで食べた方がいいのか? そこはおいおい見直してもいいかもな。確かに家庭感ない」

 澪がクールに分析する。


「たぶん、まとめて作る方が楽だよ。ローテーションで五日に一回しか作らなくていいし」伊空が真顔で現実的プランを出すと、永遠は無言のままパックを吸っている。



「まあ、せっかく食べるなら、自分の分を僕の部屋に取りにきて持って帰るのは味気ないよね。みんなで食べようよ」一人が柔らかく提案する。


 亜紀は作法のように首を横に振った。



「夜はもうベッドに来ないでよね。担当日があるんだから」


「明後日はりりの家に泊まるんだろ? 忙しないな」澪が呟くと、それぞれが小さな計画を膨らませる。




「魔法でさ、一人を分裂させて、みんなで分けるとか? できないわけ?」永遠は軽口混じりに提案する。



「それ考えたんだよ。どちらかと言うと科学だね。クローンだろ。成功したらオリジナルはもらうぞ」澪がちゃっかり宣言する。


「オリジナルは私も欲しいよ」亜紀。


「共同研究者の私にも権利あるよ」伊空。



 永遠は無言のままパックを吸い続けるが、目はどこか愉悦に光っていた。

(まあ、そうなったら強奪すればいいか…)


 食卓の端で、こっそりと茶碗を持ち上げる一人。

(僕の人権は……どうなってんの?)




 食事が終わると、担当日以外の者は各々の部屋へ散っていく──という“ルール”を、この家では、取決めていた。




 だが実際のところ、現実はそう簡単ではなかった。



「この高校生って設定だと、課題とかで意外と二人の時間がないんだよね。なんとかならない?」と亜紀がテキストを広げながらぼやく。


「高校やめるしかないだろ。私、もう何十年もしてるから楽勝だけどな」澪は淡々と切り捨てる。


「一人先輩、ここわからないんで教えてください♡」伊空がひょいと寄ってくる。


「ああ、ここね」と一人は指を滑らせる。教える手つきは自然でさりげない。


 澪が小声で呟く。「本当は、わかってるんだけどな……」


「一人が高校卒業するまでは仕方ないかな?」永遠がクールに解析する。


「出来た。風呂入って寝る。でもその前に洗濯しなきゃ」

 主婦モードで亜紀が独り言



 寝室だけは、二人の空間──それが取り決めだ。

 

 だが、結局は夜中まで課題をやってしまい、布団に入るのは深夜になる。




 翌朝。



「おはよう」一人がまず起きる。


「おはよう、ご飯できてるぞ」澪の声。朝は穏やかだ。


 食卓には、ご飯、味噌汁、卵焼き、納豆が四人分並ぶ。

 四人で向かい合い、「いただきま〜す」を唱和する。


 遅れて現れた永遠が冷蔵庫の扉を開け、献血パックを取り出してすする。

「うーん やっぱり0型だね」


「おはよう」みんなが返す。少しずつ、この光景が当たり前になっていく。



 それから各自の部屋に戻り、いつものように登校の準備をする。


「あっ、忘れ物した! ごめん、取りに帰る」と言い残してマンションへ戻る伊空。



 ランドセルを背負ったりりと途中まで一緒に登校する場面も、ささやかな日常の一コマだ。


 亜紀の隣には一人がいる。


 二人の少し先を、永遠、澪、りりが横並びで降りていく。打ち解けた雰囲気が漂う通学路。



 歩きながら亜紀が囁く。

「ごめん。一人、少しサマエルと変わってもらっていい?」


「いいよ」一人はすんなりと頷く。


「それと、サマエルと内緒の話するから、耳塞いでてね」亜紀はにやりと笑う。


「うん」一人の返事は短い。


 すると、足音と空気が少し変わる。サマエルがふと口を開いた。


 声はいつもより低く、ちょっとだけ色気を帯びている。



「あのさ〜ナアマとエイシェトとリリスも、こっちにいるんでしょ?」と亜紀ことアグラットは顎を突き出し、前を行く永遠、澪、りりを見やる。


 問いは、からかいと観察の混じった軽い口調だ。



「よく、わかったな。魂を検知したのか?」サマエルはあっさり。

 だが本当にサマエルの声であるかのような一瞬の威圧が通り過ぎる。



「そりゃ わかるわよ。あの子たち、わかりやすいじゃない?」亜紀はさらに顔を寄せる。

 匂い立つ自信と愛情が混ざっている。



「なんの話だ?」と一人(=サマエル)は本気でキョトンとしている。



 少し時間が流れ、二人は立ち止まる。


 横を過ぎる高校生の群れに、どこか景色が変わったように映る。




 亜紀が視線を鋭く前方に向ける。

「あのさ〜、あの三人って、ナアマとエイシェとリリスの転生体じゃないの?」と唐突に投げる。



「今、リリスのパワードスーツ、こっちに向かってきてるぞ。この前、サミー起動させたから、そのログ辿ってな」とサマエルの声が冷たく走る。



 その瞬間──



「えっっっっっっっーーーーーーー!!」と亜紀の叫びが、朝の通学路に木霊した。



 声は鋭く、予感は重い。周囲の風景が、一気に色を失うように感じられた。






人外の彼女たちが僕をめぐって〜 僕に拒否権は? 「ないね」「ない」 「ないよ」「ないわね」〜  


ー完ー











 別の世界の空の上――



 青と黒が交じる果てしない高みで、一筋の飛行機雲が静かに伸びていた。


 黒光りする塊が、空を引き裂くように滑空している。


 近づいて見ると、それは全身を鉄と装甲で覆ったパワードスーツだった。


 装甲の継ぎ目からは冷たい蒼い光が漏れ、風を切る音さえ金属質に響いた。


「サミー、あの会話記録の声、本当にアグラットで間違いないの?」

 装甲のコクピット内から、低く艶のある女の声が降る。



「はい。会話の波形と声紋を突合いたしました。発言者はアグラット・バット・マハラト様と判定されます。」

 スピーカーからは丁寧すぎる人工知能サミーの声が響く。



「なんだって……あの女、私に断りもなく、新しい妻を迎え入れたってこと?」

 女の口調に、刃物のような棘が混じる。



 言葉の一つ一つが、アームドスーツの外殻にまで伝わる空気を震わせた。



「詳細はログに記録されていますが、事実であると確認できます。」

 サミーは淡々と応える。



「裏切りやがって……待ってろよ!」


 装甲の接続部に刻まれた紋章が淡くまたたき、次元を穿つ準備を告げる。


 空間がぐにゃりと歪んだ。ほんの一瞬、世界の縫い目が裂ける

 

 黒い巨体がその裂け目へと滑り込み、金属と闇が溶け合うように消えた。

☆最後まで、読んでくださり、感謝いたします。


ストーリー展開としては、最終話です。

もしかしたら、続きを書くかもですが…


何日か?お休みをして今後は、各EP回を掲載予定です。



今後もよろしくお願いします!



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