閑話休題 嫁会議
あの大立ち回りの翌日――放課後。
映画研究会の部室。
古びたソファと丸テーブル、その真ん中に「戦犯」のように一人が座らされ、周囲をぐるりと囲むのは澪、永遠、りり、亜紀、そしてイゾルデ。
澪が手をパンと打ち鳴らした。
「じゃあ、始めるわよ」
一人の背筋に冷たいものが走る。
「今回集まってもらったのは他でもない――一人の今後の扱いについてよ」
さらりと告げる澪。
「現在、一人は私と永遠とりりの所有となっている――」と言いかけたその時、
「異議あり!」と亜紀が勢いよく手を挙げた。
「違うわよ! 私はサマエルの妻なんだから、一人は私の夫よ!」
「ちょっと待った。私は一人に“体の関係が先だけど、僕のことは好きにしてください”って言われてるし、サマエル様には“俺の女”認定されてるんだけど?」
イゾルデが自信満々に胸を張る。
「いや、そこなんだよ」澪が低く切り込む。
「私が好きなのは“一人”であって、サマエルじゃないのさ」
「うん」永遠が頷く。
「だねっ」りりも同意。
「私はどっちも愛してるわよ」亜紀は笑顔で即答。
「私も」イゾルデも当然とばかりに返す。
「……同じって言うけど、別人のような気がするんだよね」永遠が首を傾げる。
「じゃあさ」亜紀が指を鳴らす。
「それぞれの日に好きなキャラ呼び出せばいいじゃん!」
「……あの〜僕のプライバシーって、どこにあるのかな?」一人が恐る恐る挙手。
「呆れた。まだプライバシーなんて言うの?」永遠がジト目で刺す。
「あんたのプライバシーって◯◯◯◯する時間でしょ。どんだけ獣欲強いのよ。ほんと獣ね。わたしたちで満足できないって」
「病気だね。依存症だよ」りりが小首を傾げる。
「これ、一人なの? それともサマエルなの?」と澪。
「多分、一人だよ。サマエルって意外にタンパクだもん」亜紀が断言する。
「大丈夫よ!」イゾルデが勢いよく身を乗り出す。
「一人の劣情は私が全部受け止めるから! ねっ、一人!!」
「……あっ、またポイント稼ぎに走ってるよ」澪が目を剥く。
「うわ〜、前はこんな女じゃなかったのに〜」亜紀も呆れる。
「膜、捨てた代わりに面の皮が厚くなったのね」永遠が毒を吐く。
「いや、それ!! 言い方!!」一人が頭を抱えた。
「話それたけど、そもそも――あんたたちの中で“嫁”として、一人の生活支えられるの、私と澪くらいしかいないじゃん」
と、亜紀が冷静に断言する。
「大丈夫だよ、きっと私でも……」
永遠がにこにこと笑うが、
「無理」
と即座にりり。
「……あんたが一番無理」
と澪がさらに畳みかける。
「ないわ〜。また、一人病院送りにする気?」
と亜紀まで追撃する始末。
「わ、私、出来るけど」
控えめにイゾルデが挙手する。
「そうか?!干物女のお前が、急に男が出来たからって、いきなり“嫁”になれるのか? 背伸びしないほうがいいと思うぞ」
と、澪は辛辣すぎるコメントを浴びせる。
そんな中で、りりが急に無邪気な声を上げた。
「えっ、一人、うちに婿入りするから、愛川家で同居だよ。ママもいいって!!」
「ママは良くても……パパ大丈夫なの? しかも、サマエルだよ。この前まで殺りあったんだよ?」
亜紀が突っ込む。
りりは胸を張り、涼しい顔で言う。
「そこはね、お嫁さんとして、きちんと“躾”をするよ。ちなみに我が家では、ママが黒って言ったら白いものでも黒なんだ。だからパパの気持ちは関係ないんだ。家訓だからね。それは私も受け継いでる」
どや顔のりり。だがその家訓、明らかに恐怖政治。
「言っとくけど、同居まじで大変だから。いろんな女が取っ替え引っ替え毎晩やってくるし、寝不足になるから」
と亜紀がさらりと爆弾を落とす。
「誰よ? そんなことするやつ」
永遠は無自覚に首をかしげる。
「…………………………」
場の空気が一瞬で凍りついた。全員が目を逸らす。
こうして、永遠・澪・りりの「一人派」と、亜紀・イゾルデの「中立派」による牽制は延々と続いていく――。
一方、そのやりとりを見ていた当の“一人”と、彼の中に潜むサマエルは、呆れたようにぼやいた。
「俺の派閥がねえじゃねえかよ」
「うーん……その方が良くないですか?」
「だな。……まあ、お前大変だな。しばらく俺、控えめにしとくわ。よろしく」
「えーーーーーーーー!?」
一人の悲鳴だけが虚しく響いた。
――会議は踊る。
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