第74話 エンドロール
夜空を裂くように、二つの影が交錯していた。
レヴィとサマエル――光と闇がぶつかる度に、轟音が響き渡り、観衆の息を呑ませる。
「行くわよ!」
レヴィの声が合図となり、稲妻のような速さで間合いを詰める。拳、蹴り、肘打ち――嵐のごとき連撃がサマエルを襲う。
「ちっ、速すぎるっ!」
必死に捌き、身をひねって躱すサマエル。
しかしその額には汗がにじみ、口元には苦い笑みが浮かぶ。
「くっそ……近接戦闘は、分が悪すぎる!」
距離を取ると同時に、両手を広げ、光弾を雨のように撃ち放つ。
空に幾つもの閃光が生まれ、次の瞬間、地を揺るがす爆音が轟いた。
――その頃、地上では。
「モルガディア! 起きなさいよ!」
リリスが必死に体を揺さぶる。
「うぅ……ん……」
震動に目を覚ましたモルガディア――否、澪は、瞳を開き、状況を飲み込もうとする。
「い、今どうなってんのよ!」
「サマエルとママが戦ってるの! お願い、手を貸して!」とリリス。
「わかったわ……永遠は?」と澪が問えば、背後から低い声が響く。
「ここにいるわよ」
永遠が姿を現し、澪の目を射抜くように見据えた。
「また……新しい女を作ったのよ。しかもあんたの親友であるイゾルデを。ふざけるにも程があるわ」
澪の顔が怒りで紅潮する。
「うそでしょ……ほんとに、灸をすえないとね」
リリスが口角を吊り上げる。
「お仕置きの時間だね」
三人の瞳に、怒りの炎が灯る。視線の先、上空ではサマエルとレヴィが未だ激突を続けていた。
「業火よ、燃え尽きろッ!」
サマエルが両掌を掲げ、燃え盛る炎をレヴィへと叩きつける。
「レヴィ!」
遠くから声が飛ぶ。振り返れば、そこにはドラコの姿が。
「いいところに来たわね! 手伝いなさい!」
「……うむ。我は戦略的撤退を選ぶ! 逃げるのではない、立て直して再び挑むのだ! では、さらば!」
翼を翻し飛び去っていくドラコ。
「逃げるなーーーッ!」
レヴィの絶叫も空しく、影は遠ざかっていった。
「……あー、もうお約束だな」
サマエルが肩を竦める。
「最初から数に入れてなかったけどね!」とレヴィが言い放った瞬間――。
「よそ見してんじゃないよ!」
アグラットが割り込み、レヴィに一撃を浴びせる。吹き飛ぶレヴィ。
「余計な手出しはするな!」
サマエルが怒鳴る。
「タイマンの最中だろうが、カッコ悪いだろ!」
「……すまねぇな、レヴィ」
「まったく、あんたってやつは」
二人が再び睨み合い、仕切り直そうとしたその時――。
「いい加減にしろッ!」
怒声が響き渡った。
永遠が、澪が、りりが、三方向からサマエルを睨み上げていた。
「私の親友にまで手を出す気なのね?」と澪。
「一人のくせに生意気なのよ……もう一度、教育してあげるわ」と永遠。
「義理の母親に手を上げるなんて……お嫁さんとして、きっちりお仕置きするからね」とりり。
三人は同時に、所有紋を輝かせ、誓約の呪文を紡ぎ始める。
大気が震え、地が唸る。
「な、なんだこれは……ッ! 体が……動かねえッ!」
サマエルの身体が硬直し、抗う間もなく、雷鳴のような衝撃と共に地へ叩きつけられた。
――怒りを抱いた三人の詠唱が、戦場の空気を完全に支配していた。
1時間後——グランドにて
冷たい夜風が吹き抜けるグランドの真ん中。
そこに、正座で鎖にぐるぐる巻きにされた男が一人。
サマエルこと、一人。
その周囲を、永遠・澪・りり・亜紀・レヴィという最強の“鬼嫁カルテット+審判”が、腕を組んで取り囲んでいた。
「僕は、嫁と婚約者がいるのに、新しい女を作るクズ男です」
とプラカードが首に掲げられている。
——完全にお約束スタイル。
「お前ら……むちゃくちゃだぞ!」
声を荒げるサマエル。
「いいや、無茶苦茶なのはお前だ!」と永遠が切り返す。
「婚約者の親友に手を出すって、女癖悪いとかそういう次元じゃないのよ。もはや事件」
「ほんとそれ」澪も畳み掛ける。
「どういう神経してるわけ? 普通に考えたら“人としてアウト”よ」
「そこは私も聞きたい」亜紀が怒りを隠さず前のめりになる。
「嫁に手出さないで!? なんで新しい女つくるのよ。しかもイゾちゃん、私の友達なんだけど!?」
りりが両手を腰に当てて呆れ顔。
「もう病気だよ。重症。入院レベル」
「ふふ……」とレヴィが肩をすくめる。
「これ、一人君なの? それともサマエルなのかしら」
「これは一人だ! 俺は関係ない!」とサマエルが必死に否定する。
すかさず永遠が眉を吊り上げる。
「はぁ? さっきまで“同じだ、どっちも同じだ”って堂々とほざいてたでしょ?」
「そ、そんなこと言ってない!」とサマエル。
「嘘までつくのね……」レヴィは空を仰いで深いため息。
「サタン、聞いてるでしょ。これ、どうするのよ」
すると空間が揺らぎ、宙に巨大モニターが出現。
そこにはニヤけたサタンの顔が映し出される。
「どないもこないも、男女のもつれは干渉せんで」
「いや、そういうのじゃなくて!」とレヴィが即ツッコミ。
「今回のサマエル討伐、どうすんのよ!? そっちに引き渡しとかしないからね。だって一人君、この子たちの所有物だし」
「ほな、しゃあないなぁ〜」とサタンがケラケラ笑う。
「そっちで決めぇや。煮るなり焼くなり好きにしたらええ。今回はノーコンテストやな! いや〜盛り上がったわ、ええもん見せてもろた」
そう言うなり、画面はぷつりと消えた。
「……というわけで」レヴィが両手を叩く。
「この人、どうするかは私たちで決めるのよ」
そこへ、砂煙を上げながら駆け込んでくる影。
「はぁ……はぁ……!」
イゾルデだ。
彼女はそのままサマエルに飛びつき、必死に抱きしめる。
「みんなお願い! 私はどうなってもいいから、この人だけは許してあげて!」
その真剣な顔に一瞬沈黙が走るが、次の瞬間——。
「……はぁぁぁ!?」
澪が額を押さえ、代表するように吠えた。
「ここで“愛に免じて許してあげて”とか! なるわけないでしょ! びっくりするわ、あんたいつからそんな“ポイント稼ぎ系あざと女子”になったのよ!」
「ほんとだよ」亜紀が頷く。
「処女じゃなくなったら、そうも変わるの? びっくりだわ」
永遠は冷えた目でサマエルを睨む。
「いい感じに終われると思ったら大間違いだからね」
りりが顎に手を当てて真剣に言った。
「監禁しといたほうがよくない? もう新しい女とか作らないようにさ」
「ちょ、ちょっと待て!」サマエルが慌てる。
「……あっ、やべ、そろそろ交代の時間だった。またな!」
そう言うや否や、黒い影が霧散する。
鎖に縛られたまま、残されたのは——普通の一人。
「え……ええええええええ!? この状態で引き継ぐのぉぉぉ!?」
悲鳴がグランドに木霊した。
——こうして、戦いは幕を閉じたのであった。
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