第71話 アイアンマン(3)
――だが、この場で誰よりも衝撃を受けていたのは、他ならぬイゾルデ自身だった。
「はぁ、はぁ、はぁっ……!」
胸が波打ち、視界が白く滲む。息が追いつかない。
過呼吸。全身が震え、指先が痺れ始める。
すると、ヘルメットの内側に映し出されたモニターから、優しい男の声が響いた。
「奥様、過呼吸気味です。一度、息を止めて――吐くことに意識をおいてください。会話も有効ですよ」
――サミー。
その冷静な促しに従い、イゾルデは必死に呼吸を整える。
数秒の静寂ののち、かろうじて震えが収まっていった。
落ち着きを取り戻した矢先――。
「……サミー。久しぶりね」
眼前に立つアグラットが、氷の刃のような声を落とした。
パワードスーツの外部スピーカーから、人工知能は丁寧に応じる。
「はい。お久しぶりです、アグラット奥様」
「教えてほしいわね。なぜイゾルデが、あなたを使えるのかしら?」
アグラットの声には、抑え込んだ怒気が滲んでいた。
モニターが僅かに明滅し、サミーは淡々と答える。
「はい。起動条件は――【イゾルデ様、同意の基、サマエル様に乙女を捧げた】ゆえに、です」
「……なっ!?」
アグラットの顔が険しく歪む。
「イゾちゃん! あんたが処女だったことも驚きだけど、よりによってサマエルに“乙女を捧げた”? どういうことなのよ!」
怒気を隠さず、怒鳴りつける。
「――いい? 後で必ず説明してもらうからね!」
そこへ、血に塗れた肩を抑えながら、レヴィが歩み寄る。
その眼差しは痛みと苛立ちに揺れていた。
「それ、私も聞きたい。……なんで私の“親友”の腕輪を使えるのか」
突き刺さる視線に、イゾルデは言葉を失う。だが次の瞬間、震える声で呟いた。
「……ごめん。一人のところに、行く」
そして光の尾を引き、高速移動で視界から消えた。
――同時刻。
爆風の余波に巻き込まれたリリスとモルガディアは地面に倒れ、意識を手放していた。
「……さて。続き、やろうか」
アグラットが静かに言葉を紡ぐ。瞳の奥には、烈火のような闘志。
「――あんたを、一人のところになんて行かせない」
レヴィは肩の痛みを押さえながらも、苦笑めいた吐息を漏らした。
「……仕方ないね」
しかし同時に、思念で仲間へ呼びかける。
(誰か……急いで“一人”のもとへ。イゾルデが封印を解きに向かうかもしれない……!)
その警鐘を聞き取った者が、ひとり。
「すでに、やつの眷属か……!」
ドラコが低く唸り、瞳を爛々と輝かせる。
「一旦休戦だ! 一人のところへ行く。お前も来い!」
「ふふん」永遠が肩をすくめる。
「――でも、覚えておきなさい。この勝負、私が勝ってたからね」
荒れ果てた戦場に、新たな火蓋が切られる。
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
後、数話で最終話です。
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