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第70話 アイアンマン(2)

 ヘルメットの内側に、鮮やかな光のモニターが浮かび上がった。


 次いで響いたのは、優しげで落ち着いた――けれど人ではない声。


『初めまして、“奥様”。私の名はサミー。

 Synthesis Assistance Magic&Enchantment Lend System――

 統合補助魔法貸与システム【SMAEL】の人工知能です』



「お、奥様……?」

 イゾルデは呆気に取られたまま瞬きを繰り返す。


『奥様の魔力量により作動しております。残り稼働時間――五分四十秒。

 お急ぎください。自動戦闘モードで対応してもよろしいですか?』


「な、なにこれ……? えっ……は、はい……!」


『了解しました。眼前の敵――殲滅まで、およそ二分二十秒』

 次の瞬間、イゾルデの身体が勝手に動いた。



 鋼鉄のスーツに包まれた両腕が閃光を放ち、怒涛の光弾が夜空を切り裂く。


「――っ!」

 レヴィの瞳が細まる。迫り来る光弾を、ただ紙一重で回避する。


 回避はできる――だが、反撃する隙が一瞬たりともない。


「これは……“リリスの腕輪”!? どうしてあの子が……使えるの?」

 驚愕と焦りを隠せないレヴィ。



 その光景を見ていたアグラットも、戦いを忘れて声を失った。

「えっ……なんで……? あの腕輪を……しかも、完全に使いこなしてる……?」



 状況が飲み込めないまま――天が、赤く染まりはじめた。



 無数の魔法陣が、空を埋め尽くす。


 それは一枚二枚ではない。数百、数千もの陣が幾重にも重なり、その中心には都市全体を覆うかのような巨大陣。



「……っ! まずい、アレは――!」

 レヴィの顔色が一気に変わり、思念波を全方位に放つ。



『今すぐ逃げなさい! “メギドの火”が来る! ここに残れば全員焼き尽くされるわ!』



「な、何だって……?」ドラコが青ざめる。


「よくわからんけど、マジで危なそうね……」永遠は舌打ちした。


「澪、行くよ! ここにいたら死ぬ!」アグラットが叫ぶ。


「くそ……いいところで……!」モルガディアも顔を歪めた。


「ママ、了解!」リリスも即座に後退行動を取る。



 そして――降り注ぐ。


 天を覆う魔法陣から、無数の業火が雨のように降りそそぐ。


 それはただの炎ではない。大気そのものを燃やし尽くす、天界の審判。


 校舎だけを除き、あたり一帯は瞬く間に火の海と化した。



 さらに、中央の巨大魔法陣がゆっくりと回転を始め――。

「――来る!」


 天空から、隕石のごとき巨大な火球が落下してきた。


 大地が揺れ、夜空が裂ける。


 爆風が街を吹き飛ばし、轟音が鼓膜を貫く。


 灼熱がすべてを舐め尽くし、建物という建物を灰へと変えていった。



 その中心で――光に包まれるイゾルデの姿があった。




 悪魔城。


 玉座に片肘をかけていたサタンは、悠々とした笑みを浮かべながら

「――久方ぶりに“メギドの火”を目にしたわ」



 その声音は愉快そうでありながら、どこか懐かしさすら滲んでいた。



「だいぶ出力は絞ってあるみたいやけど……それでもすさまじいわ」

 玉座の間に居並ぶ悪魔たちは息を飲み、サタンだけがくすくすと笑った。




 王城、大広間。


 煌びやかな天井から吊るされたシャンデリアが揺れ、貴族たちのざわめきが波のように広がっていた。


「まさか……イゾルデ殿にあれほどの力があるとは!」


「これこそ、人類の希望ではないか!」

 国王をはじめとする重臣たちは口々に賞賛を叫び、拍手と歓声が重なり合う。


 しかし、その中でただ一人。


 聖女は青ざめた顔で両手を組み、震える声を漏らした。

「……違う。あれは希望なんかじゃない。あれは――人類を滅ぼすための“火”よ。神の秩序を焼き崩す、最悪の禁忌……!」




 コロシアム。


 燃え盛る空の残光を仰ぎながら、観客席は騒然としていた。


 賭けに敗れた者たちが絶叫し、手にしていたベットシートを破り捨てる。


「ふざけんな! 下馬評とぜんっぜん違うじゃねえか!」


「俺の金返せええ!」

 無数の紙片が宙を舞い、怨嗟の声が渦を巻く。


 けれど、その混乱を突き破るように、別の叫びが膨らみ始めた。


「イゾルデ――! お前すげえよ!」


「人類最強だ、あの子は英雄だ!」


「イゾルデ! イゾルデ!」


 嵐のようなブーイングと歓声が交錯する。だが、熱狂はやがて恐怖を塗り替え、ただ一人の少女の名を讃える大合唱へと変わっていった。

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