表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/132

第8話 狂気のダンス

あの日以来、僕と月永さんは、毎日のようにRINEでやり取りするようになった。


内容は他愛もない。新作映画の話、授業の愚痴、時々スタンプでの掛け合い――ただそれだけなのに、スマホの画面に彼女の名前が光るたび、胸が跳ね上がる。


クラスの中では、相変わらず一定の距離感を保っていた。必要以上に話すことはなく、他人から見ればただのクラスメイト。


けれど、ふと目が合った瞬間に、彼女が小さく手を振ってくれることがある。


その仕草が、どうしようもなく心臓を締めつけた。

 

――なんか、これって彼氏彼女みたいじゃないか?


そんな淡い妄想が頭をよぎるたび、自分で自分を叱りつける。

いや、勘違いするな。僕は所詮、非モテの陰キャだ。思い上がるな、と。


金曜の夜。部屋で課題を放置したままゴロゴロしていると、スマホが震えた。

 

差出人はもちろん、月永さん。


> 明日、映画行かない?



> 観たいのがあるんだ。リバイバル上映で、レイトショーしかやってないの。


> 女の子一人じゃ、帰りが心細いから付き合ってくれない?

僕は慌てて返信した。


> いいよ〜!何見るの?

しばしの間をおいて、返ってきたのは悪戯っぽい一文。


> 秘密だよ〜


> 家まで迎えに行くね!!絶対来てね!!答えは聞かない!!


メッセージの最後に、楽しげなスタンプ。

僕はにやける頬をどうにも抑えられなかった。




そして翌日。



約束どおり、彼女は僕の家まで迎えに来てくれた。

インターホンが鳴り、玄関を開けると、爽やかな笑顔の月永さんが立っている。

その瞬間、母さんのテンションが爆上がりしたのは言うまでもない。


「まあまあまあ! 本当に来てくれたの? どうぞどうぞ、上がって上がって!」


「お邪魔します! 一人くんを映画に連れて行きますね!」

母はすっかり上機嫌で、リビングに彼女を通してしまった。

僕は赤面しながら、なんとか母を制止しようとしたが、時すでに遅し。


家を出てから、映画館へ向かう道中。


月永さんはどこか楽しそうに笑っていた。

「いや〜、お義母さんが家に入れてくれたおかげで、これから“家に入りやすく”なったよね」


「……は?」


「だって、“いつでも入れる”気がするじゃん」

からかうような瞳で僕を見つめる。


僕は耳まで真っ赤になりながら答えた。

「つ、月永さんなら……ウエルカムだよ」


「ほんと? じゃあまた行くよ。“近いうち”にね」

彼女の笑顔が、街灯の光よりもずっと眩しく感じた。

僕の心臓は、レイトショーに向かう前から、すでにクライマックスを迎えていたのだ。



タランティーノの映画は、想像以上だった。


タイトルは知っていた。名作の評判も耳にしていた。でも実際にスクリーンで観ると、その濃密さに圧倒される。

「いやー、面白かったー!」

劇場を出た瞬間、僕は思わず声をあげた。


「ほとんど同じ部屋しか舞台がないのに、あんなに面白いなんて……やっぱ天才だな」

隣で月永さんが小さく笑う。


「でしょ〜?やっぱマイケル・マドセンが最高なんだよね、この映画。あの狂気のダンス、やばいでしょ」

彼女の目は輝いていた。映画の話をしているときの彼女は本当に楽しそうで、眩しいくらいだった。


だが、時計を見ればすでに22時を過ぎている。

レイトショーの名の通り、終わった頃には夜も更けていた。

「そろそろ帰らないとだね」僕がそう言おうとした矢先だった。


「ところでさ」

ふいに月永さんが僕のパスケースを指差す。

「そのキーホルダー、どうしたの?」


「ああ、これ?映研の部長にもらったんだよ」

何気なく答えると、彼女の表情が一瞬で曇った。


「へぇ……その人、“男”なの?」


「いや、女の人だよ」


「あ゛、そう……へぇ〜……そんな女いるんだ」

声のトーンが微妙に落ちて、不機嫌そうな色が滲んだ。


僕は慌てて取り繕おうとしたが、言葉が出てこない。


そして間を置かず、彼女はいたずらっぽく笑った。

「ところでさ、この後どうする?」


「え?いや、そろそろ帰らないと……他に行くとこないし」


「ふーん……」

彼女の瞳が細められたかと思うと、急に真剣な声音に変わる。


「じゃあさ、家来ない? 今、家に誰もいないんだよ」


「えっ……でも……」

断ろうとした瞬間だった。



――目が変わった。



月永さんの目から光が消える。まるで、スクリーンで観たあの狂気のシーンをなぞるかのように。


そして低い声で、冷たく言い放った。

「来るよね。断るわけないよね?」


空気が、一瞬で張り詰める。

その圧は冗談でもからかいでもない。彼女の影が、夜道の街灯に伸びて僕を覆い尽くしていくような錯覚を覚える。


「……はい」

気づけば、僕は頷いていた。拒否など許されない雰囲気に飲み込まれて。


☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。


今後もよろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ